第16話 指名手配犯都賢秀
8月3日までは毎日12時と20時の1日2回更新となります。
都賢秀とレトムは、なぜ官軍がここまで自分たちを妨害してくるのか理解できなかったが、とにかくまたしても計画は台無しになってしまった。
「これからどうすればいい?」
<ここにいても仕方ありません。とにかく森へ戻りましょう。このままだと官軍に鉢合わせします!>
運が悪ければ、後ろに倒れても鼻が折れるというものだ。
レトムが森に戻ろうと提案しようとしたその時、前方から巡回中の官軍と鉢合わせしてしまった。
「お、おい、顔写真があるわけじゃないし……とぼけて堂々としていれば、スルーしてくれるかも?」
<可能性はあります。頭を下げて……>
「おい!昼間に見た反乱軍だ!!」
不幸なことに、昼間都賢秀が殴り倒した官軍兵もその中に混じっていた。
不運の連続だった。
「俺の人生なんていつもこんなもんだけど……本当にうまくいかねえ……」
<くだらないこと言ってないで、早く逃げてください!>
都賢秀は一切振り返らず、すぐに路地に駆け込んだ。
だが――
「おっ?!あれは指名手配中の罪人だ!捕らえろ!」
背筋に冷気が走るのを感じて、都賢秀はその場で立ち止まった。
反対側の道からも巡回中の官軍が近づいていた。
前には槍を構えた兵士たち、後ろからは巡回隊が走ってきて、都賢秀を完全に包囲した。
「どうしよう……退路がない……」
<その自慢の特殊武術でなんとかならないんですか?>
「おい、それにも限界ってもんがあるだろ。相手、30人はいるぞ!」
いくら都賢秀が対テロ部隊出身とはいえ、狭い路地で30人相手は無理だった。
レトムも慌ててあたりを見回したが、脱出路は見つからず、敵はじりじりと迫ってきていた。
官軍は一斉に武器を抜き、陣形を組み、攻撃用の聖水を構えて都賢秀を威圧してきた。
「こうなったら仕方ない……!」
都賢秀は歯を食いしばった。
力で突破する。
背中に手を回し、ナイフを取り出そうとしたそのとき――
「おい!こっちだ!!」
建物の中から一人の若者が都賢秀を呼んでいた。
信用できる人物かは分からなかったが、包囲が迫っていたため、都賢秀とレトムは急いでその中へと逃げ込んだ。
二人が入ると、男はすぐに扉を閉めて開かないように細工し、奥へと案内した。
「こっちだ!」
案内された先、裏路地の小屋に辿り着いた都賢秀とレトムはようやく安堵の息を漏らした。
「はあ〜、結局またここに戻ってきたな……」
<文句より先に、助けてくれた人に感謝するべきです。>
「あ、そうだった……助けてくれてありがとうございます。」
レトムの指摘に従い、都賢秀は男に感謝を伝えた。
だが心の中では、男の正体が分からず警戒していた。
「ハハ、その口調、変わらないな。久しぶりだな、レトム。」
男はまるでレトムを知っているかのように話しかけてきた。
<私を知っているとは……まさか?>
「ハハ、ようやく気づいたか?」
男はゆっくりと頭巾を脱いだ。その正体は――
「都賢秀?」
まさしく、671番地球の都賢秀だった。
伝統衣装に髪を束ねた姿の671番都賢秀がそこにいた。
都賢秀は、いくら時間が経っても異なる次元の“自分”を見ることに慣れなかった。
<いったい何があったんですか?『白髭鯨』はどうなったんですか?>
興奮して質問攻めするレトムを、都賢秀と671番都賢秀が落ち着かせた。
「ハハ、落ち着けって、レトム!」
「ほんとに落ち着けって……てか、“白髭鯨”って何?」
その問いに、レトムは深くため息をついた。
<昨日ご覧になったじゃないですか?一晩で忘れるとは……アメーバ並の記憶力ですね。>
「俺がいつクジラなんか見たってんだよ!?」
<実際のクジラじゃなくて、喫茶店のことです!看板にも『白髭鯨』って書いてあったでしょう!>
その看板の話を聞いて、都賢秀は昼間見た閉店した店を思い出した。
「……俺、漢字読めないんだけど?」
<漢字が読めない?私の調査によれば、大韓民国は漢字文化圏のはずですが?>
「今はハングルが一般化して、漢字なんてほとんど使わないんだよ!」
<そ、そうですか……私が最後に韓国へ行ったのは150年前ですからね……>
レトムがかつて地球を巡ってキューブを探していたことは知っていたため、韓国に行ったことがあるのも理解できた。
だが150年前と言われると、さすがに途方もない気分になる。
(……こいつ、いったい何歳なんだ?)
「で、“白髭鯨”ってそんなに重要な場所なのか?」
<この街で探索する際の拠点として、物資や資金の支援を671番都賢秀に依頼していたのです。だからそこへ行ったのですが……>
レトムは671番都賢秀を恨めしそうに睨んだ。
かつて南スーダンの対テロ部隊にいた都賢秀も、拠点の確保が重要であることを理解していた。
「それよりさ、俺が気になるのは、なんで官軍が市民を弾圧してんだ?それに、みんな領主を非難してたけど、領主に何かあったのか?」
その疑問はレトムも感じており、2人は671番都賢秀を見つめた。
「それが……よく分からない。4、5年前から突然、官軍や役人たちが横暴になって、場所代を払わないとどこかに連れていかれたり、財産を没収されたりするんだ。でも一番変なのは、誰も止めようとしないことさ。」
<ロンウェイ(龍威)領主はどうしたのですか?あの方なら、そんな役人たちを放っておくとは思えませんが。>
「そこも変なんだよ……昔の領主様なら絶対に見逃さなかった。でも最近は、公の場に姿を見せてないんだ。」
人々が領主を非難していることから、レトムは「もしかして闇落ちしたのか」と思ったが、領主は姿すら現していないという。
<では……後継者が新しい領主になったのでしょうか?>
「そんな話もないし……お姫様の話すら聞かないんだ。」
領主は姿を現さず、後継者も現れていない。
つまり、こういうことだった。
「城側は“領主様が重病で臥せっている”って言ってるけど、ほとんどの人は信じてない。城の側近の一人が反乱を起こして実権を握り、領主一家を幽閉してるんじゃないかって言われてるよ。」
領主が囚われている――そう考えると、すべてが説明できる。
「じゃあ、あの喫茶店も役人の横暴で潰されたのか?」
拠点として重要なはずの店が潰れたのなら、残念で仕方ないと思い、レトムは哀れみの目を向けたが……
「ハハッ、それは違う。実は、俺がギャンブルにハマって、財産ぜんぶ売っちまったのさ。ハハハハ!!」
どの地球でも、都賢秀は都賢秀だった。
<……やっぱり、都賢秀という奴らは……>
「なんか俺まで一括りにされてる気がするんだけど?」
レトムは、都賢秀なんか信じて計画が全部台無しになったことを後悔していた。
「それでさ、君たちのために用意してた物資も全部、借金取りに奪われて、もう何もないのさ。ハハハハ!」
<笑いごとですか?!>
「あ、でもね、資金が必要ってのは思い出したから、ちょっとだけ金は用意してあるよ。果物数個買ったら終わるくらいの端金だけどな!ハハハ!」
都賢秀とレトムは、本気でこの男を殴りたくなった。
「まあ、これで俺の役目は終わりだな!じゃ、あとはこの世界の全てのしがらみから解放されて、自分の幸せを探しに行くよ。君たちも幸せになれよ!ハハハハ!」
「……あのクソ野郎、追いかけてブチのめしちゃダメか?」
<……今は忙しいので、後にしましょう。>
レトムのおかげで、ギリギリ命拾いした671番都賢秀は、高笑いを残して優雅に去っていった。
*****
671番の都賢秀が去り、都賢秀とレトムは次の行動を相談した。
<計画を変更するべきです。>
「計画を変更するって?」
<領主を救出しましょう。>
「え?領主を救いに行くって?」
<はい。>
レトムの提案に、都賢秀は理解できないという顔をした。
「なんのために?街の状況が気の毒なのはわかるけど、俺たちの目的には関係ないだろ。無視すればいい。」
“面倒ごとは避けよう”がモットーの都賢秀らしく、関わらない方針を押したが――
<関係あります。現在、街を探索して情報を集めたいのに、官軍のせいで自由に動けず、こうして隠れている状況です。>
それは確かだった。
街に入ってから事件に巻き込まれた都賢秀とレトム(正確には都賢秀のせいで)は、裏路地をうろつくことしかできず、脱出後の計画も「森に戻る」だけだった。
<このままでは、私たちは森か裏路地で隠れているしかありません。いっそ領主を救出し、協力を得た方が得策かと。>
「悪くない案だけど……」
<まだ不安要素がありますか?>
「問題は、領主がどこにいるかだ。建物の構造も知らずに突っ込んだら、かえって危険だろ。」
軍出身の都賢秀の意見は、こういう状況では特に的確だった。
<なるほど……では、私が建物の内部と領主の所在を確認してきます。都賢秀様はここでしばらくお待ちください。>
レトムはステルスモードを起動して、領主の城へ向かった。
ステルスモード中は人間の目には見えないが、感覚が鋭い者には気配で気づかれる恐れがあるため、レトムは慎重に動きながら、城内の構造を観察し記録していった。
<ん?あそこは……>
城内を探索していたレトムは、ひときわ厳重な警備が敷かれた部屋を一つ発見した。
だが、その警備兵たちは、まるで中の人物を守るためではなく――
むしろ、中にいる人物が何かしでかさないよう、監視するために立っているように見えた。
<もしかして、あそこが……>
レトムがさらに近づこうとしたその時――
「ん……?」
身分が高そうな武士が、まるで気配を察したかのようにレトムのいる方向をじっと見つめた。
「どうかなさいましたか、隊長?」
「……いや、なんでもない。警戒を続けろ。」
武士はどうやら気のせいだと思ったらしく、再び視線を戻したことで、レトムはほっと息をついた。
<……これ以上近づくのは、得策ではなさそうですね。>
ここまでにして戻ろうかと考えたその時――
中から、何かが感知された。
<こ、これは……>
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