第15話 情報収集
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何かを思いついたようなレトムに、 都賢秀の興味が湧いた。
「どうした? 何なのそれ?」
〈服装のせいじゃないですか?〉
「服装?」
都賢秀はレトムが用意してくれた、オールブラックのスーツを身に着けていた。
ごく普通の格好ではあるが、伝統衣装を纏った人たちに囲まれている中で、都賢秀だけ現代的な装い。目立つのは当然だった。
「どうしよう… 今さら衣装を用意するわけにもいかないし…」
服を買おうにも、この世界では通用するお金がない。そもそも人々は都賢秀を見るや否や逃げ出すので、選択肢がなかった。
都賢秀が途方に暮れていると、レトムが進み出た。
〈あぁ~機能説明は後でゆっくりしようと思っていたんですが、状況がこうなので仕方ないですね…スマートウォッチに付いているボタンを押してみてください。〉
「ボタン?」
レトムが、「絶対に忘れてはいけない」と言っていたアイテムのうちの一つ、スマートウォッチ。
都賢秀はレトムの指示通りにボタンを押してみた。すると──。
「な、何これ?」
服が光に包まれ、徐々に周囲の村人と似たような服装へと変わっていった。
「何なんだよ…これ?」
〈これはね、“1番地球での既製服”です。状況によってさまざまな服を着たいという若者たちの欲求を刺激するように開発された服ですね。〉
「便利だな…1番地球ではみんなこういう服しかないのか?」
〈そうでもありません。まだ新技術なので高くて、大衆化はしていません。そのせいで他に必要なものを買えなかったんです。〉
他の品を買えないほど高価だったが、レトムがこの服を選んだ理由に、都賢秀も納得した。
671番地球のように、全く異なる服を着ている文明に行くと目立って困るが、これなら安心だった。
服を着替えたことで、違和感はずいぶん薄れた。
もちろん、村の男性たちは「束髪」と呼ばれる中国の伝統的な髪型をしている一方、都賢秀はクルーカットだったので、とても目立っていた。
だが、それは今すぐどうにかなる問題ではなかった。
「さあ、もう一度出てみよう…」
緊張しながら大通りに足を踏み出したが、幸い人々は特に興味を示さなかった。
「変装は上手くいったのか、誰も私たちに興味を持ってないな。そのまま情報収集を進めようか?」
〈…それでいいと思います。昼は村で調査し、夜は森でキャンプして調べましょう。〉
“キューブ”の痕跡を探す調査を開始することに。まず二人は、街を歩き回って情報が集まっていそうな場所を探ることにした。
「で、ここにいる人たちって、何なんだ?」
事情を知っているからか──? 道を歩いていて、今まで目に入らなかったものが見えてきた。
「あのさ、噂聞いた? 今度また税金を上げるってさ?」
「え、マジか?! 半年前に上げただろ? それでもう一度って?」
「だから言っただろう…こんなん、人が暮らせるか! ちくしょう、貴族め…」
「おいおい! どこでそんなふざけた話してるんだ?! それが役所に漏れたら、お前らの首だけじゃ済まんぞ!」
村人たちは活気があるようでありながら、どこかぎこちなく、そして恐怖におののいていた。
「まるで独裁者に抑圧されている人たちみたいだな…この地の守護領主、独裁をしてるんじゃないか?」
守護領主が独裁者かと問う都賢秀に、レトムはありえないと否定した。
〈そんなことはありません…私が見た領主はそんな人ではありませんでした。〉
「君が見た領主って、どんな人だったんだ?」
〈困っている人には助けの手を差し伸べ、罪を犯した者には程度に応じて処罰し、調査で罪が確定するまでは決して罰しない人物でした。また、不正を働く役人には厳罰を科す、清廉公平な方でした。〉
その領主は、まさに優れた名君の見本のような人物だった。
レトムの説明を聞きながら、都賢秀はひたすら感心した。
「すごい人物だな…じゃあ、もしかして死んだあと、後継者が領主になって、それがただのクズで村がこうなったんじゃないか?」
〈確かに、彼に娘が一人いるとは聞きましたが…どんな人物かは私も聞いたことがないので、あり得るかもしれません。〉
領主がどんな人物なのか、どんな状況にあるのかの会話は続いたが──。
正直なところ、領主がどういう人で、どんな事情にあるかは、今のところどうでもよかった。
もっと重要なのは、“キューブを探す”ことだった。
「すみません、ちょっとお話を聞いてもいいですか?」
都賢秀は干物屋を訪ねて、キューブについて尋ねようとした──。
「お前、罪人か?」
「え?」
「髪を短く切っているところを見ると、何か大きな罪を犯したらしいが、若者が…」
干物屋の店主は、都賢秀の短い髪を見て、舌打ちした。
何か違和感を感じていたが、短髪にしている自分を見て特別に変だと思う人はいなかった。しかし、この国では罪人の髪を剃ることで処罰を行うらしかった。
「髪を剃るって、なんで罰になるんだ?」
〈他の文化を理解しようとしても仕方ないです。それより早くキューブの所在についてお尋ねください。〉
都賢秀は、雑多な話を小言としてうるさく感じながら、「キューブを見たことあるか?」と聞こうとしたが──。
「……」
〈どうして黙っているんですか?〉
「…考えてみたら、俺もキューブなんて見たことないなあ。どう説明すればいいんだ?」
レトムは、自分も説明したことがないということに気づいたが、どうして今まで誰にも聞こうと思わなかったのか、不思議に思っていた。
〈あぁ~私の責任ですね…おじさん、もしかして、淡い青色に光り、米粒より少し大きい鉱石のようなものを見たことありませんか?〉
レトムが代わりに訊いてみたが、商人から返ってきた答えは「知らない」だった。
「知らないね?」
レトムはあちこちの商人に「見たことないか?」と訊き歩いたが、成果はなかった。
「簡単にはいかないだろうとは思ってたけど、やっぱり何も得られなかったな。」
〈…今日はもう暗いので、戻って休みましょう。〉
都賢秀とレトムは森に戻り、キャンプすることにした。
「しかし…キューブって呼ぶから立方体かと思ったら、なんで米粒みたいな形なの?」
〈立方体だから“Cube”と呼ぶわけではありません。Cross Universe Bending Engine、略してC.U.B.Eです。〉
「じゃあ、全部のキューブは米粒形なのか?」
〈そうではありません。私が発見した39個のキューブは、それぞれ形が違いました。あるものはダイヤモンド形、あるものは球形、さらにはピラミッド形で山より巨大なものもありました。〉
「へえ…面白いな。」
都賢秀は、多様な形をしているというキューブを想像しながら、キャンプ予定地へ歩いていった。
そしてついに、都賢秀がずっと気になっていたテントを広げる時が来た。
「ようやくテントを確認するぞ。で、これどうやって広げるんだ?」
〈クローゼットを取り出すような感じです。地面に置いて、ボタンを押してください。〉
都賢秀はレトムの指示通りに地面に置き、ボタンを押した。
すると衣装ケースのように、「パン!」という音とともに広がって現れたのは──。
「キャンピングトレーラーか?」
ベッドとトイレ、簡易キッチンが備わったキャンピングトレーラーだった。
内部もかなり広く、4人は余裕で眠れそうだった。
「すごいなあ…1番地球には本当に何でもあるんだな…キャンピングトレーラーをこんな小さなパウチにして持ち歩くなんて…」
〈感嘆するのはほどほどにして、お休みなさい。明日も忙しくなりますから。〉
「ほんとに見せる暇もくれないんだから…」
都賢秀は愚痴をこぼしつつも疲れていたようで、すぐにベッドに横たわり、たちまち眠り込んでしまった。
〈…そんなに疲れていながら不満言うんですね。〉
レトムは室内灯を消し、自身も待機モードに入った。
*****
『座…呼びに…答える…大…の者か?』
「え? 何?」
『呼びに…応答する…者よ…』
「よく聞こえない…何を言ってるんだ?」
『我の名を…唱えよ…我は…』
「お前、何者だよ…? 人が寝てるのにうるさい…静かにしてくれ…静か…静か…」
ハッ!!!
都賢秀は冷や汗をかきながら、飛び起きた。
〈どうかしましたか、都賢秀さん?〉
都賢秀が大声を出したせいで、レトムも待機モードを解除して起き上がった。
「どうかしたって言うけどさ…お前が騒ぐから寝られなかったんじゃないのか?」
〈騒いだだなんて? 私は待機モードに切り替えていましたが?〉
「は? じゃあ、一体誰があんな声を出してたんだ?」
〈夢でも見たようですね。〉
「そうかな…?」
レトムが喋ったわけではないなら、それは間違いなく夢だった。だが、都賢秀はどこか引っかかるものを感じた。
まるで切羽詰まった心で自分を呼んでいるかのような声だった。
〈ちょうど朝も来ましたし、もう起床なさった方がいいです。今日も調査に降りていく必要がありますから。〉
「…そうだな。」
気分はあまりよくなかったが、都賢秀はおとなしく起きて外出の支度をした。
準備を終えて外に出ると、レトムがトレーラー横のボタンを押した。
するとトレーラーは再び「パン!」と音を立て、小さなパウチに戻った。
「何度見ても不思議な光景だな。」
〈旅において、睡眠が食事と同じくらい重要ですので、これは絶対に誰にも渡さないでください。〉
「わかったよ、しっかりしてろ! 本当に後味悪いんだから!」
〈私のせいじゃ…〉
レトムは一言言いたそうだったが、都賢秀はもう遠くへ行ってしまっていた。
〈ああ…私の人生だな…〉
レトムは存在しない胸を抱え込むような気持ちになりながら、都賢秀の後を追った。
*****
今日も情報収集のため村に降りてきたが、雰囲気がどこか妙だった。
「今日は…村の雰囲気、なんかおかしくないか?」
〈そう…でございますか?〉
村はなんとなくざわめき、緊張しているように見えた。
〈…何が起こっているのか分かりませんが、私たちは目的を達成すればいいだけです。早速動きましょう。〉
レトムの言葉通り、村で何が起こっていようと、自分たちの目的には関係ない。ただ昨日と同じように、情報収集のために商人たちに会ってまわることにした。
しかし──。
「すみません…」
「知らないよ!!」
「ちょっと聞きたいんだけど…」
ドスン!!
「質問あるんだけど…」
「きゃっ!!」
都賢秀が質問しようと近づくだけで、人々は無視するか逃げるか、あるいは突如戸を閉めてしまった。
「どうしたんだ? 昨日と反応が全然違うぞ?」
都賢秀が一夜で変わった人々の態度に困惑していると、レトムが遠くを指しながら答えた。
〈…あれのせいのようですね。〉
「え?」
レトムが指をさした先には、壁に一枚の張り紙が貼られていた──。
『キューブについて質問する若者を見つけ次第、官衙に通報せよ。もし会話を交わしたり、情報を提供する者があれば、同罪で処罰する。』
「おお…」
都賢秀は、まるで官吏と戦ったかのように、名実ともに指名手配犯になってしまったのだ。
「俺がやらかしたことを良いとは言わないけど…それにしたって、ここまで本気とはな?」
〈私に聞かないでください。〉
都賢秀がトラブルを起こしたため計画がどんどん狂い、レトムは怒りがこもった声で答えた。
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