第11話 次の次元へ旅立つ時間が来た
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頭に傷を負ったリンは子どもたちの手を握りしめながら、村へと戻っていた。
「まさか本当に殴るなんて思わなかった…バカなおじさん…」
「子どもを正しい道へ導くのも、大人の役目ってもんだろう?」
「何言ってるの? それって児童虐待ってやつよ!」
「言い回しはうまいな…ところで、あなたたちの村って…例え盗賊がいなくても、食べ物はあるのか?」
村に食料があるかという都賢秀の問いに、リンの表情が少し曇った。
「当然少ないですけど…でも過去に残された缶詰とかキューブ食を探せば見つかるかもしれなくて、飢え死にはしないんです…でもそれも全部奪われて、これからどうしたらいいか悩んでるだけで…」
「そうか…」
都賢秀は何かを考え込むようにしながら、子どもたちを連れて村へ向かって歩いた。そんな中、彼は突き刺さるような視線を感じた。
「…何だ? 何か言いたいのか?」
視線の主はレトムだった。
〈…どうしてそんなに戦いが上手いんですか?〉
「…前の職場で教わったのか?」
〈前の職場? まさか職歴があるんですか? あなた、その歳までニートじゃなかったんですか?〉
「この野郎…! 俺な、俺は707特任隊所属の特殊部隊出身だぞ!! しかも普通の特任隊じゃねえ、キャプテンまで昇進したやつなんだぞ!!」
798番地球の都賢秀が“次元の繋ぎ手”の資質を持つことは知っていたが、彼の過去までは調べていなかった。故に、レトムは彼が特殊部隊出身だとは全く知らず、「次元の繋ぎ手が欲しかった」だけの認識だったが、そんな経歴を持っていたとは飛び上がるほど衝撃だった。
〈…臆病なビビりかと思ったのに…完全に騙されましたね。〉
「何回俺を“ビビり”って言えば気が済むんだ?! 俺、特任隊のキャプテンだったんだぞ!!」
〈子どもに手を掴まれただけでビビる人を、“ビビり”と呼ばずして何と呼びます?〉
「ふっ!!」
助けを求める少年に手を掴まれて驚いた件でチャカすレトムと、それに笑うリンを見て、都賢秀は顔を真っ赤にしていた。
「ぎゃんっ!!」
またリンに軽く頭突きを食らったが、都賢秀はレトムをにらみ付ける。
「おい、テメエ!! 子どもが手を掴んできたぐらいでビビったわけじゃない! ただ…」
何か言おうとして言葉を濁す都賢秀を見て、リンは事情を覗き込むが、レトムはにやりと知っている様子だった。
〈…昨日の朝に見たあの悪夢…何か関係ありそうですね。〉
レトムが尋ねるが、都賢秀は再び口を閉ざした。
〈…過去に一体何があったんです?〉
「…ありがちな話さ…」
〈普通って、どんな話なんですか?〉
「…士官学校を卒業して特任隊の訓練を終えた後、最初の配属が南スーダンの平和維持軍だった…そこでテロ鎮圧、邦人救出、治安維持までやって、そこそこ名をあげてた…」
都賢秀は南スーダンに派遣され、任務を次々と成功させて同期より早く昇進したが、そのストレスは大きかった。単調な派遣生活の刺激と疲れから、ある日、公園でサッカーボールを持った少女と出会った。それは彼と同僚にとっての心のオアシスだった。
しかし翌日、その少女がボールを持って現れた時――すでに遅かった。反政府勢力が仕掛けた自爆テロで、彼女はサッカーボールに爆弾を仕込み、わざと近づいて自爆したのだ。都賢秀はなんとか難を逃れたものの、親しかった同僚が目の前で爆死するのを目撃してしまった。
その出来事以降、都賢秀の心に残ったのは、人間不信だけだった。
「そのときの記憶が蘇るんだ…今でも子どもが近づくだけで背筋が凍るようで…」
〈そ、そうだったんですね…〉
都賢秀の過去に、レトムもリンも静かに聞き入った。
〈で、“判断を誤った”というのは何の話だったんですか?〉
「ん?」
〈燃える村を見て、『判断を誤った』って――そんなことを言ってましたよね?〉
「ああ…それもよくある話さ…南スーダンであんな経験をして、人間不信に陥って、誰が反政府勢力で、誰が善人か区別できなくなったんだ…そんなとき、助けを求める子どもがいてな…」
反政府勢力に村が占領されたと助けを求めてきた少年がいたが、彼は疑いをかけて突き返してしまった。そのときの自分を否定するように静かにしていたが――後から別ルートでその村が実際に占領されていたと知らされた。慌てて出動したが、UN軍が来るころには村人はほとんど殺され、助けを求めたあの子もすでに亡くなっていた。
「不信と偏見が原因で、助けを求める人を無視した結果、たくさんの人が死んでしまった。あの時から、今度こそ――と言い聞かせてたんだ。」
〈ちょっと待ってください!〉
「何だ? 話してる途中だぞ…」
〈今、話矛盾してませんか?〉
「矛盾って?」
〈最初に“もう人を助けて生きたくない”って言ってたのに、今度は“助けを求める人を無視しない”って…まるで真逆じゃないですか?〉
レトムが核心を突くと、都賢秀はまた口を閉ざした。
〈今度はまたどんな事情があるんですか?〉
レトムが問うと、都賢秀は沈黙し続けた。
「…村に着いたようだ。もう聞かなくていい。疲れた。」
先に行ってしまった都賢秀を見つめながら、リンは心配そうにつぶやいた。
「ねぇ、このおじさん…何かあったのかな?」
〈さあ…人間には誰しも、絶対に隠しておきたい過去があるって言いますからね。〉
都賢秀が口を閉ざすと、レトムもリンと一緒に彼の後を静かに追った。
*****
「リン!! みんな!!」
無事、子どもたちを連れて戻ってきた都賢秀を見て、村長は涙を流して駆け寄ってきた。
「ごめんね…本当にごめんなさい。あなたたちを連れていかれるのを見て見ぬふりして…ごめんね…」
子どもたちを抱きしめて号泣する村長を見たリンは、最初は彼を責めたが――
武装した盗賊相手に、無力な老人が何ができるだろう?という思いに至り、その涙は偽りではないと感じた。村長の真心に触れ、リンも子どもたちもやっと泣きながら安心した様子だった。
「うあああん、村長さん!」
涙するリンと子どもたち、そして村長を見つめる都賢秀の目にも涙が浮かんでいた。
〈ご覧になってどうですか? 都賢秀さんが作り出したこの光景は。過去の傷、少しは癒えましたか?〉
レトムの問いかけに、都賢秀はにっこりと微笑んで答えた。
「もう、“誰かを助けて生きる”なんて考えてないと思ってたのに…人の人生って思い通りにいかないもんだな。」
言葉とは裏腹に、彼の表情は明るかった。
〈都賢秀さん…やっぱり考え直してくれますか?〉
「何だ?」
〈次元を繋ぎ直す旅――一緒に行ってくれませんか?〉
「またそれか?」
〈今、次元の流れが閉ざされ崩壊しつつあるのは問題ですが…それは未来の話。しかしもっと大きな問題は、リンみたいな子たちが今、まさに苦しんでいるということです。〉
リンのような子どもたち…彼らはこの次元やあの次元でも、誰かの助けを待っていた。
〈閉ざされた次元は全部で385もあります。798番地球のように自立している世界もありますが、大半は崩壊する前に滅亡の危機にさらされています。つまり、第2、第3のリンたちが、都賢秀さんの助けを待っているんです。〉
「……」
助けを求める子どもたち。そしてそれを見過ごしてしまった恐ろしい記憶――。
〈都賢秀さんにも理由があって、人を助けて生きないと誓ったのかもしれませんが…あの子たちは今まさに危険に晒されていて、誰かの手が必要なんです。どうかその力を貸していただけませんか?〉
レトムの言葉通り、誰かがやらねばならない。しかも何より――。
「いいだろう。一緒に行くか。」
レトムによれば、この世界には1298人もの“同じ存在”がいるらしい。旅を続ければ、あの子にもまたきっと出会うはずだ。
だから都賢秀は旅立つ――かつて守れなかったあの子を、今度こそ…。
〈本当ですか?!〉
「言わせるなよ、何回も同じことばっか…」
〈ありがとうございます、本当にありがとうございます、都賢秀さん! 今後ともよろしくお願いします!〉
ほぼ顔も手抜きのホログラムなのに、声が高揚してるのを聞けば、喜んでいるのが伝わってくる。
「さて、出発の時間だな…」
〈そうです。次に行く次元はもう決めてあります。覚えたイメージをしっかり記憶していますよね? じゃあ…〉
「ちょっと待てよ、バカ野郎。子どもたちとちゃんと挨拶してから行くわ。」
〈そ、そうですね。私、興奮しすぎました。〉
いつもなら口うるさいレトムも、今日は機嫌が良いようで遮られても怒らなかった。
都賢秀はリンに歩み寄る。
「リン!」
「おじさん!」
リンも笑顔で駆け寄った。
「村長さんが言ってたんだけど、おじさん、ここにいてもいいって。おじさん、私たちとずっとここで暮らしたらどう?」
「…悪いな、でも行かないといけないんだ。」
「行くって?! どこに?」
「…まあ…世界を救いに、かな…」
「何それバカバカしい。そんなこと言って、どこ行くのよ!」
都賢秀の「世界を救いに行く」という言葉に、リンはあきれた顔で返した。
「…本当に私のこと何だと思ってる?」
「もういい! とにかくここにいて。どこ行っても使い物にならなそうだし、私がちゃんとおじさん守ってあげるから。」
子どもにそんなことを言われるなんて…都賢秀は自分を振り返らざるをえなかった。
〔俺ってそんなに頼りないのか…〕
「その気持ちは嬉しいけど、でも本当に行かないと。」
「…バカ。」
「言うなよ…」
涙を浮かべるリンの頭を優しく撫でながら、彼は慰めた。
「あと、これをあげるよ。」
都賢秀はリュックから箱を取り出して渡すと、レトムが驚いて止めた。
〈正気ですか?! それはうちらの唯一の非常食じゃないですか!!〉
都賢秀は10年分の非常食を、びったり全部リンに渡そうとしていた。
「そんな…大丈夫かな? おじさん、旅に出るって言ってたし?」
「俺は大丈夫だ。量が多すぎるかもしれないが10年分しかない。頼りすぎず、大事なときに使って…。それから、一生懸命生きろよ」
「うるさいなぁ…大丈夫。私、リンだから。村長さんも、おかあさんも、子どもたちも、ぜんぶ私が守るから。」
自信満々で宣言するリンの姿を見て、都賢秀は微笑んでいた。彼女ならきっと、大丈夫だろう――そう思えた。
「じゃ、俺は行くよ。みんないつまでも元気でな。」
「おじさんも!!元気でね!」
リンや村の皆から見送られ、都賢秀は次元の門を開き、旅立っていった。
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