第十七章 電磁的記録媒体上のやり取り
ところで、この手記を残すにあたり、改めて明言しておきたいことがある。
この話の発端は、僕が属する高校の一教室に、白金雪花なる転校生が編入してきたところだということを、本章を含めて十七も章を連ねていることから、確認の意味合いも兼ねて再掲したい。
その始まりとなる出来事が今現在から遡ること、ほぼほぼ一年を数えることから、当時の情景や心情の全てについて、僕が間違いなくぴたりと描写できているかどうか、その点についてはどうしても噛み合わせの悪いところがあるということを先に白状しておく。
如何せん、僕は人生において恒久的に必要になるであろう知識や経験以外を長期記憶に留める素養に欠けるところがあるらしく、また、参考書やインターネットをのぞき見ればいつでも正確な情報を得られるような事物に関して暗記することを良しと思わぬ性質であることから、この手記を残すにあたり思い出そうとした過去の一切についても、ところどころが欠落してあやふやであることが否めない。
故に、僕がここまでに書き記してきた内容についても、おおよそ事実に則して表記しているつもりではあるが、どうしても断言に怪しいところがある部分も多々存在し、そのような箇所については現実と空想の境目を捻じ曲げてこの自伝をフィクションとしてしまわぬ程度に適宜、誇張や補完を行っていることを、読者諸君からすれば些細なことかもしれないが敢えて今一度提示しておくことにする。
さて、そのような僕の記憶力に関する事情を酌んで頂いた上で、以下に列挙する僕と各人との会話――正確には、メッセージアプリ上で行われたコミュニケーション――については、一字一句完璧に再現できていることを述べておきたい。
今現在の僕のように、過去を思い起こしながらその時の状況を書き連ねるに際して、当時の履歴が残っているというのは大変ありがたいことである。そこに歪みや捻じれの存在はなく、あの時僕はこう言って、相手はこう返したという事実が、確かに残っていることが、今となってこうも役立つとは思ってもいなかった。
そのような過去の記録が提供する利便性を余すことなく反映すべく、ここより先の内容については、僕の手元のスマートフォンにインストールされたメッセージアプリの履歴をそっくりそのまま書き写させてもらうことにする。
よって、記号だらけで読みにくいと感じられるかもしれないが、本章に限り我慢を強いてしまうことをご了承願いたい。
<< 加賀千夏
2017年7月22日(土)
『少し話したいことがあるのですが、今は大丈夫ですか』10:24 既読
『外にいたから通知を切ってた』17:24
『それって携帯電話を携帯してる意味ありますかね』17:35 既読
『絵を描くときはな、誰にも邪魔されず、自由でなきゃあダメなんだよ』17:38
『今は外ですか』17:39 既読
『いいや、家にいる』17:39
『それじゃあ、少し時間の都合はつきますか』17:39 既読
『なんだ』17:40
『この前のデザインの件ですが、シュウと力也は顧問にせっつかれなくなって満足してるそうです』17:41 既読
『どっちが誰だったっけか』17:41
『シュウがデカい方で、力也がもっとデカい方です』17:42 既読
『思い出した。続けていいぞ』17:42
『礼として、夏休み中のどこかで遊園地でもどうかと誘われました』17:44 既読
『世話になった美術部の二人も誘いたいと言ってました』17:45 既読
『なので、白金さんにも連絡を入れているところです』17:47 既読
『日程とかは全く決まってないので、とりあえず参加の可否だけでも確認したかったのですが』17:48 既読
『千夏先輩の都合はどうでしょうか』17:48 既読
『風呂入ってた』18:45
『自由過ぎやしませんか』18:48 既読
『ぽこぽこぽこぽこ、話がぶつ切りな上に長いんだよ』18:49
『それじゃあ手短にまとめます。夏休み中のどこかで暇になりそうなところはありませんか』18:51 既読
『誰が参加するって』18:52
『僕とシュウと力也です』18:53 既読
『そんなむさ苦しいところに混ざりたがる乙女がいると思うか』18:54
『僕も野郎連れ立って外に出たくなんかありませんよ』18:55 既読
『雪花は誘ってないのか』18:55
『今、聞いてるところです』18:56 既読
『私と同じ理由で困ってると思うぞ』18:57
『返事がありました。参加するとのことです』19:02 既読
『絵もそうだが、あいつの感性には独特なところがあるな』19:04
『あらゆる方向に失礼ですね』19:05 既読
『雪花だけだと心細そうだからな、私も生贄になろう』19:05
『自己犠牲精神どうも。ここなら空いているって日はありますか』19:06 既読
『塾も家庭教師も何も受けてないからな。どこでも暇してるだろうよ』19:08
『では、詳細は月曜に美術室で決めるということで』19:09 既読
<< 白金雪花
2017年7月22日(土)
『折り入って相談があるんだけれど、今は大丈夫かな』10:05 既読
『おはようございます! どうかしましたか?』10:06
『この前は急なデザインの相談に乗ってくれてありがとう』10:06 既読
『バスケ部さんの件ですか? あの後はどうなったのでしょうか』10:07
『パソ研の手を借りながら完成させたみたい。もうバスケ部の部ログにも載ってるよ』10:07 既読
『それは良かったです! スマートフォンからでもアクセスできるのでしょうか』10:08
『できるとは思うけどレイアウトが崩れるかもしれないね。あのがさつな二人がレスポンシブデザインを心掛けているとは到底思えない』10:09 既読
『では、家に戻ったらパソコンで見てみることにします』10:09
『今は外にいるの』10:09 既読
『はい。簡単な検査のために病院へ向かってる最中です』10:10
『それじゃあ、用事については後にした方がよさそうかな』10:11 既読
『お話だけでも今、聞かせてください』10:11
『そのデザインの件だけど、バスケ部の二人が美術部に礼をしたいらしくて、みんなで遊園地なんてどうだろうって誘いがあったんだ』10:12 既読
『この辺りに、遊園地なんてありましたか?』10:12
『前に行った川とは反対に、金獅子川って別の河川があるんだけど、そこに隣するところにひとつあるよ。随分と小規模だけどね』10:13 既読
『興味、あります!』10:13
『なら良かった。もし白金さんの都合が合えば、夏休みのどこかでぜひ一緒にどうかなって』10:14 既読
『予定帳を置いてきてしまったので、帰宅してからまた連絡します』10:15
『よろしく』10:16 既読
『(三毛猫が手を振っているスタンプ)』10:16
『遅くなってすみません。落ち着いたので連絡したのですが、お時間よろしいですか?』18:49
『具合は大丈夫だった?』18:50 既読
『遠くの病院だったので時間がかかっただけで、身体は健康でした』18:52
『それは何より』18:53 既読
『予定を確認したのですが、第一週と第四週の土曜以外は、今のところ決まっていませんでした』18:56
『なるほど』18:56 既読
『ですので、その日以外でしたら、一度見に行ってみたいです』18:57
『よかった。あいつらも大勢の方が喜ぶよ』18:58 既読
『小松原さんと、穴熊さんですか?』18:58
『そう。大勢と言ったけどそれくらいかな。あと、部長も来るかも』18:59 既読
『楽しみに待つことにします』19:00
『僕もそうするよ。それじゃあ、細かいことは月曜日に美術室で』19:01 既読
『(黒猫が背を向けて尻尾を振るスタンプ)』19:02
<< 小松原秋
2017年7月21日(金)
『いいこと思いついた』23:18
『胸の中にしまっておけ』23:21 既読
『八月ってのが一番肝心な時期なんだよな』23:22
『夏季休暇がそんなに待ち遠しいのか』23:22 既読
『夏休みで暇だから、ってのは魔法の言葉だぜ。どんな要求にもそれなりの妥当性を持たせることができるんだからな』23:23
『それで、その魔法の言葉で何を押し通すつもりだ』23:24 既読
『なぁ、どこか遊びにでも行かないか』23:24
『?』23:24 既読
『金獅子ペットランドなんてどうだ。近いし、暇つぶしには丁度良いぜ』23:25
『急に話題を変えたのか? 一貫性がないぞ』23:26 既読
『デザインを手伝ってくれた礼も兼ねてさ。部長さんと、彼女も誘ってくれるとなお良いな』23:27
『あぁ、そういうことか』23:29 既読
『そういうことだ』23:29
『お節介も度を過ぎると迷惑になるぞ』23:30 既読
『それくらいしないと力也は動かん』23:30
『まぁ、たしかに。一週間も美術室に通う口実を作ったのに進展は全くなさそうだったから』23:31 既読
『だろ。その上に夏休み期間をそっくり会わずにいたら、これはもう何のためにデザインをわざわざ美術部に頼んだのかわかんなくなるぜ』23:32
『美術部側は目的を達成できて既に万々歳だけどな』23:33 既読
『俺ら、何かしたっけ?』23:33
『いや、こっちの話』23:33 既読
『まぁいいや。ってことで、ここはひとつ伝言を頼まれてはくれないか』23:34
『僕ばっかり働いてる気がするな』23:35 既読
『事が上手く運んだら、その時は特別手当を出すからさ』23:35
『今日は遅いから明日連絡してみる。過度な期待はしないようにな』23:36 既読
『了解!』23:36
2017年7月22日(土)
『とりあえず二人に聞いてみた』10:45 既読
『どうだって?』10:46
『白金さんは外から帰り次第、予定を確認するらしい。千夏先輩の方は知らん』10:47 既読
『できれば部長さんにも来てもらいたいんだがな』10:48
『と、言うと』10:48 既読
『ドキッ! 男だらけのパラダイス!』10:48
『真冬日でも遠慮したいね』10:49 既読
『だろ』10:49
『だけど、デッドロックに陥ってるんだよな』10:50 既読
『雪花も部長さんも、参加を表明するには互いに相手が先に参加を表明していなければならない』10:50
『その通り。卵が先か鶏が先か、って感じ』10:51 既読
『まぁ、そっちの部長さんは豪胆だからすぱっと入ってくれるかもな』10:51
『どうだか。何にせよ期待は薄めにな』10:52 既読
『出揃ったらまた教えてくれ』10:53
『二人とも参加する気配濃厚かな』20:08 既読
『マジかよ、やるなぁ。詐欺師に向いてるぜ』20:11
『僕もそんな気がしてくるからやめろ』20:12 既読
『だけど、でかした! これで計画がまた一歩前進だな』20:12
『また一歩? 今まで一歩でも前に踏み出してたか』20:13 既読
『案外、気付いてないところで事態ってのは転がってるもんだ』20:14
『道のりが順調ならいいけどな』20:15 既読
『まったくだ』20:15
『それで、この後はどうなるんだ。予定の擦り合わせやらなんやらの段取りまで僕が世話を焼かなきゃいけないのか』20:17 既読
『そうだなぁ。とりあえず力也の予定を聞いてからだな』20:18
『は?』20:18 既読
『いや、雪花を誘えなかった時点で計画は頓挫するしさ』20:19
『いやいや、力也が来なければ根本的な瓦解だろうよ』20:19 既読
『そうか?』20:20
『そうだろ』20:20 既読
『まぁ、これもまた卵が先か鶏が先か、ってことでひとつ』20:21
『今のを聞いてどっと疲れたから風呂入ってくるよ』20:22 既読
『おう、週明けを期待しててくれ』20:23