リリア
王国図書館で影の神に関する手がかりを得たレオンたちは、次なる目的地――「封印の神殿」へ向かうことを決意した。そこには影神の遺物が眠っており、それが影の力の謎を解く鍵となるはずだった。
しかし、封印の神殿の正確な場所は記されておらず、唯一の手がかりは「影の者が導く」という曖昧な記述のみ。情報を求めて、レオンたちは王都の外れに住む伝説の大賢者のもとを訪れることにした。
「ここか……」
王都の郊外、鬱蒼とした森の奥にある小さな庵。その入り口には古びた木の扉があり、まるで長年使われていないかのような雰囲気を漂わせていた。
「ここに大賢者がいるんだよな……」
不安そうにアレンが扉をたたく。中からかすかな声が返ってくる。
「……何者じゃ?」
扉が軋む音を立てて開くと、そこには白髪の老人が立っていた。彼こそが王国に伝わる伝説の大賢者、オルドンだった。
「あなたがオルドン様で間違いないでしょうか」
アレンが聞く。
「あぁ、その通りだ。何用だ」
オルドンは深い皺を刻んだ顔でレオンたちを見めながら聞いた。
「大賢者様、単刀直入に聞きます。『封印の神殿』の場所を教えてください」
「ふぉっふぉっふぉ。封印の神殿か、懐かしいな」
「てことは、知ってるんですね!場所を」
「もちろんだ、だがあそこにはいかんほうがよい」
「なぜです」
「あそこは近づくだけでも生気を吸い取られるぞい」
「それでもです!」
「どうしてもというなら……この試練を乗り越えられた者だけ行くがよい。クリアと同時に神殿に移動させてやる。」
「失敗した場合は……?」
「死だ。それでもやるか?」
「ああ、もちろんだ。みんなもやるよな」
「やってやろうじゃねーか!」
ガルムが自信満々に言う。
「そうか、では……これが試練だ」
「私たちがもう一人……あっ」
リリアが何かを察したように言った。
「その通り。今から自分と戦ってもらう。能力、武器、性能すべて同じだ。これに勝ったら認めてやる」
「そういうことか。やってやろうじゃんか!」
レオン vs レオン
レオンは剣を抜き、目の前に立つ「もう一人の自分」を見据えた。
「まるで鏡を見てるみたいだな……」
相手の姿形はもちろん、手にした剣の細かい傷や戦闘姿勢までそっくりだった。しかし、それだけではない――レオンは直感的に理解した。
(こいつは俺の戦い方を完全に知り尽くしている)
「なら、試してみるしかないか……!」
レオンは地面を蹴り、一瞬で間合いを詰めた。同時に、もう一人のレオンもまったく同じ動きをする。
カキンッ!
剣と剣がぶつかり合い、互いの刃が激しく火花を散らす。続けざまに斬りかかるが、相手は完全に同じ動きで防御し、反撃してくる。
「これじゃ埒があかねぇ!」
レオンは瞬時に戦い方を切り替えた。これまでの戦闘スタイルでは絶対に勝てない――ならば 「これまでの自分がしなかった動き」 をすればいい。
(俺が普段ならやらない動き……!)
レオンは剣を思い切り振り上げると、わざと 隙を晒した 。
相手は即座に反応し、カウンターを狙う。だが、その瞬間――
「読めてたぜ!」
レオンは体をひねり、強引に態勢を崩しながら逆手で剣を振るった。意表を突かれた相手のレオンは、わずかに反応が遅れる。
ザシュッ
相手の剣が宙に弾き飛ばされ、レオンの刃が首元に突きつけられた。
「……ふぅ、ギリギリだったな」
勝負は決した。
ガルム vs ガルム
「オラァ!!」
ガルムは巨大な戦斧を振り下ろした。同時に、目の前のもう一人のガルムもまったく同じ動きで斧を振るう。
ドォンッ!!
衝撃波が周囲に広がり、大地が激しく揺れる。しかし、両者とも一歩も引かない。
「おもしれぇじゃねぇか! 俺がどんだけ強ぇか、見せてやるぜ!」
ガルムは次々に強烈な連撃を叩き込むが、相手もまったく同じ動きで迎え撃つ。そのたびに轟音が響き、大気が震える。
(チッ、こいつ……本当に俺と同じじゃねぇか!)
力押しでは決着がつかない。ならば――
「ならよ……腕相撲で決めるか?」
「いいぜ!!」
ガルムたちは戦斧を捨て、互いに地面に膝をついて腕を組む。まさかの腕相撲対決になった。
「せーの!!」
ミシミシミシミシ……!
凄まじい力がぶつかり合い、地面が陥没する。互いに全力で押し合うが、まったく動かない。だが――
「ぐ……ぬぬぬ……!」
相手のガルムの額に汗がにじむ。
「オレの勝ちだぁああ!!」
ガルムが最後の力を振り絞り、思い切り腕を倒す。
バキィッ!!
相手のガルムは勢い余って吹き飛び、そのまま地面に突っ伏した。
「へへっ、やっぱり本物のオレが最強だな!」
アイリス vs アイリス
「……あなたが私?」
アイリスは目の前のもう一人の自分を見つめた。
「ええ、そうよ。あなたが考えていることはすべてお見通し……だって私はあなた自身だから」
「……なら、私の魔法もすべて再現できるわね?」
「もちろん」
互いに静かに微笑むと、同時に杖を構えた。
「《フレイムランス》!」
「《フレイムランス》!」
無数の炎の槍が生まれ、空中でぶつかり合う。炸裂する炎が周囲を赤く染め、熱風が吹き荒れる。
(正攻法じゃ勝てない……なら、相手が考えもしない手を使うしかない)
アイリスはすぐに行動を変えた。
「《フレイムランス》!」
また同じ魔法を放つ。しかし、それは本命ではなかった。
(相手はこの魔法を打ち消そうとする……その隙に!)
アイリスは同時に 無詠唱の氷魔法 を発動させた。
「《フリーズバインド》!」
相手が炎の魔法を打ち消した瞬間、足元から氷の鎖が伸び、偽アイリスの動きを封じる。
「しまっ――」
「これで終わりよ!」
《フレイムブラスト》!
強烈な爆発が発生し、偽アイリスが吹き飛ぶ。
「私の勝ちね」
リリア vs リリア
試練の場に立つリリアは、目の前の偽リリアと対峙していた。
鏡に映したようにそっくりな姿。腰に携えた弓も、肩に背負った矢筒も同じもの。魔力の流れまでもが完全に一致している。
「……へぇ、こういうことなのね」
リリアは慎重に弓を構えながら、相手の様子をうかがった。
一方の偽リリアも、まったく同じ動作をとる。
「あなたも……私なの?」
「ええ、そうよ。私たちは同じ存在――少なくとも、この試練の間はね」
偽リリアは静かに告げる。その声音は、まるで本物のリリアそのものだった。
「なら、話し合う余地もあるんじゃない?」
リリアは矢をしまい、一歩前に出た。
「私は無意味な争いが嫌い。あなたも同じ考えのはずよ」
しかし、偽リリアは微笑みながら首を横に振った。
「それは違うわ。私たちは同じだけど、違うのよ」
「……どういうこと?」
「あなたがそう思っているだけで、本当のあなたは……戦うことを恐れているだけじゃない?」
その言葉に、リリアの胸がざわついた。
偽リリアは素早く弓を構え、矢を番える。
「証明してあげる。あなたがどれほど“甘い”かを」
「っ!」
偽リリアが矢を放つ。鋭い風を切る音が響く。
「《ウィンドステップ》!」
リリアは風の魔法を発動し、軽やかに横へ跳ぶ。しかし、偽リリアはすでに次の矢を番えていた。
(速い……!)
矢をかわし続けるだけでは埒が明かない。リリアは息を整えながら、弓を構えた。
「《マルチショット》!」
リリアの放った矢が三本に分裂し、偽リリアへ向かって飛んでいく。
「《シャドウステップ》」
偽リリアの姿が一瞬揺らぎ、まるで影の中に溶け込むように消えた。
(しまった……!)
リリアが矢を番え直した瞬間、背後から気配を感じる。
「――甘いわね」
偽リリアが矢を突きつけていた。
「……これで終わりね」
「まだよ!」
リリアはとっさに前転して距離を取り、すかさず矢を構える。
「……本当に戦うしかないの?」
「ええ、そうよ」
偽リリアは弓を下ろすことなく、冷たく告げた。
「なら、あなたを仲間にすることもできないのね」
「最初から無理だったのよ」
リリアが再び矢を番えた瞬間、リリアの意識が急激に暗転していった――。
試練を終えたレオンたちは、広場の中央に集まっていた。
「はぁ……キツかったぜ……」ガルムが疲れたように座り込む。
「まさか自分自身と戦うことになるとはね」アイリスも深く息をついた。
「みんな無事みたいね」
リリアが微笑みながら歩み寄る。
「お前も大丈夫だったのか?」レオンが尋ねる。
「ええ、なんとか……」
リリアは少し疲れた表情を浮かべながらも、弓を背負い直し、仲間たちの顔を見渡した。
「これで試練は終わったんだよな?」
「ああ、これで『封印の神殿』へ行けるはずだ」
レオンの言葉に、全員が気を引き締める。試練を乗り越えた達成感に浸る間もなく、次なる冒険が始まろうとしていた。
そして彼らは、次の目的地へと歩みを進めた――。