影の力①
勇者パーティーはダンジョンの奥へと進んでいた。壁には古い魔法陣が刻まれ、不気味な雰囲気が漂っている。
「さて、この先どうする?」
ガルムが大剣を肩に担ぎながら言った。
「魔物の気配が濃くなってきたわね。おそらく強敵が待ち構えているわ」
アイリスが周囲の魔力を探るように目を閉じる。
「なら、俺が先行して囮になろうか?」
レオンが提案するが、リリアはすぐに反対する。
「ダメよ!あなたが負傷したら戦えなくなるでしょ?まずは遠距離攻撃で様子を見るのがいいわ」
「確かにな。リリアの弓とアイリスの魔法で牽制しながら、敵の動きを見るか」
ガルムが頷く。
「決まりね。レオンはその隙に懐へ飛び込む、でいい?」
「わかった。それで行こう」
(おお……ちゃんと作戦を練ってるんだな)
そして、彼らは武器を構え、慎重に前へと進んでいく――。
「この先、何かいる……」
アイリスが杖を握りしめながら警戒を促す。レオンを含むパーティー全員が武器を構えた。
(俺は何もできないのか……)
さとるは影のまま、勇者レオンの足元に張り付いていた。自分の体を持たない感覚には、まだ慣れることができない。
(俺は……本当にただの影なのか?)
意識はある。しかし、手足は動かず、声も出せない。レオンが動けば、それに合わせて自分も地面を滑るように移動するだけだった。
(何か、何かできるはずだ……!)
必死に指を動かそうとするが、まるで感覚がない。影の中に閉じ込められたような、もどかしい気持ちが募る。
周囲では勇者パーティーが慎重に進んでいた。レオンの影として存在する以上、自分も彼らと一緒に冒険しているはずなのに、何もできない。
(考えろ……影でもできることがあるはずだ……!)
しかし、どんなに頭をひねっても、思いつくのは「動けない」「話せない」「触れられない」という事実ばかり。焦りと苛立ちが胸を締めつける。
(まさか……本当にただの影なのか?いや、それは違うはずだ……!)
何かが引っかかる。転生したということは、何かしらの意味があるはずだ。ただの影として終わるはずがない。
(俺は……ただの影じゃない……はずだ……!)
その時、ダンジョンの奥から低いうなり声が響いた。重々しい足音が洞窟内に反響し、地面がわずかに揺れる。パーティーの面々が警戒を強める中、レオンが剣を構えた。
「気をつけろ……この気配、ただの魔物じゃない」
暗闇の中から現れたのは、全身を黒い甲殻で覆われた巨大な魔獣だった。四足歩行のそれは、まるで鎧をまとった獣のようで、赤く光る瞳がこちらを鋭く睨んでいる。
「……っ、アイリス、あいつの正体わかる?」
リリアが弓を引き絞りながら尋ねると、アイリスは急いで魔導書を開き、ページをめくった。
「これは……“アダマント・ベア”! 並の攻撃じゃ傷一つつけられない、厄介な敵よ!」
その名を聞いた途端、パーティーの空気が一気に張り詰める。アダマント・ベア――魔法も物理攻撃も効きにくい強固な防御力を誇る魔獣で、遭遇すれば最悪、全滅の可能性すらある危険な相手だった。
レオンは剣を握りしめながら、冷静に戦況を見極める。
「硬いだけなら、どこかに弱点があるはずだ……!」
リリアはすかさず矢を放つが、アダマント・ベアの分厚い装甲に弾かれてしまった。金属がぶつかるような鋭い音が響く。
「くっ……やっぱり矢じゃ無理か」
アイリスも魔法を詠唱し、火球を放つ。しかし、それすらも表面の硬い甲殻に阻まれ、まるで効いている様子がない。
「……どうする? このままじゃジリ貧だぞ」
ガルムが身構えながら問いかける。アダマント・ベアはじりじりと距離を詰め、鋭い爪を振りかざした。その一撃が地面をえぐり、土煙が舞い上がる。
レオンは後ろに跳んで回避しながら、息を飲んだ。
「正面からの攻撃は通らない……なら、隙をつくしかない!」
その時、さとるは影のまま、じっとアダマント・ベアの体を観察していた。そして、その巨体の下、喉元から腹部にかけての部分だけが、ほかよりも装甲が薄いことに気づく。
(ここだ……!でも声が出ないんだ。)
「レオン、あいつの腹部を狙え! 装甲が薄い!」
レオンはすぐに頷いた。
(ガルムナイス!)
「なるほど……よし、みんな、連携するぞ!」
パーティーは戦術を切り替え、一斉に動き始めた。
アイリスが急いで詠唱を始める。しかし、シャドウ・ビーストはその隙を狙い、レオンへと襲いかかった。
(レオン、避けろ!!)
さとるは叫びたかった。しかし声は出せない。だがその瞬間、彼の意識がレオンの動きに溶け込むような感覚がした。
「……!?」
レオンの動きが、一瞬だけ速くなった。まるで誰かが彼の身体を引っ張ったかのように。結果、シャドウ・ビーストの攻撃はかすり、レオンはすぐに体勢を立て直した。
(今の……俺がやったのか?)
さとるは確信した。影としてただ存在しているのではなく、何かしらの影の特性を活かせる可能性がある。
戦闘が続く中、さとるは試しにレオンの動きに意識を集中してみた。すると、ほんのわずかだが、彼の動きを操ることができるような感覚があった。直接動かすわけではなく、ほんの少し補助する程度。しかし、それだけでも戦況を変えられるかもしれない。
「レオン、今よ!」
アイリスの魔法が完成し、シャドウ・ビーストへと放たれた。光の魔法が闇の魔物を貫き、断末魔の咆哮とともに消え去る。
戦闘が終わり、レオンは息を整えながら呟いた。
「……なんか、今日は動きやすかったな」
さとるは微かに笑った。
(俺にも……できることがあるかもしれない)