転生
目の前が真っ暗だった。いや、目の前どころか、上下左右すべてが闇に包まれていた。自分がどこにいるのか、どこを向いているのかすらわからない。
――俺は、どうなったんだ?
最後の記憶は、部活帰りの交差点だった。信号は青。何の問題もなく横断歩道を渡ろうとしたはずだった。
しかし、次の瞬間、激しい衝撃と共に体が宙を舞った。
「……っ!?」
視界がぶれる。何が起きたのかも分からないまま、地面へと叩きつけられる感覚があった。
痛みが走る。だが、それも一瞬だった。
車のクラクションの音。誰かの悲鳴。遠ざかる意識の中で、ぼんやりとそれを聞いた。
――もしかして、死んだ?
その考えが脳裏をよぎる。もしそうなら、ここは死後の世界なのか?
感覚を研ぎ澄ましてみる。手を動かそうとしたが、動かない。足も同様だ。いや、それ以前に、自分の体がどこにあるのかすら分からない。
まるで、ただの「意識」だけが存在しているかのようだった。
――どうなってるんだよ、これ。
不安が膨らむ中、ふと遠くから声が聞こえた。
「……もう少しでダンジョンボスだ」
「油断するなよ」
会話だ。しかも、聞いたことのない内容。
ダンジョン?
まるでゲームやファンタジー小説のような単語に、思わず耳を澄ませる。
「はは、俺たちは最強パーティーだぜ? 多少の魔物が出たところで問題ないさ」
ファンタジーで最強?じゃあ勇者じゃないか!
どうしても「勇者」という言葉が頭に浮かんだ。
――勇者であってほしかった。
混乱しながらも、俺は聞こえてくる声に集中する。どうやら数人の集団が近くにいるらしい。
その時、視界がふっと開けた。
とはいえ、完全に見えるわけではない。ぼんやりとした光景が、まるで霧がかかったように映るだけだった。
目の前には四人の人影がいた。
その中の一人、銀髪の青年が目を引いた。堂々とした佇まい、鋭い眼差し、腰に佩かれた剣。彼こそが「勇者」なのだろうか?
だが、そんな彼を見ていると、違和感が生まれた。
――俺の視点が、低すぎる?
自分の手を見ようとした。しかし、そこには何もなかった。
さらに周囲を見回して気づく。
俺は、勇者のすぐ後ろにいた。
まるで、彼の影のように。
その瞬間、悟った。
――俺は、勇者の「影」になったのか……?せめて勇者パーティーの一員であってほしかった。
訳が分からない。けれど、これが現実なのだろう。
動けない。声も出せない。でも、意識だけははっきりしている。
勇者が一歩踏み出すと、俺も同じように動いた。
いや、正確には「ついていく」しかできなかった。
俺は本当に影になってしまったのだ。
こうして、俺の奇妙な転生生活が始まったのだった。
「前方に魔物! 構えろ!」
勇者の声が響いた。
その瞬間、空気が張り詰める。前方の茂みがガサリと揺れ、現れたのは、巨大な狼のような魔物だった。
「シャドウ・ウルフの群れだ!警戒しろ!」
「いわれなくてもっ!」
剣士の男がそう言った瞬間、さらに二匹の魔物が現れた。
「任せろ!」
勇者が前に出る。鋭い剣閃が光り、最初の魔物の首が跳ね飛んだ。
「火球よ、燃え盛れ!」
魔法使いの少女が詠唱し、炎の球が魔物を飲み込む。
「やるじゃねえか! 俺もいくぜ!」
斧を持った戦士が力強く叫び、二匹目の魔物を一撃で仕留めた。
――すごい、本当に勇者パーティーみたいだ。
だが、戦いはまだ終わっていなかった。
最後の一匹が鋭い牙をむき出しにし、勇者へと飛びかかる。
「しまった……!」
剣を振るう時間がない。魔法の詠唱も間に合わない。
――やめろ!
叫びたかった。だが、声は出ない。
俺は必死に動こうとした。しかし、何もできなかった。
その瞬間、剣士の男が素早く前に出て、盾を構えた。
「この俺がいる限り、勇者には指一本触れさせねぇ!」
魔物の牙が盾に弾かれ、怯んだ隙に勇者の剣が閃く。
「終わりだ!」
一刀のもとに、魔物は地に伏した。
「ふぅ……」
「でもなぜここにシャドー・ウルフが……」
「本来なら出ないはずなのだが」
(おいおい、いきなりハプニングか?いや、そんなことよりこの状況を説明してくれー!普通転生したら女神にあってチート能力をもらうのがお決まりだろーが!)
勇者一行は俺のことなど気にせず、ボス戦へ向かった。
ボス戦が終わり、勇者たちは息を整える。
――俺は、ただ見ていることしかできないのか?
俺は、影としての無力さを痛感した。
俺はただの影。でも、いつか……。
こうして、俺の転生生活が、勇者パーティーと共に始まったのだった。