第四話
「もっ…もう、ふざけないで!私は真剣に考えているのにっ!」
男の人と交際もしたことも、招待された夜会のパーティでも壁の花になっていた私に突然性交イベントが発生するなんてありえないっ……!!
「ん―――――――、性交って言っても、人間のそれとは違うけどね。クルミってばどんな想像したの?」
ケツァルはニヤニヤしながら、荷物をまとめた。
あまりのはしたない想像に顔から熱が引かない。
私は恥ずかしさと怒りとが複雑な忙しい感情と共に、ケツァルと再びラピスの後を追った。
ちょうどその頃、実技担当講師陣に深樹海からラピスの使役妖精の妖力と、クルミの魔力を探知したと情報が入った。あわてて深樹海の地図をその場に広げる講師陣。
「一体、どこから侵入を!?」
「護衛騎士は何をしているんだ!?」
「何を目的に…彼女たちの依頼は確か、ハチミツ採取のはず…座標は確認出来たか!?」
「詳細は掴めていませんが、このルートで行くと、目的地は古大樹…?」
古大樹の言葉にざわめきが一層深くなる。ヘーゼル伯爵の私兵団が五日経っても戻らないニュースは
まだ新しいものだったからだ。
「古大樹のヘーゼル私兵団捜索には王立騎士団も着手しているはず、まだ手付かずの未開のエリアだってあるのに、一体何を考えて…」
講師陣が一時口をつぐんだ後だった。
「そういえば、ガーリン講師がラピス、いえ、パーリンガル公爵の怒りを買ったとか…」
「そ、そうだ!私兵団はガーリン講師の教え子で編成されていたはず。公爵も実力を買っていただけに
この失態。伯爵夫人の病状は悪化する一方。爵位を約束されていたガーリン講師が――――――」
「いや、それにしたって、相手は真の妖精使いでもない生徒だぞ。」
「だからだ。この実務試験の依頼成功は将来も約束されるもの。そこに付け込んで
パーリンガル公爵令嬢のラピスに秘密裏に別依頼を仕掛けたのでは??」
講師陣が憶測を並べる騒ぎの中、学園長が姿を見せた。
「だいたい話は聞いた。ここで憶測を口にしていても仕方ない事。王立騎士団には連絡済みだ。
必ずラピス嬢の安全を確保せよ。ガーリン講師を私の前に連れてくるのだ。」
「はっ!!」
一方、古大樹を目指すラピスと使役妖精は、背に長い雷芯を持つ巨大トカゲ、デスグァームの巣に足を踏み入れてしまっていた。
デスグァームは、その頑丈な長い爪で肉を引き裂き、一方ではその雷芯で相手を感電させ狩りをする。
「そ…そんな、こんな数、資料にはなかったわ…」
『お言葉ですが、先にも申し上げた通り、ラピス様が踏み入れたルートは、昨晩見ていたルートとはずれている未開拓のエリア…私のシールドでもお護りきれるか…』
「ば、ばか言わないで!わたくしは絶対に依頼をやり遂げて――――っ!!」
襲い掛かるデスグァームの攻撃をスレスレで避けるラピス。
『幻刻の舞』
フリージアがデスグァームの群れに向かって、混乱と仲間割れを魅せる幻惑の術を舞った。
すると、デスグァーム達が次々に攻撃し合うカオス状態に。
『今のうちに、ラピス様!』
「な…なんだ、やれば出来るじゃない!このままシールドもお願いね!」
『ラピス様……っ』
ただ、フリージアの術にかかる事のない個体がいた。その個体は群れの長で、木々に身を隠していた。それがラピスの行く手を阻む。長の雷芯からラピスに向けて雷撃が落とされた。
「きゃっ!!」
幸い、ラピスは装備の端を焦がしただけだったが…
「フリージア!!そ…そんなっ…」
雷撃からラピスを護った使役妖精が、黒焦げと化していた。バリバリと雷撃の衝撃の強さが残る。
「フ…フリージア、待って、今、回復魔法を――――――っ!!」
力なく横たわる黒焦げのフリージアに回復魔法を掛けようと傍に駆け寄るラピスに襲い掛かるデスグァーム。その攻撃を受け止めたのは、ケツァル、クルミの使役悪魔だった。
「“ペネトレイト・ブレイズ”!!」
そこへ、デスグァーム目掛けて、業火が矢を模した攻撃を、クルミが放った。
クルミの攻撃は見事、デスグァームの核を射抜き、長を失ったデスグァームの群れは、フリージアの術の効果が薄れたのか、森の奥深くへ姿をくらましていった。
バチィッ!!
「ど、どうして、わたくしの回復魔法が弾かれてしまうの!?」
どんどん呼吸が小さくなっていくフリージア。雷撃の衝撃がまだその体に残っている。
「まぁ、この使役妖精は役目を終えたと、自分で判断しているようだよ?」
「や、役目を終えたって、どうゆうこと、ケツァル?」
「妖力を酷使させられすぎたんじゃない?ご主人様に。ここの瘴気もそうだけど、
妖精には過酷な状況だ。しかも収納魔法とシールドも使わせてたんでしょ?使役妖精はご主人となる者の信頼や愛情でその妖力や能力を何倍にも出来る。けど、ボクの見立てではラピスはフリージアに対して妖精を愛でる気持ちより、護衛としてしか接していなかったんじゃないかな?」
「―――――――。」
ケツァルの言葉はもっともだった。
私も学園でラピスをずっと見て来たけど、使役妖精を大切にしようとする心は見えなかった。
常に、肩に乗せてフリージアの妖力を誇示させていたくらい。時には侍女の様な身の周りの世話までさせていた。それを周りの生徒は「優秀な妖精」と見ていたが、フリージアの気持ちを考えると胸が痛くなった。
何度も何度も回復魔法を発動させるラピスだったが、その効果はフリージアには届いてはいなかった。
「そんな、そんな、ダメよフリージア。わたくしが悪かったわ、心を清め、改めるわ。だからどうか…」
両手を広げたくらいの、その小さな体は、細かな光となって、空高く消えてしまった。
「フリー…ジ…ア…」
ラピスの言葉は届かなかった。その場に心痛の叫びが響き渡る。
ラピスが悲しみに暮れる中、私は彼女に掛ける言葉を見つけられないでいた。でもこのまま、この森にいるのは危険だ。何とかして悲痛に暮れるラピスを動かさないと。そう思った時だった。
見覚えのある人物が、私たちの目の前に現れた。
「ガ…ガーリン講師…?どうして、ここに?」
「……どうやら託した依頼は、まだ達成出来ていない様だね。おまけに、妖精使いともあろう者が、その妖精を失った様だ?」
ガーリン講師の言葉に、その場にへたり込んでいたラピスの指が反応した。
「どういう…ことですか??」
涙を拭いて、ラピスが姿勢を正し立ち上がった。
「たしかにラピス嬢、キミは優秀な妖精使いの生徒だ。パーリンガル公爵の庇護の許、どんな我儘も許される。あの時もそうだ。わたしがやっと公爵の目に止まり、結成した私兵団が、この深樹海に入り戻らなくなった時、土下座して謝罪するわたしの頭を足蹴にする公爵を陰から見て薄気味悪く笑っていたな。」
「―――――――っ…」
「あの時の、わたしの気持ちなんぞ、お前にはわかるまい。だから妖精ごと公爵の可愛がる娘を始末してやろうと思ったのに、まさかの邪魔が入っていたなんてな。思いも寄らなかったよ、妖精に愛されない辺境伯爵令嬢、クルミ。」
「え――――――…」
「普通あれだけ日々罵られたら、そんな相手を助けるなんて思い浮かぶものか。
まぁ、あの使役妖精さえいなければ、この深樹海から抜け出すことも出来まい。ここでお前と、目撃者のクルミ、そしてそこの…護衛騎士の者か?お前も始末してくれる。」
「いや、ボクは悪魔ね。」
「ああ、悪魔だったか……――――――悪魔?」
ガーリン講師はそれまで相手にしていなかったケツァルをまじまじと見た。
一見護衛騎士にも似た黒ずくめの装備、艶のある黒髪と尖った耳に、宝石のような赤い瞳。
ついでにケツァルがガーリン講師を魔力で威圧した。
その威圧感に腰を抜かしたガーリン講師。腰を抜かしたまま後ずさりする。
「な…なんで悪魔がっ!?一体どうなって…まさか、クルミが!?」
脅えるガーリン講師を前に、ポリっと頬を掻いた私は、にっこり笑ってケツァルのことを紹介した。
「どうやら私の魔力は悪魔寄りだったみたいで…」
その場にいた悪魔がクルミの使い魔だと知ってもなお、ガーリン講師は地に這いつくばりながら後ずさりし、私たちのいる場所に自身の血を付けた書簡を投げつけてきた。
「あ…悪魔がなんだ!!わたしは必ず爵位を手に入れる!どんな手を使っても!だが、もうあの公爵はどうでもいい!!どうせあの妻も、じきに死ぬ!ここでお前たちを始末して、公爵も殺してやる!」
ボン!!!
書簡が爆発した瞬間、ケツァルが私とラピスを抱え、宙に飛び上がった。
爆発と同時に周囲を煙幕が覆う。そんなケツァルが飛び上がった方向に、何かが伸びて、ケツァルの頬を翳めた。
「ケツァル!!」
「大丈夫だ、クルミ。しかし、あいつはたしか…」
徐々に煙幕が晴れ、視界が広がっていく。
私たちの前に現れたのは、レシーと呼ばれる木の妖精。だけど、通常の個体とは違い明らかに変色していた。
「はははは。こいつはわたしが改造したレシーだ。」
「改造…?妖精を?」
その見た目は、アッシュグレーを更にくすませた木の枝が幾重にも本体に巻き付いたおどろおどろしい魔物のようで、とても以前妖精だったとは思えない姿だった。
「悪魔以上にゲスな男だな。」
そう言いながらケツァルは、私たちと共に地に降り立った。
さっきまでフリージアの消滅に涙していたラピスは、そこにはもういなかった。
「こんなところで、死ぬわけにはいかないわ。わたくしも、クルミもよ!」
「そうね!ケツァル、フォローお願い!!」
「お任せください、ご主人様♡」
私は、レシーの枝の攻撃を躱しながら、本体の核へ攻撃するタイミングを狙う。レシーの攻撃は伸縮自在。伸びきった枝が反転して背中を貫こうとするが、それはケツァルがフォローしてくれた。
「ふん、悪魔だか何だかしらないが、わたしのレシーがただの生徒なんぞに負けるわけがないだろう。」
「――――――で、どちらにいらっしゃるのですか、ガーリン講師?」
ガーリン講師は私たちの戦闘最中に姿をくらまそうとしていたが、そこを見逃がさずラピスが立ちはだかった。立ち上がったガーリン講師は、その場にラピスを押し倒すと、殴りかかろうとしたが、それよりも先にラピスが結界を張った。ガーリン講師を白魔法の応用の結界で閉じ込めたのである。
「わたくしはたしかに戦闘には不向きではありますけど、あなたの様なゲスを取り逃がすほどマヌケでもありませんわ。ガーリン講師、わたくしはあなたを断罪します!」
「こっの、小娘がぁ…こんな結界など!!」
すると、ザザザっと馬を走らせた王立騎士団が姿を現した。
「パーリンガル公爵令嬢、ラピス殿とお見受けする、無事でしたか!」
「ええ。わたくしは今依頼中の身ですので、この講師の断罪を学園長に。」
「――――――残念ですがラピス嬢、この依頼は中止の達しが学園長より出ております。我々王立騎士団も収集される大事、どうぞこのまま学園にお戻りください。」
「しかしっ、わたくしはっ…―――?クルミ…??クルミはどこ!?」
「?? こちらにはラピス嬢と、この講師しかおりませんよ?」
「そんなはずはないわ!わたくしさっきまで…っ」
「磁場を迷わす森です。ラピス令嬢は私と共に。他はもう少し捜索に当たれ、まだ近くにいるかもしれん。」
戦闘中の私には、ラピスと騎士団のやり取りなど聞こえていなかった。というより、ケツァルがこの戦闘で足手まといになるラピスを騎士団に任せたと言えばわかるだろうか。
ケツァルはラピスがガーリン講師に結界を張るやいなや、自身のエリアにも結界を張っていたのだ。
私は、自分が使える最大威力の火炎魔法をレシーにぶつけた。
消えない炎。これが私の最大火力魔法。その時だった。消えない炎に包まれたレシーから苦しむ声がした。
《たす…けて……た…す…け…》
これは、レシー本体の声。レシーの改造に苦しんでいた記憶が私の頭に流れて来た。
私は消えない炎に飛び込んだ。
「クルミ!!」
「ケツァル!!レシーの核だけでも助けないと!!お願いっ、力を貸して!」
「まったく、妖精は世話がやける…」
ケツァルがその場に魔法陣を描きレシーにぶつけると、レシーの本体を取り巻いていた枝が消滅し、本体だけが残った。私の消えない炎も消し去り、その場にレシー本体が崩れ落ちた。
ケツァルも、私の頭に流れたレシーの記憶が見えていたんだろう。助けられなかったレシーの核を手にした私の肩に優しく触れる。
「ボクの魔力も無限じゃないからね?」
「?」
レシーの核に優しく触れるケツァル。すると、核からシュルシュルと芽が伸び、緑の美しい妖精が姿を現した。私は、そのあまりの美しさを呆然と、ただその場で見入ってしまっていた。
「な、なにしたのケツァル?」
「時戻しの魔法陣を使っただけだよ。あの講師の男に捕まってからかなり経過していたから、ボクの魔力消費も半端ないし――――――ほら。」
ケツァルの言葉に、彼のほうに顔を向けると、さっきたしかに消滅したと思っていたフリージアが
ひょっこり姿を現した。
「え…ええ??フリージア…良かった――――――。でもどうやって?」
「ああ、消滅は見せかけ。あのご主人にはいい薬だろ?これで再会したら、よりいい関係が築けるんじゃないの?」
「ケツァル、ありがとう。」
「ボクとしては早く帰って、クルミとのんびりしたいよ。」
やれやれと肩を落とすケツァルの姿に、再生したレシーとフリージア、そして私も声を出して笑ってしまった。
お読みいただき、ありがとうございます。
至らぬところばかりではございますが、楽しんでいただければ幸いです。