第三話
「きゃああああああっ!!」
ラピスの前に現れたのは、猪の魔物モーリィだった。鎧を纏い、魔法は使わないが、片手に持つ剣と
鋭い牙を使って、好物の人間の肉を引き裂いて食べると言われている、討伐対象ランクAの魔物だ。
しかも、五体に囲まれていた。
『ラピス様、下がってください!!』
そう、自身も震えながら、主人を護ろうとモーリィに立ち向かう使役妖精は、シールドに限界まで魔力を集中していた。シールドに全魔力を注いだ影響か、収納魔法が解除され、ラピスの持ち物がそこら一面に散らばっていた。
「ちょっ…ちょっと、使役妖精、あなたシールドは完璧って言っていたじゃない!?
こんな所で、わたくしっ…」
もはやラピスの言葉はフリージアの耳には届いていなかった。フリージアのシールドには隠密と防御の効果があるが、ラピスの魔法シールドと合わせていても、収納魔法も使わされていたら、完璧であるはずがなかった上に、どうやらこの森に蔓延る瘴気もフリージアの体力を奪っていたようだった。
どうやってこの場を切り抜けるか。
私のいる位置からラピスの状況は把握出来る。ただ一度選んだルートから外れれば磁場が狂って、ほぼ元のルートには戻れない。けど、そんな事言ってられない!
「“ペネトレイト・ブレイズ!!”」
業火が矢の形を模して、モーリィ達を貫いた。モーリィの核を貫けたのは三体。あと二体は、業火の矢を引き抜き、標的を私に切り替え、襲い掛かって来た。
「―――――!!クルミ!?」
私の攻撃に激高したモーリィ二体が、猛突進してくる。
「“イグニース・バースト!!”」
いくつもの炎球を、モーリィに向けて放つが、一体には避けられて、間合いに入られてしまった。
剣を振りかざすモーリィに、回避手段がない私は、腰から下げていたフライパンで防御を試みた。
「クルミ!!」
ところが、モーリィの一撃を喰らうどころか、私の足元に、モーリィの首がボドっと落ちて来た。
「――――――っ!!」
そのためらいのない一撃を繰り出したのが、ケツァルだった。手刀一撃。
ケツァルは、私からフライパンを取る上げると、笑い出した。
「ふ…フライパンっ…くくく、もっと盾とかあるんじゃないの…っ」
「わ…笑わないでよ…必死だったんだもん…」
「悪い悪い、遅れた。でもクルミが無事で良かったよ。」
ケツァルは、私をその場に立たせ、体についた埃やら葉をポンポンと払ってくれた。
ラピスを助けるために、元のルートに置いてきた荷物も、いつの間にかケツァルが手にしていた。
彼はその荷物にフライパンを加えると、収納魔法に収めた。
そんな私たちをポカンと口を開けて、ラピスとフリージアが見ていた。
明らかに、私を主人として扱うケツァルに送る不思議そうな視線。それに気づいたケツァルがラピス達に声を掛けた。
「キミは大丈夫だった?使役妖精さんも。」
その心地よい声に加えて、艶のある黒髪、整った顔、宝石のように赤い瞳を持つケツァルに頬を赤らめるラピスだったが、その耳元でフリージアが呟いた。
『ラピス様、あれは悪魔ですよ!』
あれは悪魔ですよ!……
「あ、悪魔…!?あなた、悪魔なの!?なんでクルミに…まさかっ」
ケツァルは、姿勢を正しラピスに挨拶をした。
「はじめまして、クルミに召喚されました悪魔、ケツァルと申します。以後お見知りおきを。」
ラピスは、自身の使役妖精に目をやる。フリージアも肌でケツァルの潜在魔力の高さを感じているようで、少し体を震わせていた。
「どういうこと、クルミ!?使い魔ですって?妖精を使役出来ないからって、悪魔使いに乗り換えたの?」
「いや、これには深いわけが…」
私が自分の身に起きた事実を話そうとした時、ケツァルが私の腰に手を回し、抱き寄せた。
「ボク達悪魔だって、ご主人様は選びますよ。ましてや、その主が人間ならなおさら。
クルミとは、あの倒壊した塔で出会ったんだ。魔力の波長が合ったんだよね。クルミの魔力は悪魔寄りだから、妖精使役には向かないんだ。キミの使役妖精もクルミとは距離を置いているよね?」
「あ、悪魔寄り…?だから今まで、妖精を召喚出来なかったの…?」
「そういうこと。ご理解いただけたかな?」
私が話そうとしていたことを、端的にまとめケツァルが説明してくれて助かった。私がどう言っても信じてくれそうにないものね。すると、ケツァルがラピスの使役妖精に手を伸ばした。
『何を…っ』
「キミも今のままじゃツラいでしょ?」
ケツァルはフリージアを結界で包み込んだ。普通なら悪魔が妖精を助けるなんてことはあり得ない。
フリージアは赤い結界に包まれ、その魔力も回復を見せていた。
『どうして…?』
「キミがキミのご主人様を助けたいと必死だったからだよ。健気だよね。クルミの探知範囲から逸れない様にご主人様を誘導してさ。」
『――――――っ、知って…』
「わかるさ。妖精の羽根から出る妖鱗を落としていただろう?クルミもそれを追って来ていたからね。ルートは若干違ったみたいだけど。」
それを聞いたラピスは、フリージアを扇子で叩き落とした。
「なにそれ!?そんな…それじゃあまるで、わたくし一人じゃクリア出来ないとでも言っている様なものじゃない!使役妖精のくせに、妖鱗を落とすにまで力を使っていたからシールド効果も効力を発揮出来なかったのではなくて!?」
地面に叩きつけられたフリージア。その羽根は、土にまみれてしまっていた。それでも叩かれた頬を手で押さえて、主を危険に晒したくないと訴えた。
『ですが、ラピス様が選ばれたルートは未開拓のものです!どんな魔物が潜んでいるかワタシでも把握出来ていません…無礼を働いたのは承知の上です。お許し下さい…』
「ふん、少しでも難易度を上げたルートでないと高評価を得られないと言ったでしょう!?」
私は、ラピスの行為に驚きと怒りを覚えた。使役妖精を叩く?そんなこと、主人の身を案じて、自分の魔力を削ってまで危険を回避しようとしてくれていたのに、そんなこと許されるわけない。
「…そんなに評価が大事なの、自分の使役妖精より?」
私の意見がラピスには頭にきた様だった。音を立てて閉じた扇子を私に向けてこう言い放った。
「当たり前でしょ!?わたくしは王国妖精省次官を務めるパーリンガル公爵の娘。この実技試験の結果がどれだけ家柄に反映されるかご存じないのかしら、辺境伯爵家の方は。この結果は、将来の地位も確立される基盤の一部になると共に、現当主の評価を上げる物差しにもなる。いづれ長官を担うお父様の為にも失敗は許されませんの。」
そう、ラピスは妖精との共存を管理する、この国になくてはならない重要地位、妖精省次官を任される父を持つ公爵令嬢。対して私は、国境警備の中佐の父を持つ、ペルジック伯爵の娘。将来は妖精の力を使い戦場で負傷兵を癒す軍医部隊に配属する、そう父は望んでいたが、もはやそれも叶わないのが現状。黒魔法を得意とする私は、魔法学院への転校を望んだが、父はあくまでも妖精にこだわっていた。戦闘部隊に黒魔法使いは多い。現状、人手不足なのが軍医部隊だった。
「あなたの家の事なんて、どうでもいいわ。とにかく、この先わたくしの邪魔だけはなさらないで!」
ラピスは、そう言い捨てると再びフリージアを従え、スタスタと深樹海を奥深く進んで行った。
私だって、出来るなら家の為、お父様の為に役に立ちたい。でも
「…――――――悪魔寄りじゃあ…治癒なんてとても…」
思っていた事が、いつの間にか口をついて出てしまっていた。そばでモーリィの肉を手際良く裁いて食糧にしていたケツァル、わたしのこぼした言葉を聞き逃さなかった。
「クルミって、回復系の職に就きたかったの?」
そう言われても、私の魔力の性質からいったら、もう攻撃系一択しかないんだと思い、私は
服の裾を握りしめていた。
「出来るけど?やってみる?」
「え…!?出来るの…?召喚出来たのが悪魔だったから、てっきり攻撃系ジョブしかないかと思ってた。でもどうやって?」
「まぁ、性交とかで。」
「せっ……!?」
お読みいただき、ありがとうございます。
至らぬところばかりではございますが、楽しんでいただければ幸いです。