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第二話

 明日の依頼(ミッション)を控え、防具やら道具やらの準備に追われ、部屋を出て行ってしまったご主人様(クルミ)。で、ボクは何をすれば…?


 ご主人様(クルミ)に召喚される前、ボクは魔界の廃城にいた。もう何年も主を迎えていない城の埃たるや、つもりに積もって逆に真っ白だった。

ただ、ここは風通しが良く、毒川の堀付な為、多種多様な毒素に耐性がないと悪魔ですら危うい城だ。

何故ボクがこの廃城に滞在できるかって?

 なんたって、ボクは生まれながらの解毒体質の持ち主なのだ。

まぁ、大抵の悪魔に毒は効かないが、キャパは決まっているからね。


 いつものように、唯一きれいに整えた部屋のハンモックで、昼寝をしようと準備していた時だった。


「おお、住めるようになったじゃないか。あのクッソボロボロからスゲー。」


魔鳥族が窓越しに話しかけて来た。


「アイビス…なんでいつも昼寝の時間に来るの?ボクの事キライなの?」

「いやいや、嫌うだなんてとんでもない。お菓子持ってきたし。毒見のやつ。」

「毒見かよ!?」

「俺に喰えってか?無理言うなって。毒耐性ないしー。」


ボクはサイドテーブルに置かれたクッキーを一口含んだ。


「…問題ないよ、ふつーに美味い。今回は誰に渡すんだよ?」

「ヴァンパイアのご令嬢だよ。夜にしか会えないから難儀なんだが、とってもかわいらしいんだ。

ケツァルにも会わせてやりたいね。お前もそろそろ身を固めろって言われてるんだろ?

悪魔のくせに恋人は人間がいいとか、夢見すぎじゃね?」


 そう言い捨てて魔鳥族のアイビスは、クッキーを手に窓から飛び去って行った。


ボクだって出来る事ならアイビスの様に、手あたり次第?恋というものを経験してみたい。

けど、いないんだ。ボクの魔力と波長が合う相手が。かといって人間を相手にしたところで寿命が違いすぎる。人間の時間など儚いものだ。そんな淋しい思いはごめんだ。出来る事なら同じ時間を生きていたい。


 そんな夢物語に思いを馳せたところで、何もない時間がただ過ぎていくだけだった。

ハンモックによしかかった時、支えていた木枠がミシミシと音を立て、ボクは床に叩きつけられた。


パキンッ


ハンモック布の下で、薄いガラスが割れた様な音が響いた。


「え?」


すると、その音と共に部屋中に転移魔法陣が展開、緑色の光に包まれて、気付けばボクは崩れ落ちる塔の中で、放っておけば確実に瓦礫の下敷になる少女を助けていた。

その少女は近寄っても魔力酔いしない、ボクの魔力と波長の合う人間の娘だった。気絶している娘の記憶をたどる事なんて容易い。けれど、その記憶は見るに堪えないものだった。

 妖精使いを夢見る少女。名前はクルミ。ただ、ボクの魔力と波長が合うということは、彼女の魔力は妖精には適さないと物語っていた。それでも描き続ける精巧な妖精召喚魔法陣。どんな思いでこんなに描き続けてきたんだろう。興味が沸いた。

 そんな事を思い耽っていると、ご主人様(クルミ)が帰って来た。



―――――――――― ☆ ―――――――――――



 回復薬をはじめ、薬草、解毒草、干し肉にドライフルーツ。欲しい物は手に入った。

もう夕方だったから、店を閉めている頃かと思ったけど、学園が実習を明日行うという御触れが城下にも回り、店を開けてくれているようだった。これにあとは食事道具一式……

 そう明日の冒険に覚悟を決めて、私は自分の部屋のドアを開けた。


「おかえりなさい、クルミ。この茶葉おいしいね。クルミもどうぞ。」


 紅茶を嗜み、くつろぐケツァルがいたことに私はガクっと肩を落としたが、悪魔にも紅茶の美味しさがわかるのかと、感心し、勧められるがままに紅茶を口にしていた。


「ち…ちがう!!紅茶を飲んでる場合じゃなくて!私は明日の準備を…」


ハッと、ケツァルの空気にのまれている自分に喝を入れた私が見たものは、私の買って来た道具一式を

ベットに広げて確認している彼の真剣な表情だった。


「―――――――、で?クルミはこれらをどうやって持って行くの?」


私はケツァルの前で、手際よく、とんでもない大きさのリュックに道具や、炊き出し道具、テントを詰め込んだ。


「でっか…」


あまりの持ち物量に、あきれた表情を見せるケツァル。でも収納魔法なんて便利なもの勇者様クラスじゃないと使えないし、普通の冒険者は道具を自力で運ぶしかないのに。

 私がそう思っていると、ケツァルが私の担ぐリュックを外し、その場に置いた。


「あのねぇ、こんなの運んでいるだけで体力減らすつもりかな?魔物に遭遇したら戦う人は?」

「はい!私です!」

「体力と魔力が比例していることは?」

「知っています!!」

「知っていて、これか―――――――。ボクが収納してあげるよ。それだけならいいでしょ?」


 思いがけないケツァルの提案に、私はポカンと口が開いたままになっていた。

だって、今回の依頼(ミッション)だって、私に使役されたって、明らかにレベル違いなのに、ケツァルに何の得もないのに、不思議過ぎて、その疑問が口から出てしまっていた。


「な、なんで、得にならないのに、協力してくれるの…?」


 不思議がる私の手を、彼は優しく取り、私はケツァルの膝の上に抱き留められた。


「だって、クルミはボクのご主人様でしょ?」


ケツァルの細く長い指が、私の髪を絡める。驚いた私の頬が熱くなる。

恥ずかしくて、ケツァルの顔が見れない。私は俯いたまま彼の胸に手を置き、離れようと力を込めた。

けれど、ビクともしない。それどころか、ケツァルは私の両手の自由を頭の上に奪った。


「クルミはボクのものだ。たとえそれが偶然の出会いであったとしても。」


ケツァルの唇が、吐息が耳元を翳める。更に首筋を通り、いつの間にか制服のボタンを外されていた胸元に彼の牙が刺さるのを感じた。今までに感じたことのない感覚が、体に熱をもたらす。


「クルミは誰にも渡さない。」


頭がフワフワして、何も考えられない……って、そうじゃない!

しっかり、私!悪魔の甘い罠にひっかかってる場合じゃない、明日は依頼(ミッション)!!

 私は精一杯の力で、ケツァルの腕をほどいた。

イケメンの甘い罠で、心臓はバクバクだけど、それどころじゃない。明日行く深樹海は実習で一部しか行ったことがない。ラピスがもし違うルートを選んだら、何があるかわからない。とにかくルートを地図で頭に叩き込まないと――――――。




―――――――――― 王立妖精使役学園 ――――――――――



 学園長室では、明日の依頼内容を担当する講師陣が集結していた。


「人助けって、ほとんど探し物ですものね。もしその中でレアアイテムを手に入れられたら、

表彰するのはいかがでしょう。」

「そうですねぇ、薬草採取とアイテム採取を選んだ生徒は堅実だが、もう少し探求心が欲しいところでしたな。」


依頼資料を手に、講師達が意見を交わす。そこへ、学園長が入室した。全講師が立ち上がり一礼をし

着席する。今までの軽い空気に重圧がのしかかる。


「今回の依頼実習。とある生徒同士が勝負をするそうですね?」


学園長の発言に、クルミとラピスの担当講師の額に汗がにじむ。あくまで実習試験で勝負はご法度だからだ。


「た、確かに、そうは聞きましたが、決して難しい依頼内容ではなかったはずです。こちらを…」


担当講師は学園長に依頼書類を提出した。それに一通り目を通した学園長は安堵した様子だった。


依頼名  ★人助け★

依頼人  城下南の薬草屋

依頼内容 ハチミツ採取(魔物蜂に注意)


 学園長は承認印を依頼書に押印した。

それを受け取りながら、担当講師はこう続けた。


「人助けの依頼内容は、こちらのハチミツ採取の他、マンドレイク採取、皮素材の収集の援助、解毒処置などですね。」

「その程度なら妖精を扱おうが、それがなくても大丈夫でしょうね。間違っても深樹海に立ち入る事の無いように、生徒達に細心の注意を払って下さいね。」

「承知致しました。」


 担当講師は、承認印受諾により、頭を下げながら不敵な笑みを浮かべていた。



―――――――――― ラピスの部屋 ――――――――――



『ラピス様!クルミが街で準備を整えているところを目撃しました。ラピス様も準備は順調ですか?』


使役妖精が心配そうに、ラピスに声を掛ける。

そんな使役妖精の心配を他所に、ラピスは深樹海の難関ルートを選択した地図を手にしていた。


「簡単なルートじゃ、高評価を得られないわ。多少難関ルートでも、あなたのシールドと収納魔法があれば、わたくしは重い荷物なんて運ばなくてもいいし、魔物にも標的にされないはずだわ。いいわね?」

『わ、わかりました…』


 使役妖精に不安が過った。たとえ主人の命令でも、収納魔法を常時使用し続けると、シールドの効果が半減してしまう。深樹海の魔物は最近の瘴気の濃さもあり、狂暴化が目立ち、騎士団も手を焼いている始末だという。どこまで耐えられるか。


「妖精がいないクルミは、荷物だけで大変でしょうね。きっと選択ルートも簡単なものに違いないわ。

どれをとってもわたくしが有利ね!同じ土俵なんて、そんなもの初めからないわ。」

『……。』

「さぁ、明日のためにもう休むわ。あなたもしっかり休んでおきなさい。」

『はい、ラピス様。』


 使役妖精が窓越しに月を眺める。



――――――――――― ☆ ―――――――――――



 同じ頃、私は食事とシャワーを済ませ、深樹海の地図のルート暗記に集中していた。

対して、召喚してしまった悪魔ケツァルは、窓から見える月を、窓辺に腰掛けて眺めていた。


「人間界の月はきれいに光るんだね。魔界の月は青白い。」

「へー、そうなんだ。」


私は、とりあえず返答した。すると、ケツァルが、私が広げる地図の上におもむろに手を置いた。


「ちょっと、今ルート確認…」


地図の上の邪魔な手に、文句を言おうと顔を上げたのが悪かった。

ケツァルと唇が重なった。


!! なんで??


ケツァルが唇を、舌を、執拗に私を求める様に、絡めてくる。ルート確認に集中したいのに、

体勢事態戻させてもらえない、抗えないその悪魔のキスに、息継ぎもうまく出来なくなって、ついに私は気を失ってしまった。

 その場に体勢を崩したクルミを抱き上げ、愛おしそうにケツァルがクルミの額にキスをした。


「どんなルートでも、どんな魔物にもキミを傷付けさせたりしない。

今夜は、ゆっくりおやすみ。」


ケツァルは、クルミをベットに運ぶと、そっと布団を掛け、自身は羽根を広げて月夜の闇に消えて行った。

 その夜、私は夢を見た。

そこは、見渡す限りに広がる、四季折々の花々。空は快晴で心地いい風がその場に立つ少女の肌をかすめていく。しかし、彼女に近づく妖精達が次々に地に倒れていく。悲しみのあまり、その場に座り込み、両手で顔を抑え、涙を流す彼女の足元が黒く染まっていく。

 悲しみに暮れる彼女の手を支え、彼女の顔を映すその瞳は…一人の悪魔―――――――。


「…―――――――あ、私、寝て…」


 私が気付いて目を覚ました時、部屋にケツァルの姿はなかった。ふと、手を唇に当てた時、思い出してしまった。ケツァルの、悪魔のキスを。なんでいきなりキスなんてしたんだろう、私ももっと抵抗したら良かったのに…いつの間にか、彼の意見に納得してしまった自分がいるのだろうか。

“悪魔寄りの魔力”

 確かに、思い返してみればケツァルの言う通り。ラピスの妖精も、取り巻き達、同級生(クラスメイト)達の妖精も、講師の妖精でさえ私とは距離を置いていた。

“妖精には毒な魔力”

 それが、私の魔力…。


そんな事を考えていると、夜が明けていた。私は身支度を済ませて、用意したとんでもなく大きなリュックを背負い、実技試験会場へと向かった。

 すでに学園の中庭に位置づけられた会場では、薬草採取班、アイテム採取班、魔物討伐班が何組も揃っており、単独で実技試験に挑むのは、私と、自信をみなぎらせるように、腕を組んで立つ、ラピスだけだった。

学園長の言葉で実技試験スタートになる。


「それでは、これより王立妖精使役学園、実技試験を開始致します。みなさんの日ごろの成果の見せどころです。課題のクリアを期待しています。」


 それぞれの班に必ず荷物持ちがおり、それを担当するのは班の中でもランクが低く、結果、試験クリアのおこぼれを頂戴する者であったが、班すら組んでいない私に、そんな存在はいない。各班、挑む依頼(ミッション)に向かう者達から浴びせられる、冷ややかな視線。


「クルミの依頼(ミッション)て、ラピス様と同じなんでしょ?勝ち目なくない?」

「てか、その依頼(ミッション)てどんなの?」

「さぁ、ラピス様には教えてもらえなかったわ」

「なぁ、クルミ……っ」


 声を掛けられた私が振り向いた時、その男子生徒の前に担当講師が立っていた。


「他人の心配をする前に、目の前の課題をクリアすることに集中しなさい。」

「は…い…、すみません!」


 私に声を掛けようとした男子生徒のいた班は、慌てて出立した。

そして、男子生徒に冷ややかな言葉を掛けた担当講師は打って変わって、私に微笑みかけた。


「妖精が使えないあなたには酷ですが、体力、魔力勝負ですね。良い結果を期待していますよ。」

「あ、ありがとうございます。」


 この時、私は知らなかった。

この担当講師が私とラピスにだけ、高難度の依頼を仕掛けていた事を。


「さぁ、わたくしたちも出発するわよ。」


そうラピスは使役妖精に声を掛けると、明らかに、その使役妖精の顔色が冴えない事に私は気付いた。

私が近づきすぎた??いけない、離れないと。


「ね、ねぇ、ラピス。その子(使役妖精)、顔色悪いけど、大丈夫?」


私の一言がラピスの勘に触ってしまった様だ。

ラピスは持っていた扇子をバッと広げると、私を睨みつけた。


「妖精も使役出来ないあなたが、妖精の体調管理なんてしたことあったのかしら?

もちろんこの子の管理はしっかりしているわ、難癖つけないで!あなたは妖精なしで

自力で頑張るのね!!」

「わ、私はただ…」

「まだ何かあるの?こうしている時間が無駄だわ、行くわよ!」


 使役妖精は、申し訳なさそうに、けれど私に何か伝えたそうな表情をしながら、ラピスの後を追って行った。


 深樹海までは、どの班も通るルートで行ける。ただ、その一部から深樹海が入り込んでいるので、どこから、誰が深樹海に足を踏み入れたか、わからなくなることがあった。大抵のルートにはこの国の魔導師様達が、踏み込まないよう結界を張っていてくれているのだが、一部を学園が実習に使用している為、そこは学園任せになっているのだ。

 私は、学園任せになっているエリアから、古大樹に向かうルートに無事入れた。ただどうにも腑に落ちないのが、見廻りの護衛騎士の数の少なさだった。今日は実技試験だって明らかにわかっているから

依頼書の確認もしないのかな、そう思うことにした。

 普段、このエリアに入る場合、必ず護衛騎士に許可を得てからとなっていた。しかし、こうもいないのであれば無許可でもいいに違いない。ラピスは目視出来る範囲内を先に歩いていた。彼女も護衛騎士には許可を得ている様子はなかった。


 深樹海はその名の通りで、自分の位置を把握して行動しないと出口がわからなくなってしまう、磁場を狂わす森。その奥に何千年と根を張る古大樹は王国の聖域とされているが、この厄介な深樹海の魔物討伐が進んでいない現状があり、その蜜や葉、枝に至るすべてが希少価値の高い物とされている。

 今回の依頼であるヘーゼル伯爵夫人の病が何であるかは、わからないが、古大樹の葉のエキスなら、不治の病も治すという話だ。ちなみに、ヘーゼル伯爵は王国でも指折りの魔導師で、次期国務大臣、宰相ともいわれる方だった。この、ヘーゼル伯爵の私兵を見つけ出し古大樹の葉を手に入れる依頼、成功すれば辺境伯爵家である私も両親に少しは親孝行出来るだろうか…。


 そんな思いに耽りながら、森を進んでいると遠くでラピスの叫び声が響いた。






























お読みいただき、ありがとうございます。

至らぬところばかりではございますが、楽しんでいただければ幸いです。



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