第一話
立派な妖精使いになるために、王立妖精使役学園に通う、私の名前はクルミ。
在学三年目になるのにも関わらず、いまだ使役ランクはなし。妖精を使役する力がコントロール出来ないだけで、魔法学の知識と魔力量は学園歴代一位だ。けれど、いくら座学が一位でも、実技で妖精を使えないとなると、お話にならない。それが現実。
学園の実習室でいくつもの使役魔法陣を描く日々。けれど、私の魔法陣に応えてくれる妖精はいないまま。
「……黒魔法なら使えるのに…もうすぐまた試験……どうしたらいいの……」
手に持っていた指南書の文字が滲んで見える。指南書は図書室の重要書物。涙で濡らすわけにはいかない。
持っていた本を机に置き、私はその場に腰を下ろした。改めて教室の天井、壁、床一面に書かれた魔法陣を見る。その数に、実習室を通りかがる他生徒の引き気味の視線が刺さる。
「あれって、例のランクなし?」
「あれだけの魔法陣、普通魔力が保たないから、ある意味化け物だよな。」
「なんで王立妖精使役学園に通い続けてんの?」
「あー、たしか貴族令嬢だったよな、一応。ただ妹のが出来が良かったんじゃなかったっけ?」
そう、私は辺境伯爵家の長女。両親は幼い時から物覚えがよく、その抜きんでた魔力量をもつ私に期待し、王国一の妖精使いになれるよう期待し王都に、この学園に入学させた。しかし思い描いていた結果が出せず、ついには勘当状態。容姿端麗で病弱な妹に過度の愛情を注ぐようになった。
そんな事を思い返していると、バンっと実習室の扉が開いた。
「あぁら、クルミ。またこんなにダメな魔法陣で実習室を汚して、もう諦めて実家帰ったらどうなの?」
そう声を掛けて来たのは、座学学年二位、実習トップの成績を誇る公爵令嬢のラピスとその取り巻き達だった。ラピスは身分も総合成績でも申し分ないのに、座学の成績、潜在魔力量で私に劣る事を常に意識し、絡んでくる存在。取り巻き達も有名どころの伯爵令嬢ばかり。
「まだ、試していない魔法陣があるから…。」
私が立ち上がると、ラピスの取り巻き令嬢の一人が、机に置いた指南書に気付き、手に取った。
「まぁ、ラピス様。クルミの読んでる指南書、低級妖精のものばかりですわ。」
「いやですわ、こんなのに手こずっている方と同じクラスなんて。」
「お口が過ぎますわよ。そうそう、試していない魔法陣といえば。廃塔のどこかに幻の指南書があるとか、ないとか。まぁ都市伝説でしょうけど。試してみたらいかがかしら?」
高らかに私をバカにする笑いが響く中、私は取り巻きから指南書を奪い取り、実習室を後にしていた。本当は試していない魔法陣なんてない。もうどの魔法陣もやりつくした。だけど…――――。
ラピスの言う廃塔のどこかに指南書があるなら、たとえそれがウソだったとしても、探してみたい!!
「淑女が廊下を走るなどっ、はしたないですよ、クルミさん!!」
「ちょっと、おなかが痛くてトイレに急いでます―――――――!」
私を注意する講師の目の前に、トイレはあった。
広大な敷地を持つ学園の端に、何百年もそのままに取り残されている塔があった。
そこは廃塔と呼ばれ、講師陣でさえ足を踏み入れない場所だった。
一説では、過去に狂気に触れた妖精使いが、何かと戦って、そのまま狂死したとか。その何かは
明かされていない。眷属の妖精を脅かしたと精霊の怒りに触れたとか、魔力が暴走した、あるいは悪魔が、などなど言われているけど、真実は闇の中。
私が廃塔にたどり着いた時には、もう陽が暮れ始めていた。
鎖で幾重にも封がされていたドアに触れると、もはや形だけ保っていた鎖は朽ち果てボロボロと崩れ落ちた。
私は今頃、手持ちの装備がなにもない事に気がついた。
「ランタンくらい持ってくれば良かったけど…」
そう言いながら、ほこりだらけの軋むドアを押し開けた。すると、魔力に反応したのか、塔の中にそびえる螺旋階段の壁に添えられたキャンドルに火が灯された。
「わぁ……!」
螺旋階段に順次灯される火を目で追って上ばかり見ていた私が、ふと目の前に広がる空間に視線を移すと、埃とカビだらけの誰かが装備していたローブだけがそこに落ちていた。
思わずゾっとし、後ずさりしかけた足がドアに押し戻された。
バン!ガチャ!!
「なっ…!!」
「ラピス様は放っておけと仰せでしたけど、あなたの存在がなくなれば二日後の座学の試験、ラピス様が一位をお取りになられるわ!しばらくここで、魔法陣でもお探しなさいな!」
「せいぜい低級妖精でも使役出来たらいいですわね!」
そう言い残した取り巻き二人の、ケラケラした笑い声が遠くに消え去っていくのがわかった。
「え…閉じ込められた?これが、いじめ…小説で読んだことのある、あの展開。こうなったら王子様が
助けに来てくれる…ってわけないか――――」
最近、寝付く前に読む恋愛小説。自分には何一つあてはまらない設定が山盛りのロマンチックストーリーに憧れながら、どれだけの少女が手に取ったんだろう、今流行りの話題作があった。
そんな優しい世界が脳裏に浮かんだが、そのモヤモヤを手でパタパタと消し去った。
「とりあえず、あのローブは無視して、上に登ってみようかな。中階段になっているみたい。フロアに何かあるのかな?」
妖精は使役出来ないけど、攻撃魔法は得意だ。仕掛陣にでも触れたら、消し去ってしまえば…。
とかなんとか思っている間に、最上階に辿りついていた。
「…結局何もないか…」
壁と壁の横に続く継ぎ目にある埃をツーっと取り払った時だった。
明らかに継ぎ目ではない傷がある。文献にあるような円陣ではない。じゃあこれは?
私はローブが汚れるのも気にせず、壁に刻まれた文字を見ようと埃を払い続けた時だった。
パキンッ
薄いガラスが割れた様な音が、足元で響いた。それに気づいた時、もう事態は全て手遅れだと悟った。
あ…死んだかも―――
私の足元に小さな魔法陣があった。絶対触れたらいけないヤツだったと思う紋が刻まれていた。
その魔法陣が私の魔力に反応し、壁一面、天井、床に刻まれた見覚えのない文字が陣を組み、緑色の
光に塔の最上階が包まれた。
と、共に崩れ落ちる床。この高さから落ちたら……―――――――
覚悟を決めて、唇を噛み締め、目を閉じた私の体を誰かが支えた。
爆音を立てて崩れ落ちる廃塔。
最上階での緑の光は、居残っていた一部の生徒と講師達が目にしていた。もちろん崩れ落ちる廃塔の姿も。学園内は騒然となり、緊急時に控えていた騎士団が出動する事態となっていた。
この騒ぎに学園長の耳にも、廃塔が倒壊したことが入った。
「あの廃塔が…?」
「学園長、今騎士団達が対応に向かっています!幸い生徒はいないとの報告ですが…」
学園長に騎士がそう報告をするのを耳にした、居残っていた生徒の一人がおずおずと進み出た。
「?どうしたね、今日はもう下校の時間…」
「いえ…二時間前くらいに、クルミが入って行くのを見ました…」
「ええ!?」
一方で、帰宅途中だったラピスとその取り巻き達は、行きつけのカフェで談笑していた。
「あら…?今、揺れませんでした?」
「たしかに、グラっと、小さい地震でしょうか?」
すると、ラピスの使役妖精が何かに反応を見せる素振りをして見せたが、ラピス達は話題の小説の続編について語り、紅茶を飲んでいた。そしてラピスがある事に気付く。
「そういえば、帰りにクルミを見なかったけど、あの子本当に廃塔に行ったんじゃないわよね?」
「え…?」
「何、その反応?何か知っているのなら、話しなさい。」
「えっとぉ…、その…クルミが廃塔に入った所を、閉じ込めて来ました…」
「なんですって?」
「え、だって、そのほうがラピス様の為かと思って…」
ラピスの怒りに触れた取り巻き二人が、慌てふためき、顔が青ざめていく。
「わたくしの為って、どういうこと?」
「……座学の試験が明後日でしたので……クルミがいなければと…」
取り巻きの一人の言葉に、ラピスは開いていた扇子をバチっと音を立てて激しく閉じた。
「わたくしは、今まで実力でクルミと戦ってきたのです!そんな不正して勝ちを得たくありませんわ、
今までのご縁もここまでの様ね!失礼するわ!」
その場を後にしたラピスに付き従う取り巻きは他にもいる。カフェに残された取り巻き二人は、その場で泣き崩れていた。公爵令嬢の怒りを買ってしまったのだ。今後の道も閉ざされてしまったも同然。
「明日、朝一番に廃塔の様子を伺いに行きましょう、ラピス様。」
「そうですわ、ただの埃だらけの塔ですもの、クルミも大丈夫です、警備騎士の見回りで見つかりますわ、きっと。」
「…そう…よね…」
崩れ落ちた廃塔付近では、騎士団が私の救出を行おうと駆け付けてくれていたのだが、その力は私に届かないでいた。なぜなら――――――
「こんにちわ、ご主人様。」
「こ…コンニチワ…」
挨拶と笑顔が引きつる。なぜなら、この崩れ落ちた瓦礫の中で生きていることさえ奇跡であるのに、
目の前に、人の姿を保てる程の魔力を持つ妖精が立って、結界を張ってくれているのだから。
…でも、何かが腑に落ちない。なんだろう、全身黒ずくめ、艶のある黒髪と尖った耳に、宝石の様に赤い瞳…
「あ、の。」
「ん?」
「つかぬことを伺いますが、その…妖精…」
「悪魔ですよ?」
悪魔ですよ…悪魔ですよ…悪魔……
私の人生、色々詰んだ…――――――
「妖精さん…」
「悪魔ですって。さぁ、契約を結びにご主人のお部屋に行きましょうか。」
悪魔はそう言うと、右手の人差し指と中指を揃えて詠唱し、転移魔法を展開した。
気が付くと、そこは紛れもなく私の寮室だった。
学園と併設する寮だが、驚くほど静かだった。塔が倒壊したと、さっきまで悪魔の結界外では騒がれていたのに。どういうこと?寮にも、その情報は届いていていいはずなのに。
「ふふ、久々に新鮮な反応だよ。ここはボクの結界内。確かにご主人様の部屋にはいるけど、外からはこちらを把握出来ないんだ。他に質問は?」
悪魔と名乗るその青年は、私をご主人様というわりに、机に腰掛け、上から絶望しか感じていない、落込む私を見下していた。
「で…できれば帰っていただきたいんですが…」
「?なんで?」
「いや、なんでって、ここは妖精使役専門の学園でして、悪魔様はちょっと都合が悪いっていうか、
もう私ここにいれないんじゃっていう危機に直面していまして……」
「ご主人様がボクを召喚したのに?」
悪魔が怪訝そうな表情を見せる。もう、怖くて、召喚して申し訳なくて下しか見れない。
「しょ、召喚なんてとんでもない。きっと何かの手違いで、私は、妖精使いになりたくて…」
「え、でもご主人様の魔力、悪魔寄りですけど?」
「へ……?なんて……?」
悪魔寄りですけど――――――――??
頭が働かない、何を言われてるのか、全然入って来ない。私の魔力が悪魔寄りって?魔力に寄りってあったの??つか、悪魔って、使役出来るモノなの?
思考爆発してしまった私は、そのまま意識を失ってしまった。
フワフワした感覚に包まれて、私は夢を見た。そう、話題の恋愛小説のように、倒壊する塔から素敵な王子様が…王子…。が救出してくれる場面で、画面が真っ黒になり、更にその上から血が滴り落ち…
「…っはっ…はっ…は?」
クルミは悪魔とベットインしていたことに気付いた。
長くすらりと伸びた腕をずっと枕にさせてもらっていたらしい。私の横に、安らかな整った顔で眠る
黒髪の青年が…確か悪魔とか言っていたけれど…黒髪の青年がい…た。
その青年が私が起きたことに気付いたようで、前髪をさらりとかきあげながら笑顔を見せた。
「おはよう、クルミ。よく眠れた?」
悪魔だけれど、礼節は大事。
「おはよう…って私、名乗った覚えないけど…?」
ベットの上で不思議がっていると、青年の手がそっと私の頬から首筋に触れた。
「うん、クルミはボクの大切なご主人様だからね。情報は読み取らせてもらったよ。
もちろん、BWHも……ぶふっ!!」
BWHなんて、どんな情報を重視してんだ!!…と言いたいけれど、悪魔を怒らせてはいけないと思っているから言えないので、手近にあったクッションを投げつけた。
「ここ…は、まだ、あなたの結界の中なの…?」
「そうだね。昨夜のうちに、クルミがいないか何人か部屋を見に来てはいたよ。倒壊した塔にはもちろん、クルミはいないしね。騎士団やら学園長やらは大騒ぎで事態をどう収束させるか悩んでいるみたいだよ。ま、顔を出すなら早い方がいいかもね。」
そう言いながら、悪魔がパチンと指を鳴らすと、私は制服に着替え終わっていた。埃だらけだった後すらない新品のようだ。
「あなたは、私の事をご主人様と呼ぶけど、あなたの名前は?」
塔からも助けてくれて、大事に?ならないように密かに匿ってくれている悪魔を、名前でよばないのも失礼だと思った私は思い切って聞いてみた。それを待っていたかのように悪魔はきれいな微笑みを見せ、私の手を取った。
「名前は、“血の契約”を済ませたご主人様にしか教えられないんだ。血、もらっていい?」
悪魔は、私の手を取り、グイっと自身の胸元に引き寄せ、そのままシーツに埋もれさせた。
軋むベット。ちなみに私に男性経験はない。人間とも、もちろん悪魔とも!
けれど、私の腕を抑える悪魔の力が強すぎて、逃げようにも、逃げられない。
「わ、わたしっ、実は血の色緑で、美味しくないですから!!ほんと、契約とか無しで、あなたの世界に帰っていただけたらっ…」
「んなわけないでしょ。緑って…はははっ。ほらほら、優しくするから、いい子にしなさい。」
「なんで子供扱い…――――――っ」
艶のある悪魔の黒髪が、私の顔に触れる。首筋に牙が刺さるのがわかった。
あれよあれよという間に、“血の契約”を済まされた私は、悪魔の名前を知ってしまった。
彼の名はケツァルという。廃塔の最上階に刻まれた見覚えのない文字は、悪魔を召喚するための陣の一部だった。誰が刻んだのかは謎だが、適応魔力に触れない限り反応しない代物だと、ケツァルは話していた。それに反応してしまった私の魔力は…
妖精と悪魔は正反対の世界に存在するもの。妖精と人間の世界に、まさかの悪魔召喚をしてしまった私の行き場はもう…ないのでは?
「大丈夫だよ、クルミ。ボクはキミの影に潜んでいられるから。妖精みたいに常に傍を飛んだりしていないよ。」
「え、そうなの?だったら、とりあえず学園長に無事だったことくらい伝えに行けるかな。」
「行ける、行ける。行きましょー♪」
学園側では、倒壊した廃塔から、一人の学生(つまり私だ)を見つけるのに徹夜で作業が進められていた。そんなところにケガ一つない私が、学園長の前に姿を現したものだから、それはそれで物議をかもしていた。
「一体どれだけ肝を冷やしたか、昨日、あなたが廃塔に入って行くのを見たと言う生徒がいるのです。
本当ですか?一体何をしに、あそこは立ち入り禁止区域ですよ。」
「すみません、学園長…実は、風のうわさで廃塔に幻の指南書があると…」
「ああ、クルミさん。そんなものは存在しません。あなたが妖精を使役出来ないことについて焦る気持ちはわかりますが、もうこんな危険なことは、なさらないで下さい。」
「申し訳ありませんでした。」
そうお詫びをし、その場を去ろうと後ろを振り返った私に、学園長が声を掛けて来た。
「クルミさん。あの廃塔で何か見ましたか?」
「え……?」
顔を上げ、室内にあった鏡に映る学園長の顔が、いつになく険しくなっていた。
ここで、悪魔を召喚しましたなんて、死んでも言えない。隠し通さないと。そう確信した私は
「何もございません!!」
はっきりと背筋を伸ばして回答した。その勢いに押されたのか、学園長もしどろもどろに
「そ、そうですか。私も変な質問をしました。どうか忘れて下さいね。」
「失礼しました。」
学園長室を出たところで、ラピスと、その取り巻き達が待っていた。また嫌味を言われるのかと肩を
落とした私にかかった言葉はラピスの謝罪だった。
「その、ごめんなさい。わたくしの知らないところでクルミが危険な目に遭っていたなんて知らなくて。明日の試験も手を抜かず、受けて頂戴ね。」
「……心配してくれたの?」
「当たり前でしょ!まさか、わたくしの話を信じて立ち入り禁止区域に足を踏み入れるなんて、ビックリするじゃない!それで、座学試験に影響出て、実力を出せなかったなんて言われたくありませんもの。失礼するわ!」
ラピスは持っていた扇子をバっと開くと、口元を隠して私をひと睨みし、その場を後にした。
その日は一日中、廃塔の倒壊事件について話題は持ち切りだった。誰もが過去の謎を解き明かそうと
必死に文献を読み漁る始末。この異様な校内の雰囲気を一掃しようと、学園側は明日の座学試験を延期することにしたのだ。その代わりに、街の冒険者ギルドから、いくつか依頼を譲り受け、それをクリアする実技試験を執り行うことになった。
実技試験は、通常一週間ほど準備期間を与えられ、探索フィールドの事前確認も可能だったが、学園側は、あくまで実践に近いものを想定しクリアすることを課してきた。
とはいえ、妖精を使えない私には、依頼をクリアするなんてことは出来ない。そう思って聞いていた矢先、講師の話に耳を疑った。
「今回の実技試験ですが、クリア基準は不問です。どんな形であれ、クリアすれば合格とします。あなた達も学園を卒業したら、妖精頼りでは生きていけないでしょう。これは将来の職業についても考察してもらおうという企画でもあります。頑張って下さいね。」
講師の話が終わると共に、ざわつく教室内。どのランクの依頼でも、誰と組んでも、自分の得意スキルで挑める実技試験に、勝ちを確信する者達もいれば、仲良しだったはずのグループから早くも外される者もいた。実技試験の結果は家柄の格にも反映する。失敗は許されないものだった。
依頼内容も様々な種類とランクに分かれていた。
・薬草採取ランクC
・アイテム採取ランクB
・魔物討伐ランクA
そして最後に貼りだされた依頼が、生徒達の士気を最も下げたものだった。
・人助けランク?
「人助けって、どういうことですか?」
「そういうのは騎士団とかが動くものではないのですか?」
「依頼ランクも獲得報酬もわからないし、こんなの誰が……」
口々に人助け依頼に文句を垂れる生徒達の中で、待ったをかけたのがラピスだった。
「あら、これなら地道に行えば誰かさんでも可能なのでは?」
ランクなしでも、これならってね。文句を垂れていた生徒達も納得したようで、用意された依頼はすぐにさばかれた。そして私が人助けを申請しに行こうとした時、その横にいたのはラピスだった。
「え…、てっきりラピスは獲得ランクの高い、魔物討伐をするんだと思ってた。本気?」
「本気よ。どんな依頼内容かは知らないけど、座学試験が延期になってしまったんですもの。
たまには実技であなたに合わせてあげてもいいかしらと思ってね。それに獲得、報酬もわからないって、ちょっとギャンブルじゃない?」
このラピスの判断に、さすがの取り巻き嬢達も引き下がってしまった。家柄の名誉をギャンブルに賭けるわけにはいかない、そう思ったのだろう。
「別にいいわ、あんな取り巻き達。わたくしとクルミ。二人きりの勝負ね。」
「同じ土俵で……?」
「?なによ?」
ちょ…待って。本当に同じ土俵なのか疑問に思えてきた。だって私、悪魔と契約してませんでした?
まぁ、ケツァルには関係ないか。
「いや、同じ土俵でいいなら、私も負けないわ!」
「明日が、楽しみね。さぁて、依頼はどんなものかしら?」
私とラピスが課題の詳細を手にした。
依頼名 ★人助け★
依頼人 ヘーゼル伯爵家
依頼内容 ヘーゼル伯爵夫人の病を治せる古大樹の葉を採取しに行った私兵達が
五日経っても戻らない。私兵を見つけ出し古大樹の葉を手に入れて欲しい。
「―――え…」
私は、負けないわ。とすごんだ自分を恥じた。もう穴があったら入りたい状況だ。
古大樹の葉は、不治の病をも治す奇跡の葉で、その在り処は魔物の巣窟とされる深樹海を抜けて行かないとたどり着けない、冒険者で言えばSランクの難易度依頼だった。
と、横に目を移すと、私と同じ表情でラピスが立っていた。止まらない脂汗、真っ青な顔。
しかし、そんなラピスをそばで使役妖精が支える。
『大丈夫ですよ、ラピス様。ワタシのシールドがあれば、魔物に気付かれずに古大樹まで行けます。
ラピス様も白魔法の使い手ではありませんか。』
「な…何言ってるのよ。ここ最近、深樹海の瘴気が濃くなっているって。魔物はより強力になっているって話よ?わたくしは黒魔法は使えなくてよ!?他の依頼は…―――っ」
教卓にあった依頼はもう残されていなかった。
ラピスを慕っていた、取り巻き達でさえ、遠巻きに私たちを見ている。この依頼を選択した愚かさは、判りきった結果だと、そういう目だった。
「まぁ、気を落とさず、ラピス公爵嬢。すべての依頼には護衛騎士が傍に控えています。万が一の場合は、必ず救助しますから。クルミさんも頑張って下さいね。」
講師はそう声を私たちにかけると、ささっと教室を去って行ってしまった。
つ…詰んだ。詰みすぎて、終わった…。明日の私、さようならぁー。
まさか人助けっていうから、足腰悪いおじいさんとかの荷物持ちくらいに思っていた私がバカだった…
妖精使役学園だもん。そんなわけないよね。
寮に戻り、自室のベットで、もんもんと頭を抱えていると、私の影からケツァルが出て来た。
「詰んだって、何をそんなに悩んでるのクルミは?」
「いや、もう色々あるのよ。あったでしょ。とにかく、古大樹に関わったら死あるのみと言われているんだよぅ。妖精どうのとか、問題じゃなくなってきたよ…。」
「へー、でもクルミにはボクがいるじゃん。ボクの力使えばいいんじゃないの?」
「…私も、それ思ったんだけど…一緒の依頼こなすラピスは黒魔法が一切使えないんだよね。
同じ土俵って言ったら、あなたの力を借りるのはズルいんじゃないかなって思って…」
深いため息と、自然と肩が落ちてしまう私に対して、ケツァルが鼻で笑った。
「なんで、笑うの?」
「だって、妖精どうのとかになってるなら、もういいじゃん。自分の魔力の質、受け入れなよ、クルミ。キミの魔力は悪魔寄りって言ったでしょ?」
「それって、どういう…」
「つまり―――、妖精と相性が合わない性質なの。」
「そ、そんなこと…思ったことなかった…?だから、あなたが来てくれたの?」
「ま―――、暇だったし?」
「……ひ……?」
暇…今、間違いなくこの悪魔暇って言った。助けてくれた時の感動を返して欲しい!
でも、私の魔力の何がそんなに悪魔寄りなんだろう…?
そう思いながら私は自分の両てのひらに目を落とした。
ギシっと音を立てて、ケツァルが私の隣に腰を掛ける。
「クルミの場合は先祖返りじゃないかなぁ。悪魔の血が混ざってる。だから魔力も、その体を流れる血も、悪魔が好みのものに仕上がってるんだよ。」
「え…せ、先祖返り?うちは、父も母も人間で。」
「じゃなくて。もっと以前の問題かな。どのみち、クルミの魔力は妖精にとっては毒なんだ。だからどんなに精巧な魔法陣でも、妖精が召喚てこれない。あの公爵令嬢の妖精もクルミには近づかない。かなり距離を取ってたよね。」
私の魔力が、妖精には毒って…そんなこと今まで誰も気づいてというか、教えてくれなかったのに。
「妖精に毒って、どのくらい…?」
「通常の仕え方だとしたら、即死かな?」
そく…?
「遠のいてなら、めまいとか、魔力酔いくらいは出るだろうし。
ボクも今まで生きてきた中で、こんなに美味しい血と、心地いい魔力を持つ人間に、初めて会ったよ。」
……美味しい…って言われた…
「ところで、クルミは黒魔法使えるって言ってたけど、どれくらいの威力なのか、確認していい?」
ケツァルは室内に結界を張った。
余裕綽々な態度。ケツァルは脚を組んで、両手を後ろに、体重を掛けている。
そのあまりにバカにされた態度が、少し頭にきた私は、ケツァルに自分が使える最上級火炎魔法を撃ち込んだ。
私が使える最上級火炎魔法はドラゴンの火炎の息吹も相殺出来るほどの効果を持っている。
その余裕な態度を、私をご主人様と言うなら、改めていただいて、是非魔界に帰っていただきたい。
そう願って放った一発だった。
けれど、結果は。
「あ――――、なるほど。強い強い。妖精ドン引きの火力だね。」
ケツァルは、私の攻撃魔法を指を打ち鳴らしただけで、掻き消したのだ。
結構自信あった魔法だけに、私は自分が召喚してしまった悪魔に脅威を覚えた。
強いって、なんでしょうか…?絶望が私を襲う。
「クルミは妖精使いになって、何をしたかったの?」
「え?私は…立派な妖精使いになって…妖精使いの両親に認めてもらいたくて…それで…」
両手を組んで、もじもじ話す私だったが、ケツァルがバカにしないで、私の話に耳を傾けてくれていることに気付いた。
「妖精使いって言ってるけど、ボクから見れば、この学園もそうだけど、本来の妖精の力を発揮出来ている人間なんて五割にも満たないよ。」
「えぇ?」
「人間は妖精を武器かなんかと勘違いしているよね。」
「――――――!」
「妖精は、人間の魔力と呼応して、大切にされて初めて魔法付与を発揮するものなんだ。」
「魔法…付与?妖精自身の能力じゃなくて…?」
ケツァルの話によると、妖精が持つ自身の能力は、あくまで眷属している精霊に託された力であり、
自信を守護する場合に、真の効果を発揮するという。人間がその能力を欲しても、三割に満たない効果しか得られないらしい。では妖精使いの真のあり方とは。それは、人間本人の能力を主体に、妖精が魔力を付与し、その効力を上げるのだという。
「あの公爵令嬢の使役妖精はシールドって言っていたね。深樹海がどんなところかは知らないけど、そのシールド頼みだったら、彼女は死ぬかもしれないね。」
「――――――っ!だったら、守ってあげなくちゃ。」
「…………お人よしすぎじゃない?」
「だって、死ぬかもしれないって、一応同級生だし、今回私の事ライバルって言ってくれたし。私に出来る事があったら、してあげなくちゃ。」
「でもさぁ、その結果クルミが不合格でもいいわけ?今まで散々コケにされてきたんでしょ?
死んで良くない?」
ケツァルの言葉はもっともだ(死ぬのは良くないけど)。言い返す言葉が出てこない。
確かに今まで、妖精を使役出来ない事を、何度もコケにされて罵られてきた。けど、それをやってきたのは取り巻き達だった。ラピスはいつもただ扇子を片手に見ているだけ。
ラピスは言ってくれた。同じ土俵でって。私は――――――。
私は、グッと制服の裾を握りしめた。
「たとえ、不合格になっても、私が出来る事をしたい。この、高難度の依頼をクリアしたい。」
緊張と不安が入り混じった中で、手に汗をかいているのを感じる。でもこれが私の答え。
ケツァルは、そんな私の答えをつまらなそうに聞いていたが、汗の滲む私の手を取ってくれた。
「そっか。ご主人様がそういうなら…」
「あ、でもケツァルは連れて行かないよ。私一人で行かなきゃ、同じ土俵じゃなくなっちゃうし。
ケツァルは、魔界に帰って」
ケツァルは、私の手を握りながら、その場にしゃがみ込み、片手で額を抑えた。
「なんでそう、魔界に返そうとすんのさ??せっかく人間界に召喚たんだもん。もっと遊びた
い!」
あそ…?遊びたいって言った?本当にこの悪魔、なにしに来たんだろう。というか、なんで召喚できたんだろう、もう邪魔でしかない。
私は強引にケツァルの手を振り払うと、戸棚に置いてあった財布を握りしめ、部屋を出た。
「こっちは遊びじゃないし!とにかく、明日の準備もしなくちゃだから、ちょっと買い物に街に行って来る!!」
お読みいただき、ありがとうございます。
至らぬところばかりではございますが、楽しんでいただければ幸いです。