表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

舟屋暁屋

茜のハートフル・ブレイブデー

作者: 山本大介

 茜とケンジのバレンタインデー。

 さてさて。


 ここ柳川は水郷の町である。

 福岡県南西に位置し観光で賑わっている。

 日本はもとより海外の観光客たちが多くのこの水の町を訪れる。

 日曜日、バイトで船頭に入った茜もお客を乗せて、3回の川下りを終え、ヘトヘトで船頭部屋へと戻って来た。


「おう、お疲れ」

 船頭長の田上が声をかける。

「お疲れ様でした」

 茜はどっかり、椅子に腰をおろしペットボトルのお茶を飲んだ。

「いつも助かるよ。ここんとこコロナ明けからお客さんの流れが止まりゃしねぇ。コロナん時にやめていった船頭も多いけん。圧倒的に船頭が足らんもんね本当に・・・」

 田上は愚痴をこぼすと、のど飴を彼女へ投げた。

 両手で飴を受け止める。

「ありがとうございます」

「乾燥しとるけん。喉ば気をつけとき」

「はい」

「そういや、明日バレンタインやろ」

「・・・あ、そうだった。今度、義理チョコを皆さんに贈りますね」

「はははは、さんきゅー。ところで茜ちゃん、本命はいるの?」

 船頭長のドストレートな質問に部屋にいる船頭達はこぞって耳を傾ける。

「そ、そうですねー。あっ、私、時間なんで帰りますね」

 茜はそそくさとその場をあとにした。

「いるな」

 と船頭長。

「ええ」

 と皆は頷いた。


「ただいま~」

 と茜は家に帰りつくと、自分の部屋に入りベッドに倒れ込んだ。

「明日がバレンタイン・・・か」

 彼女は思わず呟いた。

(渡すべきか・・・渡すべきだろう) 

 茜は幼馴染のケンジの姿を思い浮かべた。

 妄想で、チョコを貰ってニヤニヤと笑う彼の姿がみえた。

「癪だわ」

 思わず独り言を放つ。

(でも・・・)

 仮に渡さなかった場合を想像すると、しょぼくれ顔でしょんぼりしている彼の姿があった。

(しょうがないか)

 茜はむくりと起きあがると台所へと向かった。

「母」

「なに?」

「チョコって手作りがいいのかな」

「何?突然」

「だから、バレンタインデー」

「えっ・・・へっ、あなたが・・・まさか」

「まさかって何よ」

「そんな素振りなかったから・・・って誰よ。お母さんの知っている子?」

「関係ないでしょ」

「いやいやいや、娘の晴れ舞台、一生に一度しかない初告白」

「そんな重いモンじゃないし」

「・・・ん、ひょっとしてケンジ君」

 勘のいい母は娘の幼馴染の顔を覗き見る。

 途端に茜の顔が真赤となる。

「馬鹿っ!」

「そっか、そっか、皆まで言うな。お母さん、茜の為にひと肌もふた肌も脱いじゃる。じゃ、スーパーでチョコ買っておいで」

「はぁ」

「決戦は明日でしょ。ぼやぼやしている暇はないわよ」

「う・・・うん」


 茜はスーパーでチョコを買って来ると、夕飯が用意されていた。

 手っ取り早く食事を済ませ父や弟をリビングに残し、母娘は台所にむかった。

 割烹着姿の母とエプロンと頭にバンダナの茜が真剣な眼差しで、テーブルに置かれたチョコとボールに型抜き、泡だて器を見つめている。

「いいこと茜。手作りチョコは正直、見てくれはどうでもいいと思うの。要はここよ」

 母は左胸を右手で叩く。

「でも、せっかくなら」

「いい事?大事なことは気持ちを込め、後悔しない事」

「はあ」

「ついに茜も乙女の一大儀式の洗礼を受ける時が来たのね」

「大げさな」

「大げさなもんですか・・・さあ、レッツトライっ!」

 そうして2人はなんだかんだで悪戦苦闘を重ねつつも、なんとか手作りチョコを完成させた。

「思ったように出来なかった・・・」

 茜は残念そうに呟く。

「それがいいのよ」

 母はバンと彼女の肩を叩く。

 途中から父や弟が何事かと見に来ていて、成し遂げたことにサムアップをしていた。

「ばーか」

 茜は笑って悪態をついた。


 翌朝、誰よりも早く起きた茜は仏間で線香をあげた。

 おりんをチーンと鳴らすと、

「じぃじ、ばぁば、とりあえず見ていて」

 呟き、目を閉じると静かに祈った。

・・・・・・。

「よし」

 目を開くと彼女は気合十分だった。

 朝食を済ませ、いざ学校へ。

「茜、がんばれ」

 父がサムアップする。

「おねえ、ファイト」

 弟がガッツポーズをつくる。

「茜。恋はなるようにしかならない。当たって砕けろ。女は度胸」

 母が笑顔で見送る。

「恥ずかしいなあ・・・もう」

 ポリポリと頭をかきながらも、まんざらでもない茜は元気に家を飛び出した。


 高校に登校し、早速その機会を伺うが中々タイミングが訪れない。

(ここは定番の放課後渡しかしら)

 茜はチョコの入った通学鞄を見やり溜息をついた。

 そうこうしている内に下校時刻となる。

(もはや、猶予はない・・・が)

 彼女はケンジを見る。

 彼は男友達と楽しそうに話している。

(アイツめ・・・悠長に)

 一行に2人きりになる機会は訪れそうになかった。

(もう!)

 茜はわざと椅子を鳴らし立ち上がると、つかつかとケンジの前に行った。

「ケンジ」

「ん?」

「体育館の裏来て」

「は?」

 茜は肩をいからせて、先に教室をでた。

「お前、川田になにかした?」

「きっとしばかれるぞ」

「だけど・・・ひょっとしてチョコ?」

「まさか!」

 彼の友人たちは笑いながらはやし立てる。

「アホか・・・ちょっと行ってくる」

 ケンジは茜の後を追った。


「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・なんだよ。体育館裏って」

 ケンジは訝しがって尋ねる。

「・・・はぁ」

 廊下を早歩きする茜は、肩を落とし不意に立ち止まった。

「へっ?」

「忘れた」

「何を」

「教室に」

「だから」

「あー、私らしくないことするからっ!」

「・・・・・・」

「ケンジ」

「ん」

「この後、時間ある?」

「まあ、大丈夫だけど」

「舟乗らない?」

「突然だな。まあいいけど」

「そこで渡すから」

「う、うん」

 

 茜は家に着くと、手作りチョコをポケットに入れすぐに飛び出した。

 舟会社の乗り場に着くと、田上を見つける。

「田上さーん」

 欄干橋の上から手を振る。

「おー、チョコもう持って来たのかい」

「御免違う~また今度ね。ちょっと今から舟借りたいんだけど」

「別にいいけど。まだこたつ片付けてないぞ」

「それでいいよ」

 茜は桟橋まで一気に駆けると、竿入れから愛用の竿を取り出し、こたつ舟のデッキに飛び乗った。

「んじゃ、行ってきます」

「・・・ああ。片付けはよろしくね」

「うん、ありがとう」

 茜は右手で桟橋のへりを押し、舟を左斜めに向けると、水底に刺した竿をしならせ反動で一気に推進力を得る。

 そのまま舟は流れるように柳川橋をくぐる。

 

 空はあいにくの曇天で北風が寒い。

 茜は天候など気にせず、二つ川の岸へ舟を寄せる。

 ケンジが歩道から手を振る。

 彼女は舟を岸に寄せると、ロープをガードレール柱にくくりつけ、川側舟の前方に竿を突き刺し舟が動かないように固定する。

「(係留しなくても)別にいいのに」

「アンタこの前、落水したでしょ」

「フン」

 ケンジは、スーパーで買ったビニール袋を片手で持ち、歩道から舟に飛び乗った。

 ドン。

 大きな音がして舟が揺れる。

「危なっ!もうちょっと静かに飛び乗りなさいよ」

「うるさいなあ」

 ケンジはこたつ布団をめくると、腰を降ろすと足を中に入れてあったまる。

「ふぃー寒い・・・ほれ」

 彼は身を乗り出し、彼女にコーヒー缶を渡す。

「ありがと・・・あったかい」

「ああ」

 ケンジは頷いて、コーヒーを啜った。  

 茜は缶のプルタブを開き、一口飲むと足元に置き、竿で舟を進める。

 彼はぼんやりと夕暮れ、川の景色を眺めている。

「・・・なあ」

 ケンジが口を開いた。

「何?」

「寒いだろ。替わろうか?」

「いや、いい。竿をさしていた方が落ち着く」

「そうか」

 茜の白い息が、曇り間から見せた薄紅の空に溶ける。

 彼女が竿をさすピッチをあげると舟は勢いを増し滑るように進む。

 城堀水門橋を抜け、掘割に入り、あめんぼセンターを曲がり、柳城橋をくぐって海苔倉庫を横目にスピードをあげる。

「どこまで行くんだ」

「落ち着くまで」

「そうか」

 ケンジは頷くと黙って残りのコーヒーを啜った。


 並倉の手前を曲がり袋町へと向かう。

 舟はアメリカンでいごが冬枯れをしている下、辺りは薄っすら木陰で暗い。

「川下りコースだな」

「だね」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 2人はしばらく黙り込んだ。

 茜は夢中で竿をさし、ケンジはぼんやりと景色を眺めた。

 水辺の散歩道を横目に山王橋、柳川高校、弥右衛門橋、十時邸、まちぼうけの像、城西橋、柳城1号橋を越えるとやがて目の前に御花がみえてきた。

「おい。外堀も行くの?一周するぞ」

「うん」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「茜」

「ん?」

「ちょい替われ」

「・・・え」

「いや、あの俺寒いんよ。身体を動かして温まりたい」

「あ・・・うん、ごめん」

 茜はデッキから降りると、竿をケンジに渡してこたつ布団に潜り込んだ。

「よいしょ」

 彼は軽めのかけ声とともに、竿をしならせ舟をおす。


 ケンジは竿をおしながら言った。

「足湯に寄って温まるか」

「いやいい、ジジババが多いから」

 ちらり足湯を見、茜は東空に視線を移し言った。

「確かにな」

 舟は宮永橋を抜け外堀ぐるり。

 茜は腕組みをし、思案顔を続けている。

 心の中で、

(渡さなきゃ。言わなきゃ。言うの?)

 葛藤がぐるぐる彼女の頭の中を駆けまわっていた。

 と同時に、

(もう言う場所が無じゃない)

 予定していた足湯の渡す場所プランを過ぎてしまい焦っていた。

 舟が城東橋へとさしかかる。

 茜は意を決した。

「止めて」

「橋の下でか?」

「うん」

 長い幅のある城東橋、ケンジは舟を寄せると、ゆっくりと橋下の護岸で止まった。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 ちょっとの沈黙。

「えいっ!」

 気合をこめて茜は立ち上がる。

「はい、これっ!」

 ポケットからごそごそ茜は手作りチョコをケンジへ手渡す。

「・・・ありがとう」

「うん」

「嬉しいよ」

「うん」

 ケンジはデッキから降りると茜の横に座り、ラッピングの箱を開けチョコを取り出すと、

「溶けとる」

 呟いた。

「あ、ごめん」

「ええよ」

一口かじった。

「ちょっと、苦いな。ビターか」

「うん」

「苦いけど。美味しい」

 彼はチョコを割って彼女に渡した。

「う、苦っ!」

 茜は顔をしかめる。

「そうか?」

 ケンジは涼しい顔。

 2人は顔を見合わせ笑った。

「あー緊張して損した」

 茜は大きく伸びをする。

 ・・・・・・。

 ・・・・・・。

 じっとケンジはその時をうかがっていた。

 彼女の油断した隙をついて、彼は唇を奪った。

「な」

 茜の顔は真っ赤となる。

「お礼」

 ケンジは、思わずにやっと笑った。

「もう、知らないっ!」

 彼女は立ち上がると、竿をとって急発進で舟を進めた。

「ごめん、ごめんて」

 思わず謝る彼。


 舟は陽の落ちた柳川の町を行く。

 茜はケンジに気づかれないように、そっと自分の唇を左の人差し指で撫てくすりと笑った。






 よかよか(笑)。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 残念なことに福岡には明るくないのですが、色々な名所を横切ったり、台詞にほんのりした方言が散りばめられたりしているおかげで、より一層、茜たちが身近に感じられました。 普段であればまた別の雰囲…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ