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あけがらすの夜明け

作者: 路帰(じき)

初投稿。

未成年の息子は少年院にいる。

親ならそれに罪の意識を感じるのが普通と思うのだ。

勿論、俺も御多分に漏れずである。




"あけがらすきょうのすけ"


広域指定暴力団、漆真下(うるしまっか)組の元幹部である暁烏今日之助(あけがらすきょうのすけ)は組の領域争いで嵌められ、五年の実刑判決が下される。

それまで頻繁に顔を出していた少年院の面会も、刑期のあいだは身動きが取れず、長い期間足を運ぶ事が出来なくなってしまったのだ。

刑期を終えて久し振りにシャバへ出ると、目の前の状況はガラリと一変してしまっていた。

組長に御咎めを受けて破門の身となり、組のテリトリーから外へ出ざるを得なくなってしまった。


東海地方まで出た暁烏は、長く懇意となっている刑事の在塚(ありづか)と再会を果たす。

職も何もかも失い、老後まであぶく銭の貯金で凌いでぶらぶらしようと暁烏は思っていたのだ。

在塚は生きる気力を失っている暁烏に、少しくすんだビールグラスを掬いながらこう言った。


『おまえ、息子はどうすんだ。折角シャバに出たんだから関東を抜ける前に逢いに行けば良かったじゃないか』


駅裏に乱立するいかにも老舗っぽい居酒屋の中は中も寂れていて、何処となく暗い。

カウンターにいる不愛想な大将が、眉間の皺を寄せながら焼き鳥を焼いている。


『………』


『合わせる顔がねぇってか?それでも親父か、お前』


面倒そうな顔して言うが、この同年代の中年男が自分の事を案じて言っている事が、長い付き合いの暁烏には分かっていた。


『元々、優吾は俺の事を煙たがっていたのに。前科者にまでなって、どんなつらでアイツに顔向け出来る』


元々ヤクザ家計の暁烏家は、幼いころより子どもの優吾に何度も不自由な思いをさせてしまっていた。

母親は優吾が幼い頃に蒸発し、結果的に男手一つで彼を育てていたが、どれだけ取り繕ったって筋ものは筋もの。周囲の風当たりは厳しく、優吾に対して理不尽なものへとなってしまっていた。

そんな優吾に対して後ろめたさは当然あったし、それだから今となってはどんな面をして逢いに行ったらいいかも分からない。

そもそも、漆真下組を破門になった身としては関東に帰る事も出来やしないのだ。


『…あいつが出所したら、迎えに行くさ。そいで俺ぁこの名古屋で暮らす』


少年院にいる優吾を今直ぐ引っ張り出す事も出来ない、だので暁烏にとっては苦渋の決断であった。


『意気地なしが…そんなタマのねぇ事言ってるから、息子に嫌われるんだろうが』


『…ああ、俺ぁタマなしの意気地なしだよ。それでいいんだ…。』


『……』


『だからもう、楽に生きたい。…余生なんて言うにゃぁ、ちいと生意気だがよ』


ジャージでイキって若頭に就いてた頃から、出世して幹部にまでのしあがったが、長らく抗争だの領域争いだの続けていた暁烏の精神は、とうに枯れ果ててしまっていたのだ。

せめて生きる気力や趣味のひとつなりあれば、残りの人生も有意義に過ごせたんだろうが、どうもそれも出来そうにねぇと暁烏は平素の草臥れた顔のまま言う。


『…つかれた…。』


そこで見せた暁烏の様子は、長い付き合いの在塚にでさえ見た事もないものだった。

言うなれば"弱音"、だろうか…。この男が落ちぶれて、道を踏み外した事もあれば悲嘆に暮れる様子も何度か見てきたが、泣きっ面と、そして弱音を吐く姿だけは見た事もなかったから

在塚の黒い瞳は少しのあいだだけ言葉を失うように見開かれた。


掴んだとっくりを猪口に揺するが、もう中身はない。四合目を注文する事もなく、中身のなくなったとっくりに目を眇めて定位置に戻す様子がある。

暫くは互いに無言が続いたが、そんな暁烏を見た在塚は、彼とは逆にビール瓶をもう一つ頼みだす。

出て来た冷え冷えのビール瓶を無骨に鷲掴む在塚の手許が、燗ばかり呑んでまだ何も注がれていない暁烏のビールグラスに向く。


『そんなお前さんに、ちと提案なんだがよ』


そんな事を言われてみても、枯れた暁烏の心が動く事はなかったが、泡立つビールに少しだけ視線を移しながら、草臥れた顔を変えぬまま無言で在塚の言葉の続きを待った。


『暁烏おまえ、他県で漁師になってみないか?』


『……え?』


暁烏の視線は、今日初めて在塚の顔へと向いた。




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