夏の最後
三題噺もどき―ひゃくななじゅうに。
お題:礼拝堂・翼・響く
毎日泣いていた声が聞こえなくなってきた。
その短い命を嘆く悲鳴が少しずつ消えていった。
「……」
夏も終わりに近づきつつあるその日。
それでも日差しは痛いままで。ホントに次の季節か来るのだろうかと思い始めたころ。
「……」
夏休みも最終日目前というその日。
それでもやることは終わっていないし、学校なんて始まらなきゃいいのにと。いつもより強く思い始めたその頃。
「……」
1人でぼうっと座っていた。
休みを利用してやってきていた祖父母の家。その家がある街には、はずれの方に礼拝堂が建っている。
礼拝堂―と言われると個人的にはあまりしっくりこない。教会とか、チャペルって言われた方が、あぁはいそういう所ねと、なるにはなる。まぁ、それらの違いはあまりよく分からないので。そのどれを言われても、案外はっきりしないかもしれないな。
ただここは。町に住む祖父母も、ここに住んでいた母も、礼拝堂というから。そうなのだと思うことにしている。
「……」
そこに1人でいた。
「……」
特に何かしらの用事があるわけじゃない。
なんとなく。
1人になりたくなって。
朝、誰も起きていない時間に。
なんとなく家から出て歩いていたら、足がこちらに向いて。
そういえばと思いながら、この礼拝堂に来たのだ。
「……」
だから、大した理由も用事も懺悔もない。
ただ何となく、ここに来た。
「……」
並ぶ長椅子の一番後ろの端に座り、ぼうとしているだけ。
何を考えるわけでもなく。何かをするわけでもなく。ただ一人。
静かに呼吸している。
生きている。
「……」
目の前には、何台もの長椅子が並んでいる。
そのさらに奥。
この建物の最奥。
あれが何の場なのかはわからないが。
一つの台が置かれている。
―さらにその奥。
「……」
高く。
大きく。
美しい。
ガラスの絵。
「……」
何を描いているのかは、昔祖父が教えてくれた気がするが。いかんせん、幼い頃の話だ。遠い昔の話だ。もう覚えていない。
それ以上に覚えることが、考えることが多くって。
「……」
そんなガラスの絵画。
陽がどれほど上ってきたのかは知らないが。
そのガラスは、外からの光を、陽の光を、堂内へと通している。
痛いあの日差しを。柔く、温かく、美しいモノへと、変えて。
「……」
その光はまるで。
空から降りてきた天使が。
光を受け、その翼の影を落としているようで。
「……」
綺麗だ―と素直に思った。
美しいと、そう思った。
「……」
ここにはあまり来る事はなかったのだ。正直言うと、来たくなかったりもする。
なんというか、こいう神聖な場所というか、空気が他と異なる場所は少々、苦手なのだ。
息が苦しくなるというか。
「……」
自分なぞが、居てはいけないというか。
「……」
何もかもが、中途半端な。
こんな自分ごときが居てもいい場所ではない。
と、思ってしまうのだ。
「……」
ただ今日は、柄にもなく、こんな風に来てしまっているのだが。
ホントに―ふと、なのだ。
何か理由があるわけでも。用事があるわけでも。
ない。
「……」
懺悔は案外あったりするかもしれないが。
「……」
ただまぁ、ここに来てよかったかもしれないなぁとも、思っている。
「……」
ただの景色と。
その空気と。
そんなものに。酔いしれているだけかもしれないけど。
「……」
多分、ほんの数十分そうしていた。
ただぼうと。
そうしていたところに、突然、雑音が訪れた。
『----――――、、』
ひび割れたチャイム音。
町内放送だろう。雑音まみれのその音が。
堂内にまで響く。
「……はぁ、」
それで、毒気がすっかり抜かれてしまって。
来た道を、そそくさと帰った。