第69話 VS龍神
VS龍神。
さて、どうするか……。
「とりあえず、対モンスターになったならアリシアを呼び戻さないとな」
アリシアも対モンスターとなれば貴重な戦力だ。
〔アリシア、厄介なことになった。出てきてくれ〕
〔厄介なこと?〕
〔出てきたら分かる〕
そうメッセージを送ると、アリシアが慌てたように西風連合のギルドハウスから出てきた。
「厄介なことって……え!?ファナトリア!?」
「よく一目でわかったな」
「前に1度会ったことがあるからね!私の【水龍小槌】もファナトリアにクエストヒントを貰ってゲットした武器なの」
ファナトリアに謁見できる一連のクエストをクリアしたら、ファナトリアから"知識"を授かることができるって説明文にあったが……なるほど、レアアイテムのクエストヒントが貰えるのか。
「あんなに優しいファナトリアが……どうして」
「とりあえず、ギルバートからのクエストクリアが最優先だ。俺達がここで全滅したら四宝玉が誰の手に渡るかわからない」
「そうね。なんとか攻撃を潜り抜けて正門に行かないと……」
ファナトリアの攻撃を掻い潜りながら、正門へか……。それなりのAGIがいるな。
本来なら1番AGIの高い俺が行くべきなんだが……。
「ハル、これを」
「え?」
俺はハルに四宝玉を渡した。
「俺の次にAGIが高いのはハルだ。俺達でなんとか隙を作るから、外に出て四宝玉をギルバートに渡してやってくれ」
「それなら尚更僕が残ります!師匠が行った方が確実です!」
ハルは素直だなぁ……曇りなき眼で俺を見つめている……。
ダメだなこんな時に。最悪勝てなくてもいいなんて言ったが、俺はこいつと戦いたくてうずうずしている。
そんな様子を察してか、ハルは困ったように笑い、四宝玉をインベントリにしまった。
「仕方ないですね」
「すまんな」
ワガママなリーダーで申し訳ない。
「それじゃバフかけるね」
シオリはパーティーにバフをかける。
「よし、やるか」
◆フィールドボス【龍神:ファナトリア】
フィールドボス扱いになるのか。
【名前:龍神ファナトリア 弱点?? 討伐P獲得条件:立ち向かえ】
「ハイセ、討伐Pの獲得条件が」
「【立ち向かえ】ってことは、こいつも」
ドラゴニアに来る前、街について少し調べた。
龍の都:ドラゴニアには龍神ファナトリアと呼ばれる龍が存在している。ファナトリアは賢龍とも呼ばれ、高い知能を有しプレイヤーとも友好な関係を築く非敵対モンスター。
一連のクエストをクリアすれば謁見が可能となり、ファナトリアができる範囲での願いを聞いてくれるのだとか。
アイテム:龍神の角笛を使えばクエストをクリアせずともファナトリアから願いを叶えてもらえる。しかし、その願いに邪な心があると判断されれば、ファナトリアの怒りによって反撃する間もなく消されるらしい。
「知性溢れる友好的な龍が今や……」
〔ギヤォォォォォオオ!!!!!〕
ファナトリアは本来、輝く銀色の龍鱗に全てを見通す金色の瞳を持っていた。
銀色の龍鱗は禍々しいオーラを纏い、鈍く変色し、金色の瞳は真っ赤になり、焦点も合わず、ただ暴れ狂う厄災と化した。
マッドサイエンティストめ……好き放題やりやがる。
「くるぞ!!」
ファナトリアは大きく息を吸い込む。
この動作、ローデイスでのスタンピードでも見たな。
「【ドラゴン・フィア】がきます!!」
キッドは俺達の前に立ち、『黒翼壁』を展開する。
〔ギヤォォォォォオオ!!!!!〕
「うおぉ……」
ドラゴン・オーガの時とは比べ物にならないほどの圧だ。
〔ピキッ……〕
嘘だろ。超級の硬度等級を誇るキッドの黒翼壁にヒビが。これが龍神……。
「なんとか耐えたか」
「すみません、黒翼壁はクールタイムが終わるまでバリアの損傷が修復されません。次ドラゴン・フィアかそれ以上の攻撃が来たら耐えられそうに……」
「わかった。よく耐えてくれた」
範囲攻撃が来た場合の退避場所も考えながら立ち回らないといけないか。
ファナトリアの周辺に火、水、雷、風、光、闇の各属性の球体を作り出す。
あの技……五龍山のフィールドボス:龍王ネログリムを思い出すな。
あいつもめちゃくちゃ強かった。
ファナトリアは俺達に向けて球体を放つ。
「ハル!まだ動かず様子を見てくれ!」
「はい!」
俺は迫る球体を躱し、ファナトリアに肉薄する。
「オラァ!!」
〔ガキンッ!!!!〕
「硬ぇ……」
硬度等級は最高硬度の超越級だろうか……。
パッシブスキルの【宝斬】はまだクールタイムが残っている。
強力なスキルだから頻繁には使えないか。
ファナトリアの爪が襲いかかってくるが、スミレ、シオリの援護で弾かれる。
通用はしている……はず。
ファナトリアは闇のオーラを発し、周囲に追加で闇属性の球体を作り出す。
「またホーミング弾か?」
大した攻撃じゃないが、数が増えるとそれでも厄介だ。
そう思っていると、闇の球体は鈍く光り始める。
「なんだ?」
刹那、俺の右肩に一筋の闇が貫通する。
「ぐっ……」
レーザービームかよ……!!
レーザービームをギリギリ躱し、体勢を整える。だが、闇のレーザーは俺を追うようにさらに迫ってきている。
「ホーミングすんのかよ……」
他の闇の球体も同様にレーザーを放っている。
キッドの挑発が作用してないってことは、このレーザービーム攻撃は範囲攻撃扱いになるのか。
無作為に放たれたレーザーはなんとか躱すことはできる。
だが、ホーミング弾も同時に放ってくるからタチが悪い。
「ハイセさん、ホーミング弾は俺が引き受けます。どうにか近付いて追撃を」
「おう」
『黒鎖』『ソウルイーター』
【スキル:黒鎖 SR 説明:盾専用スキル。盾から闇属性の鎖を放ち、対象を『行動制限状態』にする。拘束された相手は『AGI低下』『暗闇』のステータス異常を与える】
【スキル:ソウルイーター SR 説明:対象が『行動制限状態』の時にのみ発動可能。『行動制限状態』である対象の最大HPに応じて2%の割合ダメージを与える】
キッドのスキルでファナトリアの動きが止まった。
迫るレーザーを掻い潜り、懐に潜り込む。
「鷹見流『天つ風』」
へし切長谷部の特殊能力とシオリのバフによって攻撃範囲が大幅に拡張された炎の刃は、ファナトリアの胴体を大きく斬り込む。
〔ガキンッ!!〕
ファナトリアを拘束していた黒鎖が一部が引きちぎられた。
「なんて力だ……僅か数秒しか拘束できないなんて」
拘束が解かれたファナトリアの右手の鋭利な爪が俺を襲う。
どうやらキッドにヘイトが完全に向いている訳じゃないらしいな。
このゲームは従来のMMOの様に1人に完全にヘイトを向かせることは至難の業だ。
独立型AIを搭載するとこによる細かな思考に加えモンスター本来の凶暴さ……。
目の前にいるこいつは今までのシステムでプログラムされた敵というより、あらゆる局面に臨機応変に対応する、まるでプレイヤーが乗り移っているんじゃないかと思えてしまうほどのモンスターだ。
「ははっ、本物の龍と戦ってるみたいだ」
だが、薬でぶっ飛んでるてめぇは動きが単調で助かるよ。
さて、ハルをなんとか正門へと向かわせたいが……。
荒れ狂うレーザービームに挑発が通用しない無差別ホーミング弾。
とてもじゃないが隙がない。
「俺が隙を作ります」
「できるのか?」
「はい、狙って出せたことはありませんが。やるだけやってみます」
狙って出す?
なるほど。盾武器の王道技を使うのか。
上手く行けば大きな隙になるだろう。
「ハル、準備しとけ。俺達の誰かが大技を使ったらそれが合図だ」
「は、はい!」
迫る爪を躱す。
そして、ファナトリアは咆哮し、再び腕を大きく振り上げる。
また引っ掻き攻撃か。単調だな。
「来るぞ!キッド、頼む!」
「はい!!」
鋭利な爪はヘイトを稼いでいるキッドに向けて振り下ろされる。
キッドの大盾が青白い光を放つ。
『パリィ』
キッドは迫る爪を完璧なタイミングで弾く。
通常のパリィとは異なるエフェクトに加えファナトリアは大きく仰け反った。
ジャストパリィが発動した。
【パッシブスキル:ジャストパリィ 説明:アクティブスキル:パリィのタイミングが完璧に重なった時に発動。武器耐久値減少を無効、対象を仰け反り状態にし、追撃に使用するスキルのダメージを1.25倍にする】
流石盾使いだ。
「ナイスだキッド!」
ジャストパリィの効果は一撃にのみ適用される。
俺達で1番火力を出せるのは俺の『紅焔天斬』だが、こんな戦闘序盤で『限界突破』を発動する訳にはいかない。
「スミレ、合技だ」
「了解」
俺の『豪炎天魔』とスミレの『大鷹の暴嵐』は強力な『合技:豪炎鳥』へと変貌する。
炎熱吹き荒れる街。
その根源である巨大な炎の鳥はファナトリアを飲み込み、炎の竜巻を生み出した。
「ハル!!行け!!」
「はい!!!」
今のハルはシオリのAGI強化バフに加え【敏捷の丸薬】そしてリボルバーをホルスターに戻すことによって移動速度が若干上昇させる。
戦闘度外視の駆け抜け優先状態だ。
これだけのAGIがあればいけるはずだ。
『黒鎖』
『鈍化』
ダメ押しでシオリとキッドが足止めのためのスキルを放った。
炎の牢獄も相まってファナトリアの自由は完全に奪っている。
「よし、このまま駆け抜けーーー」
〔ギギャォォォォォォォオオオ!!!!〕
「なっ……」
ファナトリアの強烈な咆哮と共に自身を縛り付けていたあらゆるスキルを吹き飛ばし、無効化した。
「まじかよ……!!」
そして、狂気に満ちた赤い瞳はギョロりと真横を走り抜けるハルへと向く。
ファナトリアは口を大きく開き、 禍々しいオーラを集中させる。
まずい……。
「ハル!!」
ハルの位置はちょうど正門とファナトリアの間。
俺達とは距離が開きすぎている。
『弾速強化』
『ホーリーバレット』
【スキル:弾速強化 R 説明:遠距離武器の弾速(矢を含む)を強化する。弾速が増した銃弾の攻撃は威力が1.25倍になるが、DEXが一時的に下がる】
【スキル:ホーリーバレット SR 説明:銃弾に光属性を付与し、"反動軽減""リロード速度上昇"の効果を得る。ホーリーバレットがヒットしたモンスターが闇属性だった場合、"被ダメージ上昇""束縛"の効果を与える】
〔バァァァァン!!!〕
俺の背後から強烈な発砲音が響く。
シオリの狙撃だ。
弾丸はファナトリアの顔面に直撃、スキルの追加効果で僅か数秒ではあるが動きを遅らせることができた。だが、それでも間に合わない。
ファナトリアの口内に集中する闇のオーラはさらに大きくなり、尚もハルを狙い続ける。
ここでハルが力尽きた場合、譲渡した四宝玉がドロップしてしまう。
すぐに拾えば問題ないのだが、如何せん場所が悪い。
ドロップしたアイテムは3分後に消滅してしまう。
世界に一つしか存在しないユニークアイテムが消滅した場合、再度入手可能なのかもう二度と手に入らないのかは不明だ。
故に、そんなリスクも負えない。
なにより、大切な仲間を目の前でみすみす殺られてたまるか……!!
『限界突破』
この後のことなんて考えられない。
今はただハルを助けることだけに集中する。
60秒の間、俺のステータスは大幅に強化される。
シオリのバフも相まって、AGIは十分すぎるほどに上昇した。
これなら間に合う。
グッと足に力を入れる。
『神速』
目にも止まらぬ速さで戦場を駆け抜ける。
ファナトリアの攻撃は今にも放たれそうだ。
あと少しでハルに追いつける。
この速さで動けるなら、やっぱ俺が正門を目指すべきだったか。
だが、それでも俺は神と名のつくこいつと戦ってみたかった。
これは俺のエゴだ。
組織のリーダーに有るまじき身勝手な行為だ。
それを許してくれるチームメンバーに甘えてしまっている現状も理解している。
そんな戦うことしか能のない俺に仲間のためにできること、それは、全身全霊を持って仲間を守ることだ。
「ハル!!」
「師匠……!!」
「構わず走り抜けろ!!」
「はい……信じてます……!!」
最大限までチャージされた闇のオーラはファナトリアの咆哮と共に放たれる。
〔グガァァァァァア!!!!!〕
その咆哮は指向性を持ち、ハル目掛けてものすごい勢いで迫る。
『水花の帳』
俺の周囲に蓮の花の形をした水属性のバリアが展開される。
これは……アリシアのスキルか。
【スキル:水花の帳 SR 説明:指定したプレイヤーの周囲に水属性のバリアを展開する。一定ダメージを受けると消滅する。消滅後、プレイヤーのDEFとLUKを上昇させ、受けたダメージの20%HPを回復する】
「気休め程度にはなるかな」
気休めどころじゃない効果だ。
闇の咆哮に相対する。
しかし、闇の咆哮は俺を無視し、ハルを追尾する。
ホーミング効果もあんのかよ……。
「させる訳……ねぇだろ!!!」
ハルに迫る咆哮を既の所で刀で受けとめた。
ギリギリと音を立て、その場で闇の咆哮と刀の鍔迫り合いが繰り広げられる。
追尾対象はハルだ。
ハルが離れれば離れるほど咆哮の押す力が増していく。
せめてハルが正門にたどり着くまでは。
「く……そが……!!」
へし切長谷部の耐久値がみるみる減っていく。
これは本格的にまずいな。
だが、得物大事さに仲間の信頼を裏切る訳にはいかない。
グッと腕に力を入れる。
『豪炎天魔』
『豪炎天魔』×『限界突破』により、俺の奥の手が発動可能となった。
このスキルを発動すればへし切長谷部も受ける反動は大きいはずだ。なんせ闇の咆哮を斬ろうとするんだから。
「悪ぃなノブナガ……」
闇の咆哮を斬り裂くべく、最大火力のスキルを発動する。
『紅焔天……
発動する瞬間だった。
〔ほう。仲間の為に己が心を捨てるか〕
な、なんだ?
頭の中に声が響く。
〔その心意気やよし〕
「誰だ……!!」
〔妾の名はファナトリア。なに……悪意に呑まれた弱き龍よ〕
「な……は?え……?」
ダメだ。
理解が追いつかない。