第64話 新天地
「ワールドクエストの調査に参加するとは言ったものの……」
【火山都市カルラ】
【精霊の森サラディン】
【天空島アマト】
【海底都市スピルス】
【龍の都ドラゴニア】
聞いたこともない都市ばっかだ。
それに、どの都市もムサシから遠すぎるんだよな。
「どこから手を出していいのやら」
そんなことを考えながら談話室に入る。
情報で頭がパンパンだ。
こういう時はビーズのクッションに埋もれてのんびりするに限る。
【談話室】
「おい!ゴクウてめぇ!そのワッフルは俺のだぞ!!」
「ふふへぇ!(うるせぇ!)ははいほんはひは!(早いもん勝ちだ!)」
「スミレが淹れてくれた紅茶は美味しいね」
「そうだね。すごくいい香りだ。スミレさんの腕が良いんだね」
傍らでは菓子の取り合いで怒号が飛び交い、傍らでは優雅な時間が流れている。
なんだこのカオス空間。
「お前ら……」
帰ったんじゃなかったのかよ……。
俺の癒し空間が……。
「お?戻ったかハイセ!なぁに嫌そうな顔してんだよ!」
「重い」
アデルはいつものテンションで俺の肩に持たれてくる。
「ったく。菓子食ったら帰れ。俺達も暇じゃないんだよ」
「暇だろ。どうせお前のことだ、ワールドクエストの調査対象が遠いから重い腰が上がんねぇんだろ」
ぐっ……。
アデルに見抜かれているとは。
こいつも腕を上げたな。
アデルの腕を退けてソファに座った。
ふかふかだ……落ち着く。金かけたか甲斐があったってもんよ。
「何か食べる?」
「んー、甘いの」
「はいはい」
スミレはキッチンへと食べ物を取りに行く。
「隣失礼するよ」
「レオル、お前は円卓に帰らなくていいのか?」
「うん、少し残るってデイルに言ってるから」
レオルのやつ、だんだん身勝手さが増してる。デイルも大変だろうな。
「お待たせ」
「お!シュークリーム!さすがスミレ、わかってんな」
スミレは俺の右隣の席が埋まっていることにムッとして、左隣に座った。
可愛いヤツめ。
「ハイセはどこの街に行くか決めたかい?」
「迷い中。個人的に興味があるのは天空島……」
と言うとスミレが俺の肩を掴んで涙目で首を横に振っている。
まぁ、興味はあるが天空島は暇な時個人的に行くことにしよう。
「火山都市は暑そうだし……海底都市はなんか怖そうだし……、精霊の森サラディンか龍の都ドラゴニアかな」
名前の響き的にはどっちも惹かれるなぁ。
「円卓はどうするんだ?」
「ん?俺達はギルドメンバーで5人1組のパーティー作って各地に調査に言ってもらうよ」
「そっか、お前んとこは人数が多いもんな」
「ハイセのとこが少ないんだよ」
これが人海戦術ってやつか。
まぁ、俺達は少数精鋭の方が肌にあってるし増やそうとは思わないけど。
「じゃー、名前もかっこいいし【龍の都:ドラゴニア】にでも行ってみるか」
「ドラゴニアか……。ハイセのことだから大丈夫だと思うけど気を付けてね」
「どういう事だ?」
レオルは複雑そうな顔をして話し始めた。
「ドラゴニアはね……」
◇
数時間後。
「んじゃ!スミレの菓子も堪能したし帰るわ!」
「また食いにくるからよ!」
アデルとゴクウは家にあるスミレの手作り焼き菓子を片っ端から食べ尽くし、ようやく帰る気になったようだ。
「来なくていいよ。帰れ」
「あはは……」
スミレは苦笑いしながら手を振っている。
あの2人は流石に食いすぎだ。
「彼らの言う通り、スミレさんのお菓子は本当に美味しかった。言い値で買い取るから売ってくれないかな?」
「ハロルドがそう言ってるけど、どうする?ハイセ」
「ダメだ。俺の分が減る」
「もう……こんな時まで食い意地張らないでよ」
金策よりもスミレの手料理だ。
何のために最新のキッチンを導入したと思ってる。
「わかった!わかったから!帰る!帰ればいいんでしょ!?」
レオルは誰かと通話をしながらギルドハウスから出てきた。
『なんでお前がキレてんだよ!調査に赴くメンバー選定してんだから!お前の最終決定が必要なんだよ!』
相手はデイルだろう。
数時間この家で寛いでたんだからそりゃお怒りの電話もくるわな。
「はぁ……怒られたから帰るよ……」
「お、おう……」
転移水晶を取り出すレオルの背中には哀愁が漂っていた。さながら、『飲み会で楽しんでいたところ嫁から早く帰ってこいとお怒りの電話がかかってきた』ような……。知らんけど。
「ハイセ、用心に越したことはないから、さっきの話忘れないでね」
「おう。またな」
レオルは手を振りながらワープして帰っていった。
「龍の都……ね」
レオルに言われたことを思い出す。
◆
「ドラゴニアはね……スタンピードのBOSSWAVEが始まって、僅か"1分"で壊滅したんだ」
「1分?そりゃまた手酷くやられたな。参加人数が少なかったのか?」
「参加人数は500人余りいたはずだよ」
俺達の時よりも参加人数は多いな。
「個々の実力が低かったとか?」
「ドラゴニアは人気な都市でね、ギルコントップ30に入る大手ギルドが5つはホーム登録してるんだ。実力に関しては問題ないだろうね」
ってことは……。
「モンスターが強すぎたってことか」
「おそらくね。詳しい話はわからないけど、BOSSWAVEの時点で生き残ってたのは50人ほどだったらしいよ」
なるほどな。
俺達が戦ったドラゴン・オーガよりも強いかもしれないなぁ……。
「ドラゴニアのスタンピードは異変があったイベントでも1番新しい……。ハイセ達が戦ったモンスターよりも強いってことは、"クリプトの技術"も腕を上げてるってことだね」
あの注射の品質も回を重ねる事に凶悪な物になってるってことか。
「もしくは母体が最初からとんでもなく強いモンスターだったか、はたまたその両方か」
考えたくもないな。
「俺達の調査隊と向かうと思うけど、くれぐれも油断しないように」
◆
実力者揃いのプレイヤー達を僅か1分で……。
プレイヤー達も消耗していたとはいえこんな一方的に。
どんなモンスターだったのだろうか。
「ただいまー」
「戻りました」
「ただいまー!!って師匠!こんな所に突っ立ってどうしたんですか?」
ハル、キッド、シオリの3人がいくつかのクエストを終えて帰ってきたようだ。
「……お前らの帰りを待ってたんだよ」
「えー!師匠……そんなに僕達のこと……」
ハルはうっとり顔を綻ばせている。単純だな。
「嘘ね」
「嘘ですね」
「嘘なんですか!?」
「早く中に入れ」
背中をポコポコとハルに殴られているが、気にせず家に入る。
談話室に入るとスミレとアリシアが待っていた。
「みんな今から時間あるか?」
「大丈夫」
「私も!!」
「僕も!」
「俺も大丈夫です」
「私も大丈夫」
みんな大丈夫なようだな。
「よし、じゃー出かけるぞ」
「「「「「おー!!!」」」」」
各々遠出をする準備を始めた。
「手持ちいっぱいなんで倉庫に預けてきますね!」
「私も遠出用に装備整えよーっと」
そう言ってアリシアは装備画面を触り始める。
そういや、アリシアと冒険に行くのは初めてだな。
「なぁ、キッド。パーティー戦闘の場合、アリシアみたいなプレイヤーはどういう立ち位置になるんだ?」
「そうですねぇ……。通常であればサポート職に力を入れてるプレイヤーは戦闘には参加せず、主に戦闘後のメンバーのアイテムや武器のメンテナンスをしていますね。ですが、アリシアさんの場合……」
「アリシアの場合なにか違うのか?」
「それは自分で説明するよ」
準備を終えたアリシアが俺達が座っていたテーブルの席に着いた。
遠出用だとプレート付きの軽装備になるのか。普段のつなぎ姿しか見てないかれ新鮮だな。
「私は前居たギルドでも鍛冶師やってたんだけど、時々戦闘にも参加してたんだ。主に後衛での支援だけどね」
「バフとかヒールとか?」
「うん。私の場合は『LUK上昇バフ』とか『武器耐久値上昇』とか"そっち系"のサポート」
ほう、これまた便利そうな。
素材集めたりレアアイテム欲しい時はアリシア連れてった方がいいのか。
「LUK上昇のアイテムとかもざらにあるから、パーティーとしての優先度は低いの。だから無理して私を連れていくより、他のメンバー入れた方がいいんだよ」
「なるほど」
「でも!私も一応戦えるから!いざとなったら加勢するからね!」
アリシアはグッと力こぶを見せてドヤ顔をする。
「ああ、頼りにしてる」
ニコッと笑うアリシアの頭を撫でようとしたが、背後で殺気の混じった視線を感じたので肩をトントンするだけにしておいた。
「みんな揃ったか?」
談話室には俺も含め6人しっかり集まっている。
「なんかワールドクエストがうんたらかんたららしいから異変があれば教えてくれ」
とりあえずドラゴニアに1番近いワープポイントまでワープするか。
◇
【麓の街:レディア】
「とりあえず、1番近いワープポイントはここだな」
「でもまだまだ遠いわね」
「こっからは飛竜でいくぞ」
俺達は飛竜を呼び出し、背中に跨った。
スミレは当然のように何食わぬ顔で俺の後ろに乗っている。
「スミレ、もうそろそろ自分の飛竜用意しろよ」
「まだ怖いわ」
「嘘つけ!震えてもねぇし、嫌がんなくなってるだろ!」
「……チッ」
舌打ちした!?今この子舌打ちした!?
「そのうち用意するわ。今日は後ろ乗せてね」
「はいはい」
スミレは俺の腰に手を回し、密着して座る。
「ん゛っ」
「どうしたの?」
「いや、なんでも」
ムニっとした感覚が背中に……。
役得だが、心臓に悪い……。
わざとやってんのかこいつ。
「イチャイチャしてないで早く行きますよ!」
痺れを切らしたハルが頬を膨らませながら言ってきた。
「いくか」
飛竜は空高く舞い上がる。
やっぱ飛竜での移動は気持ちがいいなぁ。
「結構距離あるから休みながらいこう」
◇
そこそこ移動したか。
ドラゴニアまではあと半分ってとこかな。
「ハイセさん!もうすぐワイバーンの活動域があるんですけどどうしますか?」
キッドの言葉を聞いてマップを開く。
ワイバーンの活動域?
お、確かにマップの一部が赤くなってる。
ここがワイバーンの活動域ってことか。
「……?」
少し先に何かの群れが見える。
あれは……。
「ワイバーン!?」
「もう活動域に入ったのか!?」
「い、いや、そんなはずは!まだしばらく先のはずです!」
どういうことだ?
WSOは従来のオープンワールドMMORPGと同じで、モンスターは自分の活動域からは出られないはず。
仮に出たとしても勝手に活動域に戻るようプログラムされているはずだ。
「システムから逸脱したモンスター……?」
てことは。
インベントリから望遠鏡を取り出し、ワイバーンの様子を確認した。
「やっぱりな。ドラゴン・オーガと似た禍々しいオーラを発してやがる」
「じゃあ、あのワイバーン達は……」
「ああ、ドラゴニアのスタンピードの生き残り……クリプトに改造されたモンスターだ」
レオルから聞いた話によると、スタンピードに失敗した場合、『侵攻してきたモンスター達は街を蹂躙した後、街周辺に散り、スタンピードの生き残りとしてランダムに街周辺の BAでエンカウントするようになる』らしい。
「スタンピードの生き残りか見分ける方法は、名前の横にドクロマークが付いていること」
「みんな付いてます!」
スタンピードの生き残りの上にクリプトに改造されたワイバーンか……。
これは手強いな。
しかも……。
「空中戦か……。思うように戦えないな」
「ハイセは手網を握ってて。私が射抜くから」
そう言いスミレは弓を引く。
相手はワイバーンの群れ、数にしてざっと7匹ってとこか。
『風氷の矢』『ミラーアロー』
スミレの周囲には無数の氷の矢が生成され、スキル『ミラーアロー』の効果で倍に増える。
とんでもない威圧感だ。
「鶴矢流『業風剛穿』」
氷の矢達は勢いよく放たれる。
矢の軌道にブレが全くない。飛竜の上で足場だってまともじゃないのに、スミレの弓術も確実に進化している。
スミレが放った風氷の矢はワイバーン達に直撃した。
「距離がありすぎたわね。大したダメージにならないわ」
「いや、ダメージは確実に入ってる。ただ、あのワイバーンのHPが異常に多いんだ」
〔ギギャァァァァァア!!!!〕
スミレの矢が命中したことにより、ワイバーン達は俺達に向かって勢いよく飛んできた。
「まずいことしちゃった?」
「遅かれ早かれこうなってたよ」
仕方ない。やるか。




