第60話 致命的な弱点
頭を過ぎるのは殺意を帯びた赤い瞳と、目の前が真っ暗になり現れる【YOU LOSE】の文字。
俺はシャドウサーバントから大敗を喫した後、そのままログアウトした。
ゲームと言えど、サシで負けるのはちょっとくるものがある。
家に隣にある道場へと足を運び、木刀を握る。
あの瞬間、第六感が最大限の警告を発し防御の姿勢を取ろうとしたが、その時にはもう俺の胸に風穴が空いていた。
ゲームのステータス補正は切っていなかった。
つまり、俺とシャドウサーバントとの間には絶対的なステータスの差が生じていた訳だ。
プレイヤースキル……刀の扱いや立回りは負けていないはずだ。その自信はある。
圧倒的なSTRと目で追えないほどのAGI。
俺の完全な上位互換。
「クソ……」
ガラガラと道場の扉が開く。
「お?ハイセか。今日は一日ゲームをしよったようじゃが、鈍った体でも動かしてたのか?」
じじいが爪楊枝で歯をシーシーしながら入ってきた。
「別に鈍ってねぇよ……あ、そうだ」
「?」
じじいならどうするだろうか。
自分より圧倒的に身体能力が上の相手に対して。
「なぁ、ちょっとゲームやらないか?」
「ゲーム?普段ハイセがしよるあれか?ワシ、フルダイブとかいう奴は勝手が分からんでの」
「全部教えてやるから!ちょっと戦ってみて欲しいんだ」
「ほう。もしかして、そいつに負けたのか?」
「……」
痛いとこ突いてきやがる。
無駄に勘がいいんだよな。
「それは楽しみじゃ」
俺は部屋に戻り、サブ垢をじじい用に設定し直して、予備で買っていたサングラス型のハードをジジイに渡し、一通り説明した。
「俺のサブ垢設定してあるから、それ使ってくれ。身長体重はじじいに合わせてある。見た目とか弄りたかったらインベントリにある【姿見】ってアイテムを使ってくれ」
【姿見】はなんかのイベントで貰った貴重なアイテムらしいが、俺が使うことはないから別に使ってもいいだろう。
「フルダイブは初めてじゃが、上手くできるかのう」
「大まかなことは従来のMMOと同じだ。得意だろ?」
「うむ。やってみるかの」
俺は部屋に戻り、再びログインした。
◇
◇SA【ワコク:ムサシ】百花繚乱ギルドハウス
「あ、戻ってきた!」
「ん?ハルか。まだやってたのか」
「私こういうハウジングとか好きなんですよ!」
「そうか、なら個人部屋以外の共用スペースもハウジングしていいぞ。かっこいい感じで頼むな」
「やったー!!」
俺はハウジングとかこういった類の作業は苦手なんだよなぁ。
どうしても無難な感じになってしまう。
部屋なんて必要最低限のものがあればいいからな。
ハルの後ろからひょこっとスミレが顔を出す。そういや、スミレもハウジングとか好きだったな。
「ちょっと客人呼んでくるが、気にしないでくれ」
「え?呼ぶには早くない?まだ完成とは言えないわよ」
「個人的な用だから大丈夫だ。いってくる」
「いってらっしゃい」
スミレに見送られ、俺はギルドハウスを出た。
数分後。
「はい、俺の師匠のタカさんでーす」
「ほっほっ、孫……んんっ弟子が世話になっとるの」
黒髪の壮年の男性。腰にはしっかりと日本刀が挿してあり、朱色の着物を装備している。俺が用意しておいた見た目だけの装備だ。
ちゃっかり見た目も変えてきたな。
「へー!師匠の師匠ですか!よろしくお願いします!」
「元気な子じゃのぉ、ハイセとこれからも仲良くしてやってくれ。飴ちゃん食うかい?」
「ありがとうございます!」
その飴ちゃんはいつ用意したんだよ……。ゲームに溶け込みすぎだろ。
「……」
1人空いた口が塞がってないやつがいるな。
俺が連れてきた人物を見て、スミレは固まり、引き攣った顔をして俺に小声で詰め寄る。
「ちょ、ちょっと!あれハイセのサブキャラでしょ……!?サブキャラとメインが同時にログインしてるからおかしいと思ったけど……まさか……」
「ああ、じじいだ」
スミレは信じられないとばかりに項垂れる。
別にじいさんがゲームやったっていいだろう。
「おじい様がゲーム好きなのは知ってるけど……!!それでも、灰晴じい様は人間国宝と肩を並べる方なのよ?」
「俺にとってはただの祖父だ」
「そうだけど……な、なにする気?」
「別になにかするって訳じゃねぇよ。ただ、ヒントが欲しいだけだ」
「ヒント?」
首を傾げるスミレを他所に俺はじいさんを連れてバトルシミュレータールームへと向かった。
【バトルシミュレータールーム】
「ほー、広いのう。これなら好きなように戦えそうじゃな」
じじいはうろうろと部屋を観察している。
「今から出現するモンスターは人型だ。俺じゃ手も足も出なかった」
「ふむ。ハイセが手も足も出せずか」
ふむふむと無い顎髭を触る仕草をして、刀の柄に手を置いた。
「ハイセが手も出せぬという事は第六感も使い物にならん程のスピードじゃろうな……ならば、やはり居合か……?いや、それじゃリスクがでかいのう……」
じじいはブツブツとなにか考えているようだ。
「身体よく動くだろ」
「……ん?おお、ゲームじゃからの」
「なら、いつもみたいな"腰が痛い"だの"膝が痛い"だの手を抜く言い訳はできねぇぞ」
俺の言葉にじじいはポリポリと頭を掻きながら、投影されていくシャドウサーバントを見る。
「ふむ、侍か」
投影が完了したシャドウサーバントは平正眼の構えを取った。
「平正眼とな。なるほど……」
【バトルを開始しします】
【5】
【4】
【3】
【2】
【1】
じじいは刀の柄に手を置いたまま動かない。構えもしない。
一体何を……。
【スタート】
シャドウサーバントは俺と戦った時と同じように、一瞬で距離を詰め、強力な突きを放つ。
対するじじいは……。
「こんなものか」
じじいは1歩横にズレて躱した。
「躱した……。あの速さに反応できるのかよ」
「さすがおじい様。年齢による衰えが無ければ、間違いなく"最強の侍"ね」
最強の侍。
俺じゃまだこの領域には……。
ギリッと歯を噛み締める。
己の弱さに苛立つ。
「ハイセ。お前の悪い癖を教えてやろう」
横目に見ていたじじいはシャドウサーバントと戦いながら俺に話しかけてきた。
「まず、お前は自分の能力に頼りすぎじゃ」
「能力?第六感のことか?」
「そうじゃ。持って生まれたものがなまじ便利な能力じゃったが故の油断じゃな」
「油断なんかしてねぇよ」
「いや、している」
じじいはそう言いながら懐に手を入れる。
「っ!?」
〔キンッ!!〕
「危ねぇな!!」
あのじじい、いつの間に懐にクナイなんて隠してやがったんだ。
すんでのところで弾くことができたが、反応するのがやっとだった。
「"それ"が油断じゃ。第六感にかまけておる。相手を観察する洞察力がお前には足りん」
「かまけてなんか……」
「今の儂の一連の動作を見ても反応するのがやっとな現実が何よりの証拠じゃ」
じじいが言っていることはなんとなくわかる。
ステータス補正のあるこの世界では俺は弾丸でさえ躱すことができる。
だが、それは"相手が俺に銃口を向け撃ってくる"+第六感による予知があるからだ。今みたいな完全な不意打ちには第六感に頼るしかない状態だ。
「このモンスターとの戦いにしてもそうじゃ。強力な突きが来ると分かっておったじゃろ?恐らく居合で対抗しようとしたのじゃろうが、なぜじゃ?第六感があるから対応出来ると奢っておったからじゃろう」
何も言い返せない……。
「完全な不意打ちと思っておるじゃろ。それはお前が見逃しておるからじゃ。会話の流れ、動き、それら全て統合し次の動作を予測する。観察と予測、基本中の基本じゃ。現にスミレは反応できておったぞ?」
スミレを見ると気まずそうに顔を逸らした。
「お前は能力があるが故に基本がなっておらん」
「普通の人なら反応することすらできないだろ……」
「普通の人?」
俺の言葉にじじいはピクリと反応する。
「ハイセお前、普通の人で良いのか?」
じじいはシャドウサーバントの首を一刀両断した。
〔ダンッ!!!!〕
「なっ……」
俺の喉元には日本刀のギラついた刃があった。
目にも止まらぬ速さ……。
始めたてでステータス補正もあってないような状況でこれほど。
俺の喉元に刃を押付け、ものすごい気迫で俺を睨む。
「甘えるなよ」
「……チッ」
〔キンッ〕
押さえつけられた刃を弾く。
「お前は確かに強い。じゃがそれは同年代での話じゃ」
じじいは刀を鞘に戻しながら、シミュレーターの扉に手を伸ばす。
「お前なんぞ、現継承者からしたら赤ん坊も同然よ。自惚れるな。お前の"それ"は致命的な弱点じゃ。そのままであれば鷹見流は継がせれん」
そう言い残し、じじいはシミュレータールームから出ていった。
「…………クソ」
油断なんてしてない。
第六感にかまけてない。
そう声を大にして言いたかったが、言えなかった。
図星だと、自分でも分かってしまっていたから。
俺は自惚れていたのか……。
「ハイセ……」
「……また明日な」
「うん……」
心配するスミレを他所に、俺は自室に戻り、ログアウトした。
◇◇◇
翌日。
学校での昼休み。
俺とスミレはいつも通り屋上で昼食を取っていた。
「……」
「まだ拗ねてるの?」
「別に拗ねてねぇよ。……ただ、あんなじじいは初めて見たから」
「確かにすごい気迫だったわね」
じじいが言ってることは全て正しかった。
第六感に頼らず、か。
洞察力を鍛えるにはどうしたらいいのだろうか。
普段から周りをよく観察しないとな。
ジーッとスミレを見る。
「な、なによ」
整った顔立ち。桜子さんと椿さんのいい所のみを受け継いだ美貌。
そして、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる高一とは思えないほどの抜群のスタイル。
この胸部は男子を狂わせる。大きすぎず、小さすぎず、俺の見立てでは推定Eカップ……。
「どこ見てんのよ!!」
〔バチンッ!!〕
強烈な平手打ちが俺を襲う。
「痛てて……。躱せなかった……まだ洞察力が足りないのか」
反応することが出来なかった。この胸部に吸い寄せられたからだ、やはり脅威だ……胸囲だけに。
「もう……エッチ」
頬を赤らめて目を逸らすスミレの姿におもわずグッときてしまう。
こいつこんな可愛かったんだな。
周囲をよく観察すると発見があるものだ。
俺も弱点克服に向けて1歩前へ進めたか?




