第54話 不穏な気配
【???】
薄暗い森の奥、フードを深く被った1人の男が歩いている。
「クフフ……」
薄気味悪い笑みを浮かべ、顔を上げる。
視線の先には1体のモンスターがエリアを徘徊していた。
〔グガァァァァア!!!!!〕
男の気配に気付いたモンスターは咆哮し、男を威圧する。
しかし、男は笑みを浮かべたままモンスターへと近づき、ポケットから1本の注射器を取り出した。中には紫色の液体が入っている。
〔ガァァァァァア!!!!〕
モンスターは再度雄叫びを上げ、男へ突進を始める。1.7m程の身長の男にに対するモンスターの大きさは3mを優に超えている。
赤い皮膚に丸太のように太い腕、額には2本の漆黒の角がら生えている。オーガキングの更に上位個体【オーガエンペラー】だ。
「まずまずの個体ですね」
笑みを浮かべている男はオーガエンペラーの突進をヒラリと躱し、手に持つ注射器をオーガエンペラーの首筋に突き刺した。
注射器の中に入っていた紫色の液体はドクドクとオーガエンペラーの体内に注入されていく。
〔ギャァァァァア!!!!〕
オーガエンペラーは悲痛な叫びを上げ、その場にのたうち回る。
「クッフフ……。どうやら成功のようですね」
のたうち回るオーガエンペラーの皮膚は次第に赤黒く染まっていき、まるで龍のような鱗が生え始めた。そして、2本の角は大量の魔力を含み巨大化し、禍々しいオーラを纏う。
「ふむ。龍の血と上手く適応したようですね。名付けるならば……。【ドラゴンオーガ】と言ったとこでしょうか。我ながら安直ですが」
〔ギャォオオオオオオ!!!!〕
ドラゴンオーガは雄叫びを上げる。すると、森に居たモンスター達の目の色が変わる。
「さぁ……。この世界を混乱へ」
男はいやらしい笑みを浮かべたまま両手を広げる。
「スタンピードの始まりです」
異様なオーラを纏ったモンスター達を残し、男は森の影へと消えていった。
◇◇◇
スタンピード当日。
俺達、百花繚乱はアデルからの依頼を解決するべくアデルがリーダーを務めるギルド【オーディン】が拠点にしている都市【水の都:ローデイス】へやってきた。
◇SA【水の都:ローデイス】オーディンギルド前
「随分と物々しい雰囲気だな」
「ああ、スタンピードがある時は大体こんな感じだ」
俺とアデルは街を見渡す。空は曇り、完全武装したプレイヤー達がせっせと戦闘の準備を始めている。
「はぁー。普段は青空でキラッキラした綺麗な街なんだけどなぁ」
「キラッキラした街って。お前、そんなのが好きだったのか?」
「俺の趣味じゃねぇよ。カスミがここが良いって言ったんだ。まぁ、こういう場所の方がギルメン共もリラックスできるだろ」
「お優しいこった」
そう考えると、拠点をワコクにするって決めたの俺の一存だよな。他のメンバーの意見も聞くべきだっただろうか……。いや、俺が聞いてもあいつらは俺に任せるとしか言わないか。
「ハイセ。まだスタンピードまで時間はあるが、どうする?」
俺があーだこーだ考えているとアデルが聞いてきた。
「んー。ちょっとだけ外出てくるわ」
「外って、街の外か?」
「ああ」
「お前なら心配ないだろうが、今街の外のモンスターはスタンピードの兆候で通常よりも強化されてる。気をつけろよ」
「おう」
少し気になることがあるし、スタンピードはレアイベントだし、せっかくなら辺りを散策してみよう。
適当にアデルに返事をして俺は腰にへし切長谷部を挿し、羽織を羽織る。
「っし。いくか」
そのまま街の外へと走っていった。
◆BA【ローデイス旧街道(特殊環境)】
特殊環境。エリアを巻き込むイベントがある場合はこんな表記になるのか。
「……。スミレ、いるんだろ」
「やっぱバレてたか」
「バレバレだ」
俺行くとこにスミレありだな。
「んで、なんで着いてきたんだ?準備はいいのか?」
「うん。特に準備することもないし、丁度暇してたから。ハイセこそどうしたの?」
「あー、少し気になることがあってな」
「そっか。ハイセも」
どうやらスミレも違和感に気付いているらしい。
アデルやカスミは俺達を不安にさせまいと隠しているつもりだろうが、観察眼の優れた俺達にはお見通しだ。っていうより、俺達もスタンピードについては少しだけ調べてきた。違和感を覚えるのは当然だろう。
「スタンピード自体ランダムイベントって言われてるが、ある程度の条件が存在してるのは確かだ。その条件に当てはまる都市からランダムに選ばれてるんだろう」
「そうね。でも、ローデイスはその条件に当てはまらない。唯一大都市ってとこだけね」
「だから、ちょっと森の方に行ってみようと思ってな」
「森?あ、モンスターが攻めくるとされる場所ね」
「まぁ、ゲームイベントだから先回ってモンスターを倒すとかは出来ないだろうが、何かありそうな気がする」
「いつもの勘ね」
「帰るか?」
「ついていくわ」
だよな。スタンピード開始まで30分ほどか。少し急ごう。
俺とスミレは急いで森へと向かった。
◇◇◇
同時刻
◇SA【ワコク:ホンノウジ】周辺の林
銀色に鈍く光る鎧を纏った金髪の男が林を駆ける。
「リーダー。こんなとこになんの用があるんだ?オーディンからのスタンピードの話を断ってまで」
「ん?ちょっと気になることがあってね」
バンダナを巻いた盗賊風の男と行動を共にするのは、No.1ギルド【円卓】のリーダー、レオルだ。そして、盗賊風の男の名前はガイア。円卓幹部12席の内の1人【第6席:ガイア】だ。
「気になること?ああ、前に言ってたやつ」
「そう。ガイアには俺がハイセ達と第六天魔王のクエストをクリアした話はしたよね」
「なんでも恐ろしく強いラスボスが出てきて、リーダーもオリジンを出さざるを得なかったとか。あ?でも、この前リーダーもう1回クエスト受けてなかったか?」
「うん、そうだね。同じクエストを受けて、全く同じ攻略法で進んだ……はずだったんだ」
レオルは怪訝な表情を浮かべて拓けた場所で足を止める。そこはハイセ達がヒデヨシと死闘を繰り広げた場所だ。
「はず?クリアできただろ」
「うん、クリアはできたよ。ハイセのには劣るけど、へし切長谷部もゲットできた。でも、ハイセ達とクリアした時とはイベントが大きく違うかったんだ」
「そりゃそうだろ。この手のストーリークエストはマルチエンディングだ。違うイベントも出てくるさ」
「ハイセと全く同じ方法で進めてるのに?」
「あー……それは、あれだ、どっかで選択ミスったとか」
「そうだね。その可能性もある」
レオルはその場で何かを探すようにウロウロし始めた。
「で?結局どんなエンディングになったんだ?」
「……エンディングはほぼ同じだよ。ノブナガがより良い国を作ると約束して終わり」
「そりゃ、どういう……」
「ボスが違うんだよ」
「え?」
レオルは目を凝らし、草陰の奥で薄く光る何かを見つけた。
「2回目の時のボスは、ただヒデヨシが強力な幹部を5人引き連れてくるだけだった」
「ただ極低確率のレアイベントを引いたってだけじゃ……」
「どうだろうね。少なくとも50回は試したけど、1回目のボスは現れなかった。それに、いくら低確率のイベントだろうと指定されたランク以上の難易度にはならないはずなんだ。あのクエストの難易度はS。あのボス……ヒデヨシの強さはSSランク相当の強さだった」
「リーダーがオリジン使うほどだもんな」
そしてレオルは草陰の奥で光るアイテムを拾った。
「やっぱり……これは」
【名称:割れた注射器の破片 --- 説明:謎の割れた注射器の破片。付着している液体からは禍々しいなにかを感じる。遘大ュヲ閠?け繝ェ繝励ヨ縺御ス懊j蜃コ縺励◆迚ゥ縲ょスシ縺ッ荳也阜縺ョ豺キ荵ア縺ィ遐エ貊?r譛帙∩縲√◎繧後r螳溽樟縺吶k縺溘a縺ォ菴懊j蜃コ縺励◆譛?謔ェ縺ョ阮ャ縲ょスシ縺ョ險育判縺碁?イ繧√?縺薙?荳悶↓蜴?⊃縺瑚ィェ繧後k縺?繧阪≧縲】
「うわっ、なんだこれ。文字化けが酷いな……」
「……まだこのゲームがリリースされてから1度も行われていないクエストがあるんだ。こんなクエストがあると宣伝されているにも関わらず」
レオルはアイテムをインベントリにしまい、踵を返す。
「開発関係者の話によると、そのクエストが現れる時、数々の異変があるらしい。本来なら使用して消えるはずのアイテムが残ってるってことは相応の意味がある」
「それって……」
「うん。これは、"ワールドクエスト"のキーアイテムだ」
【ワールドクエスト:WSOの世界全てを巻き込む大型クエスト。そのクエストは世界の終焉を告げ、WSOに住む全プレイヤーへ発令され、世界の終焉を防ぐことを目的とされている。それ以上の詳細は不明】
◇◇◇
◆BA【古泉の森】
「結構奥まで来たが……」
「特に何も無いわね」
凶暴化したモンスターが襲ってくるだけだ。特に変わったものはない。
「勘は外れたっぽいなー……ん?」
奥の茂みになにかアイテムがある。こんな所に?レアアイテムなら売っぱらうのもありだな。
「なんだこれ。ガラス?」
【名称:割れた注射器の破片 --- 説明:謎の割れた注射器の破片。付着している液体からは禍々しいなにかを感じる。遘大ュヲ閠?け繝ェ繝励ヨ縺御ス懊j蜃コ縺励◆迚ゥ縲ょスシ縺ッ荳也阜縺ョ豺キ荵ア縺ィ遐エ貊?r譛帙∩縲√◎繧後r螳溽樟縺吶k縺溘a縺ォ菴懊j蜃コ縺励◆譛?謔ェ縺ョ阮ャ縲ょスシ縺ョ險育判縺碁?イ繧√?縺薙?荳悶↓蜴?⊃縺瑚ィェ繧後k縺?繧阪≧縲】
すげぇ文字化け。ゲームのバグか?なんか気持ち悪いな。
「一応持って帰るか」
「どうしたの?何かあった?」
「いや、なんでもない。早く帰ろうぜ」
◇SA【水の都:ローデイス】
ローデイスに戻ると準備を終えたプレイヤー達が門前に集合していた。
「ヒリついてるなぁ。良い空気だ」
「ゲームなんだから楽しめばいいのに」
そう言ってもこのゲームに命掛けてる奴らからしたら死活問題だろう。オーディンの連中なんて特にだろうな。
「あ、帰ってきたー!師匠!スミレさん!」
ハルが俺達に元気よく手を振っている。ひりついた場に相応しくないような能天気な明るい声だが、こういう所はハルのいい所でもある。
「全員揃ってるなぁ。じゃ、スタンピードについておさらいしとくぞ。キッドよろしく」
「結局キッド頼りなのね」
「当たり前だろ。歴で言えば俺達はまだビギナーに毛が生えた程度だからな」
「は、はい!じゃあ説明しますね」
キッドが簡単に説明を始める。
「スタンピードは大きく分けて4回の大規模戦闘が起こります。WAVE1はモンスターの数も少なく大して強くはありません。WAVE2は1よりも多く個体も強力になります。WAVE3も同様です。そして、最後のBOSSWAVEはこのスタンピードの元凶となるボスモンスターが侵攻してきます。ボスの強さはSSランク、A~Sランクの取り巻きを従えているはずです。それを倒せばスタンピードクリアになります。WAVE間には5分のインターバルがあるので、その時間で体力を回復できます」
「ふむ」
なるほど。WAVEをクリアするごとに敵が強力かつ多くなっていくのか。
「キッドやアデルの口ぶりからすると、そのモンスターの数も相当なものなんだろうな」
「WAVE1は大体500体ほどです。それから2倍に増えていく感じですね」
「ならWAVE3は2000体か」
こっちはプレイヤーが200人。WAVE3で1人頭10体の討伐が必要か。
最後の取り巻きの強さがA~SってことはWAVE3で出現モンスターのランクは最高でもBってことになる。
「消耗戦になりそうね」
「そうだな。流石にビギナーはいないみたいだが、フォローできる所はしっかりしていこう」
円卓は来なかったみたいだ。なんでも外せない用事があるのだとか。
「確かサイユウキのゴクウも誘ってたって聞いたが」
「寝坊して遅れてくるらしいですよ?さっきアデルさんが頭を抱えながら言ってました!」
どうやらスタンピードはクエストを受注さえしていれば後からでも参加することはできるようだ。だが、戦力は大幅ダウンだな。これもアデルの日頃の行いが悪いせいだ。
「ハイセ!そろそろ始まるぞ!」
アデルからの招集がかかった。いよいよスタンピードの始まりだ。
「百花繚乱は三手に分かれるぞ。キッドはタンク組と合流して防御とカウンターに徹底しろ。スミレはハルと組んでハルのカバーと範囲攻撃を頼む。シオリ、お前は俺と組んで東側だ。シオリは俺の補助を頼む。バフの管理怠るなよ」
「なかなか忙しいね」
「シオリならできるさ。頼んだぞ」
すると、スミレは頬を膨らましていた。こんな時にヤキモチかよ。
「私がハイセと組みたかった」
「なんか言ったか?」
「いいえ。やるべきことはわかってるわ」
拗ねているが、ちゃんとやってくれるみたいだ。よかった。
「よし。まぁ、正直ローデイスがどうなろうがしったこっちゃないが、俺達にもやるべき理由がある。しっかり稼げよ!」
「「「「おう!!!!」」」」
各々の返事を聞いて俺達はそれぞれの持ち場に立った。
「お?」
空を見上げると赤い薄い膜のようなものがスタンピードの範囲を覆っていく。
この範囲外からは攻撃はできないし、モンスターも出ないって訳か。
すると、上空に文字が浮かび上がりカウントダウンを始める。
【スタンピード開始まで:5】
【スタンピード開始まで:4】
【スタンピード開始まで:3】
【スタンピード開始まで:2】
【スタンピード開始まで:1】
『お前ら行くぞぉぉぉぉおお!!!!』
〔うぉぉぉぉぉおおお!!!!!!〕
アデルの激励に対し、プレイヤー達は雄叫びを上げ、武器を手に取る。
【スタンピード開始】
【WAVE1】
「よし、チャチャッと終わらせ……あ?」
俺は思わず足を止める。
戦場には異様な空気が漂い始めた。出現したモンスターを目の当たりにし、プレイヤー達も足を止める。
「嘘だろ……。シャドウウルフ……?」
【名称:シャドウウルフ 弱点:?? ランク:B】
「B!?」
「どういう事だアデル!!WAVE1のモンスターは弱いんじゃなかったのか!?」
俺はアデルに聞く。強化されたとはいえ、まだWAVE1だ。最低でもDランクが関の山だろう。
しかし、アデルの表情も驚きで染まっていた。
「お、俺にもわかんねぇ!!こんなの初めてだ!」
「チッ……」
予想外の展開に思わず舌打ちをしてしまう。
「だが、幸い数は少ない。せいぜい50体ってとこか」
「Cならまだしも、Bランクのモンスターが50体だぞ?」
俺やアデルなら問題ないだろうが……。
『近くにいる人でパーティを組め。個々で戦わず、人数有利を維持し、確実に勝て!』
アデルが全体チャットで指示を出した。
冷静だな。流石は歴戦の猛者だ。ここが俺とアデルの差なんだろうな。
「すまん。予想外の事でテンパっちまった」
「しょうがねぇよ。初めてのスタンピードでこんな事が起こればな。ハイセ、お前も誰かとパーティを……」
「いや、大丈夫。Bランク程度なら俺一人で十分だ」
「ははっ!そうだよな!俺は他に助けがいる所が無いか見回ってくるぜ!前線は頼んだぞ!」
「任せろ」
アデルは振り返り、そのまま走っていった。
シャドウウルフの集団は目前まで迫っていた。
「俺達の方向に来ているのは5体か」
「お、俺達であいつを倒すのか!?5体も!?」
後退りするプレイヤーを他所に俺は数歩前に出た。
「ふぅ……」
俺は1つ息を吐き、腰を落として左足を引く。そして、腰に挿すへし切長谷部の柄に手を置いた。
【豪炎天魔】
鞘に収まるへし切長谷部は豪炎を纏う。
「バフかけるよ!!」
【MP自動回復】
【攻撃範囲拡張】
シオリからのバフを受け、纏う豪炎は猛々しさを増す。
【覇剣】
覇剣のスキルを発動し、ギラついた瞳をシャドウウルフの集団に向けた。
シャドウウルフの集団は俺の気配に気づき、凄い勢いで迫ってきた。
「失せろ」
「鷹見流居合【幽冥一閃】」
神速の抜刀は、その場に豪炎だけを残す。残された横薙ぎの一閃は覇剣の効果で飛び出し、へし切長谷部の特殊効果とシオリのバフで攻撃範囲が大幅に拡張される。
巨大な豪炎はシャドウウルフ5体に直撃した。
〔ガァァァァァァァ!!!!!〕
シャドウウルフの断末魔が戦場に響き渡る。
「意外とHP少ねぇのな」
流石にバランス調整はされてるか。これでダンジョンボス並に体力があったらやってらんねぇよ。
「ほら、行くぞ」
「え?あ、ああ……」
どうやら俺の一撃で呆気に取られてるみたいだ。
「大丈夫だ。俺達なら勝てる」
「お、おう!!よし、行くぞ!!」
〔うぉぉぉぉぉおおお!!!!!!〕
俺の一撃に希望を見出したのか、さっきの弱気はどこへやら。まぁ、これでまともに戦えるだろう。
「色々不安はあるが、やるだけやってみるか」
突撃した他プレイヤーの後に続き、俺も戦場へ駆け出した。
ご閲覧ありがとうございます!
次回をお楽しみに!