第44話 肩を並べて戦うために
〔キンッ!!キンッ!!〕
火山エリアでは剣戟の音が鳴り響く。
デイル。縮地と分身を駆使してトリッキーな立ち回りをしてくる厄介な相手だ。
縮地で背後を取り、分身を身代わりにして再度背後を取る……。鬱陶しいのは、分身だと思っていたら本体だったりもする。なにより駆け引きが上手い。前も思ったがおそらくフェンシング経験者だ。
「よっ」
デイルの素早い突きを受け流しつつ反撃の機会を伺う。だが……。
「おい、あいつはお前の仲間か?」
「ん?何を言っている」
デイルは首を傾げる。どうやら、本当に分からないようだ。
僅かな殺気とねっとりした視線。丁度俺の左後ろからだ。
あそこは火山エリアの唯一岩がゴツゴツしていて遮蔽がある……スナイパーか。
かれこれ2、3分ほどデイルとやり合っているが狙撃をする気配がない。
『二兎追うものは一兎も得ず』。どうやら、どちらかが勝った後に確実に仕留めるみたいだな。しっかりしてやがる。
「デイル」
鋭い眼光でデイルを睨みつける。
「なんだ?……ッ!?」
デイルは思わず飛び退く。
(これが殺気ってやつなのか……?初めて感じた……。思わず飛び退いちまった……)
「悪いな。早々にケリをつけさせてもらう」
俺はインベントリから【敏捷の丸薬】を取り出す。
ポーションやバフアイテムは持ち込み可で良かった。まぁ、バフアイテムの持ち込みは3つまでだが。ここで1つ使う判断は悪くは無いだろう。
〔ガリッ〕
「おぇ……」
相変わらず酷い味だ。
『神速』
俺は瞬時にデイルに肉薄する。
「鷹見流『鳴神一文字』」
「チッ……」
横薙ぎの一閃に手応えはない。咄嗟に分身を出したようだな。
「そこだ!!」
「ぐあっ!」
俺は自分の左側を思い切り蹴飛ばした。予想通り、デイルが縮地で移動したのは背後では無く左側だった。
背後にも気配はあったがそれは2つ目の分身だ。
〔キンッ!!!〕
デイルの持つレイピアを弾いた。レイピアは空を舞い地面に突き刺さる。
「デイル、お前【隠密】持ってるだろ」
「バレてたか……。そうだよ、なんでお前は完全に気配を断ったはずの俺に気付けるんだよ……」
別に気付いていた訳じゃない。誘導しただけだ。
デイルが何度も俺の背後を取ったのは俺の動きを観察する為だろう。だから俺は"わざと全て右回り"で振り向き対応した。それを癖だと思い込んだデイルは決着が着く大一番で死角になる左側を狙った。
「分身で死角を作り隠密を発動か。いい勉強になった」
俺が殺気を放ったのも、"これで決着つけるぞ"って合図だ。
「結局、全部お前の手のひらの上かよ……。だが、次は勝つ」
「いつでもかかってこい。まぁ、俺が勝つがな。いい勝負だったぞ。チップ」
「てめぇ!!俺はデイ……」
俺はデイルの首を斬り落とした。一撃必殺。デイルは何か叫んでいたが粒子となって消えた。
「ふぅ、これで1キル目。あとは……」
明確な殺気を感じ取る。
くる。
〔バァァァン!!!〕
〔キンッ!!!〕
「は!?」
驚きの声が聞こえたな。
第六感とゲームのステータスがあればスナイパーの銃弾を斬り落とすくらいは可能だ。
「……ん?」
もういない。
なんかの漫画で読んだっけか。『スナイパーは撃ったらすぐ走れ』みたいな。場所を特定されないための方法だ。
「中々やるな」
〔バァァァン!!!〕
再び銃声が鳴り響く。丁度俺の背後からだ。
「よっ」
俺はバク宙して回避する。
〔バンッ!!!〕
「くっ……」
肩に銃弾を受けてしまった。咄嗟に体を捻ってなかったら心臓に直撃だった。危ない……。
それにスナイパーライフルじゃない。肩に突き刺さった弾丸を見るに7.62mmのライフル弾。威力と連射速度からしてセミオートのアサルトライフルか。
「時と場合に応じての即座の武器チェンジ。状況の判断の早さ……こいつも強いな」
銃の強みだな。種類が豊富だから装備を入れ替えるだけで色んな状況に対応できる。
「だが、ハルのような敏捷性と身軽さは兼ね備えてないみたいだ」
言うなれば固定砲台。後方支援に徹するプレイヤーだ。ハルとはまた違った強みだな。
〔バンッ!バンッ!!〕
2発の弾丸が迫る。容易に躱すことは可能だ。だが、1つ釣ってみようか。
「よっほっ」
俺は2発の弾丸を躱す。1発目は横にそれ、2発目は空中に勢い良く飛び上がった。
(ここだっ!!)
銃使いは即座にスナイパーライフルに変えスコープを覗き狙いを定め、撃つ。
〔バァァァン!!!〕
「……え?」
目が合った時には既に遅かった。
『覇剣』
『豪炎天魔』
俺は刀を上段に構え、振り下ろす。
『轟炎』
燃え盛る炎の斬撃は迫る弾丸をも飲み込んだ。
炎の斬撃はスナイパーが居たであろう場所に向かって放たれる。へし切長谷部の特殊効果で斬撃は数倍大きくなった。
「ヒィッ……!!」
スナイパーは慌てて回避する。そして、そのまま岩の間を走り移動する。
「な、なによあれ……。銃弾斬った上に、余裕で躱して、炎の斬撃まで飛ばしてくるなんて……あれ?」
スナイパーは立ち止まり、ハイセが居たであろう場所を見る。しかし、そこにハイセは居なかった。ハイセから目を離した時点でスナイパーの負けが確定していた。
「炎で死角を作り、隠密を発動。使えるなこれ」
「ギャー!!!!」
「人の顔見て叫ぶなんて失礼な奴だな」
ドンッとそのままスナイパーを押し倒し、首筋に刃を当てる。
「女性プレイヤーだったか」
……可愛いな。スタイルも中々……ゲームだから好きなように作り変えれるだろうけど。
まぁスミレの方が可愛いしスタイルも良いけどな!!!
「こ、殺さないの……?」
「え?殺すよ?ちょっとどこのギルドか気になってな」
マントにある紋章を見るが見覚えがない。
「無名の弱小ギルドよ……。どうせこの大会終わればギルド抜けるからどうでもいいわ」
「そうか」
勿体ないな。狙撃の腕前もさながら、戦況の見極め、状況の判断、どれも高水準だった。相手が俺じゃなかったら殆どの奴が殺られてただろう。銃弾も額ど真ん中だったし。
「名前は?」
「シオリ」
「ふーん」
「それがどうしたの……?」
「いや、なんでもない。じゃあな」
俺はシオリの首を斬り落とした。そして粒子となって消える。
「これで2キル目っと」
『二兎追うものは一兎も得ず』?馬鹿言ってんじゃねぇよ。俺は欲張りだからな。『二兎追って、二兎を得る』これが一番だ。
「あとは適当に1キル取って、生存重視で動くかぁ。必要そうなら合流もありだな」
俺はそのまま火山エリアを出た。
◇◇◇
~スミレ視点~
◆【限定エリア:雪原】
「ぐあぁ……」
「これで3人目ね」
3キルくらいなら余裕ね。
ハイセは大丈夫かしら。暑いの苦手なのに火山エリアに飛ばされちゃってるけど。
「それで言ったら私も最悪ね……うぅ……寒い……」
まさか雪原エリアに飛ばされるとは思ってなかったから防寒具は持ってきてない。今度から常に持ち歩くようにしておかないと。
「さて……どうしましょう」
ここからだと、1番近いのはキッドの市街地ね。でも、迫るパルスと安置のことを考えると森林エリアにいるハルと合流するのが良さそう。
「んー……本当は1秒でも早くハイセに会いたいけど……」
ハイセは1人で全部何とかするでしょうし、1番心配ない。ただ、会いたいだけ。
「はぁ……邪念は捨てないと。今は試合中、ギルドが勝つために最善を尽くさないと」
スミレは早々にノルマの3キルを終わらし、ハルと合流する為森林エリアに向かった。
◇◇◇
◆【限定エリア:森林】
~ハル視点~
最悪だ。
本当に最悪。僕ってこんなに運悪かったかな。森林エリアに飛ばされたまでは良かった。まず最初に出会ってしまった人が最悪なんだ。考えうる限り、今このマッチで1番の最悪。
「やぁ、ハル。しばらくぶりだね。ワコクに一緒に行った以来かな?」
「レオルさん……」
まさかここでレオルさんと出くわすなんて。
「……」
わかってる。間近でレオルさんの戦いを見た事のある僕が1番わかってる。僕じゃどう足掻いても勝てないってことが。
でも、ギルドに迷惑をかける訳にはいかない。なら、やる事は1つ。
僕はAGI上昇のバフをかけ木々の間を駆け抜けた。レオルさんと距離を取る。振り向かない。僕にできることは全力の"逃げの一手"。
「そんなに怖がることはないだろ?」
「なっ!?」
速い……。僕の全力ダッシュに簡単に追いついてきた。
レオルさんの剣が迫る。紙一重で躱すが、いつまで凌げるかわからない。
「レオルさん、見逃してくれません?」
「んー、それはできないね。優勝候補のギルドメンバーなら尚更だ」
「ですよねぇ……」
もう戦うしかないみたいだ。正直勝てる気はしない。でも、師匠ならここで真っ向から戦うはずだ。僕には師匠ほどの力はないけど、全力を尽くそう。
リボルバーを構える。
「逃げないのかい?」
「逃がしてくれないじゃないですか」
「ふっ……そうだね。けど、ハル。今の君の方が良い瞳をしてるよ」
レオルさんもエクスカリバーを構えた。
僕とレオルさんの間には静寂が流れる。その静寂を破ったのは僕のリボルバーの発砲音。
〔バンッバンッ!!〕
レオルさんは左に展開し、銃弾を走って躱す。師匠みたいに真っ向から銃弾を避けることはできないみたいだ。勝機があるとすればそこしかない……。
『神速』
レオルさんがスキルを発動した。ただでさえ速いのに更に……!!
撃ち続けるけど、レオルさんを捉えきれない。
『覇剣』
『魔滅の刃』
光の斬撃が僕に向けて放たれる。このくらいは躱せる。でも、
「ベネクト流『フルミネ・ブル』」
「うっ……」
レオルさんは瞬時に肉薄し、剣を振り下ろした。光の斬撃の回避で体勢を崩した瞬間を狙われてしまった。レオルさんの剣は僕の体を捉える。HPが削られていく。
「さすがの身のこなしだね。真っ二つにしたつもりだったのに、咄嗟にバックステップしたようだ」
ステータスの高さもそうだけど、スキルと剣技の組み合わせも隙がない。
〔バンッバンッ!!〕
「っと、危ない」
危ないとか言いながら普通に躱してるし。師匠といいレオルさんといい銃使いとして自信なくなっちゃうよ……。
新スキルのアイシクルショットを使う……?ダメ。まだ第2部が残ってるのに、こんな重要な情報渡せない。
『紫電』
紫の雷電がリボルバーを覆う。
〔バンッ!!〕
「……へぇ、速いね」
銃弾がレオルさんの頬を掠める。
額を狙ったつもりだった。紫電の弱点はエイムが乱れてしまうこと。弾速と威力を上げる代わりに反動が馬鹿みたいに大きくなる。
『STR上昇・小』
『DEX上昇・小』
『状態異常軽減』
『MP自動回復』
『HP自動回復』
『チャージ加速』
その他4つのバフ。
今かけられるバフを全てかけた。
「ぐっ……」
一瞬目眩がしてしまう。
「そんな無茶していいの?それ、オーバードースだよね」
僕のステータス欄には警告マークが出ている。これは『オーバードース』。バフの過剰掛けによるデバフ効果。
【オーバードース:バフを掛けすぎると起こるデバフ効果。持続的にHPが減少、時間が経つにつれて減少する割合が増える】
「一矢報いる……」
「そうかい。やれるものならね……!!」
レオルさんが一気に肉薄する。接近戦はレオルさんの独壇場だ。なるべく距離を。
〔バンッバンッ!!〕
「チッ……」
レオルさんは舌打ちして銃弾を躱す。弾速が上がったことで躱すのにも若干余裕が無くなってきてる。
再度2発撃つ。
〔キンッ!!〕
「くっ……」
レオルさんの左肩を紫電の銃弾が貫いた。
やっと当たった。雷属性の弾丸なら内側から麻痺効果が……。
「効くね」
レオルさんはケロッとしている。やっぱりそう上手くはいかないよね。レオルさんの装備のどれかに【対状態異常】の特殊効果が付いてるのかも。
「これで終わり?」
「ぐあっ……!!」
レオルさんの剣が僕の右腕を襲う。斬り落とされはしなかったけど、衝撃で痺れる……。
〔バンッバンッバンッ!!!〕
左手にあるリボルバーのみで応戦する。しかし、二丁拳銃では無くなった僕の攻撃はレオルさんには通用しない。
「やっぱり強いね。さすがだよ」
なにもう勝った気になってるのこの人。
僕は、まだ負けてない……!!
〔バチバチッ!!!!〕
痺れる右腕を持ち上げる。
「チャージは満タンですよ……!!」
迸る紫電の勢いが増し、僕自身を覆う。
「なるほど、痺れて動かせないと見せかけて密かにチャージしてたのか……。1本取られたね」
『紫電』×『チャージショット』
片方だけだから、ヒデヨシの時並の威力はないけど、プレイヤー相手ならこれで十分。
『電磁砲』
とてつもない威力の紫電の弾丸がレオルさんを襲う。
「はぁぁああ!!!!!」
レオルさんは真っ向から電磁砲を相手取る。
〔ガギンッ!!!〕
エクスカリバーと紫電の弾丸がぶつかり合う。ギリギリと音を立て、紫電の弾丸はエクスカリバーを押していく。
『魔滅の刃』
「たぁあ!!!」
「うそでしょ……」
紫電の弾丸の軌道は逸れ、レオルさんの後方の木々をなぎ倒して行った。
「正直、侮っていたよ。ハルのその力量、そして、意志の強さを」
レオルさんの左腕の肘から先が無くなっている。
即死させることは出来なかったけど、一矢報いる事はできた……。
「バトルロイヤルだから、あんまり時間は取ってられないよね」
レオルさんが鋭い眼光で僕を睨む。思わず身体が竦む……。いつものほんわかしたレオルさんじゃない……これが、円卓のギルドマスター。No.1としてのレオルさん……。
その目は正に獲物を狩る獅子の如くぎらついている。
「ケリをつけさせてもらうよ」
レオルさんが持つ聖剣:エクスカリバーから光のオーラが溢れ出る。まさかオリジンスキル?こんな所で?
いや、違う。オーラの量が少ない。まさか、5つ目のスキル?特殊効果?
いずれにせよ重要な情報であることは間違いない。
僕は電磁砲の代償で上手く身体が動かない……なら、僕がこの身で受けて1つでも多くの情報を……!!
『覇光閃』
僕の目の前に広がったのは目を覆いたくなるほどの眩い光ただ、それだけ。気付くとレオルさんは僕の後方で剣を振り抜いている。そして、僕の身体は真っ二つに斬り裂かれていた。
「うそ……なにも……」
【HPが0になりました。蘇生ポイントに転移します】
◇
転移したのはアリシアさんのお店だった。負けたら元いた場所に転移するみたい。
「なにも、見えなかった……」
「ハル!!災難だったね……いきなりレオルと出くわすなんて」
「アリシアさん……」
アリシアさんの後ろには大きなモニター。そこには僕達の戦況が映し出されてる。ギルメン専用の配信画面、ギルドのメンバーのみ自ギルドの動向を確認できるものだ。
僕の画面は【DEAD】になってる……。
「情報を得るつもりだったのに……結局何がなんだかわからなかった……」
僕は無駄死にだったのかな?
僕はハッとする。僕が視認できてなくても、モニター越しのアリシアさんなら。
「アリシアさん!!」
「うん!バッチリ見えてたよ!」
良かった……。無駄じゃなかった。無駄じゃなかったんだ……でも……。
「悔しい……」
きゅっと唇を噛む。
僕は戦いにおいては、何も出来なかった。一矢報いる事はできたけど、正直レオルさんに手も足も出なかった。相手はトッププレイヤー……負けるのも仕方ないけど、PVPには自信があった……。
「ハル……」
「師匠に怒られますかね……」
「怒られる訳ないじゃん!良くやったって褒めてくれるよ」
「僕……足引っ張ってますかね……」
アリシアはハッとし、考える。ハルは常にポジティブで明るい子だからそういった悩みとは無縁だと勝手に思い込んでいたから。
(ハルは決して弱くない。寧ろWSOではトップの層に入る程……ただ、ハルの周りが異常なだけ。レオル、アデル、スミレ、キッド……そして、ハイセ。この化け物じみた強さを持つ人達と比べるとどうしても見劣りしてしまうものよね……)
アリシアは自分の考えに首を横に振る。
(ハルにはハルの強みがある。そこを忘れちゃだめね)
「足引っ張ってるか、引っ張ってないか……。それは、ハルの今後の努力次第で決まるんじゃないかな。ただ今は、ハルは私達【百花繚乱】にとって必要不可欠な存在だよ」
「……はいっ…!!頑張ります……!!」
悔しい悔しい悔しい。死ぬほど悔しい。でも、ここで心折れちゃったら師匠達に顔向けできない。
僕は師匠の隣で戦い続けるって、"Amateras Online"の時から決めてるんだから。
新たな決意を胸に、ハルはハイセ達の戦いを見守るのだった。