第42話 アップグレード
「それで、話って?」
WSOからログアウトし、俺とスミレは用意された布団の上に正座している。
スミレはずっと無表情でいるから空気が重々しい……。
「ごめんなさいね……。ちょっと強く当たりすぎたかも」
「え?あ、いや、スミレが謝ることじゃないだろ」
「それでも、ちょっと自分勝手だったかなって」
少し落ち込んでいるようだ。
今までのスミレの言動を振り返ると、スミレが何を考えていたのかはなんとなく察しはつく。
アデルには鈍感馬鹿と言われたが。
「スミレ、いつも支えてくれてありがとうな」
今はまだ、その気持ちに応えることはできない。
「な、なによ急に……気持ち悪いわね……」
「ははっ、ひでぇな」
俺は感情の表現が苦手だ。
こんな時どんな顔をすればいいかわからない。
今どんな顔をしているのかもわからない。
だが、スミレは俺の顔を見てクスッと笑った。
「それじゃ、寝ましょ」
「あ、ああ……」
スミレは俺のよりも数段勘がいい。今俺が何を考えているかも察してるのだろう。
すると、スミレは俺の布団に手を入れ、俺の手を握った。
「ス、スミレ?」
「このくらいは……いいでしよ」
妙に熱いスミレの手がその日はなんとなく心地が良かった気がした。
◇◇◇
翌朝。
「じゃあな。また遊びに来いよ」
「ああ、テルトの親父さんにもよろしく伝えとってくれ」
結局、向陽さんというテルトの親父さんには会えなかった。俺達が眠った後に帰ってきて、起きる前に出勤したらしい。とんだ社畜……おっと失礼。
「ハイセ君!椿さんから聞いたよ?あれでまだ本気じゃなかったんだね」
「どうでしょう……。割と本気だったと思いますけど。負けそうでしたし」
「そう?なんにせよ鷹見家は安泰だねぇ。それに、ねぇ……?」
すると、スミレは一気に顔を真っ赤にして俺の後ろに隠れた。
ニヤニヤと明里さんが俺とスミレを見る。そんな目で見ないでくれ……椿さんと桜子さんが見てるから……。
なぜ明里さんにこんな目で見られるか、その理由の全てはスミレの寝相の悪さにあるのだ。
今朝、俺とスミレを起こしに来たのは明里さんだった。昨晩は何事もなくそのまま手を握った状態で眠りについたはずだ。
ところがどっこい、朝起きてみたらスミレは俺の布団に潜り込み、俺の体に足を絡ませ腕を肩に回し抱きついた状態になっているではありませんか。
スミレの口は俺の首元に、俺が少し動けばキスをしてしまう位置だった。
「節度は守ってね?」
「だから、違いますって……」
スミレの浴衣ははだけて、豊満な胸の大半が露出していたそうだ。何も知らない人がその状況を見たら完全に事後だと思うよな。
俺より先にスミレが起きてしまったせいで露出した胸を見損ねたのが少しショックだ。
「お前の部屋に抱き枕がある理由がわかったよ」
「うるさいわね……」
トンと背中を殴られた。
「それでは、またお会いしましょう」
椿さんは荷物を持ち上げ、頭を下げる。
「はい!鶴矢家の皆さんもハイセ君もお元気で!灰晴さんにもよろしくお伝えください!」
じじいって人気者なんだなぁ。イマイチじじいが世間的にどういう人間なのかわからない。
俺達は見送ってくれている明里さんとテルトに手を振りながら鴇亜家を後にした。
◇
その後は荷物を預け愛媛観光に勤しんだ。
動物園、ショッピングモール、有名な温泉、大きな城、時間はあっという間に過ぎるもので、俺達は既に東京に帰ってきていた。
帰りの飛行機でもスミレは駄々を捏ねたが、手を握っやると言うと大人しく乗ってくれた。
「ハイセ、いい息抜きになったか?」
「はい、ありがとうございました」
結局、椿さんの用事は分からず終いだったが良い息抜きになった。これで明日からもWSOに力を入れられる。
「これから先、鴇亜家との交流は増えていくと思う。お前達の時代になっても仲良くするんだぞ」
「もう既に仲良しなので大丈夫ですよ」
「そうね」
椿さんはふっと笑い俺の頭を撫でる。
「またどこかに遊びに行きたかったら遠慮せず言いなさい」
「はい」
後から聞いた話だが、椿さんと桜子さんは俺から旅行に行きたいと言った事がすごく嬉しかったらしい。
親父が消えてから自分の子供のように2人は俺を見守ってくれていたが、俺からあれしたいこれしたいとわがままを言うことはなかった。それが少し寂しかったみたいだ。
「スミレ、今日アリシアに防具作ってもらうんだけど、付き合ってくれるか?」
「わかったわ。家に着いたら連絡して」
「おう、それじゃまた向こうで」
「うん」
こうして俺達のプチ旅行は終わった。
◇◇◇
◇SA【始まりの街:アルガン】
「おーいアリシアー、いるかー?」
「はいはい、いますよー」
スミレと合流し、鍛冶場にいるであろうアリシアを呼んだ。
「逆鱗3つ取ってきたぞ」
「意外と早かったね!五色龍ってそこそこ強いから2人だと苦戦すると思ったんだけど流石だね!」
「いや、まぁ、なんつーか助っ人もあったし……」
「そうなんだ、優しい人もいるんだね」
アデルとレオルである事は黙っといた方が良いか……?
「それじゃ、ちゃちゃっと2人の装備作っちゃうね!」
「え?私も?素材持ってきてないけど……」
「大丈夫!五色龍の白龍とは戦ってるでしょ?」
ブライトってやつだっけか。
「白龍の素材があればスミレの装備の上位互換が作れるの」
「白龍のレアドロップは出てないけど」
「レアな素材は知り合いから貰ったからノーマル素材で大丈夫だよ」
「知り合い?」
「まぁ、商人の伝手ってやつかな?」
お前は商人じゃなくて鍛冶師だろ。でも、店構えてるから商人でもあるのか……?
なんにせよ、スミレも新調できるようでよかった。
「30分くらいかかるけど、ここで待ってる?」
「おう。どうせすることねぇし」
「そうね、待ってるわ」
「おっけー!じゃ、30分後に!!」
アリシアはそそくさと鍛冶場に走っていった。
「なぁ、今更だが、アリシアって何者なんだろうな」
「同じこと思ってたわ。レア素材を得られる伝手があるならもっと大手のギルドに入っててもおかしくないし、利益を得ようとも考えてない。なんて言うか……変人よね」
「変人……で片付けるのはちょっと腑に落ちないな」
「勘?」
「勘だ」
アリシアが話したくない過去かもしれないし、アリシアのお陰でめちゃくちゃ助かってる。無理な詮索はやめておこう。
すると、鍛冶場の扉が勢いよく開いた。
「あ、ハイセ!!」
「どうした?」
「【隠密】ってあった方が良い?」
隠密か……。結構使い勝手の良いスキルなんだよな。特に多数VS多数の時は重宝する。和服のその上にマントってちょっと、いやだいぶダサいな……。
「まぁ、あった方がいいな」
「おっけー!じゃ、そのマント貰ってくよ!」
「え?あ、ああ……」
アリシアは宵闇のロングマントを持ってそのまま鍛冶場に走っていってしまった。
「なんだったんだろ」
「さぁ?」
アリシアの行動に首を傾げていると、勢いよくお店の扉が開いた。
「たっだいまー!!って師匠とスミレさんじゃないですか!」
「お疲れ様です」
ハルとキッドのコンビだ。
「欲しいアクセサリーは手に入れたのか?」
「それはとっくに終わってますよ!今回はアリシアさんからのおつかいです!なんかギルドイベントの準備のために色々必要みたいで」
「そうか。そういう指示出すのは本来俺の役目なんだけどな」
「まだ頼りないからって言ってましたよ?」
「ぐっ……」
どうせ頼りないよ俺は……。仕方ないじゃん、ギルマスとか初めてだし。まだWSO初めて数ヶ月だし。
「ハルー、ハイセがいじけちゃったじゃない。そういうのは黙っておくものよ?」
「ごめんなさい、師匠!師匠が頼りなくても、戦うことしか脳がなくても、自由奔放でも僕はついて行きますよ!!」
「……頼りなくて、戦闘狂で、自由奔放でごめんな……」
ハルの容赦ない言葉のナイフが俺の心に突き刺さる。俺ってリーダーの素質ないかも……。
「あーあ、拗ねちゃった」
「……ん?」
机の上に何やら紙がいっぱいある。見てみるとどれも物件のようだ。
「それはアリシアさんがワコクで探してきてくれた物件らしいですよ!」
「へー、少し目通しとくか」
やっぱりワコクってだけあってどれも和風な作りだな。見た目こそ和風だが、内装は好きなようにカスタマイズできるらしい。重要なのは立地と値段、近くの狩場とかか……。
「私も見る」
「スミレはなんかこだわりとかあるのか?」
「特にはないわ。ただ、射場があれば嬉しいかも」
「あ!それ僕も欲しいです!弓と銃兼用の射場とかあればいいかもしれませんね!」
要するにトレーニングルームがいる訳か。遠距離武器と近接武器で分けたトレーニングルームかぁ……金足りるかな?
その後も色んな物件に目を通し、皆と話し合った。しばらくして、鍛冶場の扉が開く。もう30分経ったか。
「お待たせー」
鍛冶場からは頬を紅潮させ、満足気な顔をしたアリシアが出てきた。その手には綺麗に畳まれた衣服がある。
「最高の出来だよ!ほらほら!着てみて!」
そう言って俺とスミレに作成した防具を渡す。
「まずはスミレの防具から紹介するね!」
【真・巫女装備 SR 特殊効果:対状態異常・中 打撃耐性・小 スキル:ミラーアロー セット効果:DEF.DEX+2】
装備一式を同じ装備で揃えるとセット効果ってのが付くらしい。
俺の宵闇のロングマントと同じく、アクティブスキルが付いているな。
【スキル:ミラーアロー 説明:放った矢の数が倍になる弓専用スキル。他スキル発動時に生成された遠距離攻撃も対象となる】
「他スキル発動時に生成された遠距離攻撃も対象?てことは【風氷の矢】で生成された氷柱も倍になるのか?」
「その通り!弓スキルの中でも汎用性抜群で対集団戦に置いては無類の強さを発揮するよ!注意点としては、"ミラーされた矢はコントロールできない"てとこかな」
「コントロールできない、というと?」
「増えた矢はあくまでミラー、つまり鏡で増えた物なの。矢を放つ瞬間、正面を向いていれば本体もミラーも真っ直ぐ飛ぶけど、左を向いていれば右に、右を向いていれば左にって感じで対になるの」
なるほどな、あくまで鏡ってことか。矢そのものをミラーするのじゃなくて、使用者本人をミラーするイメージか。
でも、使い方によっては超強力だ。
「見た目は変わらないんだな」
「そうだね、性能が向上しただけだから」
もっとエロくならな……んっ、失礼。
「はい!次はハイセだよ!」
「おう」
俺は渡され装備を一式装備した。
「「「「おお……」」」」
「どうだ?」
「カッコイイ!!やっぱ日本刀には和服だよね!」
「師匠……なんというか、なんで師匠が和服を着るとこんなにしっくりくるんでしょうか」
「心のスクリーンショットに……」
キッドが訳の分からないことを言っているが、スルーでいこう。
「どうだ、スミレ」
「うん、凄く似合ってる。ハイセって感じ」
「どんな感じだよ」
スミレは少し頬を赤くしながら言った。なんとかお墨付きを貰えたようで何より。
俺の龍王装備は朱色の着物だが、少しお洒落な感じになっている。
腰元から足にかけて着物ははだけていて、はだけた隙間からは黒色の長ズボンが見える。着物の下にズボンを履いてる感じだな。靴は単純な黒色のハイカットスニーカーだ。
そして、上半身は胸元がはだけていて着崩したような状態だが、黒色のアンダーシャツを着ているから肌が露出している訳では無い。
あとは、黒色の羽織りだ。羽織の裾付近には黄色の刺繍で舞い散る花をイメージした花弁が描かれている。
この羽織りはどうやら袖に腕は通さず、肩にかけて羽織るらしい。
さすが黒龍を元に作った【龍王装備】と言うべきか、黒が多いな。厨二心を擽られるぜ。
「へぇ、花か。俺達【百花繚乱】に相応しいな」
【龍王装備 SR 特殊効果:対状態異常・中 デバフ耐性・中 スキル:隠密 セット効果:STR.AGI+3】
「え?隠密?」
「そう!宵闇のロングマントから龍王の羽織に移植したの!」
「移植なんてできるんだな」
「すっっっごくレアなアイテムが必要だけど、これは私からギルド設立祝いだよ」
アリシア様様だ。
「それと、ギルド設立祝いは皆にもあるよ。ハル、取ってきてくれた?」
「はい!!」
ハルはインベントリから巻物を3つ取り出し、1つを俺に、もう1つをスミレに渡した。最後の1つは自分のものらしい。
「これは?」
「開けてみて」
紐を解き、巻物を開ける。
『二ノ太刀』
そこには『二ノ太刀』とだけ書かれていた。
「私のは『嵐矢』ね」
「僕のは『アイシクルショット』です!」
【スキル:嵐矢 SR 説明:風の矢を生成する。生成数はMPに依存し、消費量に応じて増える】
【スキル:アイシクルショット SR 説明:氷の弾丸を生成し放つ。通常より弾速は遅くなるが威力が増し、周囲に冷気を撒く】
「これって、まさか……」
「そう、秘伝の書だよ」
秘伝の書って入手困難な上に高価って聞いてたんだけど、それに欲しいスキルを3つも……。
アリシアってマジで何者なんだ。
俺とスミレとハルの武器には空きスロットがある。ちょうど秘伝の書を探そうと思ってたんだ。ありがたい。
「キッドにも何かあげないとな」
「あ、俺も貰ってるので大丈夫ですよ!ほら!」
キッドはいつの間にか貰っていた衣服を身につける。
「それって、宵闇のロングマントじゃないか。隠密のスキル無いのにいいのか?」
「アリシアさんに新しく【根性】のスキルを移植して貰いました!」
【スキル:根性 説明:HP全損のダメージを受けた場合、残りHP1だけ耐えることができる。HPが6割以下になった場合発動可能】
「今までにないすごい出費だったよ……。皆、やるからには勝ってね!」
ここまでやって貰ったんだ。勝たないと申し訳ない。
「任せろ。初のギルドイベント、華々しいデビュー飾ろうぜ!!」
「「「「おう!!!!」」」」
こうして、俺達はギルドイベント当日を迎える。
ご閲覧ありがとうございます!
次回をお楽しみに!