第40話 VS現鴇亜流槍術継承者
鴇亜明里。現鴇亜流槍術の継承者。自分の背丈以上もある槍を巧みに操り、その技術で相手を翻弄する。
テルトが力と技共に優れた万能型だとすると、明里さんは技に特化した技特化型だ。今のやり取りでわかったが、力は俺に分がありそうだ。
「どこからでもかかってきなさい」
「はい」
お言葉に甘えて積極的にいかせてもらおう。
俺は木刀を構え、グッと足に力を入れる。
「……」
ダメだな。間合い詰めて一気に決めようと思ったが。
「隙がない……」
構えはテルトと同じ左前半身構えだ。どの角度でどのくらいの強さで踏み込んだとしても、押し切れる気がしない。この妙な感覚は……。
「カウンターですか?」
「へぇ、凄いね。カウンターの構えは取っていないのにわかるんだ。それが第六感?」
「まぁ、そんな気がしました」
どれだけ脳内シュミレーションをしても、軽くいなされて終わりの未来しか見えない。
これが現継承者……。武器を交える前からその圧倒的な強さを感じ取れる。
だが、ここで降参する訳にはいかない。やるからには"勝つ"。
「ふぅ……」
小さく息を吐き、感覚を最大限研ぎ澄ます。
鋭い眼光、一変した空気に明里さんは冷や汗を流す。
(この子……)
俺は瞬時に肉薄する。完全に槍の間合いだ。
「鴇亜流『覇貫』」
強烈な突きが放たれる。テルトのよりも素早くそれでいて鋭い突きだ。
俺は紙一重で槍を躱す。少し掠ったか?
「鴇亜流『覇連槍撃』」
〔カカンッ〕
「くっ……」
一撃左肩に受けてしまった。だが、有効打ではない。まだ試合は続行だ。
今のは型の連携……。やっぱり、現継承者は当たり前のように出来るよな。
俺は再び肉薄する。
「鷹見流『驟雨』」
〔カカカンッ!!〕
全部受けられるか。
「鷹見流『天つ風』」
「鷹見流『轟雷』」
俺も負けじと3つの型の連携を繰り出す。天つ風は服を掠り、轟雷は左肩を捉えた。これも有効打ではない。
「型の連携まで……。これでまだ発展途上だなんて、恐ろしいわ」
「ありがとうございます」
明里さんはまだ余裕そうだ。俺の動きを見ても尚、余裕は崩れない。流石と言うべきか。
俺が押されてるな。
「チッ、やっぱりハイセのやつ俺の時は全然本気じゃ無かった。空気感も動きも違う」
「そうね。でも、怒らないであげて。ハイセは本気を出さないの。今明里さんと相対してるけど、あれでも多分ハイセは本気じゃない」
「本気を出さない?」
「ええ……ハイセの本気……それは、相手を本気で"殺す"と判断した時だから……」
過去に一度、小学生の時にスミレが公園で攫われかけた事件でスミレの前で"本気"になったことがある。幸いその時は相手の片腕を切り落とす程度で済んだが、あの時スミレに止められていなかったら間違いなく殺していただろう。
「圭吾さんの全盛期程じゃないけど、強敵だわ」
親父とも戦ったことがあるのか。
「圭吾さんの剣術はもっと鋭かったわ」
「知ってますよ」
あんなクソ親父だが、剣術の腕は認めている。強く美しい、理想的な剣術だ。だが、
「あいつの話をするのはやめてくれますか」
「鷹見流『鳴神一文字』」
「どうしたの?動きが雑よ」
明里さんに向けて横薙ぎの一閃を繰り出す。しかし、容易に受け止められた。
「流石鷹見家だね。私が押してるはずなのに、まるで押してる気がしない。これが噂に聞く鷹見家の覇気?」
「覇気なんて大層なものじゃないですよ」
ただそういう風に魅せてるだけだ。
「でも、それを体現している鷹見家の人達は凄いね」
「どうも」
「でもほら、負けちゃうよ?」
明里さんは一気に距離を詰めてくる。まずい、槍の間合いだ。
俺は後ろに飛び後退する。しかし、
「鴇亜流『朧槍』」
まるで槍が伸びたように俺に迫る。これは、テルトがD.Cでスミレにやってた型か。
槍は俺の横腹を掠る。
「あぶね……」
「まだよ」
「鴇亜流『覇連槍撃』」
素早い連続の突きが放たれる。型の連携、完璧だ。型と型の間に付け入る隙がない。
しかし、槍の連撃は全て俺の体を掠るだけだった。有効打を与えてこない。
「わざとやってますよね」
「さぁ?どうでしょうね。ほら、かかってきなさい」
この人。明らかに挑発してる。俺の前で親父の名前を出したり、明らかに手を抜いて俺の体を掠めるだけで済ませている。
そっちがそのつもりなら良いだろう。
俺は体の力を抜き、脱力する。そして、再度グッと力を入れ、一瞬で明里さんに肉薄した。
「鷹見流『轟雷』」
〔ガンッ!!!〕
「くっ…重い……」
明里さんは重い斬撃を受け流し、反撃に出ようとする。しかし、受け流したはずの木刀は既に明里さんの横腹に迫っていた。
「鷹見流『鳴神一文字』」
明里さんは受け止めようと防御の体勢に入る。
「鷹見流『陽炎』」
しかし、木刀は防御の体勢に入った槍を躱した。明里さんは身を捩り、紙一重で木刀を躱した。木刀の切先が服を掠め少し破れてしまう。
凄い反射神経だ。並じゃない。テルトと同様かそれ以上だ。
「おいおい、なんだあの戦い方。ハイセらしくねぇな。あいつの剣術はもっと綺麗なものだろう。今のあいつはまるで獲物に喰らいつく獣みてぇだ」
「そこまで!!!」
椿さんの声が道場に響き渡る。いい所だったのに。
「明里さん、もういいでしょう」
「はい!満足です!」
決着は着いてないが満足したならいいか。
「ハイセ君、不快になるような事ばっかり言ってごめんね。どうしても君の本気が見たくて」
「大丈夫ですよ。そうだろうとは思っていたので」
明里さんと握手を交わす。明里さんは俺が戦った中でじじいの次に強いな。しかも、じじいも明里さんもまだ全力じゃない。本当の命のやり取りだったらどうなるのだろうか。
「ハイセ、疲れただろう。近くに温泉があるからスミレとテルト君と一緒に行ってきなさい」
「はい」
温泉か、久しぶりだな。
「行こうぜ」
「うん」
「おう!」
俺達は道場を後にした。
◇
「あ、忘れ物した」
俺は荷物を置かして貰っている部屋へと走っていった。
その様子を見てテルトは口を開いた。
「さっきのがハイセの本気かぁ。凄まじいな、母さんを圧倒するなんて」
すると、スミレは少し複雑そうな気まずそうな顔になる。
「あれは……まだ本気じゃないわ」
「マジで言ってるのか?」
「ええ、まだまともだったもの。ハイセが本気になったら……そうね、あまり言いたくはないけど、"異常"だわ」
「異常……辛辣だな」
「それ以外の言葉が見つからないのよ」
そんな話をしているとハイセが戻ってきた。
「早く行こうぜ!」
「ええ、行きましょ」
「おう!」
◇
ここは近所にある温泉。愛媛で有名なあの温泉ではないが、中々風情のあるいい感じの温泉だ。
「じゃ、1時間以内には出ろよ。お前いっつも長いから」
「いいじゃない長風呂したって。まぁ、わかったわ」
スミレは女湯に向かった。俺とテルトは男湯に向かう。
「なぁ、お前とスミレって付き合ってるのか?」
「付き合ってねぇよ」
「風呂の時間とかも知ってるし」
「あいつが俺ん家の風呂に入ったり、俺がスミレん家の風呂に入ったりするんだよ」
「いや、どんな関係だよ」
どんな関係って言われてもなぁ。そういう関係としか言いようがない。俺の身の回りの世話をしてくれるただの幼馴染だ。
「そうか。付き合ってないのか……」
なんだ、このテルトの反応は。まさか。
「おい、スミレに手を出したらその両腕切り落とすぞ」
「おいおい!何も言ってないだろ!」
「そうか?ならいい」
(付き合ってないんだよな……?)
「まぁ、なんだ……その…先に謝っとく。いらん気を使ったかもしれん」
「何言ってんだ?」
「帰ればわかる」
テルトはダラダラと汗をかいている。もうのぼせたのか?
◇
~スミレ視点~
「ふぅ……いい温泉ね……」
私以外にお客さんはいないみたい。まだ少し時間が早いからかしら。のびのび出来ていい。
「あれ?そう言えば私の荷物ってハイセと同じ部屋に置いてるわよね。あのままあの部屋で寝るのかしら」
なんか緊張してきちゃった。
男の子って我慢できなくなったら野獣になっちゃうのよね。
「ハイセが我慢できなくなっちゃったらどうしよ……。私は、まぁ、受け入れてあげてもいいけど……?」
って何考えてんの私は……。あの冷静なハイセが性欲に任せて暴走する訳ないでしょ。
でも、もし本当に暴走しちゃったら……。
自分の顔が真っ赤に熱くなってるのがわかる。満更でもないけど……。
「私って意外とムッツリ……?」
考えるのやめよ。
どうせそんな「好きな男子とうっかり同じ部屋に!?」なんてラブコメ展開ある訳ないでしょ。
私はそんなことを考えながら温泉を出た。
◇
夕飯を食べ終え、あとは用意された寝室で寝るだけ。明日は色んな観光地を回って飛行機に乗って帰るだけ。
「飯美味かったな」
「そうね。明里さんも料理上手だった」
ハイセはお腹いっぱいになって眠たそう。
「じゃ、私こっちだから」
「ん?俺もそっちだけど」
え、まさか……。
用意された部屋の襖を開ける。
「「まじ……?」」
私達の目の前には綺麗に敷かれた布団が2つピッタリくっついて並べられていた。
どうしよ……。
◇
~ハイセ視点~
テルトが温泉でなんで謝っていたのかやっとわかった。いらん気を使ったってこの事だったのか。確かに、やってくれたな。俺達が付き合ってるって思ってたんだろう。
「あー、スミレ。俺、別の部屋使わしてもらうから。この部屋はスミレが使ってくれ」
俺は踵を返し、部屋を出ようとする。
「スミレ?」
スミレは出ようとする俺の服を弱々しい力で引っ張った。
「べ、別に一緒でもいいんじゃない!?ほら!今更別の部屋だなんて相手方も大変だろうし」
「そうか……?まぁ、スミレがいいなら」
「し、仕方ないからね……」
「椿さん達に怒られるんじゃ」
「多分、この事知ってる」
そうだよな。あの人達は俺とスミレがくっつくことにはすごく協力的だ。まだ高一だってのに……。
「もうすぐ寝るの?」
「いや……」
俺はゆっくりスミレの方に手を伸ばす。
スミレは何かを察し、グッと身体に力を入れ瞳を閉じる。
そして……。
「あったあった!ほら、WSOしよーぜ」
「え?」
俺はスミレの後ろにあったバッグの中からサングラス型のハードを取り出した。
ギルドイベントあるからな、1日も無駄にできない。
「スミレ?」
「……あっそ。良いわ。ギルドイベント前だものね」
スミレの瞳に光がない。あれ、俺なんかまずいことした?
「ス、スミレ?」
「話しかけないで。早く準備してよ」
「え、あ、はい」
スミレは真顔でそのままWSOにログインした。
「このまま同じ部屋で寝るのは気まずいと思って気を使ったつもりだったんだが……」
俺はそのままWSOにログインした。
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