第39話 鴇亜流槍術の実力
街から少し外れた閑静な住宅街の更に奥地には和風な造りの大きな家がある。地元の人間の知る人ぞ知る文化遺産"鴇亜流槍術"鴇亜家の本家だ。
「息子さんの名前ってなんでしたっけ」
「鴇亜テルト君だ。鴇亜流槍術の次代継承者で来年正式に継承する」
2つ上って言ってたっけ。四条と同学年か。アデルって年上だったんだ。
「バカっぽいから同級生だと思ってたわ」
「だよな。意外だ」
今はこんな冷静なスミレだが、極度の高所恐怖症のせいで飛行機の搭乗手続きにえらく時間がかかってしまったのだ。
もう慣れたけど。
椿さんがインターホンを押した。
「はーい!!」
元気な女性の声が扉の奥から聞こえる。しばらくして、ドタドタと走ってきた。
「いらっしゃい!鶴矢家の皆さん!ハイセ君!」
出てきたのは若い女性だった。アデルのお姉さんだろうか?美しい顔立ちに、素晴らしいプロポーション。スミレに負けず劣らずの美しさだ。
「お久しぶりです明里さん。今日はお招きありがとうございます」
「もう椿さんったら!そんなに畏まらなくてもいいですよ!ささ!上がって!」
明里さん……?てことは、この人がアデルの母親?嘘だろ……高校3年生の子供がいる女性には見えないぞ。20代にしか見えない。
「綺麗な人ね」
「スミレの方が綺麗だぞ」
「うぇ!?ちょ、じょ、冗談はやめてよ…」
目に見えてテンパってるな。たまにこうやっていじるのも面白いんだよな。
「アデルのやつ出迎えもなしか」
「さっきWSOのアプリ開けたらオンラインになってたわ」
「ギルマスは大変だなぁ」
「あんたもギルマスでしょ」
一応メッセージ送っといてやるか。
《おい、着いたぞ》
返事はすぐに返ってきた。
《まじか!やべっ!!》
どうやら俺達が来るまでやるつもりが熱中しすぎたみたいだな。
「明里さん、テルト君は?」
「ちゃんとお迎えするように言ったんですけどねぇ。ゲームしてるのだと思います」
俺達は客間のお座敷に案内され、昼食を頂くことに。
そう言えば、なんで椿さんは鴇亜家に来たんだろう。まぁ、別に聞くことでもないか。俺は旅行しに来たんだし。
「向陽さんは仕事ですか?」
「はい、今日は休んだらって言ったのですけど、外せない取引があるって聞かなくて」
「国からの援助もあるのに、働き続けるって偉いですね」
「ほぼ趣味みたいなものですよ」
向陽って人はアデルの父親の事だろう。国から金貰えるのに働いてるのか。聞いた話によれば結婚する前から仕事人だったようで、働かないと落ち着かない体質になってしまったようだ。
すると、ドタドタと足音が聞こえてきた。やっと来たか。
足音が止まると襖が勢いよく開いた。
「す、すみません!遅れました!」
謝りながら入ってきたのはスラッと背が高いスポーツ刈りの青年。アデルこと、鴇亜テルトだ。
「やぁ、テルト君。随分大きくなった。最後に会ったのは5年前だったね。俺の事は覚えているかい?」
「椿さん!もちろんですよ!」
椿さんとテルトは握手を交わす。そして、テルトは俺達を見る。
「よぉ!ハイセ!スミレ!こっちでは初めましてだな!」
「ああ、邪魔してる」
「初めまして」
その様子を見て椿さん達はキョトンとしている。WSOで知り合ってることは話してないから驚いているのだろう。
「なによテルト、知り合いだったの?」
「まあな。ちょっとゲームで知り合ったんだ」
「同じ継承者が知り合うなんてすごい偶然ね。あんたも早くお昼食べなさい」
テルトも席につき、昼食を再開した。
◇
昼食を終え、何やら大人達は話し合う事があると言ってどっかに行ってしまった。
「しっかし、お前ら本当にそのまんまなんだな。見た目」
「まあな。面倒だったし」
「テルトもそんなに変わってないわよ?」
確かに、ちょっといじってるだけでテルトの姿も現実とそう変わらない。
「ギルドイベントの準備は順調か?」
「順調だ。新しい仲間も入ったし」
「聞いてるぜー、キッドを引き入れたんだろ?すげぇな」
「あいつやっぱ有名人なんだな」
キッドを引き入れたってだけで俺のギルドの危険度がグッと上がったらしい。キッドは最古参プレイヤーだし、顔も広い。情報はすぐに広まるか。
「ハイセ、この後はどうするんだ?」
「特には決めてないぞ。今日は椿さんがここに用があるから来てるだけだしなぁ」
「そうか。なら少し付き合え。ついてこい」
強引だなぁ。少し付き合えか……。まぁ、テルトがなにをしたいのかなんとなくわかるけど。
◇
「やっぱりな」
連れてこられたのは道場。俺の家にある道場と同じくらいの大きさだ。道場の奥の壁には立派な槍が飾られてある。
「あれは代々鴇亜流の継承者が手にしてきた『宝槍:覇極穿』鴇亜流槍術の奥義と同じ名前だ」
「へー、お前が普段腰に挿している折り畳み式の槍は違うんだな」
「当たり前だ。こんなチンケな槍が宝槍なわけないだろ」
そりゃそうか。
「それで?ハイセとテルトで模擬戦するの?」
「ああ、悪いがスミレが審判してくれ。ルールは簡単だ。相手の体のどこかに有効打を入れたら勝ちだ」
「わかったわ」
「でも、俺木刀持ってきてないぞ」
持ってきているのは鷹神だけ。本物の日本刀だから飛行機に乗るのにも手続きが面倒だった。
「木刀ならある。好きなの選んでくれ」
「おお……」
道場の端にある武器庫には槍や弓、模擬刀、木刀などが置かている。
「これは爺さんの趣味みたいなもんだ。日本武術が何よりも好きでな。槍術だけに限らず色んな武術を習ってたんだ」
うちのじじいと似たようなもんか。
「んじゃ、やるか」
俺は木刀を手に取り、道場に立った。
「ふぅ……本気で来いよ」
「お前もな」
俺とテルトは互いに武器を構え睨み合う。真夏の暑さも忘れ、互いの矛先に集中する。
「はじめ!!!」
スミレの掛け声と同時に、テルトは勢いよく飛び出す。
「鴇亜流『覇貫』」
捻りを加えた力強い突きが俺を襲う。この技、WSOで見たな。鴇亜流の槍術だったのか。
スピードも申し分ない。並の剣術使いならこの一撃で伸されるかもな。
「良い突きだ」
「躱すか……。余裕ぶりやがって」
テルトは槍のリーチを活かし、適度な距離感で攻めてくる。日本刀じゃ攻めることができない。もどかしい。だが、
〔カッ、カンッ!!〕
「なっ……!?」
迫る槍を受け流し、その流れで槍を強く弾いた。弾かれた勢いでテルトは仰け反り、少しふらつく。
「鷹見流『轟雷』」
瞬時に肉薄し、上段から真っ向斬りを繰り出す。
〔ガンッ!!!〕
「あぶね……」
「どんな反射神経だよ……」
完全に取ったと思ったのに。恐るべき反射神経、そして運動神経だ。仰け反る体を下半身の力で耐え、無理矢理上体を戻し槍の柄で防いだ。
テルトの身体能力、柔と剛を合わせ持った恐るべき身体能力だな。
「大した身体能力だ」
「お褒めに預かり光栄だ!!」
テルトは一気に肉薄し、槍を繰り出す。
いい間合いの取り方だ。懐に潜り込み、優位な間合いに入ったはずが振り出しに戻った。
「鴇亜流『覇連槍撃』」
恐ろしく早い槍の連撃が迫る。WSOで見た沖田総司の素早さほどでは無いが、充分脅威だ。
〔カカカカンッ!!!〕
「全部弾くのかよ……」
「甘いな」
「それが噂に聞く"第六感"か?」
「まあな。ある程度の動きなら目に見えてなくても対応出来る」
「反則だろ」
本気で来いって言ったのは自分だろうに。
そして、俺は再びテルトに肉薄する。
「鷹見流『鳴神一文字』」
「その技は見切ってるぜ!!」
俺の一文字斬りをテルトは槍で受けようとする。
「鷹見流『陽炎』」
「なっ!!」
木刀は防御に徹した槍をすり抜けテルトの胸を掠る。
「っぶね……レオルにやったやつか…。ッ!?」
テルトはこれで終わりと思ったのだろう。だが、これで終わりなんて言った覚えはない。
「鷹見流『冴ゆ時雨』」
『鳴神一文字』の一文字斬りから切り返し、『冴ゆ時雨』の逆一文字。
俺の木刀はテルトの横腹を完璧に捉えた。
「ぐっ!!くそっ……」
「そこまで!!」
スミレの掛け声で試合を終える。俺の勝ちだ。
「強すぎだろ。それに、まだ本気じゃねぇ」
「割と本気だぞ?テルトも中々強かった」
「中々じゃダメなんだよ」
「まぁ、とりあえず、お前負けたから黒龍周回手伝えな」
「は!?」
「異論は認めん。敗者に口なし!!」
よし、戦力確保だ。これで周回のペースも上がるだろう。
「テルトー。何負けてんのよ。情けないわね」
「母さん」
道場の出入口にはいつの間にか椿さんと明里さん、桜子さんがいた。
「ハーくんはやっぱり凄いわねぇ」
「また腕を上げたな」
褒められるのは素直に嬉しい。頑張った甲斐があるってもんよ。
「負けたまんまじゃ終われないわね……。よし!ハイセ君!」
「はい」
「私と戦いましょう!!」
「へ?」
明里さんは本気で言っているみたいだ。
現継承者の試合。ただの遊びの試合だとしても、現継承者が敗北すればそれだけでも家名に泥を塗ってしまう。
「いいんですか?」
「えー?ハイセ君、私が負ける前提で話してない?」
明里さんの実力は知らないが……。実際その可能性もあるだろう。
「ハイセ君」
明里さんはフラりと槍を持ち上げる。大きな動作だ。俺はそれに気を取られる。
「はい……なっ……」
明里さんは瞬時に俺に肉薄してきた。
「それは、ちょっと傲慢かもよ?」
ミスディレクション。自分から他に意識を向け、その隙をつく技術だ。それだけじゃない、あの素早さ……俺の第六感でもギリギリだった。
この人は強い。
「わかりました。受けて立ちましょう」
「そうこなくっちゃね!」
現継承者との試合。貴重な経験になるだろう。
ちょっとワクワクしてきた。
ご閲覧ありがとうございます!
次回をお楽しみに!




