第38話 鷹見と鶴矢と鴇亜
〔ガァァァァア!!!〕
「おっ……」
ネログリムの周囲に浮かぶ5色の球体が俺に向かって飛んでくる。
「おらっ!!」
飛んでくる球体を片っ端から切り落としていく。
飛んでくるスピードはそこまでじゃない。容易に切り落とせる。
「ダメだな、属性攻撃を受けるとどうしても耐久値が落ちてしまう」
動物や物を斬るなら耐久値を減らさず完璧に刃を通す事ができるが、流石に火や雷は斬ったことがない。
「あんま酷使したくないんだよなぁ」
「ハイセ!ボーッとしないで!」
「うわっ」
俺の眼前には再び5色の球体が迫っていた。
「悪い悪い。スミレならあの球体何個落とせる?」
「全部落とせるわ」
「そうか、じゃ、よろしく」
「はいはい」
『神速』
俺は再び神速を発動させ、ネログリムに一気に迫る。
〔ガァァァァア!!!〕
ネログリムの周囲に浮かぶ5色の球体が再度俺に向かって飛んでくる。だが、切り落とす必要も避ける必要も無い。俺はまっすぐ突っ込むだけ。
〔パパパパパン!!〕
スミレは全ての球体を撃ち落とす。
「ナイスー」
飛んでくる属性攻撃の球体はスミレが落としてくれる。俺はひたすら攻めるだけだ。
『天つ風』
「もういっちょ!」
『轟炎』
『ぐおぉ…』
よし、良いダメージが入ってる。
ダメージを受けたネログリムは空に浮かびグルグルとSBAの上空を回り始めた。そして、上空に無数の球体が生成される。
「おいおいまじかよ」
「流石にこれ全部は撃ち落とせないわ……」
「俺は大丈夫だ!回避に専念しろ!」
上空から無数の球体が俺達目掛けて降ってくる。
スピードはそこまでだ。躱しきれる。
「よっ、ほっ」
俺は躱しながら走り続ける。しかし
「は!?」
躱した球体はそのまま地面に落下せずそのまま方向転換し、俺を追ってくる。
「ホーミングはずるいだろ……!!」
「ちょっとキツイかも……」
俺の方が追ってくる球体が多い。ヘイトを多く稼いでいる方により多くの球体が追ってくるのか。スミレに向かっている球体も少なくない。
「うっ…!!」
「スミレ!!」
スミレは躱しきれずに数発の球体を受けてしまう。幸い大ダメージではないようだ。
「チッ……手数が多すぎる。それに……」
このまま走り続けてもホーミングしてくる球体は消えない。切り落とすか。
俺は立ち止まり、刀を中段に構え目を閉じ大きく深呼吸する。
「スー…フー…」
スッと目を開き迫る球体に刃を振り下ろした。
「鷹見流『風流舞』」
穏やかに吹き流れる風が如く、迫る球体を華麗に切り伏せていく。
「くそ……多すぎる……」
風流舞は迫る敵を流れるように斬っていく連撃の型だ。体力の限界や止められない限り舞い続けることができる。
しかし、ほとんどの球体を斬り落とした頃にズンッと体が重くなった。
「なんだ……!?」
丸薬の効果が切れている。もう2分たったのか…。初見だからってのもあるが時間をかけすぎたか。
眼前に迫るのは3つの球体。全て黄色、雷属性だ。
〔バチィッ!!!〕
「ぐっ……!!思ったより……良いダメージが入るな……」
「ハイセ!!黒龍が!!」
上空に逃げていたネログリムはいつの間にかフィールドに戻り、俺に向けて突進してきた。
「こんぐらいなら躱せ……ぐっ!?体が……」
俺の体には雷のエフェクトが溢れていた。
【状態異常:麻痺 説明:雷属性の攻撃を受けた時に一定確率で起こる状態異常。10秒間動きを制限する。制限中はDEFが低下する】
〔ゴオオオオ!!!〕
「がぁっ…!!」
ネログリムの突進をもろに受けてしまった。
そのまま俺は後方にいるスミレの近くまで弾き飛ばされた。
『風氷の矢』
スミレが放った氷の矢でネログリムは凍結状態になった。拘束時間はそこまで長くないが、回復するには十分か。
「くっ……体が思うように……」
「ちょっと待って、万能薬あるから」
万能薬はありがたい。状態異常とついでにHPも少し回復できる。
「助かる。スミレも雷属性の攻撃受けてたのに、なんで俺だけ」
「ハイセの運が悪いのもあるだろうけど、私の巫女装備には【対状態異常・小】の特殊効果が付いてるから」
「なるほど、これが初期装備との違いか」
単純な防御力の差もあるだろうが、こういった場面でも大きな差が出てくる。
「防具を後回しにしたのが悪いのよ」
「わかってる」
俺のHPは。
【HP 150→500/1300】
「ギリギリだったな」
これがもう少し良い装備だったら被ダメージも抑えられたのか。
「大丈夫?」
「ああ、黒龍も虫の息だ。あれで決めるぞ」
「ええ、わかったわ」
『豪炎天魔』
『覇剣』
へし切長谷部は豪炎を纏う。
『大鷹の暴嵐』
矢を番えたスミレから暴風が吹き荒れる。
俺もあまり余裕が無い。合技で一気に削り切るしかない。
〔ガァァァァア!!!〕
ネログリムは俺達目掛けて5色の球体を放つ。この攻撃をしたあと、ネログリムは僅かに硬直し隙が生まれる。
「今だ!」
スミレは矢を放つ。鷹の姿に変化した半透明の暴嵐はネログリムに一直線に飛んでいく。
『轟炎』
俺は燃え盛る炎の真っ向斬りをネログリムに向けて繰り出す。へし切長谷部の特殊効果で斬撃は巨大化し【覇剣】の効果で燃え盛る斬撃はネログリムに放たれた。
「「合技『豪炎鳥』」」
暴風の大鷹と燃え盛る斬撃が合わさり、1つの巨大な燃える大鷹へと変化した。
〔グォォォオオオ!!!!〕
炎の大鷹はネログリムに直撃し、大きな火柱がネログリムに継続ダメージを与える。そして、
『クハハ……まさかこの龍王が敗れるとは……な……』
ネログリムは粒子となって消えた。
【DEFEAT THE ENEMY】
「はあぁー。勝ったぁ……」
「なかなかしんどかったわね……」
「迷惑かけたな」
「いつもの事だから大丈夫よ」
いつもの事って、そこまで迷惑はかけて……るな。すまん。
「おー、逆鱗出たぞ」
「私は出てないわ。あと1枚ね」
「まじかよ……。あいつともう1回戦わないといけないのか」
「あと1回とは限らないわよ?黒龍は特殊個体じゃなかったから逆鱗も確定ドロップじゃないはずよ」
そうだよなぁ。荒猿の奴らも1枚しか持ってなかったってことはやっぱりドロ率は低いみたいだ。
「やるしかないか」
「頑張りましょ」
俺達は不屈の心で再度SBAに足を踏み入れる。
しかし、その日は黒龍の逆鱗を手に入れることは出来なかった。
◇◇◇
「ああー……黒龍3回は狩ったから18回周回したのか」
3回目でドロップしなかったのを確認し、レディアの宿屋で俺達はログアウトした。
今は晩飯の残りのオムライスを食べている。
「こんな遅くに食べたら太るわよ?」
「運動するんだから太らねぇよ」
「そう?」
毎日ランニングと筋トレ、素振りは欠かさない。逆に食べないと痩せちまう。
「じじ様は今どこら辺かしらね」
「さ?札幌じゃないか?」
じじいは昨日から武術連盟の古参の人達と旅行に行っている。
確か、北海道って言ってたな。
「私もどこか旅行に行きたいな」
「行くか?どうせ暇だろ」
「ギルドイベントあるでしょ」
「旅先にハード持っていけば問題ない。ホテルもネットは充実してる」
「え?本当に行くの?」
「椿さんと桜子さんに相談してみようぜ」
たまには旅行も悪くない。じじいも1週間は帰ってこないし。
「今日の所は遅いし帰れよ。送る」
「1人で大丈夫よ」
「ダメだ。心配だから送らせろ」
「う、うん」
スミレも弓術の使い手と言っても、弓を握らなければ普通の女の子だ。何かあったらと思うと気が気じゃなくなる。
◇◇◇
鶴矢家。
「わざわざ送ってくれてありがとねぇ」
「いえ、当たり前ですよ」
桜子さんが出迎えてくれた。
「あ、そうだ。どっか旅行に行きたいんですけど、良いところ無いですか?」
「また急ねぇ。そうねぇ……」
桜子さんは顎に手を当てて深く考え込んでいる。すると、その背後からヌッと椿さんが出てきた。
「それなら明後日愛媛に行くことになってる。一緒に行くか?」
「愛媛ですか?またどうして」
「忘れたのか?愛媛には鴇亜の本家があるだろう」
鴇亜家、槍術の継承家系か。そうか、愛媛にあるって言ってたっけか。
「鴇亜家の次代継承者は確か、お前達より2つ上だな。友達になれるんじゃないか?」
鴇亜家の次代継承者って、アデルだよな?もう既に友達なんだよな……。
なんか変な感じだ。リアルでは会ったことないのに、お互いの事はよく知ってる。
「わかりました。俺も着いていきます」
「私も」
「そうか。明後日の朝に出発するから準備しておけよ」
「はい」
俺は鶴矢家を後にする。
旅行か、何年ぶりだろうな。
「あ、そうだ。アデルに連絡しとこ」
WSOのアプリを開ける。
「アデル……あいつまだオンラインだな」
《おい、明後日お前んとこ行くぞ》
端的すぎたか?
そして、返事はすぐに帰ってきた。
《は!?鶴矢の当主が来るとしか聞いてないぞ!》
《旅行がてら着いていくことにしたんだよ。おもてなしよろしくな》
《ギルドイベント前だってのに……。わかったよ。楽しみにしてやがれ》
アデルとの連絡を終えた。
「そいや、アデルの本名ってなんて言うんだっけ」
同じ日本の武術の継承家系だが、鴇亜家に関してはあまり知らない。鴇亜流槍術の現継承者である"鴇亜明里"さんくらいしか知らない。アデルの母親だ。
仲が悪い訳じゃないが、交流が少なく、鶴矢家ほど密接な関係にはない。
「黒龍の周回手伝わせるか……?いや、流石に怒られるな」
アデルとリアルで初対面か。楽しみだ。
久々の旅行に上気分になりながら、家路についた。
◇◇◇
愛媛県某所。鴇亜家本家。
「テルト!!!あんた鷹見さんと鶴矢さん迎える準備できとるん!?」
「んなもん適当でいいんだよ」
「適当で良い訳ないやろ!?お母さんご飯の準備してくるけん、あんた長机とか出しとって!」
「えー」
「えーやない!!」
「はいはい。やっとくけんはよ準備しよきさいや」
アデルこと"鴇亜テルト"はため息を吐きながら立ち上がり、宴会場へと足を運ぶ。
「あいつらどうせハード持ってくるんやろうなぁ。周回手伝えとか言わんよな……?」
ハイセの顔を思い浮かべて充分有り得ると頷いた。
「そうだ。せっかくだから手合わせしてもらうか」
テルトはニヤリと笑い、ハイセ達が到着するのを心待ちにしていた。
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