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第18話 刺客と慢心

 

 ◆◆◆


 とある道場。

 スーツを着た如何にも"お偉いさん"といった人達が2人の少年の立ち会いを見守っている。

 1人は西洋剣を模した木剣、もう1人は日本刀を模した木刀を握っている。


 状況は木剣を持っている外国人がボコボコに打ちのめされている。対峙する木刀を持っている日本人の少年は無傷。冷ややかな目で外国の少年を見ている。


『ぼ、僕は……まだ……』


 そう言って立ち上がるのは、俺と同い年くらいの茶髪の少年、ヨーロッパ系の顔立ちだ。


『もう辞めよう。無駄だ』


『僕はまだ……!!』


『もういい。辞めだ』


 すると、少年はポロポロと涙を流した。


『僕は……僕は!!いつか君と対等に渡り合えるくらいの剣士になるから!!』


 涙を浮かべたその瞳は、悔しくもどこか嬉しそうな瞳だった。


 ◆◆◆


 あいつの名前……なんだっけ。


「…セ!……イセ!!」


 なんだ?うるさいなぁ。


「ハイセ!!帰るわよ!!」


「んあ……?スミレか……」


 どうやら6時限目から爆睡してたようだ。もう教室には誰もいない。


「ふあぁ……んー、先に帰っててよかったのに……」


「一緒に帰るって約束してるでしょ」


 律儀なやつだなぁ。そういう所がスミレの可愛らしい所でもあるんだが、それを言うと調子に乗るからやめておこう。


「あ、そうそう。お母さんが今日ご飯食べに来なさいって」


「おー、行くよ。じじいには?」


「もう連絡入れてるって」


 抜かりないな。さすが鶴矢家だ。


 母さんが死んで、親父が消えて、じじいと2人暮らしになった俺を鶴矢家の人達は暖かく見守ってくれている。夕飯を用意してくれたり、泊まりに行ったり、おかげで寂しい想いはしなくて済んだ。鶴矢家は俺個人の恩人でもある。

 もちろん、じじいも居てくれたからそう言った意味では感謝してる。


「1回家帰るの?」


「いや、そのままお邪魔するよ」


 俺とスミレは教室を後にした。


 ◇◇◇


 鷹見家と鶴矢家は鷹見流剣術発足当初からの付き合いだ。200年余、友好関係を保ち続けている。

 家自体も遠い訳じゃない。大体徒歩10分ほどだ。


「ただいまぁ」

「お邪魔します」


「おかえり、スミレ、ハーくんもいらっしゃい」


「いい加減ハーくんはやめてください。桜子さん」


「照れちゃってぇ、私からしたらいつまでもハーくんはハーくんよ」


 そう言ってスミレの母、桜子さんは俺の頬をツンツンと突っつく。スミレとは正反対のおっとりとした性格だ。


「お父さんは?」


「射場にいるわ〜。ご飯できてるから先に食べちゃいましょ!」


 リビングに入ると美味しそうな匂いが充満している。机の上には豪勢な食事がズラっと並べられていた。


「ハーくん来るって思ったら張り切っちゃった!」


「相変わらずですね……」


 桜子さんは俺が来るといつも大量の食事を用意してくれる。意外なことにこれだけの量をペロッと食べてしまうんだよな。桜子さんの料理はめちゃくちゃ美味い。スミレの料理上手は桜子さん直伝だ。


 食卓に着き、夕飯を口運ぶ。1度食べ始めると箸が止まらない。


「ふふっ、慌てて食べなくても逃げないわよぉ。ハーくんも相変わらずね」


「ちょっと!ハイセ!それ私の唐揚げ!」


「いらないかと思って、ほら、キャベツの芯やるよ」


「いらないわよ!!」


「あらあら、相変わらず仲良いわねぇ」


 俺とスミレの様子を見ながら桜子さんはニコニコしている。


「スミレったら、ハーくんと再会するまで凄く緊張してたのよ?」


「ちょ、ちょっとお母さん!?」


「仕舞いには「忘れられてたらどうしよう……」って言って泣き出しちゃったんだから」


「やめてよ!!」


「お前も可愛いとこあるな。普段からそんくらい素直になれよ」


「う、うるさいわね!!これ貰うから!!」


「おい!!それは俺の煮卵だ!!」


「あらあら〜」


 騒がしい食事も悪くない。


「今日は騒がしいと思ったら、ハイセ、来てたのか」


「椿さん、お邪魔してます」


 スミレと互いのおかずを取り合いながら食事をしてると、奥の扉から袴姿のスミレの父、椿さんが入ってきた。

 "鶴矢椿"、鶴矢流弓術の現継承者だ。椿さんの弓を引く姿は美しく、見るものを魅了する。そして、その圧倒的な技術は今のスミレではまだ敵わない。正に、最強の射手だ。


 着替えた椿さんも食卓に着き、食事が再開した。


「ハイセ、灰晴さんはお元気か?」


「はい、いつも呑気に縁側でお茶啜ってますよ」


「ははっ、そうか、鬼神と恐れられた人が縁側でお茶ね。灰晴さんもよる年波には敵わないか」


 じじいが鬼神ねぇ。今のあの様子からは想像もできない。まぁ確かに昔のじじいは凄かったって話はよく聞くな。


「それで、ハイセ」


「はい」


「スミレとはいつ結婚する予定なんだ?」


「ん゛っ!?!?」


 ん?なんて?スミレと?え?

 啜った味噌汁吹き出しそうになった……。


「ゲホッ…ゲホッ…!!け、結婚…?」


「お、お父さん!?何言ってるの!?」


「何って、結婚だ。18歳になればお前達は正式な継承者だ。結婚もできる年齢になる。やっぱり直ぐに籍を入れるのか?」


 この人、真顔で何言ってんだ……?


「付き合ってもないのに結婚する訳ないでしょ!!」


「え?交際してないのか?」


「し、してないわよ!」


「そうか。俺の早とちりか」


 そうだった。この人の欠点、ドがつくほどの天然なんだ。普段はキリッとしてカッコイイのに、気が抜けるとこれだ。


「交際するなら早くしろよ。交際してお互いをしっかり……」


「お父さん!!」


「ふふっ、なら近いうちにスミレを鷹見家に花嫁修業に出そうかしら?」


「もー、お母さんまで!私達はそんなんじゃないから!」


「は、はは……」


 相変わらず、鶴矢家の食卓は騒がしい。


 ◇


「ハイセ、ちょっといいか」


 食事も終わり、リビングのソファでのんびり寛いでいると、椿さんが俺を呼んだ。食器が綺麗に片付けられた食卓に椿さんが座っていた。


「どうしました?」


 すると、椿さんは少し気まずそうな表情になった。この人がこういう顔をする時は、大体似たような内容だ。


「圭吾から伝言を預かってる」


 やっぱりな。親父と椿さんは親友同士だ。親父が俺の元から消えた後も、椿さんとは連絡を取り合ってるみたいだ。

 ギリッと歯を食いしばる。怒りにも似た感情が湧き上がってくる。


「結構です」


「ハイセ、大事な話だ」


「大事な話なら、なんで自分で言いに来ない。椿さんとは連絡を取り合ってる癖に。なんで俺にはなんの連絡も寄越さない」


「あいつの話は聞きたくないです」


「だが……」


 椿さんは困ったように腕を組む。

 落ち着こう、椿さんは何も悪くないんだ。ましてや恩人に八つ当たりみたいなことはしたくない。


「はぁ……伝言はなんですか?」


 少しホっとした様子の椿さんは、真剣な顔付きになり親父の言葉を俺に伝えた。


「伝言は『近いうちお前に"刺客"を送る。心してかかれ』だそうだ」


「……え?」


 何言ってんだあのバカ親父。


「刺客を送るって……俺を殺す気なんですか?」


「試練的な意味合いだと思うが……」


 まぁそれはそうか。流石に子どもを殺そうなんて考えはしないか。


「まぁなんだ、常に気を張っておくことだ。刺客はいつお前を狙うかわからないぞ」


「そ、そうですね……。がんばります……?」


「ハーくん!!そろそろ帰る時間よー!」


 桜子さんの声が聞こえた。もうそんな時間か。

 困惑しながら俺は身支度を済ませ、鶴矢家の玄関を出る。


「それじゃあご馳走様でした」


「またいつでもいらっしゃい」

「また明日ね」

「道中気をつけろよ」


 見送ってくれている鶴矢家の3人に手を振り、俺は帰路に着くのだった。


 ◇


「刺客……か」


 薄暗い帰り道。おれは親父の伝言について考えていた。

 あの変人の考えることは正直よくわからん。

 だが、あいつはこうやって定期的に俺に試練を与えてくる。今回は"刺客"。おそらくは対人戦闘だろう。


「俺に送る刺客ってことは、それなりの実力者だろうな」


 いつ刺客が襲ってくるのか。それについては不明だ。だか、ヒントはそこら中に散らばっている。


「道中気をつけろよ……か」


 なによりせっかちな親父の事だ。

 やるとすれば、即日速攻。


 立ち止まり、意識奥深くに集中させる。

 五感を最大限まで研ぎ澄ませ、小さく息を吐く。


「……」


 閑静な住宅街。

 点滅する電灯。

 犬の鳴き声。


 殺気。


 〔ガンッ!!!〕


 首に迫る木剣を俺は竹刀袋に入った鷹神で受け止める。


「……っ!?」


 襲ってきた人物は防がれた事に驚いている様子だ。

 顔はベネチアンマスクを付けていてよく分からない。髪は茶髪でオールバックにしている。

 他にわかるのは俺と同じくらいの身長、やや細めの体型、この体つきは男だな。


「いきなり首狙うか。いいね、"ちゃんと"してる」


 いくら木剣と言えど、首に一撃喰らえば意識は吹っ飛ぶだろうな。


 相手は木剣だ、流石に鷹神を抜く訳にはいかない。


「家に木刀取りに帰ったらダメ?」


「……」


 刺客は無言のまま襲いかかってきた。


「ダメかぁ」


 連撃を交わしながら代わりになる物を探していると、道端ににいい感じの棒が落ちているのが見えた。


「これでいいか」


 棒を拾い、構える。


「こいよ。相手してやる」


 刺客の口元がムッとしている。口だけでも意外と感情ってわかるもんだな。


「不服か?」


 俺は一気に刺客に肉薄した。


「鷹見流『天つ風』」


 下段から上段へすくい上げる技は容易に躱された。


「やるね」


 再度肉薄し、棒を振り下ろす。


 〔ガンッ!!〕


 ギリギリと鍔迫り合いが始まる。この細い腕によらず結構力あるな。押し切れない。


「鷹見流『轟雷』」


 棒を再度強く振り下ろす。さっきとは比にならない威力だ。刺客は体勢を崩し、胴体ががら空きになる。


「鷹見流『鳴神一文字』」


 横薙ぎの一閃は刺客の胴体を捉えた……と思ったが軽快な様子でバク宙し、すんでのところで躱されてしまった。


「大した身体能力だ」


 今の躱すのかよ。身体能力のそうだが、こいつの太刀筋もなかなかどうして。

 すると、次はこっちの番だと言わんばかりに刺客が猛攻を仕掛けてくる。


 素晴らしい剣術の腕だ。これは俺も真面目にやらないと……。

 そう思っていたら、刺客は数歩下がり俺と距離を取った。

 そして、刺客ら右足を引き、腰を落とす。剣は自身の右肩に。剣の角度は自分の体と直角に。この構えは……。


「トゥッタ・ボルタ……?」


 いや、違う。この技は……!


 俺は危険を感じ、咄嗟に防御する。しかし、


 〔バキッ!!〕


 俺が持っていた棒は真っ二つに折れ、木剣の剣先は俺の頬を掠り左肩を捉えた。


「ぐっ……」


 まともに食らってしまった。腕が痺れて動かせない。武器も折れてしまった。

 すると、刺客は殺気を収め、木剣をしまった。

 勝負ありってか。


『Incontriamoci di nuovo(また会おう)』


 そう言い残し、刺客は走り去っていった。

 あのまままだ戦うとなれば鷹神を使う事になっていたから。こちらとしてはありがたい。


「イタリア語か……」


 強かったな。

 ちゃんとした木刀なら勝っていただろうがそれは言い訳にしかならない。


 俺は、負けたのだ。


「はぁ……痛てて……。油断大敵だったな……」


 どうやら俺は気付かぬうちに慢心していたようだ。それに気づけたことはデカい。


 久々に感じる敗北は、俺を更に強くしてくれるだろう。



ご閲覧いただきありがとうございます!


次回をお楽しみに!

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