第1話 剣術と弓術とその他諸々
こんにちは、紅咲です。
今回はゲームを舞台にした物語を書いてみました。閲覧いただく方に楽しんで頂けるよう執筆して参ります。
1876年日本では『廃刀令』が公布された。武士達の魂とも言える日本刀を取り上げられ、士族達は幾度となく反乱を繰り返し、翌年1877年その最大級『西南戦争』が勃発。結果は新政府軍の勝利。しかし、新政府軍の後方支援部隊『抜刀隊』の活躍により、剣術の有用性を新政府に再認識させたのだった。
「はぁ……それがなんだってんだよ、じじい」
朝からイライラしている少年"鷹見ハイセ"は祖父に悪態をつく。
「朝から何をイライラしておるんじゃ?お前はこの日本に残る最後の剣術"鷹見流"の跡継ぎなんじゃから、しっかりせい」
廃刀令により、刀は取り上げられた。しかし、西南戦争での剣術の有用性、それを再認識した新政府はとある措置をとった。
それは『武術の文化遺産化』だ。
当時存在した剣術の流派を後世に残すことにした。鷹見流はその最古参であり、日本最後の剣術だ。
「人殺しの剣術を学ばして、俺になにしろって言うんだよ。学んだ所で活かせる場なんて無いだろ」
「うむ。ご尤もじゃな。じゃが、後世に残すこともまた大切な事じゃ。理解してくれ」
「結局金の為だろ」
文化遺産の維持、それにより剣術を継承する家系には政府から多額の援助を得られる。
「もう学校の時間だ。じゃあな」
「これハイセ!刀を忘れておるぞ」
「…くそ…だから嫌なんだよ…」
剣術を継承する家系に与えられたもう1つの権利。
それは、『帯刀の許諾』だ。
◇◇◇◇◇
「なにが鷹見流剣術だ。文化遺産だ。バカバカしい」
俺はすこぶる不機嫌だ。朝からじじいに刀の何たるかを説教される。
「お、おい…あの背にあるのって…」
「ああ…恐らく本物の日本刀…」
「じゃ、あいつが例の…」
帯刀と言っても腰にそのまま刀を挿してる訳じゃない。竹刀袋に入れた日本刀を背負っているだけだ。傍から見れば剣道をやってる少年に見えるだろうが、俺の素性を知ってる奴はこれが日本刀だとすぐに分かる。
「こそこそと…別に抜いて斬りゃしねぇよ…」
真剣を持ち歩いていることから、俺は恐れられている。「キレたら斬られる」とか「刀抜いてカツアゲしてた」とか馬鹿みたいな噂が独り歩きしている。
俺はまだつい先月高校に入学したばかりのピカピカの1年生なのに。
だから嫌なんだ。
「相変わらずイライラしてんな。ハイセ」
「吾郎か。お前は俺が怖くないのか?」
「は?お前が怖い?バカ言うなよ。ダチを怖がってどうすんだ」
そう言うと吾郎はケタケタと笑った。
こいつの名前は"鷲土吾郎"俺の幼馴染で親友だ。鷲土家も昔は剣術の継承家系だったが、跡継ぎだった吾郎の父親が駆け落ち。その他に鷲土流を継げる者がおらず、消滅した。
今では普通の家系だが、鷹見家とも交流があり理解者でもある。
「俺もお前の親父さんみたいに駆け落ちしようかな……」
「駆け落ち?ぷっ…!」
「な、なんだよ」
「だっはっはっはっ!!!駆け落ちね!?いいんじゃねぇか!?駆け落ちする相手が居ればだけどな!!!」
「うぐっ…」
ド正論吐きやがって……。
「はー、笑った……。まぁ、爺さんの気持ちも汲んでやれよ。あの人は本当に剣術を守りたいって思ってるぞ」
「わかってるよ……」
わかってるさ。じじいが剣術を守ろうとしてるのも、金の為だけじゃないってのも……。
「何顰めっ面してんだ。遅刻するぞ」
「おう……」
俺と吾郎はそのまま学校へと走っていった。
◇◇◇
昼休み。
「おい、ハイセてめぇ……。ちょっと面貸しやがれ」
「はぁ……またかよ……何度来ても無駄だ」
モヒカンのいかにも不良という風体の男が絡んできた。入学してからほぼ毎日だ。
「やってみねぇとわかんねぇだろ」
「吾郎、残り食ってくれ」
「お前のせいで太りそうだ」
「文句はこの先輩に言ってくれ」
俺はモヒカン先輩にそのまま体育館裏まで連行された。
「ハイセェェ……」
「はい」
モヒカン先輩はカッ!!と目を見開いた。
「剣道部に入ってください!!お願いします!!!」
そう、俺は毎日剣道部から勧誘されている。
「何度も言うけど、俺の剣術は人を殺すことを想定した物だ。すまないが剣道とは訳が違う」
「そこをなんとか!!」
「むり」
「あぁ……」
しつこく絡んで来る先輩を無視して教室の吾郎の所に戻る。先輩曰く剣道部は万年1回戦敗退の弱小らしい。そこで刀のプロフェッショナルが現れたから躍起になってるみたいだ。
「断ったのか?」
「当たり前だ。剣道なんかやったことないし」
「だよな。剣道で本物の剣術使ったら間違いなく反則負けだ」
「だろうな」
別に剣術が嫌いって訳じゃない。剣術のせいで友達が出来ないことを恨んでる訳でもない。
ただ、俺のこの努力は、刀を振ってきた日々は無駄なのか?何か活かせる場はないのか?
言いようのない虚無感が押し寄せてくる。本当に、このままでいいのだろうか。
「ハイセ、無駄じゃねぇよ。実際お前の剣術で家は潤ってんだろ?」
「剣術を金稼ぎの道具にしたくねぇ」
「はっ!剣術馬鹿が。お前も爺さんのこと馬鹿に出来ねぇぞ」
「うるせー」
そして、午後からはいつも通りの学校生活を終える。
◇◇◇
〔バシュッ…タンッ〕
矢が的に当たる音が聞こえる。ここは弓道場か。チラッと射場を覗いてみると一人の女性が弓を引いていた。
長い黒髪をポニーテールで纏めている。顔立ちのハッキリしたモデルと見間違う程の美貌だ。と、周りでは評判だ。
「何見てんのよ。剣術馬鹿」
「黙れ、弓術馬鹿。お前なんか見てねぇよ」
この口の悪い女は"鶴矢スミレ"。もう1人の幼馴染……いや、腐れ縁だ。
『武術の文化遺産化』は剣術だけではない。始まりは剣術だったが、それを真似るように日本では弓術、槍術が文化遺産認定された。
スミレはその弓術"鶴矢流"の跡継ぎだ。
ちなみに海外だと西洋剣術、双剣術、棍術、銃剣術、槌術、短剣術が存在する。世界は広いな。
「お前は良いな。活かせる場があって」
「あんたは剣道がダメなだけで選択肢あるでしょ」
「例えば?」
「居合とか?」
居合か……。真剣を使って居合の型の精度を競うマイナースポーツだ。
「もうやったよ。鷹見流にも居合はあるからな。1日でマスターしたからもうやることねぇよ」
「相変わらずの天才っぷりね……」
「なんか言ったか?」
「なんでもないわよ。そんな退屈なら弓道でも始めたら?」
「確かに面白そうではあるな」
俺がそう言うとスミレはキョロキョロと周りを確認した。
「こっち来なさいよ。教えてあげるから」
「いいのか?怒られるだろ」
「い、今は誰もいないから……」
その言葉だけ聞くとなんかイヤらしいな。そんなことこいつに言ったら殺されるから口には出さない。
俺は言われるがまま射場に上がる。
「簡単に射法八節を教えるから私に倣ってやってみて」
「射法八節…。胴造り、弓構えとかのやつか」
「意外と詳しいのね」
「それくらいはな」
日本武術についてはじじいから基本だけ教えられた。
「足踏み…胴造り…弓構え…打起し…引分け…会………そして、離れ」
〔タンッ〕
スミレの弓から鋭い矢が放たれ、見事的の中央を射る。
「残心…。これが射法八節よ。やってみて」
続けて俺も始める。
「足踏み…胴造り…弓構え…打起し…引分け…会…そして、離れ」
〔バス…〕
「残心……。ありゃ」
俺の矢は的の左上を通過し、安土に突き刺さっていた。
「最初はそんなもんよ。アドバイスをすると……」
「会の時間がスミレより2秒程短かった……。なるほど、射型を意識しすぎて会が疎かになってた…」
「そ、その通りよ」
会の長さで考えられる事が多い、弓の引きは十分か、射角は間違いないか、そして心を落ち着かせる事が出来る。
俺は徐に小指に挟んでいたもう一本の矢を番える。
「足踏み…胴造り…弓構え…打起し…引分け…会………そして、離れ」
〔タンッ〕
「残心」
俺の矢は見事に的の中央を射っていた。
「うっそ……2射目で……」
「ふぅ……弓道って中々面白いな」
「そ、そう、気に入って貰えたなら何よりよ」
面白いがやっぱり俺は剣術の方が向いてる気がする。でも、弓の面白さを教えてくれたスミレには感謝だな。
「ありがとな、スミレ」
俺は笑顔で素直に礼を言った。
「う、うん……」
「どうした?暑いのか?顔赤いぞ」
「なんでもないわよ!ほら!さっさと帰って!」
スミレに押し出されるように射場を出た。
「ねぇ、ハイセ」
「ん?」
「私達って何のために武器を取るんだろうね」
スミレは少しトーンの低い声で言った。
「さあな。俺もそれはわからん。俺達の中での永遠の課題だ」
何のために刀を振るのか、何のために殺人の術を身につけるのか、スミレの弓術も相手を確実に殺す為の必殺の弓術。俺と一緒で色々思うことがあるんだろう。
「おーい、ハイセー、帰るぞーって。なんだ、また2人で居たのか」
校舎からダンボールを抱えた吾郎が出てきた。
「またってほど一緒に居ねぇよ」
「吾郎、この剣術馬鹿射場覗き見してたわよ。あんたこいつの保護者でしょ。しっかりして」
「俺はいつからハイセの保護者になったんだよ……」
スミレの悪態を適当に受け流しつつ、俺達は帰路についた。スミレのおかげでいい気晴らしができた。
だが、スミレの最後の言葉が妙に心に残る。「何のために武器を取るんだろう」何のために……。お金の為と言えばあいつは怒るだろうな。俺と同じ人種だ。
「なにか、俺達の技を活かせる場があればなぁ……」
「そんなお前に!ほら、これやるよ」
吾郎が大きめのダンボールを手渡してきた。朝から持ってたこれ、俺に渡す物だったのか。
「なんだこれ」
「今流行りのゲームだ!!」
ゲームか。ゲームは大好きだが最近はあまりやってなかったな。
「気晴らしにゲームでもしろってか?」
「ちげーよ。お前『フルダイブ』はやった事ないだろ」
フルダイブって言えば自分の意識をゲームの中に入れて自由に遊ぶアレか。
「まあな。俺は専らテレビゲーム派だ」
「テレビゲームなぁ。確か、今年で30周年のMMORPGだっけ?よくそんな続くよな。やってる人いんのか?MMOなのに」
「30年前は一世を風靡したゲームだぞ?俺らの親世代のコアなファンは今でもログインしてる。本体は少数だがまだ手に入るし」
「無理して昔のゲームしなくてもいいだろ。なんでそんなゲーム持ってんだ?」
「親父とじじいがゲーマーだったからな」
「意外だ……」
じじいの部屋には大量のゲームソフトがあるから良い暇つぶしになる。
今は『フルダイブ』が主流らしい。確か、吾郎もヘビーゲーマーだったな。
「貰っていいのか?」
「ああ、俺は新しいの買ったし、それも全然動くから」
「ん?このソフトは?」
俺は1本のソフトを手に取る。
「『ワールド・シーク・オンライン』?」
「そう。それがお前に1番やらせたいゲームだ」
「MMORPGか。なんで1番やらせたいんだ?」
吾郎はニヤリと笑う。
「やってみりゃわかる!!色々教えてやるから今日の20時にINしろ。フレンドIDはメッセしとく」
「おう、ありがとな」
そう言って俺達は各々の家へ戻った。
ワールドシーク…世界を求めるか…、果たしてどんなゲームだろうか。
初のフルダイブシステムのゲーム。楽しみだ。
◇◇◇
「ふーん。これが、今話題のゲーム」
黒髪の少女スミレは1本のソフトを手に取る。
「ワールド・シーク・オンライン…。ハイセも始めるって吾郎が言ってたわよね…」
スミレは少し顔を赤らめてサングラス型のハードを装着する。
「世界を求める……か。私が求める物はこのゲームにあるかしら」
スミレの意識はハードへと吸い込まれていった。
こうして、2人のプレイヤーがワールド・シーク・オンライン通称【WSO】の世界に足を踏み入れたのだった。
ご閲覧いただきありがとうございます!
今作に登場する実在する、またはした刀については史実を基に執筆させて頂いております。(諸説あり)
ですが、作中に登場する『鷹見家』やその歴史、また『武術の文化遺産化』に連なる歴史や家系はフィクションですので、実在する団体、人名、事件とは一切関係ありません。
不遇武器でも最強ですをお楽しみください。