3話 現行犯
休日の日。食堂の端にマロンとサリーは集まっていた。魔法学園が毎年恒例となっている、先生たちの長期休暇の時期になった。もちろん学園生であるマロンも休みだ。そのため会う日は完全にサリーの都合で決まった。
当然だが休日は普段、お店に誰も入れることはない。厨房じゃ狭いからと云って客席の上で誰が食べられるんだと云うくらいの大きさの料理を研究しているのだ。しかしそれが常設されたことは一度もない模様。これが普段なのだが今回は緊急と云うことでお父さんに休止してもらっている。代わりにお父さんを買い出しに駆り出した。
ストーカー探しをすると啖呵を切ったは良いものの、いかんせん私にもわかる情報が何も情報がない。マロンは犯人の顔は知っているよう。だが似顔絵を描くのは少し苦手な様子。知った上で一応頼んではみたが、案の定絵の手腕は上達していなかった。
「まぁまぁまぁ、絵は一旦置いておこう。他に何か知ってることは?」
「特に、ない。何年生かも、知らないし。」
マロンが申し訳なさそうに云う。出没場所だけでもと思ったのだが、そもそもサリーが知ったところで出来ることは数少ない。学園の生徒ではないので学園に入ることはできないおかげで直接捕まえる手立てはバッタリ出会うと云うとてつもなく低い確率のみである初めて魔法が使えればと羨む。
「うーん……」
悩みに悩んで早数十分。建設的なアイデアが出ることもなく、集中力の限界も訪れ始めていた。サリーはふらふらと体を振り、考える事を諦めてしまっているような状況だ。
今はシェフがいないので口にするものもなく緊急会議は一向に進まない。それどころか会話すら少なくなってきてしまっている。自分に何が出来るか。どうするのが正解か。変わることのない問いを延々と繰り返す。集中力が切れる前ですら解は求められなかったのだ。今のこの状況下で別の案がでるはずもない。
今何時だろ。まだこんな時間か。甘いもの食べたいな。そんな、最早本題とは一切接点のないことを考える二人。
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一方その頃。
久しぶりの一人での買い出しと云うことで少々苦戦しつつも必要な食材等々を買い集めていたシェフ。ちょくちょく買いすぎたり、いらないものまで握らせられられたりして重くなった鞄を両手で抱えるように持っている。彼曰く、店員がかわいかったからとか、久しぶりなせいで勘が鈍りおばちゃんの口車に乗せられたとか、そう云う訳ではないらしい。真相は闇の中だ。
「重っ……次は買わされないように気をつけないとな……。」
シェフが小さくそう溢す。後悔しているようだが満更でもない、そんな中途半端にニヤけついている顔をしている。鞄とは逆に軽くなってしまった懐を想い、ニヤつきが一気にガックリとした表情に変わる。コロコロとせわしなく変化する不気味さ。彼の通る道がそこはかとなく空けられていることに気づかない。
そんなに量買ったかなぁと視線を落とす。何を思ったのか一度顔を上げ直す。そんなに高い物買ったかなぁと視線を落とす。ロドが知る事はないのだが買わされたこと以外にも懐の軽さには理由がある。サリーは商店の人たちと関係を築いており、おまけが付いてくるため少しの値段で多くのものが買える。この商店街でサリーを邪険に思うものはいない。食堂を営んでいる以上お得意様である。彼女の性格とルックスのおかげでもある。商店街の人たちが食堂に来ることもあるのだが、厨房に籠っているためほとんどの人に顔を覚えらられていないロドとは雲泥の差があるのだ。
「うん?」
そろそろ自宅かと云う頃、お店の前に佇む少年の影を視認する。今日は休日のため、暖簾は掛けていない。その上休みの日は明記しているはずなのだが。文字の読めない子なのか。遠目に見る限りサリーと同じかすこし幼いくらいの年齢か。あれくらいの年の子供で文字が読めないのはかなり珍しい。
文字の読めない者はここ数年で大幅に減少した。理由は知らされていないが魔物が減った影響で世が平和になっていった。平和になれば今まで軍事費につかっていたお金も教育に回すことができる。識字率は体感かなり増加した。子供の頃は一部のお金持ち意外、教育は雲の上の存在だったからなぁ。識字率が上がることそれ即ち情報伝達の簡略を意味する。わかりやすく云えばメニューをわざわざ読み上げなくてはならないことが減ると云うことだ。
「どうしたの?今日は休みだよ。」
そうこうしている内に少年の元についてしまった。大方文字の読めないお客さんだろうと目星をつけ話しかける。
「あっ…えっとあの…」
これは困った。シャイな子だったか。ずっとオドオドとして何も話してくれない。出来るだけ待ってみたが視線を逸らしたまま微動だにしない。仕方ない。もしかすると迷子の子かもしれないので今日は休日だが店内に入れることにしよう。食材が痛んでもだめだし。何より暑いので体調を崩してはいけない。
「ただいまー。」
少年の手を半ば強引に引き、涼しい店内へと入れる。
「遅かったじゃん。どこで道草食ってたの。」
「思ったより重くて………。さっ、そこ座って。」
少年は戸惑いながらもコクッと頷き、すぐ近くにあった席に腰掛ける。その時、ようやくマロンちゃんと少年の目が合ったまま固まっていることに気付く。それはちょうど、サリーも同じだったようでマロンの目の前で手をふりふりしながら
「おーい、マロン。生きてる?」
と、一言。微動だにしなかったマロンはそれで再起動し、
「ストーカーの子だ。」
と呟いたのだった。
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「ファンクラブ?」
意図してか不意にか、溢れ落ちた言葉でマロンへの事情聴取が再開された。集中力もやる気も取り戻したよう。初めは困惑していたサリーだったが、少しでも情報を集めようと躍起になっている。マロンにストーカーだと云われた少年は、何とか弁解しようとしていたがもう諦めてしまった。
ファンクラブ。人気アイドルなどの元に出来るアイドルのファンの子たちが集まる会だ。会員は少数らしいがそのアイドル的ポジションにマロンが立たされているのだ。少年は会員の中のしたっぱの一人らしい。小さな会にもヒエラルキーがあるようで恐ろしい。
この少年はストーキングしている気はなかったようだが以前から行きすぎた行動が目立っていたらしく、これがバレたら糾弾されるらしい。お願いだから誰にも云わないでくれと懇願してきた。マロンはファンクラブが出来るほど自分に人気があったのかとまんざらでもなさそうな顔で
「わかった。誰にも、云わないから、もうつけたり、しないで。」
と困っている風に云ったのだった。
これにて食堂に舞い込んだ事件がひとつ解決された。