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冒険者食堂  作者: 朱殷
0賞 オープン
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「はぁぁぁ……」


 お昼過ぎ。聞くだけで気分が下がりそうなため息はかけ消され誰の耳にも届かない。ここは冒険者たちの溜まり場、冒険ギルド内の飲食可能区域。。騒音は四六時中。それがなくなることなど滅多にない。どこからともなく聞こえる怒声混じりの声、机がひしゃげた音。酔っ払いのダル絡み、まんざらでもなさそうな声。ありふれたナンパ、パンッと快音が鳴る。そんな物は右から左へと流れて行く。目を奪われるほどの笑顔で微笑み合う話に似合わないカップルの雰囲気も気にならない。これらはよくある日常なのだが気にならないのはそれだけが理由ではない。


 項垂れるこの男の名はロド。娘が一人いるが元妻に捨てられた哀しき経歴を持つ28歳。妻に浮気されたあげく一妻多夫でも良いと苦渋の決断をしたのだが枕を濡らすこととなった。3年前のことである。


 今日は娘を留守番させて苦しい生活費を稼ごうと働きに出ていた。しかし順調であれば出るのはため息ではなく鼻唄である。年のせいと云うか、今までお金のある両親に頼っていた弊害と云うか、ヘマをした訳である。


 何をやらかしたのかと云えばそれはもう酷い。どれだけの時が流れようとも武勇伝どころか笑い話として娘語るにも語れないほど。どれだけ誇張と脚色で塗り固めればいいのやら。思い返すだけで恥ずかしさと自分への呆れの感情が渦巻き、悶絶しそうになる。何せ40超えの方々が最前線で戦えているのだ。あまり心が軽くなるものではない。脳裏をよぎることすら拒否したい。妄想は所詮頭の中の出来事でしかないことを理解した。


「うぁぁぁ。」


 唸り声。同時にブルブルと思考を掻き消すように首を振る。今は失態を悔やむ時間ではない。問題はお金のことなのだ。三年前、『子供もいるのに嫁に逃げられて……何をしている!安定した職に就くまではと考えていたがもう我慢ならん。もう仕送りはやめにする。餓死する前職につくか、新しい嫁でも見つけて助けてもらうんだな。』とため息混じりに云われてしまった。


 今まではなんとか貯めてきた分と知人に雇ってもらって食いっぱぐれることはなかったが流石に今回は洒落にならないかもしれない。だからこの痩せ細った体で冒険者と云う危険な仕事をしたのだが。もっと前からやっておけばと無意味なことを思ってしまう。一応あと数日分はあるのだ。しかしその後もと考えると圧倒的に不足している。


 人は飲まず食わずで三日、水さえあれば一週間と聞くが元々栄養が足りていないので一日で倒れかねない。ジリ貧にはなってしまうが友人に頼んで借りと云うのもひとつ。それを使って延命処置かパァっと稼げる何かをやるか………


「ああもうわっかんねぇよ……!」


 頭をガシガシと掻きながら悩む。どれだけ考えても最適解なんて出なくて、それでも悩まなければ未来はなくて。もし自分がまともな教育を受けていれば答えが出るのかと妬みの感情も芽生え始めた頃。


「お父さん?」

「……あ」


 娘が現れた。その天使とでも云うべき存在に心が落ち着きを取り戻して行く。そうだ、今は娘のことを第一に考えればいい。一度家に戻ろう。頭を冷やせば何かマトモな案も出るはずだ。


「帰ろうか。」

「うん。」


 聞きたいこともあるはずだが何も聞いてこない。気まずい風をたなびかせつつ娘と家に帰る。顔をあげた時、怪訝そうに眺める周りの人たちの顔、目線の先、そして大量の汗に気がついた。日も沈みかかっていた。娘には一人で外に出るなと云ってあったのだが今回ばかりは怒れない。今すぐには無理だけど、いつかご馳走くらい作ってあげなくては。そしていつか娘にもご飯を作って貰いたい。



 ――――――――――


 コトンッと開店祝いに友人に描いてもらった写真を置く。懐かしい思い出だ。つい最近な気もするし、遠い昔のようにも感じる。あれはさら四年の月日がすぎた。あのことがきっかけで私はこの『冒険者食堂』を開店した。友人から借りたお金や家の物を売ったお金を元に食堂開店と云う博打に打って出たのだがそれなりに繁盛し、店もマシにはなってきた。何故食堂を選んだのかはうろ覚えだが夢を見ていた冒険者と云う仕事に少しでも関係のあるものをと思ったのがきっかけだった気がする。


「お父さん?他に何か頼む物ある?」


 厨房から娘の声がする。足早に娘の元へと向かいつつ、返事をする。



「あのなぁサリー。前も云った気がするが、何のために時々休日を取ってると思ってるんだ?」

「ねぇお父さん。前も云った気がするんだけど、発注と仕込みのためでしょ?この前お客さんから聞いた噂なんだけど、近々酒場が新しくできるらしいよ。」


 なに?それは大変だ。ってそうじゃない。休日くらい休ませてほしい。そりゃ、休日返上の気分でやらなくてはもう既にここは誰かのお家になっていたかもしれない。仕方ないのだが娘はそれを嬉々として行っている節がある。


 そんなことを考えつつも発注の不備を確認して行く。私自身の表情も緩んでいるのは、きっとこの娘との会話が楽しからだけに違いない。

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