バレンタインだからって浮かれてんじゃねぇッ!
かつてこの世の全てを手に入れた男〝ヴァレンタイン王〟チョコールド・ロジャー。
「俺のチョコが欲しいのか……? 探せぇ! この世の全てをそこに置いてきた……」
彼が遺した「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース型のチョコ)」をめぐり、幾多の海賊達(チョコが欲しい男達)が覇権を賭けて争う。
世はまさに、「大ヴァレンタイン時代」
〇
「みたいになんねぇかなぁ~」
「なるわけないだろ。どっかで聞いたぞ、そのシナリオ」
二月十三日、昼休みの教室。
椅子の背もたれに体を預けた友人と向き合って、私は小説を読んでいた。
ふと友人が先ほどのようなことを語りだしたため、耳を傾けていたが正直聞かなくてもよかったと今思っている。
「いやぁ、やっぱワ○ピースはすげぇよ。あんなに発行してるだけある。面白れぇもん」
「また夜更かしして漫画読んでたのか」
「なぜ分かったッ!?」
私は間抜け面をしている彼を見て、大きくため息をつく。再び小説に集中しようと試みた私であったが、当然のごとく彼はそれを許してくれないようだ。
「だってさあぁ! 明日はバレンタインだぜ? でも俺は生まれてからチョコなんてもらったことないんだよ! 妄想くらいさせろやッ!」
「勝手にやってろ」
「一人で妄想して何がおもしろいんじゃぁ」
「妄想は一人でするもんだろうが」
ホント、勘弁してほしい。
私は小説に目を落としながら、適当に続ける。
「だいたい、妄想というよりただのパクリだったじゃないか」
「はっはっはッ! それもまた妄想なり!」
私の言葉を受けた彼は打ちひしがれる様子もなく、逆に腕組みをして私に向かって渾身のドヤ顔を見せていた。
なんか腹立つ。
「悔しかったらお前もなにか妄想してみろぉ~! チョコを絡めてな」
彼は私にそう言い放った。
"悔しかったら"と言われたが、いったい私は何に悔しがればいいのか。正直なところ、よくわからない。しかし、このまま彼に勝ち誇った顔をさせるのは癪に障る。
これは決して、悔しがっているわけではない。
〇
チョコの国。僕らの国がそう呼ばれたのは、今は昔の話…。
二十年前、突如宇宙から舞い降りた天人(と呼ばれるチョコを奪う者達)の台頭と廃刀令により、男達の志は衰退の一途を辿っていた。
そんな時代に、チョコ魂をもった男が一人、その名は"チョコ田レー時"。
甘党&無鉄砲なこの男の営む万事屋(チョコ生産場)で、ひょんなことから働く事になった僕、モテ村ない八と神楽ちゃん可愛いよね。
僕ら万事屋三人で、腐ったチョコを一刀両断……
〇
「お前も結局パクリじゃねぇかッ!」
「銀○魂、面白いよね。FINALは泣いたよ」
「隠せてない! 隠せてないって!」
何を言っているのか。私にはさっぱりわからない。
彼はため息をついたあと、もう一度背もたれにぐてっともたれかかった。
「でもさぁ……結局俺達の妄想通りになったとしても、どうせ俺達はチョコを手にすることはできない気がするよ……」
さりげなく彼が「俺達」と言ったことを私は聞き逃さなかったが、そこはあえて触れないでおこう。
「急にテンション下げるのやめて」
「注文が多いなぁ。おいたん悲しくなっちゃうよ……」
「あとで七十円の板チョコ買ってやる」
「傷口えぐるのやめてくれない……。ん?」
私の慈悲を聞いた瞬間、彼はなにかを思いついたかのように上体を起こし「ふっふっふ」と不敵な笑みを浮かべた。
「なんだよ。気持ち悪いな」
「いいこと思いついたのだよわしは……」
「"わし"って――」
彼の笑みの内容を問おうとした瞬間、
ピーンポーンパーンポーン。
昼休み終了の予鈴が鳴った。
〇
翌日のことである。
「おっすー! おはようっ!」
眠気がおさまらない朝の通学路。
眠気以上に嫌気をおぼえさせる彼が私に話しかけてきた。
「いつも遅刻してくるのになんで今日は早いんだ……」
「何言ってるんだ! 学校は遅刻しないでいくものだろう?」
「あーはいはい」
「ちゅめたいっ!」
ホント、勘弁してほしい。
あれ、デジャヴな気がする。
彼と適当に話しながら、私は道を歩いた。苦行の道を経て、学校へとたどり着き、私達は昇降口へと入った。
そして、それぞれ自分の下駄箱を見つけ、それを開こうとした瞬間である。
バババッバヴァヴァヴァバババタ。
私の隣にいるアレの下駄箱から大量の……気持ち悪いほど大量の板チョコが流れ落ちてきた。
「あれれっ~おかしいぞぉ~?」
「・・・・・・」
「これはぁ~? もしかしてぇ~?」
「・・・・・・」
「チ・ョ・コ・レ・エ・ト? ってやつかなぁ~」
「・・・・・・」
「こまっちゃうなぁ~」
「・・・・・・」
「こまっちゃうなぁ……」
「・・・・・・」
「ねぇ」
「・・・・・・」
「ねぇって」
私は今、どんな表情を見せているんだろうか。呆れすぎてむしろ笑顔かもしれない。
「何枚だ」
とりあえず、気になったことの中からひとつだけ私は聞いてみた。
「それ一番に聞く?」
「いいから」
「えっ……えーとぉー百枚くらいかなぁ?」
「ざっとクラス三個から四個分か」
「他の学年の娘からもきてるのかもなぁ~はっはっはぁ~!」
彼は首に手を回した。照れているのか、恥ずかしがっているのか、勝ち誇っているのかよくわからない表情をしている。
このチョコをこの量。金額にして、約七千円といったところか。あまりにも量が多いことから、こいつはひとつの店だけではなく、何軒もの店をハシゴしてこれをそろえたのだろう。そのチョコを私が登校する前の朝早くに下駄箱へ入れた。ギチギチギュウギュウに。
そして、私が登校するタイミングを見計らってこう声をかけた。「おっすー! おはようっ!」と。
「ふっ……ハハハハ」
そこまで想像したところで、私は思わず笑みをこぼした。
「なっ、なに笑ってんだよぉっ!」
彼は顔を赤らめながら私に叫んだ。
たったひとつの思いつきに、ここまで金と労力をかけられる行動力と勇気。なにより、彼の憎むに憎めないこの性格。
「お前はきっと、大物になるよ」
「なんじゃそりゃ」
彼は若干不満そうな表情を見せながら、地面に落ちた板チョコを鞄に詰め始めた。きっとあのチョコはあとで彼がおいしくいただくことだろう。ついでに、私も一枚もらおう。
私はチョコによってもたらされた笑いの余韻に浸りながら、自分の下駄箱へと手をかける。そして、それを開けた瞬間チョコの雪崩が……ということはなかった。
が、
「あれ」
青い上履きの上に何かある。私はそれを手に取り、手前に引き寄せた。
赤と黒でできたギンガムチェック模様のかわいらしい包装。リボンとハートのシールで装飾された四角い物体。
隣にいるコレが、喉から手が出るほど欲しがっていたもの。
「ちょ、おま」
隣にいるなんかがなにか言おうとした瞬間に、私はそれを迅速に鞄へ突っ込んだ。
「いやぁ、今日も良い一日だった」
「一日始まったばかりだしッ! てかおまえさっきのそれ!」
「シラナイ、ワカラナイ、キコエナーイ」
「見せろオラ! ちょっとだけ! ほんのちょっとだけ! 先っちょだけでもぉ~!」
朝日が照らす廊下を友人と歩き、走る。
今日は二月十四日。良き一日が始まる。