王女の地位を剥奪された元第一王女は隣国で幸せを得る
男性の急所が狙われます。ご注意下さい。
2021.01.10/11 短編日間ポイント一位になりました。評価いただいたきありがとうございます。
・:*+.\(( °ω° ))/.:+
21.01.28番外編始めました。https://ncode.syosetu.com/n3682gt/
【2022.02.19;矛盾点のご指摘いただきました。修正予定です】
ブラートウルスト王国の権威あるヴルスト学園では、秋に行われた武術大会の表彰式が行われてた。昨年までは参加希望者によるトーナメントで優勝者に対して国王から褒賞が贈られていたが、今年からは総合優勝者と男子優勝者の2名が表彰される事になった。
「今年は何をお願いしようかな」
男子優勝者と態々新しい項目を設ける必要になった原因である、エレミア・テューリンガ・ブラートウルストは、大講堂の生徒席の一番前でニマニマとしている。エレミアはブラートウルスト国の第一王女である。ヴルスト学園は六年制で、貴族の子供全てと成績優秀な平民の奨学生で成り立っているのだが、表向き誰でも参加出来るとなっているが実質男子のイベントであった武術大会に入学して直ぐに参加、以後ずっと優勝するという破竹の快進撃をした。生徒達による影での呼び名は抜刀灰色熊。当然、女子参加者はエレミア以外居ない。
しなやかな体は均整取れた高身長の細マッチョだが、ブラートウルストでの女性の美は細ければ細い程、可憐であれば可憐である程、嫋やかであれば嫋やかである程、髪が美しければ美しい程、良いとされる。決して力瘤など出来てはいけない。腹筋が割れていてはいけない。掌に剣ダコがあってはいけない。日々の鍛錬で日焼けしてはいけない。背も高いのはダメで、ましてや筋肉で体重が重いなどあってはいけない。
一応、ライラックの様な髪はクラウンブレイドに纏められているが、ほどけば艶やかに腰までサラリと覆うストレートだし、瞳も吸い込まれる様な紺碧色。武術家の嗜みとして常に正しい姿勢を形作る体幹を備え、ダンスも一糸乱れぬ正確さを誇る。テーブルマナーも完璧で特にカトラリーの扱いは、食事中に悪漢に襲われても秒速で仕留める事が出来るレベルだ。
エレミアは第一王女として文武両道を目指している。幾ら武が優れていても知恵が足りねば敵につけ込まれてしまう。エレミアは努力の人である。幼き頃から兄の補佐をする為に、ウエイトを増やしてトレーニングしてきたのだ。兵法である陣の組み方や用兵術、あらゆる場所での戦いの想定と仮想戦闘、自分が使える魔法を組み合わせた戦闘方法等、毎日コツコツ積み上げて来た。それもこれも、愛する婚約者の為。
「やっぱり、サフィニア様、カッコイイ…」
細マッチョ抜刀グリズリーは、恋する乙女でもある。
サフィニア・ニュルンベルスは隣国、ゲンヴァルデとの国境に領地を持つ、ニュルンベルス辺境伯の長男でグリズリー、否、恋する乙女エレミアと同じ18歳。波打つブロンドを後ろで纏め、エメラルドの様な瞳を持つ美丈夫である。二人の婚約は15年前に遡る。3歳のエレミアはサフィニアを見た瞬間に恋に落ちた。おませさんであった。そして努力の人であった。
将来私は辺境伯の妻になる。だとすれば、夫を支え辺境軍を支え国土を守らねばならない。足手纏いなんて絶対ダメ。私はサフィニア様の隣で戦う将軍になるの!思い込みも激しかった。
何が悪いと言えば全てだが、一番の問題はエレミアの基本スペックが激烈に高かった事ではないだろうか。エレミアはやれば出来る子だ。やればやるだけ出来る子だ。本来なら女性の限界があったかも知れないが、常時無意識に身体強化魔法を展開しちゃう位出来る子だ。気がつけばバスタードソードを右手、ソードブレーカーを左手に持って戦ったり、都市、山岳、荒野迷彩と凡ゆる場所に溶け込んだり、グレートランスチャージでベヒーモスを迎え撃ったり出来る子になっていた。
次に悪かったのがブラートウルスト王と王妃がエレミアの後に生まれた16歳のリアンナばかり見ていた事だと思われる。リアンナは折れそうな柳腰に低身長低体重、長い睫毛はキラキラと陽光を反射しサファイアの瞳を引き立たせ、ゆったりとした動きで背中を覆う艶やかなライラックの髪を最高に美しく見せる事が出来る。指は白魚の様にしなやかで、毎日爪の先まで整えている。
可愛いリアンナを甘やかしまくっているその時、エレミアは鍛錬と学習の時短の為に学園の一番良い部屋に住み込んでいた。別に豪華で無くても構わないのだが、一番広いのがそこでトレーニングマシン室や壁一面鏡張りの動きが確認出来る部屋やダンベル置き場や使用人室が必要だったので占拠した。そして、大きなイベント以外は城に帰らず、身の回りの侍女と侍従を一人ずつ置いて、楽しく暮らしていたのだ。
流石に王や王妃主催のパーティーには出ていたが、侍女による渾身の体のラインを実際より細く美しく見せつつ、筋肉がバレないように布をたっぷりドレープたっぷりドレスを着用して、背が高いけれど美しい第一王女を演出した。勿論、学園の生徒や教師は知っている。しかし、誰がそれを王と王妃に伝えられるだろうか?陛下の第一王女はムキムキのバッキバキのグリズリーですよ、と。
武術大会に優勝しているのだって、可愛いリアンナに無骨な大会を見せる訳にはいかないから結果後の表彰式からの参加をしていて、エレミアが毎年優勝しているのは、王女に遠慮してしまっているからだと思っている、そんな王に「いやいや抜刀グリズリーは殺気を放って子息達を千切っては投げ千切っては投げしていますよ」と伝えられる訳が無い。
サフィニアは男子優勝者として勲章を受け取ったのち胸に手を当てて王の前に膝をついた。
「陛下にお願い申し上げます。サフィニア・ニュルンベルスと、第一王女エレミア・テューリンガ・ブラートウルスト殿下の婚約を白紙撤回頂けないでしょうか」
なっ!何だってー⁉︎
エレミアに激震が走る。周囲の学生達にも激震が走る。遂にあいつやりやがったぜ!
「サフィニアよ、何故武術大会の褒賞に婚約の撤回を望むのだ」
「陛下に申し上げます。私は、エレミア殿下を尊敬しておりますが、六年間殿下を超える事が出来ませんでした。この様な不甲斐ない者が殿下を娶るなどとんでもない事でございます」
「わ、私は気にしません!サフィニア様は素敵な方です。私はニュルンベルス家に嫁いで辺境を守る為に、体を鍛え武術大会に参加しておりました。しかしながら、皆様王女という私の事を気遣って全力で剣を交えられなかったのです」
違う。断じて違う。抜刀グリズリーが最強で最恐で最凶で最狂。事情を知っている全員の心が一つになったが、誰も声には出さなかった。賢明である。
「エレミア殿下、殿下にはもっと相応しい方がいらっしゃいます」
「だがな、サフィニア、王家とニュルンベルス家の婚姻は、我がブラートウルストの強化の為に必要なのだ」
「私はサフィニア様の事が「お父様!」」
エレミアの言葉を遮って、ふわりとサフィニアの横にリアンナが寄り添う。ぷるぷる震える小鹿といった風情に皆がほぉっとため息をついた。
「申し訳ございません。実は、強すぎるお姉様の事を学園でサフィニア様から相談を受けておりました。そして私は真剣に辺境とお姉様の事に悩むサフィニア様の誠実さと優しさに、惹かれてしまったのです。そして、サフィニア様も私を少なからず想って下さっています」
「リアンナ殿下、御無礼ではありますが、私は少なからずではなく心からリアンナ殿下をお慕いしております」
「お父様、王家とニュルンベルス領の絆なら、エレミアお姉様でなく私でも良いのでは無いでしょうか。そしてエレミアお姉様、愛する妹リアンナのお願いを聞いて下さいませ」
「え?」
「サフィニア様の武術大会の褒賞がお姉様との婚約撤回、お姉様の総合優勝報酬で、私とサフィニア様の婚約を願って下さいませ!優しいお姉様ですもの、義務で結んだ婚約と、私たちの真実の愛で行われる婚約の違いを」
「エレミア殿下、申し訳ない。君は素晴らしい人だ。私達を祝福してくれるね」
エレミアの瞳からボロボロと涙が溢れた。一気に周囲から人が飛び退く。そのままエレミアは走った。数人、数十人、幾らかの犠牲者を跳ね飛ばしながら。
婚約者に裏切られ実の妹に奪われ泣きながら学園の寮に戻ってぼんやりしていたら、残った両親に妹が無い事無い事捏造して訴えたとかで、押し掛けて来た近衛騎士達に王女の称号剥奪になった為、修道院送りが決定したと王家からの書類を渡された。
そこからの私は今までで最高の動きが出来たと思う。目の前の近衛騎士達の急所を次々と蹴り上げ、愛用のバスタードソードとナイフを掴み、床に転がって蠢いている騎士達の弱点に次々踵落とし。平服や稽古着と貴重品を纏めて窓から脱出した。寮の正面には王家の馬車と騎士団が裏門には騎士団がいたので、寮生達の憩いの場である庭の一番高い木に登ってそこから塀を乗り越えた。
称号剥奪されているのなら私は平民と同じ。このまま逃げてしまっても問題は無い。流石に王女のままで逃げたら政治的に不味いだろうけれど、既に陛下は他人。それに修道院で暮らすのは嫌だ。折角つけた筋肉が落ちそうだし。
ラベンダー色の髪は目立つのでしっかりスカーフを巻いて、隣国ゲンヴァルデ方面の乗り合い馬車に転がり込んだ。ゲンヴァルデの国境を守るのはサフィニア様のニュルンベルス家だから、私の言い分を聞いてくれるかも知れない。無理そうならそのままゲンヴァルデに入り込んでやる。ゲンヴァルデには温泉がたくさん湧いていると聞いた。鍛錬の後の温泉。実に魅力的ね。
その後、ニュルンベルス領に入ったら私を捜索している兵士が大量にいるし、領主館の周りは大量の騎士団が彷徨いているしで、確実に捕獲包囲網を敷いていると判断して、普通は通らない様な移動困難な地域を選び隣国の温泉を目指した。ちょっと悲しかったけど、不誠実な男なんか要らないんです。次の恋が出来たら上書きしてやるんですよ。
ーーーーーー
「貴女がフェイスクラッシャーのミアさんですか?」
「はぃ?名前の前に付いているのは何でしょう?それと、ご自分のお名前を名乗らない方と話す時間はありません」
私は下宿しているお風呂屋さん『リリーアイボリー』の談話室でお茶を飲んでいた。
国境を夜の闇に紛れて突破した後、一番最初についた大きな町ヴァイツェンで女性に絡んでいた不成者を叩きのめしたら、その女性はパン屋の娘で隣の敷地で仲良くしているリリーアイボリーを紹介して貰えた。ゲンヴァルデの国籍は無いから、流れ者って事で信用が無くて仕事に就けなくて困っていたんだけど、町を歩き回っている時に出会うトラブルを仲介し続ける事半年弱、いつの間にか女性の悩み事やトラブルの相談を受ける様になってしまった。みんな優しくてちゃんとお金も貰えるので、まあまあな生活が出来る。
「有名ですよ、女性トラブルや町のトラブルを解決する際に、悪人の顔を握りつぶすって」
酷い。掴んで持ち上げるだけだもん、握り潰すなんて乙女には無理だもん。どっちにしても、自己紹介しない人とは話しません。プイッと横を向けば、相手は胸に手を当てて頭を下げた。
「失礼致しました。私はアルフレッド・フォルコンと申します。このヴァイツェンを含むブルーメン地区の役所に勤めているしがない文官です。ミアさんがヴァイツェンのトラブルを解決して下さる方が現れたと聞き、是非お会いしたいとこちらにお邪魔させて戴きました」
「そうですか。ですが、しがない文官と言うのは嘘ですね」
「どうしてそう思われますか?」
「動きが洗練されてますし、地味ですが高価な生地で仕立ての良い服を着ていらっしゃいますから」
一瞬、驚いた顔をするフォルコン様は、良く見ると綺麗な顔をしている。結んだプラチナブロンドとガーネット色の瞳。但し、体は余り鍛えていないのか、筋肉がつきにくいのか、線が細い美青年といった感じ。高位貴族が私を探りに来たのかしら。
「良く見ていらっしゃいますね。ミアさんはどちらの出身ですか?」
「これは取り調べですか?」
「いえいえ、余りにもお強いので念の為です。町の噂では軽薄な男達以外には良い話しか聞きませんので、保安の為の確認です。実力はあるのに冒険者としての登録もされてませんよね。国や町を移動する能力の高い方は大概冒険者登録をして身元証明とするのですが、ミアさんは突然現れて戸籍も登録も無い様子ですので、こちらとしても一通りお話を聞かせていただきたいと思った次第です」
ちょっと面倒な事になってるかな?どうしよう。この人は悪い人じゃ無いみたいだけど、弱点を蹴って逃げる?でもリリーアイボリーの居心地がとても良いのよね。パン屋さんの釜の熱も利用しているし、堀抜きの井戸があるからお湯が豊富に使えるし、髪を洗う用の浴槽もあるし。
「ミアさんは私の所作を褒めて下さいましたが、貴女も姿勢も動きも大変綺麗でいらっしゃいます。どちらの家のお嬢様なのでしょう」
む、やっぱり蹴るべき?
『町外れに魔獣が複数出た!戦えるやつは向かってくれ!』
「失礼しますわ!」
席を立って外に、そこから大きな人の流れと逆に走る。同じ様に人の流れに逆らっているのは、戦闘に参加する人達。それ程多く無さそう。
「成る程、これはちょっと大変ですわね」
走った勢いで一番最初に目に入った黒妖犬に飛び蹴りを一発。見た感じ全部で十匹ちょっとで、今対応しているのが十人弱と言った感じだから、増えなければ直ぐに終わりそう。
ベルトに留めておいた腕と同じ長さの樫のロッドを引き抜いて蹴った黒妖犬に刺突を入れる。剣?持ち歩くのは危ないので部屋に置きっぱなしです。町の外に出掛けるのがわかっている時や、町の中で強盗を捕まえたりする時ならいざ知らず、普通に生活している時に人にはっきりと見える武器を持ち歩くなんて騎士か警備兵か用心棒か冒険者か「イキがっている危険人物です」と主張する馬鹿です。前者は仕事だったり生計の手段だけど、私はどれでも無いので後者になってしまう。
けど、ちょっとした戦いなら硬い木の棒は切れないだけで、薙ぐ、叩く、突くと便利です。
「ミアさん、左サポート!」
大きな声に合わせて左で戦っているオジサンに牙を剥く黒妖犬を蹴り上げる。
「右後ろ!」
振り向きながら棒を叩きつけ、追撃で踵落とし。その後も指示に合わせて動く。どなたかは分からないけれど、確認の手間が少し減って助かる。
「ミアさん、お疲れ様でした」
全ての黒妖犬を倒して、後片付けは自警団がすると言うので帰る事にした。うーん、ちょっとだけ鍛錬になった、かもです。
大きく伸びをしていると、フォルコン様が声を掛けてきた。私に指示を出していたのは、やっぱり彼。声でそうかなと思ったけれど、落ち着いて聞くとはっきりわかる。
「アドバイス頂きありがとうございます」
「見ていて直ぐ大丈夫な上に余裕まであると感じましたので、動きが危ない方々のお手伝いをしていただけるかと思いお願いしたのですが、思った通りでした」
「危ないと思われたらフォルコン様が助けて差し上げたら良かったと思いますわ」
「私には無理です。動きを観察するのは出来ても、そこまで早く動けませんから死にます」
「そうですか、では私は戻ります」
「ここで待機すれば警備隊から報奨金が出るのでは?」
「別に大した事ではないので要りません」
「決まった仕事をしていらっしゃらないませんよね。もし宜しければ、お仕事を紹介したいのですが如何ですか?領の訓練場も使えますよ」
「内容も聞かずに答えると思いますか?それに、私は毎日入浴したい人間ですの。今の部屋は理想的です」
「治安を良くして女性や子供が安全に暮らせる地域にする仕事です。三食、休日あり、鍛錬し放題、武器も割引購入です」
「戸籍も冒険者登録もしていない人間を受け入れるとは思えません。騙そうと感じると思いません?」
「騙されても貴女なら簡単に逃げれると思いますが。天然温泉付き、いつでも入浴出来て専属の職員が清潔に保っています」
「見学してみますわ!」
ーーーーーー
「騙されましたわ」
「騙していませんよ。領内の治安を守り、みんなが安心して暮らせる生活を守る仕事です」
「辺境軍までは予想の範囲内でしたけど、戸籍も冒険者でも無い人間を副師団長にするとか、想定外です。フォルコン様も師団長をなさってますけど、本来の地位は違いますよね?」
「ははははは。ミアさんより弱い私なんて、大した人間ではありませんよ」
弱いと言っても筋力が弱いだけで、体捌きも良いし、観察力も素晴らしい。訓練で手合わせしても体の動きも美しく、技の連携も素晴らしい。ただ脳内の流れに対して動作の為の筋力が足りていないのと、使える武器が筋力不足で制限されてしまうのと、連続試合を行うと体力の限界が先に来てしまうのが残念なだけで。
あら、結局の所、筋肉不足ですわね。
「わかりましたわ。フォルコン様に足りないのはやはり筋肉。でもご安心下さいね。女である私も元々の男女の体の違い、筋肉の付かなさに苦労したものです。しかしながら、一度コツを掴んで己の体と対話すれば、自ずと必要な筋肉はついてまいりますの。確かに私は常時取り回しに力が必要な両手剣は使えませんが、日々の鍛錬により、片手半剣を愛剣とする事に成功しました。私と同じ鍛錬をすれば、或いはフォルコン様にも」
「ええと、ミアさん、話が変わってしまってますよ」
「つまり、フォルコン様は剣に拘っている訳ではありませんのね。では棒と銃身の短い飛び道具と薄刃のナイフの組み合わせをお勧めしますわ。物陰から飛び道具で相手の勢いを削ぎ、棒で倒し、ナイフでトドメを」
「ミアさん、だからそうではなくて、ミアさんみたいに強い人が前に出てくれると私は安心して全体を見られると言いたいだけですよ。話は変わりますが、今日は私からプレゼントがあります」
目の前に出されたのは、銀色の髪飾りで小さなガーネットで作った沢山の花が散らされている。武器だと思ったのに。
「この様な物を頂く謂れはありません」
「ミアさんと私はこの半年毎日触れ合い、時にお互いを守り、思いが通じ合う仲ではありませんか」
「誤解される様な表現は止めていただけませんか?触れ合うではなく練習試合、お互いを守るのは盗賊退治や治安維持活動、思いが通じ合うではなく陣形や警備配置の話ですよね」
「そうとも言いますが、ミアさんは私から贈り物をされる謂れも、受け取って頂ける気持ちも無いと?」
「それは婚約者になさって下さいな」
「私に婚約者はいませんよ?どうしてそう思われたのですか?」
「フォルコン様は確実に地位の高い方だからです」
一瞬、ガーネットの瞳が揺れる。あら、髪飾りの石もガーネットですわね。これでは誤解をさせてしまいます。
「ミアさんは私を嫌い、いや、私に少しでも好意を持っていただいていませんか?」
「フォルコン様の能力は素晴らしいと思いますし、好きですね」
「そう来ましたか。私はミアさんを女性として好きですよ」
「それは変わった趣味ですね。でも分かります、自画自賛する訳ではありませんが、私は結果を出す人間です。私が一緒の時に不安になどさせませんわ」
「待って下さい、何か大きな勘違いをされている。私はまだ短い期間しか貴女と一緒に過ごしておりませんが、貴女の純粋で一途で勤勉で芯の通った美しい所を愛しています」
「はあ」
愛想笑いを浮かべている事の多いフォルコン様だけれど、今日は何かちょっと違う。目が輝いて、頬が赤らんでいるし、呼吸もちょっと荒い。
「わ、私を油断させて殺す気ですか⁉︎」
あら、先程と違って目がどんよりしてしまった。
「どうしてそうなったか分かる気がするのが悲しいのですが、少しは動揺して下さった様ですし、訓練以外で愛らしい頬が上気する所を見られたので、今日はここで引き下がります」
慌てて頬を触ると確かにいつもより温かい。心拍数も上がっている様ですわ。
「それでですね、ミアさんにプレゼントをするのは唯の好意ではありません」
フォルコン様は立ち上がると、執務室のドアにそっと近づいて開け、外を伺う。私も窓の外、上下左右を確認。席に戻る。
「ミアさんに黙ってましたけれど、貴女の事を色々調べさせて貰いました。事後報告になってしまった事、心よりお詫び申し上げます」
「いいえ、必要な事ですもの。それでも私を拘束しない理由がわかりませんが、謝って頂く必要はありません」
「それでですね、未だ確定的な証拠が取れていないのですが、最近魔獣の襲撃が増えている理由がほぼ分かりました」
辺境軍に入ってから、フォルコン様に今までの資料を見せて頂いているけれど、確かに過去の記録からすると今の襲撃は異常と思える。
「ブラートウルストのニュルンベルス領に密偵を送った所、魔獣を集めて操り此方に放っていると報告がありました。どうやらニュルンベルス領軍、延いてはブラートウルスト王国軍で、国境を越えこのブルーメン地区を奪おうとしている様なのです。我が国の醜聞となりますが、今、このブルーメン地区には辺境を抑えるだけの領主がおりません。早期の辺境伯赴任を師団長も進言しているのですが丁度良い者が居らず、そこに目を付けられたのでしょう。近々、彼方からの進軍があるでしょう。そこでミアさん、いいえ、エレミア・テューリンガ・ブラートウルスト第一王女殿下にお聞きしたいのです。貴女は何をお望みですか?」
フォルコン様が椅子から立ち上がり、私の横に跪いて騎士の礼を取られ手を差し伸べて来る。こんな事をされるのはいつぶりでしょうか。
「もう王女ではありませんが、私の身元を知って利用されるのであればそれはそれで構いませんわ。例え王女の称号を剥奪されていても、私の首でも死体でも其れなりの効果はありますもの。国を追われた時から覚悟はしておりますわ」
「違います!私がエレミア様の追放を知った時、本当にショックだったんです。私はずっと鍛錬を続けても今の体を維持するのが精一杯。そんな中、隣の国の王女は日々努力研鑽をし、文武両道で将来の夫である辺境伯子息を支える為に全ての苦労を厭わない高潔な方だという情報を聞きました。貴女の絵姿を手に入れ、憧れ、目標として過ごして来たのです。そして目の前に貴女が現れた時、女神が降臨されたと思いました」
「ええと、それは、随分と美化されていると思いますわ。私は悪魔だの男女だのと評判が悪かったですし、結局、婚約者も可愛らしい妹と想いを通じてしまいました。それに私はもう王女ではありません。平民のミアです」
ぽとり。おかしいですわね。何故私は泣いているのでしょうか?一度出てしまった涙は止まらず、重ねた私の手にほたほたと溢れています。あんな、男など、もう気にしていないと思っていたのに。
「私にとってミアさんはずっと憧れていたエレミア様です。そして、今、エレミア様は私の前にいらっしゃる。心を捧げた相手に裏切られ辛い想いをされたのに、こんな事を言うのは貴女の真心を貶めてしまうかも知れません。そうであれば私を嫌っても憎んでも今すぐ切って捨てて下さっても構いません。どうか、私にほんの少しでもエレミア様の心を預けて頂けませんか?」
知り合ってから自信家でちょっと皮肉屋のフォルコン様が、今まで見た事が無い真剣で縋る様な目で私を見ている。
「先ずは、私の身元を知っても何事も無く付き合っていただけたのをお礼申し上げます」
立ち上がり淑女の礼をしてから、ゆっくりとファルコン様の手をとって立ち上がる様に促す。あら、ぎゅっと握り込まれてしまいましたわ。これは武器封じ?いえ、違いますね。今までの話の流れであれば。私も少しは男女の心の機微が分かるつもりですわ。此方に来てからリリーアイボリーに来るお嬢様方と巷で流行っているロマンス小説批評やランキングをして、女性待合室を楽しいサロンにしましたもの。
こんな時はあれですわ、冷静にならないといけません。私にはロマンス小説知識はあっても、サフィニア様に振られた経験しか……。
「泣かないで下さい、と言っても無理ですね。泣きながらで良いので聞いて下さい。ハンカチなら幾らでもありますから」
「ふええええええ。まるで手品みたいに沢山出て来ますのね」
「それでですね、エレミア様の素性が知られると危ないので、この髪飾りに髪色が黒く変わる魔法を付与しました。今までスカーフで隠しておられましたけれど、訓練や討伐の合間などに髪がはみ出したり、スカーフを直す時に覗いて見えていました」
「そうなのですね、ふええ、では、今すぐベリーショートに、いっそ坊主に!」
「お待ち下さい!何でエレミア様ばかり辛い想いをしなければならないのですか?しかも坊主とか絶対やめて下さい!是非、此方を使って下さい!ただ、一つお聞きします。エレミア様はブラートウルストに戻りたいですか?このままではニュルンベルス殿や学生時代の同窓生と戦う必要が出るかも知れません。戻りたいのなら、私が全力でお力になります」
「ふええええ。今の方が幸せです。ふええ。ええと、でも、聞かせていただけますか?両親は、妹は、サフィニア様は幸せですか?真実を教えて下さい」
「そうですね、ブラートウルスト王も王妃も全く変わらない生活を送っています。リアンナ殿下とサフィニア殿は結婚しました。三日間国を挙げての盛大な式だったそうです」
「うわあああああ」
「元々このブルーメンを狙っていたのもあり、王女配として手柄を取る為に積極的に行動に移った様ですね。エレミア様の捜索は今は落ち着いています。当初は抜刀…、いえ、あの」
「知ったそのまま仰って下さって結構ですわ」
「当初は抜刀灰色熊が復讐してくるという噂が王都中に流れて大捜索が行われていたのですが、国を出て四ヶ月程経った後、魔獣に襲われて亡くなられた事になっています」
「一人で遭遇したのであれば魔獣如きに殺されませんわ。倒すのが無理だとしても状況に応じて隙をついて逃げられますもの」
「ええ、そうですね」
フォルコン様に促されてソファに座る。新しい温かい紅茶を頂いたので、少しずつ飲むと気持ちが落ち着いてきた。じわじわと涙は出て来るけれど、隣に座ったファルコン様がそっと拭ってくれる。
「実は四ヶ月ほど前にニュルンベルスから放たれたキマイラが行商人家族の馬車を襲いまして、間一髪我々が保護出来たのですが、馬車も荷物も燃やされバラバラ、御家族全員重傷でした」
「今はお元気なのですか?」
「はい、やはりエレミア様は一番最初にそこを気になさるのですね。今はこのヴァイツェンの病院で皆さん順調に回復されています」
「良かったです。何か出来る事がありましたら力になります」
「はい。その状況を利用してブラートウルストに情報を流したのです。行商人がキマイラに襲われて殺された。茶色の髪の家族以外に紫の髪の女性が同乗していて、全員死体の損傷が激しくブルーメンの教会の共同墓地に葬られたと。確認しに来た様ですが、共同墓地に納められる死体は多いですし、流石に掘り返す訳にはいきませんからね、牧師に確認して帰ったそうです」
「牧師様にもお礼を申し上げないといけませんね。それにしても、フォルコン様には随分とお世話になったのですね。本当にありがとうございます」
「いいえ、少しでも私に好意を持って頂きたいという下心がありますから。どうされますか?最後にもう一度聞きます。ブラートウルストに戻られますか?エレミア様では無かったと訂正すれば」
「帰りません。魔獣を操ったり、人を害したり、利益の為に手段を選ばないなんて許せません。サフィニア様と縁が無くなったのも、今は良かったと思えます。攻めて来たら、私が責任を持って迎え撃ってやります!」
もう涙は止まった。平和な所にわざわざ騒動を起こして、人々を苦しめるなんて父でも婚約者でも許せません。もう、父でも婚約者でもありませんけれど。しかも、人の事をグリズリー呼ばわりするなんて。
ふとフォルコン様に目をやると、不安そうな表情で私の顔を見たり視線を外したりしている。まだ何か?
「まだ何かありますか?」
「あの、もう一つ、それなりに重要な事があるのですが、怒りませんか?」
「怒る様な事ですか?私の為に色々骨を折って下さったのに?もし怒ったとしても受けた恩がありますもの、張り手一回で許しますわ」
フォルコン様はまた、私の前に跪いてぐっと目を瞑った。あら、張り手待機でしょうか?
「フォルコンは私のファミリーネームではなくミドルネームです。正式な名前は、アルフレッド・フォルコン・ゲンヴァルデです」
「ゲンヴァルデ…。ゲンヴァルデ⁈アルフレッド・ゲンヴァルデ様、知っております」
「でしょうね。アルフレッド・フォルコン・ゲンヴァルデ。ゲンヴァルデ王国第五王子です。四人も兄がおりますし、この空いている領地をどうするかという課題を父から受けております」
ああ、そうでしたか。もう何も言えません。敵国になろうという国の除籍されたとはいえ王女の為、魔獣に、今後進軍を受けると思われる地域を守る為に、頑張っている方にどうして怒りを覚える事などありましょうか。
私はそっとフォルコン様の手をとって微笑んだ。
ーーーーーー
上手く魔獣を手懐けたものです。ニュルンベルス辺境軍とブラートウルスト軍がズラリと展開する一番前、多くの魔獣が唸りを上げている。ですが、魔獣は扱いづらいもの。数が多ければ多い程、魔獣使いからの命令が大雑把になり使役の強さも弱まる。
「開戦の合図とか名乗り上げなんて必要ありませんわ。いきなり攻め込んで来るなんて国の条約をやぶる行為ですもの。此方もそのつもりで応戦しましょう!」
私の言葉に微笑んで弓兵に合図するアルフレッド様。あら、流石ですわ、魔獣が混乱し始めました。此方に放つまでは良かったのですが、実戦で使うにはちょっと無理があります。
ふふふ、兵たちも混乱しています。突撃するなら今です!
「ミア様!待ってく」
アルフレッド様の静止を背中に、軍馬にひと蹴り入れて飛び出す。手には槍。馬に乗って使うのであれば、チャージ攻撃が最強。シュッと音を立てて私の顔の横を矢が何本も掠めていく。体勢を崩したくないのでギリギリで避け続ける。
キィンッ
高い音がしたと思ったら、纏めていた髪がふわりと解けて視界にライラック色が広がる。
「髪飾りに当たってしまいました、避けるの失敗です!けど、折角の頂き物に何をしてくれるんですかっ!」
ランスを大きく振る。
「うわあああああ!ナッツクラッカーだっ!死んだ筈じゃ無かったのか⁉︎潰されるっ!助けてくれええええええ!」
「なっ!ナッツクラッカー⁉︎ああああああ!ごめんなさい!ごめんなさい!」
「ぎゃあああああ!抜刀グリズリーいいいいいいいいい!お願いします!お願いします!潰さないで下さい!」
周囲の敵兵が一気に離れて、私の周りが空いてしまった。ナッツクラッカーって何ですの?何がありましたの?ああ、死んだと思っていたのに、いきなり現れてびっくりしたのね。
正面に目をやれば、馬上に家紋をつけた槍を持つ金色の鎧が四人。ふふふ、見つけましたわ、ニュルンベルス辺境伯とサフィニア様も含めた令息達。魔獣に襲われた人々の恨み、私が晴らします!
「ブルーメン辺境軍第二師団副団長ミア!参ります!」
槍の石突をホルスターに固定、柄をしっかり抱え直して馬の腹を蹴った。
ーーーーーー
「ずっと会いたかったのよ、エレミアさん。アルも毎日一生懸命頑張っているのにね、上の息子達と違って全然鍛錬の効果が出ないって、でも別に構わないと思わない?武勇が今ひとつなら、知性で補えば良いでしょう?そんなアルがずっと憧れていたエレミアさんが、我が国にいらっしゃると聞いて、私、早くお話ししたいとずっと言っていたのに、疑われたら困るとか狙われているとか色々言って、誤魔化されるんですもの。そんな難しい事は陛下やアルが素早く解決すれば良いのにね。あ、でもね、エレミアさんみたいな雄々しくて綺羅星の様な女騎士も素敵だと思うのよ。女が武器を持つなんて、とおっしゃる方々もいらっしゃるけど、貴族なら緊急時に男女関係なく戦えるべきだし、守るものの形に合わせてスタイルは変わるべきだわ。アルもね、エレミアさんと一緒にいられたら、もっと伸びると思うの」
「お母様のいう通りですわ。エレミアさんたら、私より年下なのに何て素敵なのかしら。ブラートウルストとの戦い、聞きましたわ。頼りないアルを守る為に、一番に飛び出して敵の騎士を次々倒したそうですね。アルも本当はエレミアさんを守りたいと思っていたのだけれど、他の兵士も居ますもの。師団長は全体を見て被害を減らす立場で、部下に貴女をお願いするしか無かったのです。許してあげてね。エレミアさんの様に輝かしい姫将軍には、アルなんか居なくても十分だとは思うけれど、アルの真心は受け取ってあげて欲しいわ」
ニュルンベルス主導のブラートウルストのゲンヴァルデ侵攻は、あの後一気に陣形がグズグズに崩れた。死んだ筈の私が生きていたというのが衝撃的だった上、この侵攻で手柄を立てたいと考えた多くの若い貴族令息が私の同窓生で、ちょっと剣を交えただけで涙を流して逃げ惑う始末。私と戦うと急所を潰されると大騒ぎ。
これ幸いと追撃しようとしたら、第一師団の師団長に捕まって、アルフレッド様のいる本陣に戻された。折角私が先頭に立つだけで相手の士気が削がれるのだから、と再出陣しようとしたら泣かれた。解せませんわ。
なので、隙をついて出陣、サフィニア様を追い詰めたら気絶されてしまいました。リアンナったら、サフィニア様をちゃんと支えて差し上げていないのかしら。重要な所で気を失うなんて、日頃の生活に問題があるに違いありません。
サフィニア様を含めて捕虜になった方達全員が、私を蘇りし死霊ナッツクラッカーと呼んで来たのは少し哀しかったけれど、アルフレッド様が捕虜は専門の方達に任せるからゆっくりしていると良い、とおっしゃってリリーアイボリーに送って下さったのでサロンの乙女トークで復活しました。
後で逃げる時どの様な攻撃をしたのか?と聞かれたので、急所を蹴り上げた後、ふらつく相手を蹴り倒して、急所に踵落としをしたと説明したら、皆さん真っ青になっておられました。だって、此方は力の弱い女なのですから、反撃されない様に急所を狙わないと危険ですもの。
リリーアイボリーで過ごしていたら、ゲンヴァルデ王家から迎えが来て、今現在王家の皆様に囲まれております。元とはいえ侵攻して来た敵国の王女、被害を受けた方の為に潔く首を差し出すつもりでいたら、最高級の紅茶と綺麗なケーキやセックで大歓迎されて、笑顔が素敵な皆様に趣味や普段の鍛錬の質問を受けたり、ゲンヴァルデのお勧め観光先の話をされたりとおもてなされております。
特に王妃殿下と王女殿下に挟まれて座った状況で、両方からアルフレッド様を売り込まれています。正面に座ったアルフレッド様が引き攣った笑顔になっておりますが、私も似た様なものでしょう。アルフレッド様の隣、ゲンヴァルデ王陛下は威厳のあるご尊顔に愛情深い微笑みを湛えて私達を眺めておられます。
「それでね、陛下からの提案なのだけれど、エレミアさんにブルーメン辺境伯になって頂けないかしら?エレミアさんがブルーメンを守ったらブラートウルストの脆弱な男どもは怖くて攻め込めませんわよねえ、ふふふ」
「え?あの、私は除籍されましたがブラートウルストの元王女ですので」
「ええ、ええ、知っておりますわ。アルからエレミアさんの話を聞いてから、ブラートウルストから情報を集めましたら、称号を剥奪されている上に王家籍を抹消された状態。冤罪を受けて断罪され、許嫁だったニュルンベルス卿と妹は周囲に「凶悪凶暴残忍」と言い広めている。ですが、国内の情報を集めたら、困っている国民に手を差し伸べ、災害にはいち早く現地入りして事態収束に努め、貴族内の噂では武術ばかり取り上げられていたけれど、様々な知識を得る為に努力なされていたのでしょう?ねえ、そんな優秀なお嬢さんなら、是非ゲンヴァルデの臣下になっていただきたいわ。王女だったのに臣下というのは失礼かも知れないけれど」
「そ、そんな、そんな事ありません」
はたり。涙がこぼれ落ちる。また、止まらなくなって。いけません、皆様に失礼です。
「あらあら、私の義妹候補さんは可愛らしいですわ。良いのですよ、幾らでも泣いて下さい」
ぎゅむりと王女殿下に抱きしめられた。
「ドレスが汚れてしまいます」
「良いのよ、うふふ、アル、羨ましそうに見ても可愛いお嬢さんは譲らないわ。エレミアさんの事は私達家族みんな、認めておりますの。貴女は信義に厚い方。ゲンヴァルデの国籍に入ったら決して裏切らないと信じています」
そっと、王女殿下の腕の隙間から、皆様を窺えば、微笑んで頷いていらっしゃった。こんな事、ブラートウルストでは一切無くて、武術を磨けば女らしくない、勉学をすれば知識をひけらかすな、災害救助に行けば専門家の邪魔をするな、等々、全て否定されていたのに。
「それで宜しければ、私をブルーメン辺境伯の婿にしていただけると嬉しいのですが、如何でしょうか。第五王子の私を拾っていただけませんか?」
「アル、そこは先ず、エレミア・ブルーメン伯の部下からだな」
「ヒース兄さん、そこは私を応援して頂かないと」
「いやいや、あれだな、軟弱だと顔面を掴まれて引き摺られるんだろ?可愛い上に勇壮なお嬢さんだからな、アルだと頼りないかな」
「マックス兄さん、私には私なりの戦い方がありますから、良い所を!良い所をエレミアさんに伝えて下さい!」
応接室に明るい笑いが響いた。私の新しい居場所は、とても素敵な、暖かい場所です。
辺境伯になって暫くして、政務室にリリーアイボリーのお姉様たちが飛び込んで来た。アルフレッド様を囲んであった大量の書類が雪崩を起こす。
「ミア、ミア!面白いニュース入って来たわよ!」
「エレミア卿でしょー」
「良いのよ、私達の仲なんだから!」
「構いませんよ、それよりアルフレッド様を助けて差し上げないと」
「大丈夫、大丈夫、アルフレッド様なら自力で脱出して書類を片付けて、私達にお茶を淹れてくれるわよ」
「そうよー」
「これこれ」
「大衆新聞ですか?」
【ツァイトゲンヴァルデ記者の国外在住の親戚より、ブラートウルストの面白い情報が入って来たので読者の皆さんにお伝えする。
ブルーメン辺境伯となられたエレミア卿の優れた武勇は、ブラートウルストの騎士を遥かに超えている事は、先のブルーメンでの戦いで証明されているが、情けない事に冤罪を掛けてまで追放したエレミア卿を取り戻したいと画策している模様。
しかしながら、エレミア卿の強さに戦々恐々とするブラートウルストはその使者になる者が居らず、王の怒りは高まるばかりだ。エレミア卿の元婚約者とその妻である元妹姫は王家であるにも関わらず社交界で敬遠され、エレミア卿を貶め続けているが怖くて卿に手紙すら出せない様だ。
先の戦いで捕虜の身代金で国庫を大きく目減りさせたブラートウルストを、南側で接しているヴェンゼンフ皇国が狙っているとかいないとかいう話も聞こえて来るが、此方は続報を楽しみにしていただきたい。
そして、我々ゲンヴァルデ国民の一番の気になる所、エレミア卿とフォルコン殿下の関係だが、信頼のおける消息筋達の話によると、フォルコン殿下の一押しを皆で応援して欲しいとの事だ。詳しくはヴァイツェンのL風呂店の女性サロンで聞けるとか聞けないとか…… 】
顔を上げると、お姉様達がニコニコと笑いながら私の肩を変わるがわるぽんぽんと叩いて来た。その向こうで書類を片付けていたアルフレッド様と目が合う。首を傾げて微笑まれ、熱くなった頬に私が手を当てると、お姉様達が「きゃー」と嬉しそうな悲鳴を上げた。