第九話
<第九話>
「いくわよ」
カウンターに腹ばいになると、女はバレーボールのサーブでも始めるみたいに爽やかにそう掛け声を吐いた。そんなものがこの店の何処に長年しまわれていたのか、マイケルは千年昔のスルタンが使っていたサーベルを抜いて、決められた箇所を順々に斬っていった。
首 両肩 両の脚
腕は手首と肘をそれぞれ細分化するのに三つに分けた。胴体は幼い身体の稜線が保たれるよう手を加えなかった。
四角い盥に先ほど取り除いたカッテージチーズを敷く。体内に納められ減った分を補うようにパサパサの白い網目に脂が染み込みふんわりの寝床を用意している。小さな身体であっても健康な女の子は油脂分が多いらしく、それとカッテージチーズが等価交換された様相だ。胴体は、図ったような寸法で、いったんは油に浮いてから、浸されるのをしっていたようにゆっくりと沈んでいく。二の腕と両の脚は、それぞれが左右と上下が真逆となるように並べ、陰毛のない割れ目だけの性器を隠すため首はその上に置かれた。その首がぐらつかないよう両方の手首と肘を使い、四つの方向から支える。ダニエルがカウンターから少し離れた位置から微調整を指示して、イーサンはその指示どおり手際よく行った。
「ほお杖ついてるみたいだ、ね」
マイケルが発したのはその一言だけだった。それが二人には「これで完了」と聞こえた。ツインテールは成熟した女の陰毛ウイッグのように豪華に添えられた。
山の頂きに載ったダイヤモンドに見とれているマイケルに、最初にその子はこんな風に声をかけてくる。
「コイン、いっぱいに出ているよ」
夕べから溢れているせいか、その子に言われるまでさほど気には留めなかったが、スロットマシーンは赤いベロから押し出すようにギザギザの入った金色のコインを、これでもかって吐き出している。
「これっ、みんな頂だい」
その子は、もう身内のように振る舞う。でも、こんな可愛い赤毛のツインテールの女の子に、こんな無造作に声をかけられたら、断りたくたって「嫌だ」の一言でけでは返せない。せいぜい、どうしてって聞き返すのが精一杯だ。
「いいけど、・・・・・そんなにたくさんの金貨を何に使うんだい」
マイケルは、コインを金貨と言い換えた。とおせんぼするんじゃなく、ちゃんとした物に替えられる「お金」なんだと、女の子がその気まぐれを自分の言葉で気づいてくれるように話した。どんなときにせよ、それが大人の振舞いってもんだ。
「まずは、このカッテージチーズね。わたし、カッテージチーズ大好き」と、言い終える前に摘み上げる。
「おいおい、それはイーサンのものだよ。さっきここで金盥と交換したんだ」
「はいっ、金貨3枚ね。どんなにいっぱいのカッテージチーズだって、金貨三枚もらって渡さない人なんかいないでしょう」
それはそうだな。じゃまする所なんて、ひとつもない。と、納得してしまう。よっぽど我慢できないことでもなければ、マイケルは争うことはしない。この子は、そのことをちゃーんと分かっている。
「それと、金だらいね」
金貨で三枚、取り替えっこなら同じ枚数になる。
「でも、何に使うんだい。そんな四角いタライ」
「わたしが入るの、あの家からおさらばするために。聞いてマイケル、あの二人ったらヒドイのよ。この村に連れてこられたその日から、
ー 親子なんだから、寝るときは三人いっしょって ー
キングサイズのベッドの真ん中にわたしを押し込んで、両方から挟み込もうとするの。
ー 親子なんだから、裸よねって ー
入いる前に着せられてた寝間着をみんな剥ぎ取らて、イチャイチャちゅーちゅーを始めるの。その間、わたしのいろんな処にぶすぶす穴が空くのに、気づいてるのに、知らん顔で楽しんで、いつまでもやめてくれないの。だから、わたし、この身体を捨てて、此処から出ていくことにしたの」
女の子は自分の話がマイケルの中に逗まらず左耳から溢れて零れそうになるのが見えたので、首までしっかり締めているワンピースの後ろボタンを外すと、裸の身体を一身に見せてくれた。
彼女の裸の身体には大小それぞれの穴がたくさんに空いていた。穴の向こうにある陳列棚の商品を順番に数えられるほどだった。口をすぼめて一気に息を吐き出せば、トランプを立てて積み上げたピラミッドがバラバラに崩れてしまうくらい頼りない身体だ。
よーくわかったでしょって顔をしてから、女の子は慣れたようにしゃがみこみ、すとんと落ちたままの黒いワンピースのを持ち上げると、ひょろひょろボタンを留めて元どおりの姿に戻った。
マイケルの左耳は「ねっ、私の言ってることって本当でしょ」で塞がれて、もう零れる心配はなくなった。
「ぼくに手伝えることって、あるかな・・・・そのぉ、きみの・・・・」
「脱出のお手伝いね、大いによ。ここの三人みんなに手伝ってもらわなきゃ出来ないわ。だって女の子が脱出するには、いつだって勇敢な男たちが手伝ってくれるって決まってるもの」
「ぼくたち三人」
「そう、ボクたち三人。でも、まずは腹ごしらえしないと。もうこんなにスカスカなんだから、おなかペコペコ」
女は、両手どころか頭ごとで、さっき買ったばかりのカッテージチーズに突っ込み食べ始めた。水泳の得意な男の子が、誰よりも一番にプールに飛びたくて、張ったばかりの水面に顔からいっちゃった感じだ。
ガジガジ ゴゾゴゾ グゴグゴ
男三人は、プールサイドで体育座りしながら綺麗な彼女の泳ぐさまをただ見ているだけ、の様相だ。濁音ばかり響かせる潜水から顔を上げると、「これを忘れていた」とワンピースのすその下から、スカート中には隠しきれないほど大きなスルタンのサーベルを取り出し、カウンターに置いた。それを挟んで、プールの彼女とプールサイドの男三人の体育座りは続いた。
「これが何で、どうするっかってことでしょ」と、ずっと聞けずにいるマイケルに向かって、たっぷりとカッテージチーズを飲み終えた女は、プールサイドまであがると、男たちが用意したバスローブで濡れた身体を拭き取るようにチーズを拭き取った。
「順々にやっていって、その番になってきたら間違えずにちゃーんとやれるから、心配しないで」
「やるって、何を」
「作法にきまってるじゃないの」
女が、そんなことも知らないのって顔じゃなく、「えっ、そんなことまで忘れてしまったの」って顔をしたんで、マイケルはとても恥ずかしい気持ちになった。ますます女が自分を乗り越え、どんどん先に齢を取っていく年上の女になっていく気がした。
「大丈夫、失敗しないから。三人もいるんだし、今までこれに失敗したひとなんていないんだから」
女は明るくそう言うと、またプールに飛び込み食事を続けた。マイケルは女がプールに潜ってくれてほっとした。きっと、その間に思い出せそうな気がした。女の言った、忘れてしまっている作法のことを。