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第七話

 次の日の同じ時刻にダニエルとイーサンはお互いの家族のために交換するものを携えてマイケルの店にやってきた。交換の作法を済ましたら、そのあとの楽しいビール時間を過ごそうと、マイケルを前にしたカウンターにはすでに1パイントビールを注ぎ入れるためのグラスが2つ用意されている。グラスの横にはイーサンの作った金盥の中にダニエルの作ったカッテージチーズが入っている。後ろから覗くと、その山も含めてお客さんが3人居残ってる感じだ。

 金盥は丸でも楕円でもなく四角かった。産湯を使わせるでなくても大切な柔らかいものを入れて洗うには不釣り合いな格好をしている。全体に色むらがあり、ヒトやウシにみられる血のかよった桜色がところどころ透けているので、生身の肉がもつ斑ら模様がよけい痛々しく憎々しげの色を放っている。親方でなくとも突っ返されるのを承知で作ったとしか思えないシロモノだ。

 カッテージチーズは、食べ物というよりそこに至る以前の、一頭の羊を腑分け(ふわけ)しようと牛刀(ぎゅうとう)を刺した瞬間に現れる大量の腸のたぐい、どう畳んでも仕舞い込めば此処にこれだけのものが納まるかと、呆れかえる白く艷やかな塊が山を築いている。ここに作りたての湯気がたっていたら、もうそれにしか見えてこないシロモノだ。

 しかしマイケルは、カウンターを陣取るそのどれにも関心を示してない。向こう側の白い紙片(しへん)を左手にもちながら天井まで五段並んだ棚の一段一段を目で追い指で追いかけ往復している小さなお客さんから、目が離せないでいる。ずっと一時間、マイケルの視線に無頓着のまま、その女の子は迷い子の買い物を続けている。お店の小さな窓から入ってくる西日が傾くよりゆっくりと、赤いツインテールの巻かれた小さな後ろ髪は廻っているようだ。だから、単調な繰り返しには誰よりも馴染んでいるマイケルは、そこから(すく)いだそうと何度も声をかけようかどうしようか迷ってしまった。そして、その度に、(こぶし)をつくった誰かしらが押し止めようとくるのだ。時間をかけてはいるが、あおの子は迷い()にはなっていない。ちゃんと一人で抜け出していける。それまで待って、最後までちゃんと付き合ってあげるのが大人の作法ってもんだ、と規範めいた感じは出てこない。もっとはっきりと、ぴったりくるものがある。

 カチリ。納まった音がして、それと分かった。やっと探しあてたピーナッツバターの箱を手にしてレジに向かうその子のニコニコした可愛らしい顔が近づき、赤毛のツインテールごとカッテージチーズの白いこんもり山の上に納まると、シャッターチャンスの点滅を合図にスパッと乗っかった。

 太陽が大地に沈むとき、その最初の頂きを冠するその土地その土地で神々しさをイッテに引き受けた山並のように、ダイヤモンドの輝きを奉っている。わずかに首を断つときの赤いシミは残っているが、それに至るまでの石臼を挽く鈍い音は残っていない。静寂と美しい絵画だけが存在する世界、マイケルは3人の中で最初にそれを見つけてしまった。


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