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第六話

 これからもうお客の来ないことの分かっているドラッグストアに、この二人が帰るまでマイケルが行う作業の動線はない。マイケルは二人合わせて2パイントのビールがゆっくり減っていくのを見ている。それはとても楽しい気分にしてくれる。ビールの飲めないマイケルは、ビールを飲んでいるお客より先にビールの滑らかさが沁みていって、ウエーブがかったほろ酔い心地を味わっている。だから、ひとりだけのラジオドラマを見るように、もうこんなシーンを見つめていた。

 ふたりのお客の向こうには、誰も回さなくなったスロットマシーンから、そのラッキーセブンの「三つ目」のゆうとおりにコインをジャラジャラ吐き出し続けてる。ほんとうは動かなくなった廃品をパパがルンルンで買い求めたシロモノなので、ラッキーセブンはマイケルが生まれたときから止まったままだ。ラッキーセブンは、商売繁盛にと、パパが裏側からドライバーを充てて拵えた数字だった。ママは、そんなもの置くよりもキャンディの入った瓶を五つ縦に並べた方がいいのにと何度もパパに(こぼ)していたが、こればっかりはパパは完全無視を決めていた。少しホコリがたまると、買ったときに付いていた本物のほこりまで払わないようにと、上手に上澄みだけ掃き取るコツまで会得(えとく)していたようだった。  

 こんな気分のいい夕暮れにスロットマシーンがコインを吐き出すのは珍しい。たいがい、「大当たり」には哀しい出来事がつきまとう。いつもの毎日を静かに終えて、昨日と同じ明日が繋がっている通りの横から、「それ」とは違う路地が現れて、少しずつ歩幅を拡げながら通りの行先を乗っ取っていく。偶然の顔して必然が、零れたコインを「大当たり」を見せびらかすために二十枚ずつ積み上げる。時給99セントで雇われたカジノのアルバイト店員の作業のように、分単位の時間を引き算しながらの単調さで、それは行われていく。

 ダニエルとイーサンは、1パイントビールを飲み干す頃にはすっかり打ち溶けていた。お互いの名前も齢が二つ違いなのも打ち溶ける前から分かっていたから、小学校中学校高等学校のどの時代をかいつまんでも、互いの同級生、先生、そのみんなが共通としている出来事すべてを拾い上げることができた。そう、二人は幼馴染なのだ。幼い頃から一緒に遊んだり、大人になってからマイケルの店で1パイントビールをカウンターに肘でも押し付けながら飲み干す真似をしてこなかっただけなのだ。この村のそれぞれの家、仕事、社交の動線の関係の中に積み込まれてこなかった、理由はそれだけだった。

「今日はもう暗くなった。夕食の時間が待っているよ、明日にしよう、ダニエル。明日また、マイケルの店のカウンターで、君の家族にもらってもらう金盥(かなだらい)をもっていくるよ」

「ありがとう、イーサン。君がそうしてくれるんなら、ぼくも明日マイケルの店のこのカウンターに黄身の家族にもらってもらうカッテージチーズを持ってくるよ」

「おやすみ、マイケル」

「おやすみ、マイケル」

 ふたりは、カウンターを挟んだマイケルにしっかり話したつもりで帰っていった。マイケルは泡だけ残してすっかり空になった1パイントグラスを二つ、左の指三本でつまみあげると、本日初めての洗いものをした。スポンジでシャボンをつくって、飲み口から底までをバナナの皮をなぞるように、彼にだけ見えている六等分の点線に沿って磨き上げていく。全身泡まみれになった二つのグラスは、シンクから勢いよく出した水流に潜らせると、工場からのおろしたてみたいな新品の顔を見せて、他の八っつと一緒にカウンターに吊り下げられる。シャッターを降ろし、ドアを閉めて、売り上げごとに書き留めておいた伝票の綴込みといつも綺麗にしているお店の掃除を簡単に済ませてから、マイケルは店と家の間につくったドアに鍵をかけて、今日二度目の食事と明日の朝までの就寝のために家に帰る。廊下はない。わずか三インチのドアの段差が家と仕事の動線だ。お店の中が仕事のほかに社交も含まれるのなら、お店の1フィート巾のカウンターが仕事と社交を繋ぐ動線になる。短くて数は少ない動線ばかりのこの村にあってもマイケルから伸びているものは別格だ。

 幼いときからの、ううんもっと前からの。生まれる前からを勘定に入れても、それは余り代わり映えしない。半ズボンを履いて学校に通っていたときは、日曜日以外の日は学校までの往復が長く伸びてはいたが、単に線が長く伸びていた説明以外に語るものはなかった。



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