第三話
次の日の朝から女は庭で火を燃やすようになる。死んでいった娘が此処に来たばかりの頃の、少しだけ丈の短いフレアスカートをチェストから持ち出すと、そのまま火をつけ、炎が丸まったのを確かめ地面に落とす。女は、炎を太らせるように、開けっ放しのチェストからブラウス、ポンチョ、髪留めを次々と抱きかかえ、焚べていく。炎は吸い込むそばから、咀嚼みたいな爆ぜる音を響かせ、娘を着飾っていた柔らかで緋色だった元の形を壊し、自らの丸みをそこに貼りつける。いつも暗く静かなこの村の一番に沈鬱な夜明け前にその作法は繰り返され、村人たちは日が昇るまでの間、パチパチ爆ぜる音を聞いてカーテン越しに赤く光る女の姿を息を殺して見ているよりなかった。
「もしも息をすれば、女はきっと睨みつけ、勇んでここまでやってくる」
対峙しなくても女の顔が鬼気迫るものであるのは存分に知り得ていた。それなのに、あんな冷たく苦しい死に方をした娘、赤い巻毛が白く凍えるほど変わってしまった娘への供養に、一日の始まりに娘の着ていたものを使って暖かさを届けているのだと、身もだえする母の従順さを信じ込もうとした。そんな作り事を拵えなければ、恐ろしさから握りしめている両拳が永遠に開けない気さえした。
怖さというものは伝播する。その光景を直に見た者の震えは、畑に降り続く秋の雨に伝わり、数エーカ挟んだ丘を越えて、その男たちそれぞれの窓を掴む拳に伝わっていった。手の甲を順々に突き刺していくトゲのような苛立ちは増えていっても、それと繋がっているのは女と炎ばかり。共犯者の過去の事実は残っていても、再び共謀させる団結の力は残ってはいなかった。出来得る限り女の視線の風上にならないよう首を縮め、他の二人の後ろに回るよう心がけた。もしも、襟すそを持ち上げるるような風が吹いてくれば、すぐさま先回りした女の長い腕で首根っこを捕まえられてやしないか、気配ばかりに怖じ気ずき、前ばかりしか見えない狭い視線の身体に悪態をつくような、他人任せの軽さが幅を利かせる。
彼らを再び繋げるものがあるとすれば共犯者の3人しかわからない事実、すなわち「あのとき、不意にこの三人に入ってきた得体の知れない黒いものの正体」だけで、それ故三人の心持ちは共犯者に仕立てられた被害者の装いに傾いていく。しかし、そんな得体のしれない何かに委ねようと、子羊の中に隠れようとしても容赦されない。「私の赤毛を、赤い髪の巻毛を、あんなにも、あんなにも・・・・・・・」と、子羊よりももっと柔らかでか細い声が腹の下から迫ってくる。今はもう、あの娘は一段上のクラスに立っている、恐怖を演じている俯瞰した笑い声を押し隠しながら。
そしてふたりの女は談笑する。歓談する。三人がけのソファのあるサロンで、お互い半身になりながらティーカップをすすり、その合間に「・・・・・怖かったの」「ううん、その感情だけは最後まで湧いてこなかった。冷たくて、痛くて、のどが渇いて」「三人がかりで寄ってたかって搾っていくんだもの」が映し出され、「搾乳を終えた牛のお乳をまだ絞るのかって、掻き回してくる。もう何も出てこないのに、三人が三人とも大口あけて掻き回してくる。涙だって唾液だって、液という液はみんな枯れてきているのに、まだまだ足りないって顔が三つぶら下がってきて」と、ここで傍らに大きな牛が実寸大で現れて、四つの胃について解説してくれる。