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第二十六話

       クチャクチャ クチャクチャ クチャクチャ


 マイケルが口にしたおだんごは、胃の中に落ちていかない。喉を通っていかない。ずっと生ゴムのように硬く弾力のあるガムのまま口の中に留まり続けている。はじめっからシロップもミントも入いっていない苦くて辛いだけの味だったが、いまはもうそれもなくなり、かつてそうした味をしっていた記憶しか残ってはいなかった。

 記憶、思い出、そんなのは苦くて辛いばっかりだ。毎日毎日が、教室の黒板の左から右に書いたものを消し去っていくように、繰り返すことがどれだけ安寧で心地いいか。

 ー だからぼくは釘を打ち付けた、此処にー

 そんな穴の空いた足の甲なんて、めくってまで見せつけなくていいわ。あなた、本当に、わたしが言ったの真に受けて、此処から動かないようにと、店にある一番の太い釘で足を打ち付けたことがあったわねぇ。右足に左足を重ねた、そんな不格好なのに、よくも一発でハンマーの一振りだけで二足(ふたあし)とも貫通したものね。むかしっから痛いとか苦しいだとか吐かない子だったから、ブルブル震えてるのを見て変だとは思ったけど、床に広がって膨らんでいく赤漆(あかうるし)みたいな真ん丸の血溜まり見つけるまで分からなかった。どうしてこんな真似をって聞いたら、もう外へは一歩も出たくない学校にはもう行きたくないって、云った。

 もう幼くはなかったあなたを、あなたのママは一度だけ抱きしめてくれた。あとにもさきにも、あれ一回こっきり。

 ー それは仕方がないよ。ママには、もう腕がないんだから。抱きしめたくたって、そんな真似は二度とできないんだからー

 いいえ、それは違うわ。ママはあなたを抱きしめたんじゃない。あの光景を、一人息子が、こんなにもゴシックの絵画にも現せなかった仰々しく哀しみを訴える姿せ存在してるのがたまらなく愛しかかったの。それを眺め抱きしめている自分自身を重ね合わせると、たまらないほど欲しくなっちゃって、むしゃぶりつきにいったのよ。マイケル、あのとき、あなたはもう幼くはなかった。だから、こんなチャンスは二度と巡ってこないことをしっていた。だから、あなたはあのままママの首を絞め、死なずにいずれは息を吹き返せる程度の力で眠らせると、さっき打ち付けた釘をすぐに抜いて、ふらつく足のまま、カウンターの裏に貼り付けてあるスルタンのサーベルを取り出して、ママの両腕を、そして思いついたからついでという風に、両脚を切り落とした。血があまり出ないように、凄惨になって命が急になくなったりしないように、常日頃ママがパパにやっているのを何度も何度も見せられたあなたは、どこをどう斬ればそうなるかを会得していた。もう既に小さく、空き瓶の中に隠して、棚の中に混ぜても気づかなくなるほど小さくなっているパパは、その光景をみて、まずは溜飲が下がったでしょうね。

 でも、悲しみも起こったはず。自分の子がその母に、妻に、あんなことをしたんですもの。そう単純ではなかったはずよ。あなた方三人の中で、変態ではあったけど、パパには情というものがあった。人を刺したりはしなかった。刻んだり斬ったりはしなかった。

 だから情のないあなた達二人にさせたの。自分が踏み台になって、そういうことが好きな二人がちゃんとやれるように。


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