第十三話
亡くなった子の着ていたものを全て燃やし続ける母親の煙は、一乗の筋となって、鉛色の空と繋がりたいように延々と伸びている。谷からにせよ海からにせよ一日中風を吹き流しているこの村の大地にはめったに見られない光景だ。マイケルには、風の消えた物珍しさまで想いは廻らなかったが、のろしに込められた女の挑みかかろうとする力に、肌は泡立ってくる。
そうした切羽詰まる感覚とは別に、その穏やかな母親の立ち姿をみていると、己れを俯瞰できるようになったマイケルには、うっとりしている心根があることも認めないわけにはいかなかった。
「ひとは、どんなときでも、いくつもの顔がある」
ずっと昔に読んだ本の挿絵から、百面を施しながら東方の護持に処された魔物を思い出した。
道すがらの秀でた坊主に「わたしには、お前様の百の顔が見えている。しかし、お前様は、ひとりわたしの中さえ見定めることが叶わないではないか」と喝を与えられ、大人しく護持となった説話であった。
そのときは、ふーんと感心したが、いまこれを聞くと、坊主の不遜な汚さと魔物の素直な哀れさが鼻につく。そして、同じようにのろしとそれを上げる女の立ち姿をみているイーサンとダニエルの打ち震えている
後ろ姿を見つけると、その横に立って、道すがらの坊主に変わった身で話しかけている姿まで浮かぶ。
「葬列の中で、打ちひしがれ震えていながら、涙は流さず波打つだけのあの女の瞳を、再び思い浮かべてはいけないよ、ダニエル。あれは、手順を追って積み上げていくあの女の作法なのだから」
「昇っていく煙の先にオレンジのチラチラを見つけても。あの子の赤毛と結びつけてはいけないよ、イーサン。あれは。あの子の着られなくなった服のほつれた先を呪詛で舐め固めた幻術なのだから」
そして、理不尽な呪詛が哀れな二人に降りかからないようにと、後ろ手にした二人の手の甲に梵語を書き加えた。
女の方でも、観察されるばかりでなくちゃーんと目星は付けていた。夕方に雑貨屋に行かせ、あんな形になって朝方に送り返されたのだ。あそこで、何時にいっても同じ店番顔してるマイケルが、「このこと」の主格であることははっきりしている。そう、「このこと」の始まりとお仕舞ははっきりしている。あとは作法の繋がりと、「このこと」にあと何人が巻き込まれているかだ。役回りは各々の持分であるにせよ、配役と、一行箇条書き程度の事書きは付けてやらなければいけない。
主役はあの仔と決まってるけど、次役となってエンドロールの最後に名を冠するのは、わたしとマイケルのどちら。それは、筋書きが終いまで進まんと、わからへん。
敵対する準主役・・・・・・・・・・うち マイケル
こうなってっしまったあとの繋がりから記した事書きだが、言い得ている。今後の役回りがどう転がるにせよ、配役を並べた相関図で各々繋いだ点線の脇には小さな文字で敵対と書かれるに相違ない。
ー だって、こんなにもジブジブ血が滴ってしまってるんだから ーと、中を覗くほど心根はカラリ俯瞰していく。重みは加わらず軽やかだ。この先が、そんなものでないのは承知しているのに、錆ついた鎖は一本も見当たらず、ギシギシの違和感は沸いてこない。
もう既に己れはなくなり、打って出ていく手駒のような気がする。きっと、向こうもそうに違いない。主役のあの仔は、派手に登場したあと、あんなにも早く舞台から引っ込んでしまっては、ふたりが引っ張っていくしかしょうがないやないの。
ねぇ、マイケル。




