第十話
この村の家々は、皆んなそれぞれの1エーカーの中に建っている。村には、その真ん中に道路が1本はしっているが、それは、何らかの用があって車でこの村にやってくるひとと、この村のことなど一生知る必要もなく通り過ぎるひとのためのものだった。村人は、その1エーカーの土地の真ん中に家を建てる。道路に面した動線を意識した造りは一軒もない。村の中のどこかの家やマイケルの店に買い物に行くときは、それぞれの1エーカーの何処を踏んでいけばいいのか、何処は踏んではいけないのか分かっていたし、明かりのない夜を出歩くなんて最初から出来ないことだったから、それを「不便」とは考えなかった。それを普通に受け入れてるのが、日常だった。もしも、この村の隣に小高い丘があったたとしたら、真ん中に一本だけ筋の通った大きな真四角の中に、それぞれの点を結べば幾つでも数えられる大きさの違う真四角を見つけることが出来るだろう。
真っ白な朝を迎え、母なるひとは待ちかねていた玄関の扉を開けて外に出た。あれからの悶々とした振り子は相変わらず胸を鳴らしている。夕べは終わらずに夜になり、そしてそのまま朝を迎えた。
「あんな夜が始まる間際になぞ、出すんでなかった」
悶々の振り子を追いかけてくるこの繰り言を、もう何千回うしろに並べたことか。それでも、朝が始まり、玄関を開ければ、次なる光景は分かったように目に入っていき、感情の起伏で臆することなく、手順は次々に用意されたように進んでいく。夕方、お使いを頼んだときと同じ黒のワンピースと赤い靴が見えて、その上に同じときに化粧を施した顔がある。わざわざ道路を使って運んできたわけではないくせに、きちんと道路わきに「それ」は積まれている。何も気にしないように通りすぎれば、本当にこの道路を使う人たちだったら、ピクニックバスケットに入りきらない「何か」を詰めたものを見つけ、バックミラーが50ヤードまで後を付けるかもしれない。ー 誰かへのプレゼントかしら、それとも受け取りを拒まれた可哀想な夕べの贈り物、と。
存在しない通りすがりの他人まで持ち出し「遠回り」してるのは、きっと怖がってではなくて、自分がことのほか冷静なのに驚いているからだ。そこにどんなことが待ち受けていても、そのものをそのまま受け取り、その後の作業をテキパキこなしていく。そんな自分に驚いているのだ。そう、そのひとつひとつが生きていたあの子の身体すべてをたがえず揃っていると勘定を済ませたら、屋敷に取って返し、お湯を沸かし、ありったけのタオルとシーツそれに針と糸をかき集めなければ。
こんなときのために残しておいた古いバスローブに、まずは包んだ。体温を無くした身体は、人とも動物とも解せぬ肉の塊を抱いてる感じがした。ふざけて抱っこしたときよりも、幾分か軽くなっている。それが、抜けた血の重さなのか、魂が抜けて躯になったせいなのか。よぎりながらも、作業の手は休めずにせっせせっせとバルコニーに運んでいる。そこは真昼になるまで大きな木陰を作ってくれるので、家人が起きだす前の一仕事を黙々とこなしている勤勉な主婦の作業風景にはうってつけの場所だった。ー お湯が沸く前に、 まずは、首を胴体に戻さなくては。
刃渡りの長いもので斬ったのだろう。滑らかで凹凸のない首の断面は戻りのない刃物の仕業であるし、血の抜けきったあたまは左腕に挟んでの作業に支障はない。あの子の肌合いに合うように橙色の糸にタマを作ったら、胴体側の首元の裏から針を刺していく。
シャキッ つぅー シャキッ つぅー
皮を縫い合わせるのは初めてだったが、首を半周するあたりからコツは飲み込めてきた。布地と違って、通したあとのしごきの補整が効かないから、とめごとに位置を確定していく。あたまと胴体が繋がると、もとの要が揃ってくるので、両の手首、ひじ、二の腕、両脚は、その脇から見えてきた点線の入った型紙に沿って針を順々に入れていくだけ。
お湯のシューシュー沸く音が、後ろで呼んでいる。結局はもたずに眠ってしまった夫が目を覚ます前に、針仕事の方は終わってしまった。夏の行水に使いっていた丸いジュラルミンいっぱいにお湯を張り、タオルを順々に浸す。タオルが吸い込んだたっぷりのお湯が、さらに細かい泡をつくって狼煙のように水蒸気を立てる。
ー 小さな穴を仰山にあけたんで、透き間に残っていたもんまで流れ出してきたんやねー
拭き取ったタオルには、器用な女の運針の跡が並ぶ。
ー うち、こないに裁縫、得意やったやろ、か ー
どこまでも冷静にテキパキと作業を進めることに悪寒を覚えた。それでも、今日は、これから夫を起こして、二人のありったけの身体を使い、村中を触れ回らねばならない。今日一日は忙しい一日がが詰まっていると言い聞かせて、それを拠り所に、また動き始めることにした。




