1/28
第一話
ハドソン湾にかかる雲は、薄くきれぎれになっていく老婆の髪のよう。
竹櫛ですいた穂先の筋が、鍵のついた細い鋼に変わって、そこに住まう者を海へと誘い、連れていく。みんな乾いた塩辛いだけの海で髪を撫で付けるのだから、なめてみても、いつも塩辛く乾いた味しかしない。
何処の海からも陸からも隔絶された土地と波。そこに住まう者は、生まれる前からそのことを知っている。祖先が愛しんできた英語と仏語は此処よりほか通用しない。伴に辺境の言葉としてひとくくりにされるのを知っているから、お互いは歪み合うよりほかしょうがない。
そして、その矛先は赤毛の女の元へ収斂される。
英語を使うものたちは元々の忌み嫌う習慣から、仏語を使うものたちは赤い巻髪から。その赤く揺れる巻髪がノルマンを連れてくるから、黒い馬車と馭者を使って轢きに行くのだ。
ずっと小糠雨に濡れている様子が、立ち続いている。春からの雨に濡れたその白い肌は暖かそうなのに、沁み込んだ先の骨太の芯は冷たく固まり、時間だけは、えんえんと、続いていく。
これからも。