バアルゼブブ・2
ストックがあと僅か……!
僕の十体の《ソウルウルフ・アグニ》が放った《地獄の業火》を吸収し、更に自らのマナを上乗せした上で宙に巨大な炎の塊を創り上げるバアルゼブブ。それをバアルゼブブは、間髪入れずに僕に向かって落としてくる。
その炎の塊の大きさは10メルトを超え、まるで太陽がこの場に出現したかの様な猛烈な熱を感じた。見れば、炎の塊の内部は青い炎が渦巻いていて、とんでもない高温となっている事が分かった。
『ふははは、避けるなり防ぐなりせんと、一瞬で骨まで焼けてしまうぞ? その前にお前を喰らってやるがな』
迫り来る炎の塊と、ジリジリと近付くバアルゼブブの山の様な巨大な体。
つまり、僕が炎に包まれた瞬間に炎ごと僕を喰らうつもりなのだろう、バアルゼブブは。
『バール村に被害が無いならば、そんなのは簡単に避けられる! 《雷神化》!』
巨大な炎の塊が僕へと直撃する寸前、僕は神狼としての自らの属性である雷属性を身に纏い、神速を以て回避する。回避すると言うが、実際は攻撃だ。僕はバアルゼブブの体目掛けて一歩を踏み出す。
《雷神化》とは、僕の人狼形態の力を最大限に発揮する能力の事だ。
雷と同じ速度で動ける上、ただでさえ強力な膂力も跳ね上がる。
攻撃すれば、相手を麻痺させた挙句に瞬時に焼く事も出来るという万能かつ最強の能力だ。
ただ、《雷嵐》程の長距離は移動出来ないのと、バアルゼブブの様な巨大過ぎる相手は麻痺させる事が出来ないのがネックかな。
それでも、余程の大規模戦闘じゃなければ、《雷神化》の能力だけで十分だろう。
──ズガガァアアアーーーンッ!!!
巨大なバアルゼブブの粘液体のど真ん中に風穴を穿ち、僕は落雷の様な爆音と共に背後まで突き抜けた。それと同時に大爆発を起こす炎の塊。
振り返ると、バアルゼブブの山の様な体に空いた穴の向こうに爆発の火柱が小さく見えた。その事から、かなりの距離を突き抜けた事が分かる。それと同時に、向こう側から穴が塞がり始めているのも確認出来た。
やはり分体のアリオク同様、本体であるバアルゼブブも強力な再生能力を有しているみたいだ。
『俺に攻撃は効かん。多少マナとやらを消費するが、傷はたちどころに再生するからな。しかし、体内に突っ込んで来たのは好都合と喰らおうとしたが、お前のその速度は厄介だな。ふむ……ならば、更に体を軟化させてみるか』
僕の攻撃を何事もなかった様に再生したバアルゼブブはそう言うと、山の様な巨体をプルプルと震わせ、次第にヘドロの様な状態へと形を崩していく。まるで、某国民的ゲームに出てくるバ〇ルスライムみたいな見た目となった。
『さてどうする? こうなっては穿けまい。だが、俺にはお前を攻撃する手段がある。──《暴食の巨腕》!』
ヘドロの様になった巨体から、バアルゼブブは触手の様な腕をたくさん生やして僕を取り込もうと攻撃してくる。
しかし、それも僕には効かない。迫り来る何百本の触手巨腕を、僕は雷を纏った両腕で一つ一つ迎撃していく。名付けるならば《ライトニングアーム》かな?
その《ライトニングアーム》で迎撃したバアルゼブブの触手巨腕は、僕の拳が当たる度に水の様にバシャリと弾け、同時に雷の熱によって蒸発していく。
バアルゼブブは痛みを感じないのか、触手巨腕を次から次へと生み出しては僕に迎撃されてを繰り返す。
『まだまだ行くぞ! ハァアアッ!!』
途中、バアルゼブブはそう叫ぶと、更に触手巨腕を生み出す速度を上げた。僕が触手巨腕の一つを迎撃する間に、二つの触手巨腕が生み出されていく。
そうなると、さすがに両腕だけでは僕も捌ききれない数だ。僕は拳の他に、蹴りも迎撃に加える。
──ズガガァアアーーーンッ! ドガァアアーーーンッ!!
迎撃する度に、辺りには落雷の轟音が響き渡る。
轟音を響かせながらも、僕はバアルゼブブの触手巨腕を迎撃し続けた。
『次はこいつも追加しよう……! 《暴食の槍》!』
触手巨腕を生み出しつつ、バアルゼブブは更に騎馬槍を攻撃に加える。
だけど、僕の十体の炎の人狼は未だ健在だ。並列思考で操り、バアルゼブブに吸収されない様に離れた場所で様子を窺っていたけど、その十体も僕の傍へと移動させて騎馬槍を迎撃させた。
──ズガガァアアーーンッ! ドジュゥウウーーッ!!
落雷の轟音に炎の高温で蒸発する音が加わる。
経験した事はもちろん無いけど、戦闘機による絨毯爆撃の爆音はこんな感じだろうか。とにかく、地を揺らす程の凄まじい音が響いていた。
『くっ……! さすが俺を生み出した存在と言わざるを得ない様だな……! しかし! こういう事までは想像も出来まい!!』
『なっ!? しまっ──ッ!!』
バアルゼブブの触手巨腕と騎馬槍の猛攻を迎撃するのに気を取られ、更には耳を劈く轟音により、僕はバアルゼブブの策に気付かなかった。
バアルゼブブは粘液体を土に染み込ませ、完全に死角となる地中から襲おうと画策していた。
そうして、突如として足元の土の中から薄緑の粘液が噴き出し、僕の体と十体の炎の人狼の全てが一瞬の内に包み込まれてしまう。
更にバアルゼブブは僕を取り込んだ瞬間にヘドロの様な体を元に戻し、僕の体は水中に浮いた様な状態となってしまう。これでは地を蹴って突き抜ける事も出来ない。
僕は咄嗟に身に纏う雷の出力を上げる。その甲斐もあって、今のところは吸収されずに済んでるみたいだ。
しかし、いつまでこの状態を保てるかは分からない。
バアルゼブブの体内に取り込まれた事で、僕は自然界のマナを吸収する事が出来なくなってしまった。
何とかしないと──ッ!
『ふははは! まずは半透明の燃える狼人間を喰らってやろう! 紅き狼人間よりも不味いが、それでも俺の糧となる……! その後はお前をゆっくりと味わって喰らうとしよう! ふはは、無駄だぞ? いくらお前が雷を発生させようが、俺の体を焼き尽くすまでマナが保つまい』
くっ! お見通しって訳か……!
しかも、既に十体の炎の人狼はバアルゼブブに吸収されてしまっている。
悪足掻きをしようにも、僕に残されたマナは僕自身が保有するマナだけだ。
確かに他の魔物や人間達からすれば、僕が保有するマナは膨大な量だろう。
しかし、あまりにも巨大過ぎるバアルゼブブの体全てを雷で蒸発させるには全く足りない。
かと言って、《ソウルウルフ・アグニ》などの属性を宿した魂魄魔法では、バアルゼブブにたちまちの内に吸収されてマナの無駄遣いとなってしまうだろう。
──何か、手は無いか。
最大出力で雷を身に纏いながらも、僕はそれを考える。
聞いた話によると、バアルゼブブは自らを暴食の魔王と名乗っているらしい。……違う、その情報ではバアルゼブブは倒せない。
『ふはは、どうした? 確かに雷を纏っていては、俺にはお前を喰らう事は出来ん。しかし、それもあと僅かの様だな? 少しずつだが、俺の体がお前の肉体に迫っているぞ?』
どうやってこの窮地を脱しようかと考える僕に、バアルゼブブは勝利を確信しているのか、余裕のある言葉を吐く。
確かに、僕がバアルゼブブに喰われるタイムリミットは迫っている。
『諦めたら、そこで試合終了だよね……!』
前世で好きだった漫画の台詞を僕は呟く。随分と久しぶりに言ったけど、何だか力が湧いてくる気がした。
もっとだ。もっと良く考えろ、僕……!
バアルゼブブは転生者だ。……違う!
バアルゼブブは全てを喰らう能力を持ち、それを自らの力に変える事が出来る。……これも違う!
もっとだ! もっと良く考えるんだ!!
バアルゼブブは山の様な巨大な体を持つ魔王だ。……近付いた気がするけど、まだ違う……!
バアルゼブブは山の様に巨大だけど、その姿はスライムの様な見た目をしている。……ん?
バアルゼブブは僕の血を吸収して力を得た転生者だ。……血を吸収!?
そうだ! バアルゼブブはあの時の僕の血を吸収したフォレストスライムだ!
ならば、どれだけ巨大な体を持とうとも、その体には命とも言うべき《核》があるはずだ。それを破壊すれば、いくら巨大な体を持つ魔王だろうと倒せるはず……!
自然界のマナを初めて感じた時の様に、僕はバアルゼブブのマナの流れに意識を集中させる。
『どうした? 諦めたのか? その雷の力も弱っている所を見ると、どうやら限界が近いらしいな。だからか……瞳を閉じて観念しているのは。しかし褒めてやろう……ここまで俺に喰われずに耐えたのだからな。しかし、このまま俺に喰われても安心するがいい。お前が護ろうとした全ての人間を喰らう事はさすがにせん。何も考えずに喰らえば、いずれは喰う物がなくなるだろう。そうなれば、俺でさえあっさりと死ぬ。そうならない為にも、バール村を喰らった後は一定数の人間だけ喰らう事にする。それならば、俺に喰われても安心だろう?』
戯言を吐かすバアルゼブブだけど、そんな事に気を取られている時間は無い。
更に集中するべく、僕は閉じた瞳の他に耳を伏せて聴覚を遮断する。
勝利を確信したバアルゼブブはまだ何かを言っている様だけど、もう僕の耳には届かない。
その時、心を静めてバアルゼブブのマナの流れに集中する僕の脳裏に、巨大な何かの姿が浮かび上がった。
『え!?』
思わず声を上げ、僕は閉じていた瞳を開ける。
すると、僕の視界はバアルゼブブの体内ではなく、恐ろしく広大な灰色の空間に横たわるソレを捉えていた。
ソレとは、巨大な漆黒のドラゴン。
以前、ドラゴン平原で僕が戦ったドラゴンの十倍以上の大きさはあるだろう。目算だけど、体長200メルト以上はありそうだ。
その漆黒のドラゴンを、僕は宙に浮いた状態で見下ろしていた。
いやそれよりも、何故僕はこの広大な空間にいるのだろうか。周りを見渡しても、宙に浮かぶ僕と漆黒のドラゴンしかこの空間には存在しない。
それに、どうして僕は浮いているのだろうか。もしかして僕は白昼夢でも見てるのだろうか。
それとも、考えたくはないけど、僕はあのままバアルゼブブに喰われて死んでしまったのだろうか。だとしたら、この空間はあの世なのだろうか?
『……ルウフェンが来たのかと思えば、その子供か。つまりルウフェンは死んだのだな。まぁいい。それよりも、ようやくお前に会う事が出来た。名前は何と言う?』
不思議な出来事に理解が追いつかない僕に、漆黒のドラゴンがそう話し掛けてきた。ドラゴンの言葉が分かる事に少し驚く。
しかしルウフェンだって? 神狼の母様の名前か?
その子供って事は、漆黒のドラゴンは僕が次代の神狼だと分かって話し掛けてきたのか。
しかし何故、神狼の母様の事をこのドラゴンは知っているのだろうか。
それに、何故だかどことなく懐かしくなる様な匂いを感じる。今までこんな巨大なドラゴンには会った事さえないのに。
色々と考える僕に、漆黒のドラゴンは言葉を続ける。
『そう勘繰るな。我が子の名前を知らぬのは変だろう? お前はルウフェンと我との子であるのだからな』
──ッ!?
僕がドラゴンの子供だって!?
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