◎決戦・4
熱中症、再び……!
「肉の化け物とテンペストドラゴンは倒れた! 後は残ったトロルを殲滅するだけだ!! 全軍、突撃ぃッ!!」
「「「「「うぉおおおおおおッ!!!」」」」」
アリオクとテンペストドラゴンがほぼ同時に討たれ、それをトロル達を屠りながら見ていたカミトは突撃の号令を出した。連合軍全ての者達は咆哮を以て応える。
残る魔物の軍勢は五千体程。
アリエスの能力によって力を底上げされた男達にとって、それは容易いものであった。
戦場の中央で連合軍が突撃を敢行し始めた頃、連合軍とは離れた所でトロルを相手に奮闘している蒼き人狼の姿があった。
足に纏った水で流れる様に移動し、手に纏った水をレーザーの様に放ってトロルを切り刻む。ライムである。
『あれ? ライム、あんまり活躍してないよ!? ……ま、いっか』
自らの能力である手足に纏った水を上手く使いこなし、トロル達を屠っていたライムが独り言ちる。鋭い聴覚によってカミトの言葉を聞いていた様である。
軽い口調ではあるがともあれ、今もトロルを水流レーザーで細切れにしている。
優雅に腕を振るうライムのその姿は、まるでオーケストラを操る指揮者の様。普段のライムの仕種からは想像もつかない程の華麗さがそこにはあった。
……人狼形態という事だけがネックではあるが。
カミト達連合軍が一気呵成に突撃する様を遠目に見ている者達もいた。『禁呪』を放った後、マナの回復の為に後方に下がっていたアドラス達である。
「二発目の《凍れる世界》は必要ないでしゅか……ですか。いや、諦めるのはまだ早いでしゅ……! 諦めたらそこで魔道学は終わりでしゅからね!」
連合軍の大躍進の切っ掛けとなった一度目の『禁呪』《凍れる世界》を放ってから、冒険者ギルドから提供された小瓶一本白金貨一枚もするマナポーションを飲んでマナの回復に努めていたアドラスは、言葉を噛みながらそう呟く。
アドラス率いる第五守護軍……通称魔道部隊は、『禁呪』を放った後はバール村の北の城壁に面した場所まで下がり、そこでマナの回復に専念していた。
「そうですね、アドラス様! 我らなくして、バアルゼブブに勝てるはずもございません! そして今回の活躍により、リカルド王から我らに更なる研究費が予算として計上される事でしょう」
「ぐふふ、やっぱりあなたもそう思いましゅか……! ならば、しっかりとマナの回復に努め、バアルゼブブのトドメを狙いますよ!」
「はっ!」
心では、二発目の『禁呪』は必要ないかも、と思ってはいるアドラスだが、それこそ諦めたら終わりと自らを言い聞かせ、更には配下の言葉に邪な欲を出すのであった。
戦場中央部、カミト率いる第一守護軍の後を追いながら突撃する冒険者達の先頭には、白髪の顎髭とキラリと光るハゲ頭がトレードマークのガードナーの姿があった。
「お前ら! あと少しで勝てる、勝てるぞぉ!! 気張れぇええ!!」
冒険者ギルドのギルドマスターであるガードナーも、テンペストドラゴンとアリオクが同時に討たれたのを切っ掛けに、逃げずにバアルゼブブとの戦に参加している金級ランク以上の冒険者達へと発破をかける。
そのガードナーも、第四守護軍将軍時代から愛用している斧槍を振り回してはトロルを斬り伏せ、鋭い突きを放ってはトロルの腹に大きな風穴を開けている。
「《土の圧撃》! ミンチにすりゃ復活も出来んか。冒険者共! 頭から胴にかけてをミンチにすりゃ復活はしねぇ! それを徹底すりゃ楽勝だぁ!!」
頭の中で呪文を唱え、ガードナーは詠唱無しで土属性の魔法を放ち、自らが斬り伏せたトロルをミンチにしていく。
ガードナーが使った魔法は、巨大な土塊を大地より浮かび上がらせて敵を押し潰すというもの。
どちらかと言えば肉弾戦が得意なガードナーではあるが、伊達に将軍として活躍していた訳ではないという事だろう。
ガードナーが放った魔法である土塊の大きさは、トロルとほぼ同じ大きさの4メルトである。更にマナによって圧縮されている為、その重さは1000セキ……1トンもの重さとなっているのだ。いくらトロルと言えど、地に伏せた無防備な状態でそんな物を喰らえば一溜りもないだろう。
「何だか知らねぇがさっきから絶好調だぜ! そりゃっ!!」
「ああ、疲れも感じねぇ! どっせい!!」
「俺の勇姿を見たら女が悦んじまうな……! ふんはぁッ♡」
トロルに魔法でトドメを刺すガードナーの檄もなんのその、冒険者達は各々で戦果を上げつつあった。
アリエスの能力により底上げされた力の恩恵は凄まじく、守護軍の騎士達にも勝るとも劣らない動きでトロル達を屠っていった。
そうして一時間程が過ぎる頃、魔物の軍勢は全て消え失せていた。戦場を見渡せば、どこもかしこもトドメとして細切れにされたりミンチにされた魔物であった肉の破片ばかりである。つまり、連合軍の勝利であった。
『昨日までの戦況が嘘みたいな戦果ね……』
テンペストドラゴンをガーランドと共に倒した後、《灼熱炎狼》の能力を解除してトロル達を屠っていたガイアスは、連合軍と自分を含めたルウファの眷属しかいなくなった戦場を眺め、しみじみとそう呟いた。
「……何を言ってるか分かんないわよ、ガイアス! はぁ〜〜……しかし、みんなにワーウルフだってバレてるんじゃ、あたいがあんたを弄る事が出来ないじゃないかさ!」
しみじみと呟くガイアスに声を掛けたのは、漆黒の鎧に身を包むエロフ……もとい、ガーランドであった。
先程までレイピアに宿っていた風の精霊王ジーニーは既に解放している。
「それはいいとして、テンペストドラゴンは大した事なかったねぇ。あたいが来なくても楽勝だったんじゃないかい? それにルウちゃんが向かってるってのに、ルウちゃんにも見せ場を用意しないなんて。……せっかくルウちゃんの尊い戦闘が見れると思ったのに」
『……あたしのルウを勝手に尊いとかやめてくれる!? だからあんたは嫌いなのよ、このエロフ!』
「あ!? 何言ってるか知らないけどねぇ、あたいの悪口言ってるってのは雰囲気で分かるんだよ!」
互いに睨み合うガイアスとガーランド。かつてとは姿は違うが、当時を知る人間には懐かしき光景であった。
「……相変わらずですね、二人とも。ともあれ、後はバアルゼブブのみです……! 気を抜かずにバアルゼブブも一気に討伐してしまいましょう!」
睨み合うガイアスとガーランドを見かけ、当時を懐かしみながらもカミトはそう声を掛けた。
当初の目的を忘れていない辺り、さすが第一守護軍の将軍といった所か。
「そいつは間違いねぇな。で、そのバアルゼブブの野郎はどこに行きやがったんだ? 魔物の軍勢を生み出した所までは見てたんだが、俺の目ではそのまま消えた様に見えたんだが……」
冒険者を率いるギルドマスター、ガードナーもカミトと共にこの場に来ていた。そしてカミトの言葉を肯定する。
しかし、今回の元凶であるバアルゼブブの姿が見当たらない。ガードナーの言う通り、戦が始まってすぐに見失ったのだ。戦場を見渡してみても、バアルゼブブらしき姿はどこにもなかった。
「あたいの目にもそう見えたよ、ガードナー。だけどねぇ、テンペストドラゴンって言うからどれ程強いのかと思ったけど、あんな程度じゃ普通のドラゴンに毛が生えたくらいだよ。……正直拍子抜けだね。バアルゼブブって奴も大した事ないんじゃないかい?」
ガードナーの言葉に意見を述べるガーランド。しかも、バアルゼブブもテンペストドラゴンと同じく弱いのではないかと予想を立てる。
『確かにテンペストドラゴンは大した事なかった、あたしの予想とは違って。だけど、バアルゼブブの奴はあんな物じゃなかったわ! 力を増した今のあたしでも勝てるかどうか……』
一部を肯定しながらも、ガーランドの言葉に異論を挟むのはガイアスである。自らが人狼形態という事を忘れて話す辺り、さすがガイアスと言えよう。
「だから! さっきから何を言ってるか──」
──パチパチパチパチパチパチ!
「──誰だ! あたいの話を中断するなんて許さないよ!」
ガウガウと何かを言うガイアスに文句を言おうとしたガーランドの言葉を、突然鳴り響いた拍手が遮る。
ガイアスへの文句が遮られたガーランドは、苛立ちながらも拍手をした者へと誰何しそちらを睨む。
兜のフェイスガードをしている為表情は分からないが、ガーランドの声には怒りの色が滲んでいた。
「ふははは。せっかく勝利を祝福しようと出てきてやったのに、その様な物言いでは祝福する気も失せるな。まぁ、ともあれ……今回のゲームは君達人間の勝利だ。改めておめでとうと言わしてもらおう。いや、しかし驚いた。人間はあの様な魔法も使えるのだな。俺の分裂体が動けなくなってしまったぞ。それと狼人間共も大したものだ。美しさと強さを兼ね備えたお前らはさぞかし美味かろうな」
拍手をした者とは、いつの間にか現れていたバアルゼブブであった。禍々しい側頭部の角や皮膜の羽根といった魔王然とした姿ではあるが、その大きさは人間サイズである。
そのバアルゼブブは、勝利を収めたガイアス達を祝福する。どういった理由なのか、バアルゼブブの表情には心からの賞賛が見て取れた。
その言動に訝しむガーランド達。その表情を楽しむかの様に、バアルゼブブは更に続ける。
「お前達人間が勝利した暁には、ある事を約束していたな。俺はそれを成す為に出て来たのだ。そう……苦しむ事がない様に人間共を一思いに喰らってやろうとな。──《結合》!」
確かにバアルゼブブは言っていた──人間が勝利すれば苦しまない様に喰らうと。
「何が一思いに喰らうだい!? あたいらに一人で勝てると思ってんのかい!」
『待って、ガーランド! 様子が……! 周りの様子がおかしいわ!』
「肉片が……動き初めて!? このままこの場にいるのは拙い! ガイアスさん、ガーランドさん、ガードナーさん! ここは下がりますよ!!」
バアルゼブブに突っかかるガーランドを、ガイアスは周りに目を向けろとガウガウと叫ぶ。
それと同時に、カミトもガイアスと同様にそれに気付き、この場を離れる様に促した。
ガーランドもカミトの言葉でその異変に気付き、カミトの言葉に従ってこの場を離れる。当然、ガイアスとガードナーも離脱を始めていた。
『こ、これは……! アリオクの肉片もバアルゼブブに吸収されるという事は、元々今回の魔物はバアルゼブブ自身だったという事ですか!』
肉片の動きを見て、ガルバはそう結論付けた。そしてガイアス達の下へと急ぐ。
『うぇぇ……気持ち悪っ!』
動き始めた肉片に、ライムは言葉通りに心の底から気持ち悪そうに眉を顰める。しかし言葉とは裏腹に、ライムもガイアス達の下へと向かった。
『……私は逃げた方が良いよねぇ』
ピンクの狐アリエスは、一目散にアドラス達第五守護軍のいる所まで逃げていた。
……補助系の能力に優れたアリエスであるが、戦闘能力はほぼ皆無である為、逃げても仕方ないだろう。
その他の騎士達や冒険者達も、それぞれがそれぞれの考えで移動、もしくは逃げ、いったい何が起きるのかと肉片が集まる場所に注目した。
「ふははは。逃げても逃げなくても結果は変わらん。それに、俺の分裂体をいくら倒そうとも、本体の俺が死なん限り意味が無い。だからこそゲームだと言ったのだ」
人間達の視線が集まる中、そう独り言ちるバアルゼブブの体には次々と肉片が融合していき、程なくして全ての肉片がバアルゼブブの体へと融合された。
しかし、その体は人間サイズのままであり、ガイアス達連合軍からすれば拍子抜けでもあった。
大きさが人間サイズであればいくらでも対処出来る。カミトを含め、その場にいる全ての人間達はそう思った。
「アドラスさんに伝令を。放てるならば、今すぐ『禁呪』を放つ様に。その発動を以て、全軍でバアルゼブブを包囲、そして討伐する!」
しかし念には念を入れて指示を出すカミト。魔物の軍勢を生み出したのがバアルゼブブである以上、魔物の軍勢を生み出す可能性を視野に入れての指示である。
しかし──
「バール村とやらを含めて全てを一瞬で喰らう為には、俺の真の姿を見せねばならんな。まぁいい……ゲームに勝った褒美だ。醜い姿を晒すとするか。──《世界喰》!」
──カミトの指示がアドラスに伝わる前に事態は急変する。
魔王然としたバアルゼブブの姿は崩れ落ち、2メルト程のフォレストスライムの姿となった。
「スライムになりやがった! アレを殺りゃ英雄とかって言われてんだろ? 俺が殺って、英雄と呼ばれてやるぜ!」
スライムとなったバアルゼブブを見て、一部の冒険者達が我先にと攻撃を仕掛け始める。
「バカヤロウ共! 戻りやがれぇ!! クソっ! バアルゼブブの正体がスライムな訳ねぇだろうが……!」
冒険者達を統率する者として、ギルドマスターのガードナーは先走った冒険者達に対してそう叫んだ。
そのガードナーの言葉が切っ掛けとなったのかは定かではないが、スライムとなったバアルゼブブに向かった冒険者達もそれに気付く。
──スライムが急激に巨大化していく事に。
それは10メルトを超え、なおも巨大化を続けていく。
そして、我先にと攻撃を開始していた十人程の冒険者達はスライムの体内に一瞬で取り込まれると、それこそ瞬く間に消化吸収されてしまった。
「う、嘘だろう……?」
その冒険者達の末路と、なおも巨大化を続けるバアルゼブブを見たカミトが呟く。
そのカミトの声は絶望を伴って、ガイアス達の耳へと響くのであった。
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