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月の華  作者: 桜華
第四章 七大罪篇其ノ壱 暴食
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◎決戦・3

 

「あたいの前に出てきた不幸を悔いて死んでいきな! ──《イフリート》!」


 未だ一万体以上が残るバアルゼブブが創り出した魔物の軍勢に対し、第三守護軍の将軍ガーランドは精霊魔法で炎の精霊王を召喚する。


 エルフの中でも特に精霊に愛されるガーランドは、百歳にも満たない若いうちから精霊王を召喚する事が出来ている。才能と言っても良いだろう。

 精霊王を召喚出来る様になるには才能に恵まれるのはもちろんの事、更に千年という永い年月を研鑽に費やしたエルフのみが可能とされていた。

 しかしガーランドはそれらを超越した天才であった。

 以前ガルバがガーランドを見た時に言っていた、あの人の周りには精霊がたくさん集まっている、という言葉は、ガーランドが精霊王を使役出来る程に精霊に愛されているからだろう。


 そんなガーランド、彼女は女性である為に年齢を明かす事を嫌うが、エルフである彼女は既に四十年を生きている。

 長命種であるエルフにおいて、ガーランドのその年齢はまだまだ子供と呼べるものだが、ガーランドの見た目は二十歳前後といったものであり、他の種族の女性からは羨まれている。


 見た目はともかく、ガーランドによって呼び出された炎の精霊王イフリートは炎の巨人の姿で顕現した。


『ワシを呼ぶのも久方ぶりじゃのう、ガーランドや。つまり、余程の事が起こっているという訳じゃな?』


 バアルゼブブとほぼ同じ、身長10メルトのイフリートはガーランドを見下ろしながらそう訊ねた。言葉一つを口にする度、イフリートの体からは炎が噴き出している。


「ああ、あたいも本気を出さなきゃダメな奴がいる。悪いが力を貸してくれ!」

『……テンペストドラゴンか。あやつにワシの力がどこまで通ずるかは分からんが、出来る限りの事はしてみせよう……!』

「いや、それよりもトロル共をどうにかしてくれ。邪魔で仕方ないんだよ……」

『……う、うむ、分かっておる……。──《焦熱炎(バーニングフレイム)》!』


 ガーランドとイフリートの会話はともあれ、荒れ狂う炎の巨人──炎の精霊王イフリートは、その体全てを炎の津波に変える。

 超高温と高温を繰り返す炎は、蒼、紅、白と温度によって色を変えていく。


「ウボァアアアア……ッ──!」

「ンバァアアアアッ!?」

「ブゲェエエエ……エェ……ェェ……」


 醜い叫びを上げるトロル達。次々と炎に焼かれては次々と消し炭になっていく。トロルがイフリートの炎に呑まれていくその光景は、正しく炎の津波の様であった。

 イフリートの炎の津波の威力は、さすが精霊王だけはあり凄まじく、幅20メルト、直線にして200メルトの範囲を蹂躙した。

 これにより、テンペストドラゴンまでのトロルの壁が薄くなり、ガーランドはそのテンペストドラゴンを鋭く見据える。


「道が開けたね。《ジーニー》! あたいのレイピアに宿りな!」


 イフリートによって開けた道を、ガーランドはレイピアを抜き放ち突き進む。目指すはテンペストドラゴンである。

 その際ガーランドは風の精霊王ジーニーに命じ、自らのレイピアに風の属性を纏わせた。


『俺様の力を使うか。それ程の相手だ、燃えるぜ!』


 風の精霊王なのに燃えるとはどうかと思うが、ジーニーはしっかりとガーランドのレイピアに宿り、その力を発揮させる。

 ガーランドのレイピアの刀身から緩やかな風が吹き出し、やがて真空の刃を作り出す。触れるものを切り刻むその切れ味は、軽く振っただけでトロルの一体を両断した。


「死にたい奴だけ前に出てきな! はぁああああっ!!」


 ガーランドは重量のある漆黒の鎧をものともせずに、テンペストドラゴンへ向かって軽やかに進撃していった。


「さすがガーランドさんですね。私も同じ将軍として負けてられませんね……! 《フォース》!」


 精霊王を従えるガーランドの勇姿に触発されたカミトはそう呟くと、自らの体を人間だけが使える無属性魔法の《フォース》によって限界以上に強化する。

 白銀の鎧に身を包む為に分かり難いが、カミトの筋肉は膨張している。それを表す様に、カミトの体からは発汗による水蒸気が立ち昇り始めていた。


 通常、《フォース》によって強化出来るのは二倍までとされている。

 しかし、カミトはその限界を超える三倍の強化が可能であった。

 身長や体格などは確かに他人よりも大きいが、それだけで将軍にまで抜擢される程守護軍は甘くない。

 カミトにはその才能があったからこそガイアスに見出され、そして現在は将軍となっているのだ。

 そのカミトの力はトロルを相手にも遺憾なく発揮されていく。


「はぁあありゃぁあああッ!! 通常のトロルよりも強いと聞いたが、こんなものか! ぬぇえええいッ!!」


 大剣よりも大きく重い〈重剣〉を片手で振り回し、バアルゼブブの能力で強化された分裂体トロルを縦に両断し、横に薙ぎ払う。


 更に──


「《ウィンドスラッシュ》! ここまで細切れにされれば再生復活は出来ないみたいだな」


 ──風属性の最上位魔法、《ウィンドスラッシュ》で両断したトロルを細切れにした。


 ちなみに、カミトやガーランドが呪文を詠唱せずに魔法を使えるのは、頭の中で予め呪文を唱えている為である。

 本来であれば言葉として呪文を紡ぎ、更にマナを集中させなければ魔法は使えないのだが、何年もの訓練の末にそれを可能としている。

 将軍職になるにはそれが必須条件である為、かつての将軍であるガードナーも実は呪文の詠唱無しで魔法を使えるのである。


「全軍、私に続けぇええッ!!」


 魔法はともあれ、カミトはそう叫ぶと、新たな標的を求めて突撃していった。


「さすがカミト様だな! おらぁああっ!! 通常のトロルよりも強いのにあんなにあっさり倒すんだからな!」

「ああ、確かにな……! しかし、昨日に比べて弱く感じないか? ぬりゃっ!」


 カミトの号令に続く守護軍の騎士達は、カミトの強さに感嘆しながらもトロルを相手に二人がかりで攻撃していく。

 その二人もさすが精鋭揃いの守護軍の騎士だけあって、普通の冒険者ならば四人以上で相手するトロルにも負けてはいない。いや、会話をしながら屠っているのだからそれ以上か。


「お前もそう感じるか? ぬんっ!」

「はぁあああ!! ああ、何だか自分の力が増してる気がする……せいっ!!」

「いや、気のせいじゃない! 力もそうだが、剣速も上がってるぞ! すりゃああ!!」


 二人の騎士達の剣の速度が斬るごとに上がっていく。

 初めは気のせいかとも思ったが、剣を振るう度にその速度は増し、今や達人並みと言っても過言ではない程に研ぎ澄まされていた。


 その騎士達を含む連合軍の最後方を、ピンクの狐が一頭こっそりと付いてきている。

 ピンクの狐で分かる通り、ルウファの眷属となったアリエスである。


『ガイアスさんやライムちゃん達みたいに攻撃能力はないけどぉ、私の能力はやっぱり補助系だったみたいねぇ。……何故か男の人ばっかり強化されてるみたいだけどぉ』


 ガイアス達と別れて、こっそりと連合軍についてきていたアリエスはキャンキャンとそう呟く。

 そのピンクの狐といった体からは仄かにピンク色の粒子が放出されており、それは連合軍全てを覆う程に広がっていた。

 アリエス自身気付いていないが、それはアリエスから放出されたフェロモンであり、そのフェロモンによって異性である男性のみが強化されるという珍現象を引き起こしていたのである。


 よって……


「くぅっ……! やっぱり強い! せゃあああ!!」

「そうか? ふん!」

「な、なんで!? あんたと私に力の差は無かったはずなのに、なんであっさりトロルを倒せるのよ!?」

「知るかよ、そんなの。とにかく俺の後ろに隠れてろ……守ってやる! うりゃぁああ!!」


 ……いくら金級(ゴールド)ランク以上の冒険者であろうと、女の冒険者である為にアリエスの能力で強化されなかった。

 辛うじて受け止めたトロルの一撃をいなし、反撃するも傷を与える事さえ出来なかった女の冒険者を、同じパーティを組んでいた男の冒険者がトロルを一刀両断して助ける。


「…………(ポッ)」


 今まで意識してなかった男の冒険者の頼もしさに、女の冒険者は思わず赤面する。

 彼女らがその後結ばれたかは定かではないが、ともあれ冒険者達もアリエスの能力によって快進撃を続けていた。


 その連合軍の快進撃を見て、アリオクは慌てる。

 今回の戦は、言うなればバアルゼブブの食事であった。

 ならばアリオクとしては、それを見守り、おこぼれを喰らおうとしていたのだ。

 それが、蓋を開けてみればあっという間に劣勢となり、このままではバアルゼブブの分裂によって創られた軍勢が全滅しかねない。

 アリオクのブルドッグに似た醜い表情はプルプルと震え、今更ながらに連合軍へと襲い掛かろうとした。


『なぁぜぇだぁ〜〜〜ッ!? うぉれ様の腹に風穴を開けられるしぃ〜、トロル共もぉ半分が消されぇたぁ〜〜! い、いかん……うぉれ様も真剣にぃ……!?』


『そうはいきませんよ。あなたの様な醜い肉の塊に、私たち連合軍の一人たりとも喰わせる訳にはいきません。……ルウに聞いて知ってますよ? あなたは魔法を喰らって跳ね返すと。ならば私はあなたの動きを封じ、雪の結界と私の膂力によって粉々に砕いてあげます。再生も出来ない程に、ね! 《氷雪霧狼(ディープスノウ)》!』


 体重が2トンはあろうかという巨体の短い足を大地にめり込ませながら歩き出したアリオクの前に、白き巨熊のガルバが立ち塞がり、展開していた能力を全開にする。

 アリオクを中心とした一帯は雪の結界に覆われ、ほぼ視界ゼロの領域を創り出す。

 アリオクの体の卑猥な口内の粘液はゆっくりと凍り始め、更にはその口内に雪が付着し始める。

 冷たさにより麻痺したのか、アリオクの卑猥な口は動きを止めていた。


『マナの消費量も凄いですが、効果も絶大ですね。ともあれ、まずは私の膂力を試しましょう。──ふんッ!!』


『カペ……!? 体の口がぁ、凍った……? アヒョ!? ブベェ!? うぉれ様、どうなったぁあ!?』


 ホワイトアウトといったガルバの結界の中、アリオクの体はガルバの拳によって容易く砕かれていく。

 アリオクの体の卑猥な口が砕かれ、胴回りの肉が砕かれ、腕が砕かれて足が砕かれた。

 アリオクの体が凍りつつあるとは言え、それを難なく砕くガルバの膂力は正しく白熊といったものであった。


 そこまでアリオクを追い込み、律儀にもガルバはアリオクの言葉に返答する。


『今のあなたは肉のスライムでしかありませんね。少しだけ大きいですが、それもあと少しで小さくなり、そして死ぬでしょう。私に砕かれて、ね。──はぁあああッ!!』


『な、なぁにを言ってぇえ!? ガフ! ゲヘ!? アギャアアアアアア!!』


 元々体の弱かったガルバであるが、ルウファの眷属となった事で改善し、更に膂力に優れる人狼形態という事もあって、蹴りや殴打の威力は計り知れないものとなっていた。

 殴って、殴って、殴る。

 蹴って、蹴って、蹴りまくる。

 ガルバの連撃に為す術なく、アリオクは瞬く間に再生不可能なまでに粉々に砕かれていった。


『能力をこの辺で解除しないとマナ切れを起こしますね。しかし変ですね……ルウに聞いた話よりも遥かにアリオクは弱かった。いや、私の力がルウに匹敵する程のものだったという事でしょうか。とにかく、後はトロル達を殲滅し、バアルゼブブを討伐するだけですね』


 実にあっさりとアリオクを倒したガルバは能力を解除し、力の感触を確かめる様に自らの手を開いたり閉じたりしながら独り言ちた。

 アリオクは弱かった。確かにガルバの言う通り、バアルゼブブに復元されたアリオクはルウファと戦った時よりも劣る。

 何故かと言えば、セイル村でのアリオクは自らが村人達などを喰らって力を得たのに対し、バアルゼブブに復元されたアリオクの力はルウファに切り落とされた舌のままであったからだ。

 魔法を喰らって跳ね返す能力はあったのだが、結局の所、姿形が巨大な肉の塊だろうとも、その力自体は肉のスライム二体分でしかなかったのだ。つまり、元の力は無かったという事であった。


 それは、この場で最強の存在として恐れられているテンペストドラゴンにも言える。

 バアルゼブブに喰われたテンペストドラゴンは骨だけである。つまり、強大な力を持つ肉体やそれを駆使する為の魂をバアルゼブブは喰らってないのだ。

 テンペストドラゴンの骨を喰らった事でバアルゼブブ自身テンペストドラゴンの魔法を使える様にはなったが、その威力はバアルゼブブ自身のマナに依存する為、この場にいるテンペストドラゴンが魔法を使っても威力は大した事が無いのである。

 もっとも、魂はルウファに吸収されている為に魔法を使う知能さえないのだが。


『あれ程恐怖していたのが嘘みたいね……! 《フレイムクロー》!』


『グルァアアアガァアアアアア!!?』


 ともあれ、自らの能力で連合軍に被害を出さない様に迂回したガイアスは、ガーランドより一足先にテンペストドラゴンとの戦闘を開始していた。

 真紅の炎を宿した爪を振るい、20メルトはあろうかという巨大なテンペストドラゴンの頭、前足、胴体を鱗ごと切り裂いていく。

 巨体である為切断には至らないが、《フレイムクロー》で切った箇所は炎が噴き上がり、傷を再生出来なくしていた。


『《凶嵐(テンペスト)》の魔法も使わないし、これじゃ普通のドラゴンと変わらないじゃない! はぁッ!!』


 更にガイアスは、炎を纏った美しき人狼形態でテンペストドラゴンの周りを舞う。

 ガイアスが舞うごとにテンペストドラゴンの体には傷が増え、瞬く間にその巨体は炎に包まれていった。


「あんたばっかりに美味しい所は持っていかせないよ! 《風突連撃(エアロラッシュ)》!」


 そう叫び放たれた精霊王ジーニーが宿ったレイピアによる連撃が、炎に包まれたテンペストドラゴンの巨体にいくつもの風穴を穿つ。

 それを放ったのは、ようやくトロルの壁を抜けて来た漆黒の鎧に身を包む将軍、ガーランドである。

 更にガーランドは連撃を放ち続ける。すると、その連撃はテンペストドラゴンの体を炎上させていた炎を巻き込み、その体内からも燃やしていく。


『グルォオオオオオオオ……!』


 炎によって焼かれ続け、レイピアによって穿たれた所から体内も焼かれるテンペストドラゴンは苦しそうに呻き声を上げる。

 何とか再生しようとするテンペストドラゴンだが、力を増したガイアスの炎によって阻害されている。立ち上がる力も既に失ったのか、テンペストドラゴンは巨体を地に伏していた。


『くっ!? くそエロフに出番なんてないわよ! トドメは貰った!! はぁあああッ! ──《灼熱炎の拳(ラーヴァフィスト)》!!』


「あ!? トドメはあたいが貰った! 《風王の一撃(ジーニースラッシュ)》!!」


 奇しくも、ガイアスとガーランドが放ったトドメの一撃は同時であった。

 身を包む炎の全てを右拳へと集めてテンペストドラゴンの頭に叩き込むガイアスと、風の精霊王ジーニーの力を最大限に宿したレイピアの連撃を胴体へと放つガーランド。

 ガイアスの拳はテンペストドラゴンの頭を瞬時に消し炭とし、ガーランドのレイピアはテンペストドラゴンの胴体を切り刻んだ。


 互いに気に食わない同士の二人だが、その連携はかつてを彷彿とさせるものであった。

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