◎決戦・2
「ほう……?」
連合軍を視界に捉え、バアルゼブブはそう呟く。
バール村を喰らう為に始めた戦も今日で三日目。
バアルゼブブは予定の時刻である昼時、一人連合軍の前に姿を現した。
その姿は両側頭部より禍々しい角を生やし、背にはテンペストドラゴンの皮膜の翼も生えている。
バアルゼブブの身長は昨日と同様10メルトを超えるものであり、それ故に、連合軍の様子が良く見えていた。
すると、連合軍の後方に陣取るガイアス達ルウファの眷属の姿にバアルゼブブは気付いたのである。
「ふむ、美しき紅き狼人間の他にも蒼き狼人間に白き狼人間がいるな。つまり、アレらも俺の姉弟という訳か。しかし旨そうな匂いだ……! それはともかく、人間どもの数が大きく減っているな。今日でゲームも終わりという事か……」
戦をゲームと呼ぶバアルゼブブはともかくとして、今日予告した喰らう人間の数は三千人。バアルゼブブが連合軍を見るに、その数はおよそ三千人程である為、ゲームも終わりと少し寂しそうに独り言ちたのだ。
寂しそうにするのは食事の終わりを感じているからなのか、それとも純粋にゲームとして楽しんでいたからかは分からないが、前世が詫び寂びを知る日本人としての気持ちも多少はあるのかもしれない。
「まぁいい。どちらにせよ喰らう事に変わりはないからな。どれ、さっそく今日も軍勢を創るか……《分裂する暴食》」
ともあれ、バアルゼブブはその巨大な体から膨大な数の魔物を分裂によって創り出していく。
創り出した魔物は例によってゴブリンを初め、オーク、オーガ、スケルトン、トロル、今までに喰らった人間、テンペストドラゴンと続き、最後に昨夜バアルゼブブの下に戻ってきたアリオクが出現する。
アリオクはルウファによって消滅させられたはずだったが、切り落とされた舌が残っていた為にバアルゼブブの下に戻って来ていたのである。
……ただし、元となったデニスとジャニスの姿では無く、赤黒い肉のスライムの姿であったが。
姿はともかくとして、その際アリオクは、ルウファの力や新たな眷属となったライム達の事もバアルゼブブへと伝えている。
ライム達の能力は調べる事が出来なかった為に伝えられなかったが、それでもそういう存在がいると知っているといないとでは戦い方にも影響が出てくる。
知っていればいくらでも対処は可能だが、知らなければ対処出来ずに、しかもそれが原因で負ける可能性もあるのだ。
情報を制する者は戦いをも制す。それを政治家であった前世から良く知るバアルゼブブだけに、アリオクの報せた情報はありがたかった。
その為、褒美という訳ではないが、バアルゼブブはアリオクを吸収せずに再び創り出したのだろう。
『うぉれ様、ふっかぁ〜〜つッ!! アイツらぁ全〜員、まぁる齧りぃ〜〜〜ッ!!!』
体に巨大で卑猥な口を持つ肉の塊アリオクは、バアルゼブブに再び創り出されるやいなや、連合軍全てに聞こえる様にそう叫ぶ。
その巨体はバアルゼブブに並ぶ10メルトを超えるものである為、連合軍の全ての者達が一斉に注目し、そしてその醜い姿に戦慄を覚えた。テンペストドラゴン以外にもまだあんな化け物がいたのか、と。
「さて、本体である俺は分裂によって今は無力。故に最後方にて隠れるとする。後は自由に喰らうがいい、アリオク。……おっとそうだった。狼人間達は俺が直接喰らう。死ぬ寸前までは許すが決して殺すなよ? 死ぬと途端に味が落ちるからな」
『わぁかりましたぁ、バアルゼブブ様ぁ! こぉのうぉれ様にお任せぇえええッ!!』
アリオクの姿に怖気付く連合軍をよそに、バアルゼブブはアリオクにそう命ずると姿を崩し、小さなフォレストスライムへと姿を変えた。アリオクはその命令にブルドッグに似た顔を愉悦に歪ませ、快く拝命の意思を伝える。
元の姿でもあるフォレストスライムになったバアルゼブブだが、その大きさは体長50セルト程。10万にも及ぶ魔物の軍勢の中、それ程小さなバアルゼブブを見付けて討伐するのは連合軍にとっては困難であろう。
ともあれバアルゼブブは姿を隠し、アリオクを初めとする魔物の軍勢は連合軍へと襲い掛かっていった。
「醜い化け物が出たといっても怯むな! 我らには神狼様とその眷属様達がいる……! それに魔物共の勢いは今の内だけだ……アドラス!」
「分かってましゅ、カミトさん! 魔道部隊、マナを私に集中せよ!」
対する連合軍は、アリオクの出現に怖気付くも第一守護軍の将軍カミトの叫びを聞き立ち直り、そしてその機を待つ。アドラス率いる第五守護軍、通称魔道部隊による『禁呪』──《凍れる世界》の発動を。
魔道部隊千名から膨大なマナがアドラスへと次第に集まり、本来透明なはずのマナが可視化していく。
その間もアドラスは瞳を閉じ、特殊な呪文を小声ながらも朗々と唱えあげていく。
「お、おい! まだなのかよ!?」
「焦るな! もうすぐ……もうすぐのはずだ……!」
「だってよぉ……もう目の前に来てるんだぜ!? 無理だ、間に合う訳ねぇ! うおりゃぁあああっ!!」
「な!? バカ! 止まれぇ! そして戻って来い!!」
アドラスが『禁呪』の詠唱をする中、迫る魔物の軍勢の恐怖に耐えきれなくなった冒険者の数人が仲間の制止を振り切って飛び出していく。
しかしそれも分かるというもの。もしも『禁呪』が間に合わなければ、その場に留まっていれば間違いなく混戦になる。
混戦になってしまうと、生き残る確率が否応なしに下がってしまうのだ。いくら金級ランク以上とは言え、それを嫌った冒険者が現れても可笑しくはないだろう。
「……お待たせしまひた……! 〖今こそ我らのマナを捧げる! 凍てつけよ大地、吹き付けよ風……生きとし生けるもの全ての動きを止めよ! ──《凍れる世界》!!〗」
飛び出していく冒険者が魔物の軍勢に接敵する寸前、アドラスによる『禁呪』……《凍れる世界》が最後の詠唱と共に発動する。
可視化する程の膨大なマナは青白き色へと変わり、やがて巨大な氷塊と化す。するとそのまま上空へと浮かんでいき、そして砕け散った。
陽の光でキラキラと輝くその細かな氷片は更に目に見えない程まで粉々になると、静かに魔物の軍勢へと降り注いでいく。
『なぁんだぁ〜? 魔法なら喰らってお返しってぇ思ったがぁあ、不発ならぁどうしょうもねぇええなぁああ!』
連合軍の魔法が不発と見るや、アリオクは残念そうに笑う。
しかしそれも仕方ない事であろう。
連合軍の中にもアドラスの『禁呪』が失敗したと思う人間がいるのだから。
「な、何だよ!? なんにも起きねぇじゃねぇか!?」
「『禁呪』なんて言うからドカーンと派手にいくと思ったのによぉ、失敗じゃねぇか!? でっけぇ塊が浮かんだからそのままドカーンって落ちんのかと思いきや、その場で砕け散りやがった!」
「くそっ……! やっぱ今日死ぬのかよ、俺……」
一人が失敗だと口にすると、それは瞬く間に冒険者達の間に広がっていく。
動きを止める『禁呪』と聞いていただけに、止まらずに押し寄せる魔物の軍勢に冒険者達は落胆を隠す事が出来なかった。
しかし──
「い、いや待て……。何だ? ゴブリン共が白くなっていく……?」
「ち、違う……! 白くなってるんじゃねぇ! ありゃあ凍ってやがるんだよ! それに段々と動きが遅くなって……いや、止まった! 動きが止まったぞ!!」
──魔物の軍勢に降り注いだ《凍れる世界》の目に見えない粒子は、一体一体の魔物の体に付着するとそのまま体内へと侵食し、そして体内から細胞を凍らしていった。
最初は体躯の小さなゴブリンから、次にスケルトンやオークと続き、体長3メルトの筋骨隆々な体躯を誇る鬼種のオーガまでもが凍りつき、そしてピタリと動きを止めた。
「今だ!! 殲滅せよっ!!!」
「「「「「うぉおおおおおおおっ!!!」」」」」
大多数の魔物が凍りつき動きを止めた瞬間、戦場にカミトの号令が響き渡る。
そのカミトの号令に、守護軍の騎士達や冒険者達が咆哮を上げる。
それぞれが持つ得物を手に、一体、また一体と凍りついた魔物を砕いては踏みにじり、今までの鬱憤を晴らすかの様に連合軍は魔物を殲滅していく。
「よくもアイツらを殺しやがったな、この野郎が!!」
「スタンピードが鎮圧したら結婚しようって約束してたのに……! こんちくしょう!!」
「アイツは仲間思いの良い奴だったのに……それを! うらぁああああっ!!」
それぞれが、それぞれ思い思いの事を口にし、恨みを晴らしながら武器を振るった。
気の良い奴らを殺された、結婚予定の男を殺された、パーティを組んでいた仲間を殺された。
それ等の恨みの籠った言葉と共に、魔物の軍勢は瞬く間に数を減らしていった。
『やぁるなぁ、人間どもぉ! しかぁし! まぁだトロルやうぉれ様がいるぅ……バアルゼブブ様だってご健在だぁあ! とぉにかく、いぃただぁきまぁ〜〜スっ!!』
バアルゼブブが分裂によって創り出した魔物の内、残っているのはトロルなどの巨躯を誇る魔物達だけであった。
身長4メルトの巨躯であるトロルでさえも半数は凍り付いて粉砕されてしまったのだから、アドラスが放った《凍れる世界》の効果は絶大と言えよう。
しかしそれでも、バアルゼブブが分裂で創り出した魔物はまだまだたくさん残っている。いくら『禁呪』の効果もあって大多数の魔物を殲滅しようと、戦はここからが本番だ。
図体ばかり大きなトロルは別としても、まだアリオクやテンペストドラゴンが残っているのだから。
『さてあなた達。あたしはそろそろ行くけど、あなた達も気を付けなさいね? あのトロル、実際のトロルよりも力が強いから。それと、無理だ、勝てそうにないって少しでも感じたらすぐに逃げる事。それじゃ、生きてルウに会う為にも頑張るわよ! ──《灼熱炎狼》!!』
残っている魔物へと連合軍が攻撃を仕掛け始める中、連合軍の最後方にて戦況を見守っていたガイアスは『禁呪』に圧倒されていたライム達にそう言うと、新たに目覚めた力を発動させる。
ガイアスの美しき真紅の体毛が炎へと変わり、更に体が一回り大きく膨れ上がる。
『……やっぱり裸でワーウルフになって正解だったわね。いくらマイキー作の装備でも、この能力の前には跡形もなく燃えちゃっただろうしね』
そう言うガイアスの周辺の土は、その炎のあまりの熱により溶け始めており、まるで溶岩の様にグツグツと音を起てていた。
『初めてだから調節が難しいけど……それは戦いながら、ね!』
ともあれ、連合軍がいない方へと駆け出すガイアス。大きく迂回しながらガイアスが強襲したのはトロルの一団である。
目で追えない速度で襲い掛かるガイアスの駆けた後には、足跡型の溶岩が沸き立っていた。
『あ、あれがガイアスさんのワーウルフの力……! ライムにもあんな力があるのかなぁ? でも、きっと炎は無理だよね。あれ? そう言えばライムの体が濡れてる? ッ!? 分かった! ライムの力はこれなんだね! ──《災琉水狼》! ……って、うわ!?』
ガイアスの力に驚いていたライムは、自らの能力にも何かがあると直感し、本能でそれを発現させた。
しかし、そこはまだ幼いライム。ガイアスの様に膨大な戦闘経験が無いため、半ば暴走と言っても過言ではない事を引き起こしてしまう。
何気なく振り抜いた右腕の先端から一筋の水が迸ると、その水は激しき水流となり、やがて水のレーザーへと変化した。
ライムが意図せず放った水のレーザーはどこまでも真っ直ぐ進み、百体程のトロルの体に直径50セルトの風穴を開けても止まらず、後方に控えるアリオクの卑猥な口さえも貫通していった。
『な、なるほど……! こうやって使うのね。うん、ライム、理解したよ!』
暴走気味とは言え、自らの能力を一回で把握したライムも天才と言えるのかもしれない。
そのライムは両腕両足に水を纏い、ガイアスとは違うトロルの一団へと突撃していく。両足の先から激流を迸らせ滑空する様に移動するライムの姿は、狼ではなく龍を連想させるものであった。
『紅い体毛のガイアスさんが炎で、蒼い体毛のライムが水ですか。そうなると、私の白い体毛だと何が出来るんでしょうね?』
ガイアスとライムが突撃した後、ガルバは巨大な白熊といった体で腕組みをして考える。
直感よりも知識を重んじるガルバは、ある意味最も賢者に近い者かもしれない。
そのガルバは自らの体毛の色について、何の属性を合わせれば白に近付くのかと頭の中で何通りもの予想を立てていく。
炎と水、赤と青は論外。炎と風、赤と緑も論外、と。
『──かと言って土と風は違うでしょうし……。ん? そう言えばアドラスさんという女性の将軍様が唱えた『禁呪』、あれは氷の魔法でした。可視化する程のマナには驚きましたが、あの時の巨大な氷塊は青白いものでしたね。──ッ! なるほど、そういう事でしたか。私の能力は『雪』という訳ですね! 《氷雪霧狼》! ……ネーミングセンスはルウよりもマシだと思いたいですね』
アドラスの『禁呪』から答えを導き出したガルバは、ネーミングセンスに首を傾げながらも能力を発動する。
ガルバの巨躯の表面温度が下がり初め、やがて冷気の靄が漂い始めていく。
すると、次第にガルバの周りの空気中の水分が凍り始め、そして宙を舞う雪へと変わった。白く長いガルバの体毛には氷柱が出来始めていた。
『私の巨躯も、この雪の結界の中であれば目立つ事もないでしょう。では、私も推参致します!』
自らの半径10メルト程を雪の結界としたガルバはトロルの一団には向かわず、後方でふんぞり返っているアリオク目指して突き進んでいく。
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