神狼
本日二話目の更新です。前話を読んでいない方はお気を付け下さい。
巨大なアクアトードが放った四個の水球は、僕が咄嗟に身を隠した木の幹を三個目で破壊すると、破壊された木ごと四個目が僕の体へと直撃した。そのあまりの威力に愕然とすると共に、魔力を体内で循環させて身体能力を上げているにも拘わらず、僕へと大ダメージを与えてくれた。
『グゥウウウ……ッ! なんて威力だ……! 死ぬかと思った──ッ! ゲブゥッ!?』
大ダメージで痛む体を何とか起こし、頭を振って意識を保とうと巨大なアクアトードを見据える。しかしその際、さっきの水球で内蔵もダメージを負っていたのか、喉の奥から胃液がせり上がり、そのまま吐いてしまった。見れば、胃液に混じって血も含まれていた。
『ダメだ、逃げないと確実に死ぬ……! だけど、どうやって逃げれば──ッ!?』
巨大なアクアトードはいつでも僕を殺せたのだろう。醜悪な顔を愉悦で歪めながら、僅か一回のジャンプで僕の目の前へと到達した。およそ10メートルの距離をひとっ飛びだった。
忍者じゃあるまいし、とんでもない跳躍力だ。
だけど、僕が逃げる隙はどうやら無くなってしまった様だ。
横、後ろ、どこに逃げても水球で殺られるし、何とか逃げられたとしてもあの跳躍力だ、途端に逃走経路は塞がれるだろう。正しく絶体絶命のピンチだ。
『た、ただで死んでたまるか! ガァアアアッ!!』
イチかバチか、僕をいつでも殺せると油断する巨大なアクアトードへ向けて、魔力循環で上がった身体能力を駆使して襲い掛かる。死ぬか生きるかの瀬戸際だ、内蔵の痛みなんか気にしてられない。
『正面と見せかけて、ここだっ!』
痛みに耐えながらも、巨大なアクアトードの正面へと向けて一歩目を踏み出した直後、即座に斜め上へと飛び上がり、そこに生える木の幹を蹴って巨大なアクアトードの頭上へと跳躍する。そのまま宙で体全体を縦に回転させて、その勢いで威力を上げた前足の爪を立てた一撃を放った。
「ンモーウ」
「キャウッ!?」
頭頂部へと全力で放った攻撃だったけど、巨大なアクアトードの頭はまるで水の如くに柔らかく、まるでダメージを与えられなかった。例えるなら水をすり抜けたって感じだ。何かしたのか? と言わんばかりの声が腹立たしい。
「ギャンッ……ッ!」
僕が攻撃を放った後の落下の最中、巨大なアクアトードはその大きな口を開き、鞭の様にしなる舌で鋭い突きを放ってきた。
落下の最中という事もあり、僕はその攻撃をモロにお腹に喰らってしまう。さっきは胃液混じりだったけど、今回のは不味い。大量の血を吐きながら吹き飛ばされ、地面へと叩き付けられてしまった。
「ンモーウ! グォオオオオ!!」
直後、僕にトドメを刺すべく、巨大なアクアトードは四個の水球を作り上げ、それを僕に目掛けて放つ。
舌の攻撃と地面に叩き付けられたダメージで朦朧とする意識の中、僕は為す術もなくそれを見つめるだけだった。
「ゲコォ!?」
その時、四個の水球を前に死を待つばかりだった僕の体が突然発光し、体から溢れた光が体長5メートル程の巨大な狼のシルエットを作り出した。僕に迫っていた四個の水球は狼のシルエットに当たると同時に、そんなものはまるで存在しなかったかの様に消し飛んでいた。
『〈黙って見てようと思ったけど仕方ないわね。これで助けるのは最後になってしまうけど、ルウファが死ぬのは見過ごせないわ。──ねぇルウファ、よく聞いて。あなたは私を吸収し、私の全てを受け継いだのだから、ギガントードになんてやられるはずはないの。だけど……もしかしたら父親の血の影響かもしれないわね、力が上手く使えないのは。とにかく、私の戦い方を良く見て、そして力の使い方を学びなさい。あなたはこの私よりも強い……次代の【神狼】なのだから〉』
それは、僕の魔法、《スピリット・ウルフ》とはまるで違った。まるで自我を持つかの様に、巨大な狼のシルエットは僕の体を包みながら優しい口調で僕に語り掛けてきた。まるで、母さんの様に。
母さん、なの……?
優しい声、慈愛の視線、その全てが、この巨大な狼のシルエットが母さんだと僕に教えてくれる。その絶大な安心感は計り知れない。
しかし、母さんがいなくなった謎が解けた。神狼として代替わりする際、産んだ子へと全て吸収されてしまうみたいだ。優しい言葉と共に、僕の心へとその事が伝わってきていた。
母さんの優しい光に包まれ、僕の体は急速に回復していく。今の《スピリット・ウルフ》には無い能力だ。
全快まで僕が回復したのを見届けた後、母さんの力と思しき狼のシルエットは、巨大なアクアトード……ギガントードへと向けて戦闘態勢を取ると、おもむろに右前足で薙ぎ払った。
「ゲコォオオオ!!」
僕の攻撃をものともしなかったギガントードは、母さんの一撃で呆気なく50メートルの距離を凄まじい勢いで吹き飛んでいった。どうして攻撃がすり抜けずに当たったのかが分からなかったけど、母さんからの思念によってそれを理解した。
攻撃が通った理由、それは魔力を使って攻撃したからだ。
体内に循環させている魔力を同じ様に体表へと巡らせる事によって、ギガントードの精神体……つまり霊体自体へと攻撃したのだ。体がダメージを負えば霊体もダメージを受ける。逆もまた然り、そういう事だろう。
今の僕にはあまりにもレベルが高すぎてまだ出来ない技術だけど、しっかりと学ぶ事が出来た。
『〈良く見ておきなさい。ここからが神狼としての力よ! 炎属性と神狼しか使えない雷属性の融合──! 《雷炎》〉』
芯の通った優しい声で僕にそう語り掛けると、その直後、母さんはその半透明な体を青黒い炎のシルエットへと変化させた。青黒い炎となった体表の所々にはプラズマの火花が散って見えている。能力の名前通り、正しく炎の雷だった。
「ゲコォオ……オオ……ォォ……」
そこからは正に神速。その場から消えたと思った次の瞬間に母さんの姿はギガントードの傍にあって、バリバリバリという放電音の後、ギガントードの巨大な体は炎に包まれ、瞬く間に消滅していった。
母さんは、攻撃さえしてないのかもしれない。あまりにも強大な雷炎の力によって、ギガントードは母さんが傍にいるだけで消滅したみたいだ。その力を表す様に、母さんがいる半径10メートル以内は、その凄まじい熱によって景色が揺らめいて見えていた。
ギガントードが消滅した跡には淡い水色の靄の様な物が漂い、母さんは口を大きく開けてそれを吸収していた。もしかしたら、ギガントードの魂なのかもしれない。
どうして母さんがそれを吸収したのか分からないけど、お腹でも減っていたのかな?
ギガントードの魂らしき物を吸収後、母さんは再び半透明の体に戻り、僕の傍に戻って来ると優しく語り出した。
『〈分かったわね、ルウファ。あなたもこの力を使えるはずなの。ただ、父親の影響を考えると、力の覚醒はもう少し掛かるかもしれないけれど。それと、あなたが魔法だと思って使っていた力は魔法であって魔法にあらず、強いて言うならば魂魄魔法と呼ぶべき物よ。たった今魂を吸収したギガントードも、私があなたの中に戻れば使える様になってるわ。──あぁ、そろそろ時間切れね。私が消える前に、これだけは言っておくわ。【月の華】が咲いたら用心なさい。かつてそれが起こった時、世界は滅亡の危機に瀕したのだから。あぁルウファ、今度こそ本当にお別れみたい。愛してるわ、私の可愛いルウファ。神狼として強く気高く生きてね。それと……あなたは自分をオスと思ってる節があるけど、神狼は代々メスなのよ──〉』
そう言い残し、母さんは僕の中へと吸い込まれる様にして消えていった。それと同時に、ギガントードの力が僕に宿ったのを感じた。
助けてくれた上に、僕の疑問を教えてくれてありがとう、母さん……いや、母様。貴女の神狼としての役目、この僕が立派に果たしてみせます。安心して眠って下さい……!
しかし、僕は犬じゃなくて、神狼だったのか。
犬にしては変だと思ったんだよね、尻尾が妙に長くてフサフサだったり。それに白銀色の体毛も、犬と比べれば神々しい色だもんね。
魔法についても母様は教えてくれてたね。可笑しいと思ったんだよ、狼のシルエットを自在に操れるなんて。夜にだけ魔法……その、魂魄魔法を使えた理由は、母様が言ってた父さんの血の影響だったのかな?
まぁ、母様が僕の中に消えてからは昼間も使える様になったみたいだけどね。感覚的にそれも理解した。
ともあれ、これで僕は戦う力を完全に使いこなせる様になった訳だ。後は旅立つだけだね。
人間を見付けて、大きくなるまで過保護に飼われて、そして大人になったら神狼として世界を見て回ろう。この世界がどんな世界なのか、今から凄い楽しみだ。僕の尻尾も激しく振られているし。
そう言えば、母様は最後に何か重要な事を言ってた様な……?
確か……神狼は代々……メス……だとか?
メス……? メスだってッ!?
僕って、オスだと思ってたけど実はメスだったのか……
確かにあの時、シンボルは確認出来なかった。今もモフモフの毛が邪魔をして確認出来ない。
しかし、こうも思う。道理でおしっこを上手く出来なかったのだと。
「キャワォオオオーーンッ!!」
自分がメスだと分かって、僕の可愛らしくも切ない遠吠えが辺りに響いていた……
お読み下さり、ありがとうございます。
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