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月の華  作者: 桜華
第四章 七大罪篇其ノ壱 暴食
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◎ガイアスの告白

三人称視点です。

 

 テンペストドラゴンが姿を見せた二日目の攻防から一夜明け、ガイアスは自宅のベッドの上で静かに涙を流す。流れた涙は頬を伝い、枕を濡らしていく。どれ程涙を流したのか、枕には涙の沁みがくっきりと浮き出ていた。

 しかしガイアスの瞳は閉じられている。その事から、ガイアスは悲しい夢を見ているのだろう。

 いや、ガイアスの口元は微かに微笑んでいる様にも見えているのだから、ガイアスにとって良い夢を見ていたのかもしれない。

 ともあれ、泣きながらも笑う。夢とは正に、得てして複雑なものであると言えよう。


「ガイアスさん、朝でしゅよ? そろそろ起きて下さい」


 そのガイアスの部屋の扉をノックして、第五守護軍の将軍アドラスが言葉を噛みながら声を掛ける。アドラスはガイアスの家に泊まっていたのだ。

 昨日はガイアスと共にバアルゼブブの恐怖に打ちのめされていたアドラスだが、一晩ぐっすりと眠った事で持ち直したらしい。

 もしかすると、ガイアスと一緒に風呂に入った事が良かったのかもしれない。女性にとって風呂とは、身も心もリフレッシュさせる至高の物であるからだ。……まぁ、バアルゼブブについての愚痴を言い合ったお陰かもしれないが。


「……あ、もう朝か。うん、分かったわアドラス。今起きる」


 バアルゼブブの愚痴はさておき、アドラスの言葉でガイアスは目を覚まし、そして言葉を返した。しかし、自らの頬に涙の感触を感じ、夢を見ていた事を思い出す。見れば、枕もしっかりと濡れていた。


「あれ? あたし……昔の夢を見てた様な……? それにしては不思議な夢だったわね。父さんと母さんが死んだ時の夢なのに、何故かルウが出てきたし……。でも、そのお陰で何だか不安が無くなった気がするからオッケーよね。ありがと……ルウ」


 ルウファの眷属となったガイアスだが、まさか夢がリンクしていたとは夢にも思うまい。だが、これもルウファの眷属が増えた事による恩恵か。

 今までルウファの眷属はガイアスだけであった。それが一気に三人も増えたのだ。その事が何かしらの影響を与えたからこそ、眷属の宗主であるルウファとガイアスは夢で繋がったのだろう。


 ともあれ、


「おはよう、アドラス! 今日こそバアルゼブブを討つわよ!」


 部屋を出たガイアスはアドラスへと元気よくそう言い放った。

 やはり性格の軽いガイアス、いつまでもイジけるのは性にあわないのだろう。


「……さすがガイアスさんですね。昨日よりマシですけど、私はまだ怖くて仕方ないでしゅよ……ですよ」

「大丈夫よ、アドラス! 今日は何とかなりそうな予感がするのよ、あたし! とにかく朝ご飯を食べて、カミト達と会って安心させてあげなくちゃ。それが失態を見せちゃったあたし達がカミトにしてあげられる最善だもの!」

「そう、ですね。うん、私もガイアスさんを見てたら吹っ切れました! それに『禁呪』は《星墜(ミーティア)》だけじゃないですし、今日は目に物見せてやりましゅよ……ぐふふ!」


 アドラスも大概な様である。


 そんなやり取りをしながらもガイアスとアドラスは朝食を食べ終え、バール村の軍の駐留施設へと足を運ぶ。

 バール村の唯一の門は緊急事態という事で守衛のバルデスの姿は無く、そして閉じられていた。だが守衛と、特別に許可された者だけが通る事を許された扉からバール村へは入れる。

 その扉を通ってガイアス達は入村したのだが、後一時間もすれば門は開かれたはずなので、それからでも入村するのは遅くなかったであろう。

 ……例えその扉が閉まっていたとしても、ガイアスならば無理にでも門を開けてもらい入ったかもしれないが。


 ともあれ、バール村へと入ったガイアス達は軍の駐留施設の中へと入り、施設に詰める騎士にカミトの居場所を訊いてそこに向かう。


「昨日はごめんね! そしてありがとう、カミト! これ、借りてたマントと毛布ね。しっかり洗ったから大丈夫よ?」

「……立ち直ってくれたのは嬉しいですけど、何もトイレから出てきた所で待ってなくても良かったんですよ? まぁ、ガイアスさんらしいと言えばらしいですけど。それで……本当に大丈夫なんですか? 昨日の様子からすればダメかと思ってたんですが」

「もっちろんよ! 今日は朝から快便だし、朝食もしっかりと食べて来たわ! あ、快便はアドラスもだから、アドラスも大丈夫よ?」

「ちょ!? が、ガイアスさん!? そういう事、普通言わないですよ!? しかもカミトさんに言うなんて……ブツブツ……」

「……ははは、それは何よりです……。それでは今日の準備を始めましょうか」


 会話の内容はともあれ、カミトに合流したガイアス達は騎士達の日課の訓練の様子を見た後、今朝も冒険者ギルドへと向かった。ギルドマスターのガードナーと今日の戦についての打ち合わせの為である。

 すると、光る頭と白髪の顎髭がトレードマークのガードナーは、何故か冒険者ギルドの前でガイアス達を出迎えた。その表情は引き締められ、眉間に皺も寄っている。更に腕組みまでして仁王立ちしているのだから、何かがあったのかもしれないと考えるのが妥当か。


「おはよう、ガードナー。しかしどうしたのよ? ただでさえ怖い顔なんだから、顰めっ面してたら誰もギルドに近寄らないわよ?」


 ガイアスは冗談を交えてガードナーへと話し掛ける。

 普段であれば、そんなガイアスの冗談を軽く流すガードナーだが、この時は違った。

 眉間の皺をより深くしたガードナーは、更に歯ぎしりがする程に歯を噛み締める。これでは仁王立ちどころか、正に仁王の形相である。

 しかし、当然それには理由があった。何故ならば、


「生き残った冒険者の半数以上が逃げやがった……! 今日の戦で俺たちゃ負けるかもしれねぇ……」


 怒りと悔しさの入り交じった表情でガードナーはそう告げる。

 聞けば、当初一万人程が強制的な緊急依頼に参加していた冒険者達だが、初日に千人、二日目に二千人と、合わせて三千人が命を失い、生き残った冒険者達の内銀級(シルバー)ランク以下の者達が昨夜の内に逃げ出したと言うのだ。

 残っている冒険者の数は実に千人程。第一、第五守護軍を合わせても、総勢三千人程しかいないのである。しかもバアルゼブブが予告した今日の殺害人数は三千人。つまり今日負けてしまえば後がないのだ。

 さすがのガイアスも、ガードナーが告げた事に言葉を失った。それはカミトもアドラスも同様である。


「……やっぱり、ですか。昨日の最後、テンペストドラゴンが死者を喰らった事が原因でしょうね。今は立ち直ったみたいですが、あれはガイアスさんでも心を折りましたからね、実力の無い冒険者では無理もないでしょう」


 しばらく絶句した後、カミトは何とかそう述べた。

 逃げ出したのは実力の無い冒険者とは言え、バアルゼブブが数多の魔物を生み出す以上数は必要であった。

 更に言えば、ただでさえ負け戦の様相を呈していたのに、これでは確実に負けてしまうだろう。カミトの表情もガードナーに負けず劣らずのものとなっていた。


「そっかぁ。でも、逃げ出して正解かもね、冒険者達も。むしろ、必要以上に犠牲者が出なくなったんだから、良かったんじゃない? 今日は《星墜(ミーティア)》以外の『禁呪』を使うってアドラスも言ってるんだし、味方の被害を気にしないで『禁呪』をぶっぱなせるんだから意外と勝てるかもよ?」


 暗くなってしまった雰囲気を払拭する様に、ガイアスは努めて明るくそう言った。いや、むしろ本心かもしれない。それを口にするガイアスの表情はより勇ましく見えていた。


「ぐふふ、《星墜(ミーティア)》が効かなかったのは想定外でしたが、私にはまだ《凍れる世界(アイスタイム)》がありましゅ! その『禁呪』で、バアルゼブブ諸共魔物の大群なんて凍らせてあげますから!」


 ガイアスにあてられる様に、アドラスも危険な笑みを浮かべて言葉を噛みながらそう述べる。

 実際の所、《星墜(ミーティア)》は天空に浮かぶと言われる巨大な岩を召喚して落とす『禁呪』であった。つまり、形ある物であったのだ。

 しかし《凍れる世界(アイスタイム)》は根本的に違う『禁呪』だ。自然界のマナに働き掛け、分子の動きを止めると共に極低温とし、そうして敵を凍らせるという魔法の為にバアルゼブブに喰われるという固体は存在しない。

 なればこそ、目に見えずに凍らせる《凍れる世界(アイスタイム)》がバアルゼブブ達にも効くとアドラスは考えたのである。


「アドラスもそう言ってるんだし、今日は勝てるはずよ! それと……ここじゃ何だから、ガードナーの執務室に行きましょ?」

「……分かった、詳しくは俺の執務室で聞こう」


 冒険者が逃げ出すという想定外の事が起こったが、ともあれ今日の戦の打ち合わせは必要である。

 ガイアス達はガードナーと共にギルドマスターの執務室へと向かった。


「さて、アドラスの『禁呪』、《凍れる世界(アイスタイム)》とやらの詳細をまずは聞かせてもらおうか」


 ギルドマスターの執務室内にある応接間に着席後、開口一番にガードナーはアドラスへと問い掛けた。

 作戦を立てようにも、まずはその性能を知らなければ何の作戦も立てられないからである。

 その『禁呪』をどのタイミングで仕掛けるのか、最初に仕掛けるのか、最後のトドメとして使うのか。色々と考えて作戦を立てる必要がある。


「なるほど……! 目に見えなければ確かに上手く行くかもしれねぇな! すると、最も効果的なのは初めにぶっぱなす事だが……アドラス、そいつは二発唱える事は出来るか?」


 アドラスに《凍れる世界(アイスタイム)》の詳細を聞いたガードナーは更にそう訊ねる。

 開戦と同時に敵の動きを止め、ある程度の数を討伐した後にトドメとしても使えるのであれば、更に勝率が上がるとガードナーは考えて訊ねたのだ。


「うーん……私や配下の魔道士達のマナが回復すれば使えましゅが……ますが、それには最低でも鐘一つ程の時間が必要ですね。それも、高価なマナポーションを飲んだとしてもです」

「ならば、ギルドでマナポーションは用意しよう。そしてそのマナが回復するまでの時間は他の騎士共と高ランク冒険者の二千人で何とか耐えてみせる。徹底的に守りを固めればそれくらいの時間は耐えられるはずだ。……だろ? カミト?」


 アドラスが言うには、『禁呪』の再使用までに掛かる時間は一時間程だ。それもマナポーションを飲んで無理やりマナを回復させての時間である。

 マナポーション。それは正に字の通りのマナを回復させるポーションである。

 体力や怪我を回復させる普通のポーションでも最低金貨一枚はする物であるが、マナポーションは最低でも金貨百枚……つまり白金貨一枚もするのだ。日本の価値に換算すれば、マナポーションは小瓶一本で百万円という事である。例え王国守護軍とは言え、おいそれと用意出来る代物ではなかった。

 しかしガードナーはそれを人数分、およそ千本も用意すると言ったのだ。正に大盤振る舞いである。

 だがそれでも、バール村……ひいてはラディアス王国の危機であるのだ。負ければ後がない分、ガードナーもなりふり構わずに用意すると約束したのだろう。


「守りなら任せて下さい。伊達に守護軍と名付けられてる訳ではないですよ? それに、高ランクの冒険者達だって本気で守りに入るんです、鐘一つくらいの時間は耐えてみせますよ」


 マナポーションはともあれ、カミトはガードナーの言葉に胸を張って答えた。守護軍とは名ばかりの集団ではないという自信がその言葉には溢れていた。


「うん、あたしも今日は本気を出すわ……! 三人とも、もう知ってるでしょ? あたしがワーウルフだって。バアルゼブブにあたしの正体をバラされた時に三人とも何も言わなかったけど、さすがにバレないはずないもんね。だから、あたしは今日正体を現して戦うわ。だからあたしの討伐はそれまで待ってね? それに、逃げたりしないから安心して」


 カミトの発言後、ガイアスはその事を唐突に告げた。

 ガイアスの言葉に固まるカミト達三人。三人の表情を見るに、やはりバアルゼブブがガイアスの正体をサラッと告げた時にしっかりと聞いていたのだろう。三人とも鎮痛な面持ちである。


「……何故、それを俺たちに明かした? 俺たちゃ黙ってようと思っていた、互いに相談してな。しかし、それを自ら明かすって事は覚悟は出来てるって訳か……」


 ややあって、鎮痛な面持ちのまま、ガードナーはそう口にする。

 ガイアスは、かつては英雄の再来との呼び声高く、更にこの国に二人しかいない神金級(オリハルコン)ランクの冒険者である。そのガイアスがワーウルフだった事が知れ渡れば、ラディアス王国も冒険者ギルドもただでは済まない。当然ガイアスだってそれは理解している。


 その事を踏まえた上でガイアスは口を開く。


「だから安心して、ガードナー。誰にも言わないし、文字も残さないから。でも、見逃してくれるんなら、あたしと娘のルウの二人で森の奥に消えるわ。それに、人間を殺して喰わない事も誓うわ」

「……いつから、ですか? ガイアスさんがワーウルフになったのは。生まれた時からワーウルフだったのならば、あの時ワーウルフを捜索して討伐しようなんて行動はしないはずです」


 誓いを込めたガイアスの言葉に、カミトは何かに気付いた様に訊ねた。

 いや、もしかするとカミトは全てを理解した上でそう訊いているのかもしれない。ガイアスに訊ねるカミトの瞳は智者の光が灯っているかの様に澄んでいる。


「それってどういう事でしゅか、カミトさん? それだとまるでガイアスさんが何者かにワーウルフに変えられたって聞こえますよ?」

「……黙ってろ、アドラス……! それはこれからガイアスが語るだろうぜ?」


 バアルゼブブの事に微かな希望の光が見えていたガードナーの執務室の中は、いつの間にか重苦しい雰囲気へと変わっていた。

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