バール村へ向けて・1
ストックが……ストックがどんどんなくなっていきますぅ……
( ;꒳; )
何かが可笑しい。
何故、僕は母様以外の女の人に体を隅々まで洗われているのだろうか。
その女の人は、ソープストーンでしっかりと泡立てた両手を使い、僕の体を壊れ物でも扱う様なソフトタッチで洗っている。
「うわっ!? 尊い! 尊すぎる! つ、次はいよいよここね……! あ、鼻血が……」
……何が尊いのか理解に苦しむ。それよりもしっかり洗えと言いたい。
その女の人……プラチナブロンドの髪が美しいエルフのガーランド様が、僕の体を洗いながらエルフ特有の美しい顔から一筋の鼻血を垂らす。
ツツーと擬音が聞こえてきそうなその鼻血は口には入らず、黙っていれば美しい口の脇を通って顎を伝い、洗い場の床へとポタリと落ちた。
しかし、ただお風呂に入って体を洗ってもらってるだけなのに、何故にこうも下品になってしまうんだろうか。これではエルフと言うよりエロフである。実に不思議だ。
ちなみにだけど、ガーランド様に洗われても、母様が洗ってくれた時の様な変な気分にはならなかった。綺麗になった事はなったけど、やっぱり物足りない感じがする。
…………。
……うん、綺麗になったんだから良しとしよう。たぶんだけど、深く考えたらいけない気がする。
なんだかモヤモヤするけど、とにかく湯船に入ろう。……ガーランド様の鼻血をお湯で流してからだけど。
「しかしビックリよねぇ、まさか下着も付けずにいるなんてさ。確かにガイアスの言う通り、ワーウルフや神狼に変身すれば破けるって言ってもさ、下着を付けずにってのも変じゃない? 今夜は身に付けてなかったけど、フェンリルコートにドラゴンローブだっけ? マイキー特製の伸縮自在の装備だって言うならさ、同じ素材で下着もパンツも造ってもらえば良かったんだよ。あたいはそう思うけどねぇ」
体を洗うのに血まみれになるという不可解な状況を潜り抜け、十人は入れそうな大きな湯船に浸かりながらのガーランド様の言葉である。何とか鼻血も止まったみたいで良かった。
しかしなるほど。そう言われてみれば、確かにそうだ。何故その事に気付かなかったんだろうか、僕は。
だけど、その事に気付いたからといっても既に素材はない。希少過ぎる素材である神狼の母様の毛皮と、僕が一歳の時に倒したドラゴンの鱗付きの皮膜の残りは、母様の白の軽鎧とその下に着るシャツやパンツに使われてしまっている。
母様に使って良いか聞かれた時にダメって言えば良かったかな?
でも、母様にはお世話になってるんだから今さらだよね。
その事を踏まえて、僕はガーランド様に返答する。
「確かにそうなんだけど、既に素材は余ってないんだよねぇ……。でも、今度マイキーさんに会ったら何とか造れないか聞いてみるよ!」
「そうした方がいいね、なんたってルウちゃんは尊いんだから……! あたい達女性ならば構わないけど、野郎になんかは勿体なさすぎて見せらんないよ!」
…………。
うん、将来好きな男の人が出来るか分からないけど、今現在は絶対に見せるつもりはない。と言うか、見られたら引き篭もる自信がある。
「それは良いんだけどさぁ、明日、ライム達はガーランド様と一緒にバール村に戻るんでしょ? 移動手段はどうするの?」
「あ、それ、私も気になってたんですよぉ。私たちルウちゃんの眷属は狼にでもなればあっという間に着きますけどぉ、ジャッシュさんやアニーさんはどうするんですぅ?」
僕の裸云々はさておき、ようやく体を洗い終わったライムとアリエスさんが、湯船に浸かって早々その事を訊ねてきた。悔しい事に、二人とも素敵なボディラインだ。ライムとアリエスさんは青い髪とピンクの髪である為、まるでアニメの美少女ヒロインを見てる様な錯覚を覚える。
……アニメの美少女の温泉シーン、萌えるよね。僕が男じゃない事が非常に悔やまれるシチュエーションだ。
え? 男だったら一緒にお風呂に入れないだろうって?
うん、確かにその通りだね。だからこそ、自分の貧弱ボディと相まって複雑な心境に陥ってるのさ!
…………。
そ、それはともかく、移動手段の事だね。教えてガーランド様!
「あたいとシュナイデルだけが軍馬で向かうから、あの二人はあたいらの後ろに乗せれば問題ないさ。そんでルウちゃん達が狼の姿で追ってくればいい。通るルートは、神滅の森経由のルートだから、その方がより安心出来る」
「うん、それはそれで良いんだけど、僕達の持ち物はガーランド様が持って行ってくれるの?」
「軍馬は伊達に軍馬じゃないよ! ルウちゃん達の荷物くらい訳なく運べるさ! だからルウちゃん達は安心してあたい達の後に付いてきてくれ」
「ありがとう、ガーランド様! ……という事だから、ライムもアリエスさんも初めての狼形態に専念してね。慣れないと、すぐに転んじゃうから」
「「はーい!」」
うん、これで移動に関しても問題はなくなったね。
それはさておき、何故この様な話をしているかと言うと、第一守護軍将軍のカミト様からの救援要請をガーランド様が受けたからだ。
その内容とはこうだ──
「お目通りの許可ありがとうございます、ガーランド様。つきましては、カミト様よりガーランド様に救援要請を伝えにやって参りました。今のところ戦況は非常によろしくありません。なので、ガーランド様におかれましては勅令の最中という事で心苦しいのでありますが、どうかカミト様とアドラス様の下へご足労をお願いしたく思います」
「……バアルゼブブってのはそんなにヤバいのかい?」
「いえ。我々第一守護軍とアドラス様率いる第五守護軍は、未だバアルゼブブとは戦っておりません。ですが、我々が駐留しているバール村に魔物の大群が押し寄せており、当初の予定である冒険者ギルドの手を借りる事が困難である為、我々第一、第五守護軍も冒険者と共に魔物の鎮圧に動いた次第であります」
「それで、どうしてあたいの救援が必要なのさ?」
「はっ……その魔物の大群の中にバアルゼブブの影が見え隠れしていたとの報告が挙がってまして、このままだと魔物の大群を相手にしながらバアルゼブブも相手にするという非常に拙い展開も視野に入れての救援要請でございます。で、返事は如何様に?」
「…………。……チッ、ったくしょうがないね。第三守護軍は動かなくて良いんだろう? 分かったよ。あたいとシュナイデルの二人がバール村に向かうよ。お前の雰囲気からして急ぎなんだろう? 森を通るルートで向かうから、明日の昼過ぎにはバール村に着くはずだ。……あぁ、そうそう。伝令ご苦労だった。ここでゆっくり休んでからカミトの所に戻りな」
「は、はっ! ありがとうございます」
──という事になってるらしいのだ。今回は会話をフルでお伝えしてみました……なんてね。
冗談はともかく、要するに、バール村が危ないから助けてくれって事みたいだ。
その話は僕達もその場で聞いていたんだけど、さすがに最初は狼狽えてしまった。何せバール村は僕達の拠点としてる都市だからね。
でもガーランド様が言うには、「バール村の城壁は普通のドラゴンならブレスにだって耐えられる代物さ、だからそんじょそこらの魔物が一万体集まろうが問題ない。それに、普通のドラゴンなんぞ滅多に現れるもんじゃないしね」との事らしい。
ま、それをガーランド様から聞いたからこそ、こうして安心してお風呂に入ってる訳だけどね。
ともあれ、そろそろのぼせそうだからお風呂から出るか。
「それじゃ僕はそろそろ出ます。ガーランド様達はごゆっくり」
そう言って、僕は湯船から出ていく。ふぅ、さっぱりした。
「ま、待ちな! い、いや、待って下さいルウちゃん! か、体を……尊い体をあたいが拭いてあげるから、そ、そのまま待ってて! あ……!」
お風呂から出ていこうとする僕を、ガーランド様が呼び止める。しかしガーランド様は再び鼻血を出してしまった。湯船はガーランド様の鼻血で赤く染っていく。
「きゃー!?」
「ガーランド様、汚いですぅ!」
…………。
……ほっといて出よう。
そんなひと騒動がありつつも、夜ご飯とお風呂をご馳走になった僕達はセイル村の軍の駐留施設である洋館を後にし、無人の『長閑な田舎亭』へと戻った。
ちなみにだけど、ジャッシュさんとアニーさんは夕食後に先に宿へと戻っていった。何やらやる事があるとかないとか言っていたけど……うん、大人の事情ってやつだろうから考えるのはやめとこう。
ジャッシュさん達はともかく、僕が宿へと戻る際、ガーランド様に抱き着かれて何やら体中の匂いを嗅ぎまくられた。
……あのエロフは何をしたいのだろうか。僕には母様がいるんだからやめて欲しい所である。
エロフはさておき、『長閑な田舎亭』のそれぞれの部屋に戻り、僕はベッドに横になる。僕の両隣りのベッドにはライムとアニーさんが眠っている。
アニーさんは何やらツヤツヤした表情をしているけど気にしたら負けだ。しかしとても気持ち良さそうに眠っている。僕も早く寝よう。
その前に、《グリムリッパー》を唱えないと。なんと言っても、僕は《グリムリッパー》を唱えないと眠れない体になってしまっているからね。うん、これで大丈夫だ。
あ、ちなみに、ガーランド様から下着を僕は貰った。変身して破けた時は仕方ないけど、それまでは誰にも見せたくないそうだ。
見せるつもりはないけど、下着を貰ったお陰でガルバとジャッシュさんに見られずに済んだので非常に助かった。
……洋館を出る際、扉の所の三段しか無い階段で見事に転んでしまった。それはそれは見事に転んだ。自分で言うのもアレだけど、だるまさんもビックリである。
転んだ際、アニーさんが僕の為に『長閑な田舎亭』で見付けてくれた白のワンピースが捲れ上がり、僕はおへそから下を全てさらけ出していた。
幸い、転んだ先が芝生の上だったから怪我はしなかったけど、みんなから笑われたのと、下着を履いていたとは言え下半身を露出してしまった事に僕は赤面してしまった。……僕のバカ!
ともあれ、僕は眠りに就いた訳だけど……何故か母様の夢を見た。
夢だからハッキリとは分からないけど、夢の中の母様は少女の姿をしていた。いや、夢ならば、これは母様が少女だった時の夢を僕は見ているのかもしれない。
周りを見渡せば、どこかの森の中の景色が広がっている。何故母様が少女だった時の夢を見ているかは分からないけど、どこかの森というのが神滅の森だという事は森の雰囲気で分かった。
それに、母様はバール村で生まれ育ったって聞いていたので、近くの森と言えば神滅の森しかないだろう。
「母様……なの?」
夢の中とは言え、母様の様子が気になった僕はそう声を掛けた。
母様は森の中で膝を抱えて座っていて、泣いているのか、顔は膝に隠す様に伏せている。いや、肩が小刻みに震えているから泣いているのだろう。
「誰……? お母さんなの? それともお父さん? ううん……お母さんとお父さんはさっきあたしのせいでドラゴンに殺されちゃったんだから違うよね……」
少女の母様は、夢の中だと言うのに僕の言葉に反応して応えた。顔を上げた母様の瞳からは涙が流れていた。
しかし、母様の過去にそんな事があったのか。
母様がテンペストドラゴンに異常な程の恐怖心を抱いているのは知っていたけど、両親をドラゴンに殺された事が原因でトラウマになっていたのは知らなかった。
そして、あたしのせいで? 見た所、夢の中の母様は五歳くらいの姿をしている。そんな母様が、どうしてあたしのせいなんて事を言うのか。
聞いてみるか……
「どうしてお父さんとお母さんはドラゴンに殺されちゃったの? どうして母様のせいなの?」
「うんとねぇ……お父さん達に森に連れて来てもらったの。それでね? あたしがわがまま言って、今度のお誕生日にドラゴンの牙で造ったナイフが欲しいって言ったの。お父さんもお母さんも困った顔で笑っていたけど、ドラゴンを見つけたらねって言ってくれたの。だからね? じゃああたしがドラゴンを見つけるって、勝手に森の奥に走ったの。そしたら本当にドラゴンが現れて……そしたらぁ……ぐすっ……あたしを食べようと口を開けたドラゴンにぃ……お父さんとお母さんが……食べられちゃったのぉ……ぐすっ……うわぁあああ〜ん……」
母様の目の前で……!
「あたしも食べられちゃうんだって思ったらぁ……うぅ、ぐすっ……怖くなって逃げちゃったのぉ……うぇえええ〜ん」
そういう事だったのか……
だから母様はドラゴンを異常なまでに恐れ、そして怯えていたのか。
幼い母様の目の前で起きた惨劇、それも、母様が原因で惨劇が起きてしまったのだから悲劇としか言えない。
夢とは本来楽しむものだ。僕はそう思っている。
好きな子と付き合う夢、空を飛ぶ夢、お金持ちになる夢や英雄になる夢。どれも楽しい夢ばかりだ。
そんな色んな楽しい夢があるのに、悲劇の夢を見るのは嫌だろう。いくらトラウマだと言っても、限度がある。
だけどこの夢は、恐らく眷属となった母様が現在見ている夢だろう。トラウマとなっている事を夢で見る程、母様は何かに怯えているんだと思う。
母様を怯えさせる何かとは、恐らくバアルゼブブの事だと思われる。それに、伝令の騎士の情報は一日前の物だから、もしかすると今日一日で母様が恐怖する出来事が起こったのかもしれない。明日は急がなくちゃ……!
ともあれ、少女の母様をこのままにしておくのも僕は嫌だ。
伝わるかは分からないけど、母様が安心出来る様に僕は口を開いた。
「もう大丈夫だよ、母様。ドラゴンなんて僕が食べてあげる。それに、母様が怖いと思う全てを僕がやっつけもする。だから……母様は安心して良い夢を見てね」
「誰だか分かんないけど……うん、分かった! ありがとう……ルウ……」
「え……?」
僕の言葉が本当に伝わったかは分からない。だけど、少女の母様は最後に僕の名前を言った気がした。
僕の名前を口にしたのは聞き間違いかもしれないけど、少女姿の母様は最後に笑っていたからきっともう大丈夫だろう。
急激に少女姿の母様や森の景色が光に包まれていく中、その母様の笑顔が僕の心の中にいつまでも残っていた。
「う、ん……夢、かぁ。……何の夢だっけ? 幼い母様が笑ってた様な気がするけど……? ま、いっか。それよりも早く用意しなくちゃ!」
どうやらぐっすり眠れたらしい。ガーランド様の所でお風呂をご馳走になったのが良かったのかな?
とにもかくにも、今日はバール村に戻るんだ。バール村がどうなってるかは少しだけ不安だけど、バアルゼブブが姿を現してるなら僕としても好都合。必ず始末してやる。
そう意気込み、僕はベッドの上で伸びをするのだった。
お読み下さり、ありがとうございます。
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