◎バール村の攻防・4
仕事で遅くなりました(´•ω•`)
それは正に悪夢であった。
昨日戦っていたゴブリンもそうだが、オークも、スケルトンも、何人かで相手していたオーガでさえも、前日よりも力を増していた。
ゴブリンを相手に、まさかの二人がかり。それも、倒したとしてもすぐに傷が塞がり起き上がって、また襲って来る。
その無限とも言える戦闘に、一人、また一人と連合軍は数を失っていった。
それは正に絶望であった。
二日目となったバアルゼブブが言う所の戦であるが、そのバアルゼブブが宣告した通り、きっちり二千人の人間が物言わぬ屍と化した所で終わりを迎えた。
そして──
「ド、ドラゴンが動いたぁ!? 逃げろぉおおおお!!!」
──二日目の戦の最中、睥睨するだけで微動だにしなかったテンペストドラゴンが動き出し、屍と化した人間を残らず巨大な口で根こそぎ喰らっていったのだ。
ただでさえ巨大なドラゴンである。今日の戦で生き残れたと安堵する冒険者や騎士達にはドラゴンのその行動でさえも尋常ではない恐怖を与えるには十分過ぎるものであった。
その恐怖と絶望はここ、本陣として設置してある守護軍の将軍に与えられた立派な天幕の中で話し合うカミト達も同様であった。
「む、無理よ……勝てる訳ない……勝てる訳ないわよ、あんなの……」
恐怖と絶望からガタガタ震え、視点も定まらないままガイアスが呟く。
ガイアスが女性である為に誰も指摘しないが、ガイアスの股間は恐怖による失禁で濡れており、ガイアスの座る椅子の脚元にも失禁による染みが広がっていた。
「それでも勝たなければいけないんです! しっかりして下さい、ガイアスさん! 国の為に、そして世界の為に守護軍の派兵を要請したあなたがそんなんでどうするんです!」
疲れ切った表情を浮かべ、それでも勝たなければならないと、カミトは怯えるガイアスに声を荒らげる。
かつては英雄の再来とまで呼ばれたガイアスの、かつての上司であるガイアスの、そして自信に満ち溢れて戦い方を教えてくれたガイアスのその怯える姿を、カミトは見たくはなかった。
それでも、ガイアスならば絶望から立ち上がり、そして勝利に向かって進むと信じて叱咤しているのだ。
「……『禁呪』、効きませんでしたね……」
そしてもう一人、この天幕内において絶望に沈む者がいる。
絶望故にボソリと呟く言葉を噛まなかったアドラスである。
彼女は椅子には座らず、地面の上に膝を抱えて座り込んでいた。そしてガイアス同様、バアルゼブブの恐怖に打ちのめされており、身に纏うダークブラウンのローブの臀部から地面にかけて失禁による染みが出来ていた。
「確かにな……。まさか全てを喰われるとは思わなかったぜ。反則だろ、ありゃあ……!」
アドラスの呟きに反応したのは、光る頭に白髪の顎髭がトレードマークのガードナーである。天幕の中にいる為か、その光る頭もどこか曇って見えている。
そう、例え心が恐怖しても、例え戦う事に絶望を覚えても、我々には『禁呪』があるだろうと奮起し、そしてそれをアドラスは使用したのだ。
その『禁呪』とは、宙に浮くと言われる巨大な岩を遠い天空から召喚し、地上の敵に向かって落とすという恐ろしき魔法……《星墜》である。
直撃しなくても大地に触れた瞬間に大爆発を起こし、指定した範囲を向こう百年は不毛の大地に変えてしまうという、『禁呪』に指定された魔法の中でも更に『禁忌』扱いされていた魔法であった。
それを使用した時、連合軍は確実に勝利したと『禁呪』に対する畏怖と共に確信していた。
上空に目を向ければ、幾何学模様が複雑に絡み合う巨大な球体魔法陣が出現し、太陽の如き眩い光を発した瞬間には直径100メルトもの大きさの巨大な岩が召喚され、それが紅蓮の炎を纏って魔物の大群目掛けて激しく落下していくのだ。誰もが勝利を疑う事はないだろう光景である。
それと同時に、地上には範囲を指定する巨大な魔法陣が浮かび上がり、魔物を固定すると共に大爆発の被害が広がらない様に結界へと閉じ込めていた。
誰もが勝利を確信し、その瞬間を瞬きもせずに見ていた。しかし次の瞬間、巨大なスライムの様な魔物が現れ、それこそ瞬く間に《星墜》の紅蓮の炎を纏う巨大な岩を呑み込んでしまったのだ。
それだけでも驚く光景なのに、そのスライムの様な魔物は地上に出現した結界の魔法陣を大地ごとその体内に取り込み喰らってしまう。
正に、連合軍にとっては絶望を絵に描いた様な出来事であった。
そして戦闘が始まり、二千人という犠牲を生んで今に至る。
「とにかく、明日はまた戦があるんですよガイアスさん……。そこまで怯えるガイアスさんを見るのは悲しいですが、明日も来てくれると私は信じています……」
カミトはそう言うと、ガイアスへとそっと自らのマントを被せる。自分も見たくはなかったが、それでも多くの人に恐怖で失禁したガイアスの姿を見せたくなかったのだ。
ガイアスにマントを被せたカミトは、守護軍に今後の指示を出す為にそのまま天幕から出ていった。
「……風邪引く前に風呂に入れよ」
ガードナーもそう言い残し、ギルドマスターとしての責務を果たす為にカミトに続き天幕を出ていく。
その際、天幕の中にあったカミトの為に用意されていた毛布をアドラスにかけたのは、ガードナーの男の優しさか。
ともあれ、天幕に残されたガイアスとアドラスはそれから一時間後、無言のまま二人揃ってガイアスの家へと向かって行くのだった。
☆☆☆
ガイアスとアドラスの二人がガイアスの家で風呂に入ろうとしていた頃、セイル村ではバール村の危機的状況を知らないルウファは、第三守護軍の将軍ガーランドとの面会に挑んでいた。場所は、セイル村の東の外れに造られた軍の駐留施設である。
ガーランドとの面会に訪れたメンバーはルウファに始まり、ライム、ガルバ、ジャッシュ、アニーの他にセイル村のギルド支部長ドナルドとその部下であるギルド職員アリエスの七人であった。
「ふーん、なるほど。つまり、ルウちゃん達とギルドの人間以外は全て肉のスライムに変わったって言うんだ。疑わしいけど、確かに証拠の肉片はある訳だし、信じるしかないって事ね。でも……その話、本当なの? ルウちゃんがワーウルフだなんて全然信じらんないんだけど」
全てを聞き終えた、流れる様なプラチナブロンドの髪が美しいエルフのガーランドは、テーブルに頬杖をつきながらそう口にする。
軍の施設で食事をしながら、ルウファはガーランドに包み隠さずに全てを話していた。ワーウルフ云々は、それに対するガーランドの答えであった。
それにしても、ルウファの正体をバラしてしまっても良いのかと疑問も湧くが、ルウファ自身が正体について話したのだから仕方ない。
しかし、それには理由がある。……ライムのうっかりミスで報告の嘘をあっさり見抜かれてしまったのである。これにはルウファでさえも頭を抱えた。
そのミスとは、どう見てもか弱い少女でしかないルウファが全ての肉のスライムを倒したと口を滑らせた事である。
「うん、ガーランド様、ルウがいなかったらライム達は全員死んでたんだから! ルウが全部倒してくれたから、ライム達は今美味しい料理を食べていられるんだよ」
美味しい料理の数々に余程ご機嫌だったのか、ライムはあっさりとそう口にしてしまったのだ。
ガイアスの娘ならば、確かにそんな事も可能だとガーランドは思った。しかし、それはルウファが大人であればの話である。
つまり、今のルウファに肉のスライムの殲滅なんて出来はしないだろうと踏んだガーランドは、根掘り葉掘り質問した。それも、ライムに。
その結果、ルウファがシュナイデルに話した内容との矛盾点がいくつも見つかり、それを指摘されたライムが遂に泣き出してしまったので仕方なく正直に話したのだ。
但し、ルウファも真相を話す前に条件を付け、それに同意したからこそガーランドはルウファの正体を知ったのである。
ちなみに条件とは、ガーランドとシュナイデル以外にルウファの正体がバレた時、その二人を殺す、もしくは眷属にするというものである。それをガーランドとシュナイデルの二人が了承したからこそルウファも正体を明かしたのだ。
「だから言ったじゃないですか、僕はワーウルフじゃなくて本当は神狼だって。人狼にも変身出来ますけど、本質はどこまで行っても神狼なんです!」
「ガーランド様、ルウの話は本当の事ですよ? じゃなければ、ただのワーウルフに魔法なんて使えません。アイツらは頭が悪いですからね、基本魔法なんて使えはしません」
正体云々はともあれ、全てを正直に話したというのに中々信じないガーランドに対し、ルウファとガルバはワーウルフとの違いを挙げる。
確かにガルバの言う通り、普通のワーウルフは魔法を使わない。いや、使えないのだ。ガーランドももちろんそんな事は承知している。
詳しく言えば、ワーウルフとて本来は魔法を使えるはずなのだ。しかし使えない理由がある。
実は、ワーウルフの魂にも種族としての属性があり、それをワーウルフも本能で理解してはいるのだが、如何せん、知能が低過ぎて魔法を使用するまでに至らないのだ。獲物を襲って食べるという欲求が高過ぎるとも言う。
これはゴブリンやオーク、それにオーガなどにも言える事である。
要するに、神滅の森のドラゴン平原より南に棲息する魔物は全て魔法が使えないと言っても過言ではないのだ。
だからこそ、冒険者達はそれなりの実力があればオーガだろうがトロルだろうが討伐出来るのである。
ともあれ、
「分かってるわよ、そんな事。しかし、ガイアスもワーウルフになってたなんてねぇ……。まぁいいわ、アイツの弱みを握ったんだから、これから色々といじってやろっと♪」
ガーランドはルウファの話をガイアスをいじる為に利用する事に価値を見出した様であったが。
そうして、セイル村に起きた出来事を食事と共に話し終え、食後の歓談中にルウファの正体について話し合っていた一同だが、そこに突然の来客が訪れる。
「シュナイデルですが、食後の歓談中に失礼します! バール村にて駐留し、バアルゼブブの討伐を命じられていた第一守護軍のカミト様より早馬で伝令の騎士が到着致しました。つきましては火急の件の為、大至急ガーランド様にお目通りをお願いしたいとの事です。……如何致しますか?」
食堂の扉をノックして入室し、右拳を左胸に当てる騎士の礼を取りながらガーランドの腹心シュナイデルがそう告げる。
シュナイデル曰く来客とは、バール村攻防戦の初日を終えたカミトが戦況を鑑みて出した、ガーランドに救援要請を求める為の騎士であった。
バール村からセイル村までは徒歩で八日程、馬車でも四日は掛かる道程を、本当に一日で走破したこの騎士の操馬技術と、軍馬の並外れたスタミナと走力はさすがと言える。カミトが自信を持って送り出すだけはある様だ。
もっとも、ロック山を通る経路ではなく、神滅の森経由ならば軍馬を使えば半日で到着するのだが、今回の件がある以上その経路は使えないので仕方ないだろう。
「……しょうがないわねぇ。ま、くそ真面目なカミトが火急の件で寄越したんだ、会ってやるわよ。ごめんねルウちゃん達、あたいの面倒事に付き合わせちゃって。お礼は後であたいがルウちゃんの体を洗ってあげるって事で許してね♪」
「え……!?」
「その騎士をここに呼びな!」
「はっ!」
シュナイデルはすぐにカミトからの伝令の騎士を呼びに向かった。右拳を左胸に当てる騎士の礼はもちろん欠かさない。
シュナイデルの真面目なその態度に一同は感心しつつも、カミトからの火急の件という言葉に妙な胸騒ぎを覚えるのであった。……ルウファだけは別の意味で、だが。
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