表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月の華  作者: 桜華
第四章 七大罪篇其ノ壱 暴食
83/105

◎バール村の攻防・1

三人称視点です。

 

 セイル村にてルウファが第三守護軍将軍のガーランドとの挨拶を交わしていた頃、ルウファ達が活動拠点としているバール村では危機が訪れようとしていた。


「俺の権限で緊急依頼発令だ! 戦える全ての冒険者は強制参加だ……! てめぇらの住処(すみか)が危機的状況なんだ……命懸けで対処しやがれ!!」


 バール村の冒険者ギルド本部建物内のギルドマスターの執務室にて、ギルドマスター【ガードナー】が報告に訪れたギルド職員に対してそう怒鳴る。その声量はドラゴンもかくやというものであった。ルウファなら驚き過ぎて何かを漏らしかねないだろう。


「は、はいぃ!!」


 ギルドマスターのガードナーに怒鳴られたギルド職員は悲鳴に似た返事をすると、猫耳をペタンと閉じ、尻尾を丸めて執務室から出ていく。

 猫耳と尻尾で分かる通り、ルウファに貧乳猫獣人と心で呼ばれるエリスである。

 彼女は多くの冒険者からの報告を受け、その計り知れない危険度に度肝を抜かしながら、これは直属の上司にも対処は無理だと判断し、そうしてギルドマスターであるガードナーへと伝えに来たのだ。

 彼女はガードナーの決定を即座に行動に移す為、急いで依頼査定部署へと向かった。


 ちなみに依頼査定部署とは、数多くの依頼が舞い込むギルドにおいて、その依頼の危険度などを精査してランク分けを行う部署である。

 今回の様なギルドマスター権限での緊急依頼発令だとしても、先ずはその部署を通し、それで全ギルド職員への通達や依頼の張り出し、冒険者の募集となるのだ。

 こうした手順を踏むのは、不正を防ぐ為の方策であり、ギルドは常に潔白であるとの意思表示でもある。


 それはともかくとして、今回の件は急を要する。

 ギルドマスターの執務室にて、ガードナーはエリスの出ていった扉を睨みながら苛立ちをぶつける様に声を荒らげた。


「ったく! 何だってこんな事が起こりやがる! 神滅の森から魔物が溢れんのは分かる、たまにあるからな。しかし今回は異常だぜ……まさかゴブリンやオークならまだしも、オーガやトロル、それにアンデッドの大群が一斉に溢れるなんてよぉ……!」


 ガードナーが独り言ちる様に、現在バール村には魔物の大群が押し寄せようとしていたのだ。俗に言う【スタンピード】である。

 神滅の森では数年に一度、このスタンピードは発生していた。その度に緊急依頼が張り出され、一定以上のランクの冒険者は強制的に駆り出されて鎮めていたのである。

 ここ十年あまりはルウファやガイアスが……主にガイアスであるが、自らの食事としてかなりの数の魔物を間引いていたのだが、それを差し引いて考えても今回のスタンピードは異常であった。


 今回押し寄せようしている魔物の数、実に10万近く。その大半はゴブリンやオークなどの比較的弱いとされる魔物で構成されてはいるが、それでも数が数だけに、ガードナーはこうして苛立っているのだ。


 バール村で活動する冒険者の数はおよそ一万人。その大半は鉄級(アイアン)ランクや青銅級(ブロンズ)ランクの冒険者である。銀級(シルバー)ランクが千人程で、それより上のランクともなると極端に減ってくる。

 いくら金級(ゴールド)ランクから上の冒険者の実力が高いとは言え、建国以来となる未曾有の危機にガードナーは頭を悩ませた。


「マスター! 緊急につき入ります!」


 すると、悩めるガードナーの執務室へとエリスとは違うギルド職員がノックも無しに入ってくる。ガードナーはそんな職員を苛立ちを込めた目付きで睨むが、今回の件がある為黙って続きを促した。


「ラディアス王国の第一守護軍と第五守護軍がバール村に到着しました! つきましては、マスターに緊急の相談がある為に面会を求めておられます。面会を求める人物は第一守護軍将軍のカミト様と、第五守護軍将軍のアドラス様、それと神金級(オリハルコン)ランクのガイアスさんです!」

「なんだと!? あ、ああ、分かった。で、俺はどこに向かえばいい? 領主の館か? それとも軍の駐留施設か?」


 このくそ忙しい時に何しに来やがったという言葉を何とか飲み込み、ガードナーはどこで会えば良いのかを訊ねた。


 ガードナーの言葉に対し、職員は続ける。


「は、はい……そ、それが、私の後ろに既に来ておられます……」

「なっ!? 馬鹿野郎! それを早く言え!! うぉっほん……どうぞこちらへ」


 職員の言う様に、その後ろには既にカミト達の姿が扉越しに見えていた。その姿は完全武装をしており、正にこれから戦場における軍議を始めるかの様である。

 第一将軍のカミトは白銀の鎧に身を包み、第五将軍のアドラスはダークブラウンのローブに身を包んでいる。

 ガイアスはと言うと、赤のシャツとパンツルックの上に、かつて英雄候補と呼ばれた頃から愛用している白い軽鎧である。

 それぞれ背中に巨大な重剣、虹色に輝く魔石が嵌る大杖、両腰の剣帯に〈双月剣〉を装備している。


「ガードナーさん、久しぶりですね、カミトです」

「わたひ……私は初めまして、でしゅね……ですね、アドラスと言いまひゅ……」

「……アドラス、その言葉を噛む癖、まだ治らないのね……。ガードナー、応援を連れて来たわよ!」

「そ、それでは私はこれで失礼します」


 カミト、アドラス、ガイアスの順でガードナーへと挨拶すると、三人はそのまま執務室に設けられた応接間へと向かい勝手に着席した。カミト達の来訪を告げた職員はそのタイミングで自らの職場へと戻っている。

 応接間には質素ながらも頑丈な長机があり、その長机を挟む様に六つの椅子が置かれている。椅子も当然質素ではあるが、やはり頑丈であり、一定の座り心地の良さもある一品となっている。


「こういう場合は丁寧に話した方が良いのかな? よくぞおいで下さいました将軍どの、それにガイアス。緊急事態のおり、大したおもてなしは出来ないが楽にして頂きたい」


 ガードナーは応接間の席に着くなりそう挨拶をする。座った席は、カミト達が下座の席に三人並んで座った為に上座の真ん中である。

 立場を考えれば、本来は上座にカミト達が座るべきなのだが、そのカミト達がそれ程作法に頓着していないので気にもしていないのだろう。


「やだなぁガードナーさん、昔みたいな口調で構いませんよ。ガードナーさんも昔は第四守護軍の将軍だったんですから」

「え? そうなんでひゅか!?」

「あら? アドラスは知らなかったんだっけ? ガードナーは昔、軍務大臣のラダニスとどっちが強いかって軍で双璧をなしてたのよ?」


 現冒険者ギルドにおけるギルドマスター……いや、全ての冒険者ギルドを束ねるグランドギルドマスターであるガードナー。

 彼はガイアスの話に出てきた様に、かつては王国守護軍の将軍であった。その頃からの名残りで生やしている顎髭も今や白髪に染っているが、頭髪は全て抜け落ちている。彼の現在の年齢は67歳である。

 そのガードナーは、ガイアスのかつての師であるラダニスと同等の強さを誇っていた事もあり、現在も下手な冒険者よりも遥かに強い。ランクで言えば、魔銀級(ミスリル)ランクと神金級ランクの中間辺りの実力は未だ健在と言えよう。

 平民出身の彼は軍を退役後、その強さと人望、そして指揮能力を買われてギルドマスターに抜擢されて現在に至る。

 ちなみにだが、【大斧のラダニス】、【斧槍のガードナー】と畏怖を込めて呼ばれていたのは本人達の希望もあって公然の秘密となっている。


「……あの野郎の話はここですんじゃねぇ! んじゃ口調は戻すが……どうしてこのタイミングで来やがった?」


 ガードナーの経歴はともあれ、口調を戻したガードナーは、守護軍がバール村に進軍して来た理由を訊ねる。事と次第によっては追い返す事も辞さないという気迫を鋭い視線からは感じる。

 しかし今回の件について考えるならば、是非とも守護軍には協力してもらいたい所である。


「話を聞いてなかったのガードナー? あたしはさっき、応援を連れて来たって言ったのよ? 第一、第五守護軍とバール村の中級以上の冒険者が総出で当たれば、きっとバアルゼブブだって討伐出来るわ!」


 ガードナーの問いに口を開いたのはガイアスである。

 今回王国守護軍に派兵してもらったのはその為であり、それだけの武力で挑まなければバアルゼブブには勝てないと判断して要請したのだ。バアルゼブブを討伐出来ると言ったガイアスの表情は勝利を確信した明るいものである。


「ええ、ガードナーさん。今回守護軍が重い腰を上げたのは、そのバアルゼブブを討伐する為です。実際に戦ったガイアスさんが言うには、あの伝説のテンペストドラゴンよりも危険度が高いとの事だったので、それを聞いたリカルド様が勅令を発しました」

「そうですね……今回は『禁呪』の使用許可も出てますし、なんなら『スクロール』の連続使用の許可も許されました。確実にバアルゼブブとやらを倒せるはずでしゅ……!」


 ガイアスに続き、カミトとアドラスが発言する。

 両者ともバアルゼブブ討伐に向けて並々ならぬ自信を態度に覗かせており、それは言葉にも表れている。アドラスが最後に噛みさえしなければビシッと決まった場面であっただろう。


「…………」


 ガードナーは三人の言葉を聞き、腕を組んで眉間に皺を寄せて考える。険しい視線は真っ直ぐガイアスを見つめている。

 確かに職員からバアルゼブブについての危険性はガードナーも聞いており、それについての緊急依頼が出されている事も当然知っている。

 しかし、ガードナーはバアルゼブブの危険度よりも、今回のスタンピードの方がより危険度が高いと判断しているのだ。

 それなのにこの三人は、中級以上の冒険者までもバアルゼブブの討伐に要請すると言う。正直に言って冗談じゃないと叫びたい衝動にガードナーは駆られていた。


「……話はだいたい分かった。確かにバアルゼブブとやらは危険度が高ぇんだろうな。しかし、今このバール村はそれ所じゃねぇ。……森から魔物の大群がこのバール村に押し寄せてきてやがる。先ずはそいつをどうにかしなきゃ、バアルゼブブとやらに冒険者達は出せねぇな」


 怒鳴り散らしたい衝動を何とか抑え、深いため息を吐きつつガードナーはそう答えた。

 ガードナーは断っているのだが、今回のスタンピードの解決に力を貸すのであれば、ギルドも全面的な協力を惜しまないとも取れる言葉である。


 しかしガイアスを含め、カミトもアドラスもガードナーの話を聞き黙ったまま何かを考え込んでいる。

 ガードナーは短気なのか、続けて口を開く。


「ここに来たって事は、だ……恐らくそのバアルゼブブとやらは森にいるんだろ? なら、そのついでにスタンピードを鎮圧してくれりゃあいくらでも協力するぜ? どうだ?」


 答えを急かしてくるガードナーに何かを考え込んでいたガイアスが口を開く。


「変ねぇ。あたしがバアルゼブブと遭遇した時はそんな気配はなかったのに。でも……もしかしたらガードナーが言うスタンピードの原因もバアルゼブブにあるかもしれないわね……! 分かったわ、ガードナー! あたし達もスタンピードを鎮めるのに協力するわ! 良いでしょ、カミトにアドラス?」


 ガイアスはスタンピードの件をバアルゼブブが原因であると考え、ガードナーの協力要請に応じる。

 何故かガイアスが代表して答えているが、カミト達にとってガイアスはかつての上司なので暗黙の了解なのだろう。

 しかし確認の為、カミトとアドラスにも意見を求めた。事後確認とも取れるが、性格の軽いガイアスなので仕方ないのであろう。


「そうですね……もしかしたらバアルゼブブは、スライム以外にも喰らった魔物に侵食して変化させる能力があるかもしれませんし、操る能力を持っているのかもしれません。私もガイアスさんに賛成です」

「私はどっちでもいいです。『禁呪』さえぶっぱなせれば……! ぐふ、ぐふふふ……」


 ガイアスが協力に応じるならば、カミトも当然応じる。

 元々バアルゼブブの件については、ガイアスからの要請があって軍が動いているのだ。そのガイアスが協力すると言うのならばカミトに否やはなかった。

 一方のアドラスについては何も言うまい。ただ……研究者気質の危ない雰囲気が言葉から漂っている。


「……あ、ああ、分かった。協力を感謝するぜ。恐らく魔物は鐘が四つ後辺りにバール村に辿り着く。それまでに掻き集められるだけ冒険者を集めとくから、お前らも準備はしっかりと頼む」


 アドラスの危険な雰囲気に引くガードナーだが何とか持ち直し、協力を感謝するというガードナーのその言葉でこの場はお開きとなった。そして、それぞれがそれぞれの準備の為に奔走し始める。

 ガードナーは掲示板コーナーに行き自ら冒険者に声を掛け、カミトとアドラスは時間が来るまで騎士達を十分に休ませる。

 ガイアスは一旦家に帰り、ルウファと住むログハウスを魔物から守る結界の魔道具へと許容量までマナを込めた。


「ルウはまだ帰ってないのね。まぁ、どっちにしてもルウが帰って来るまでには色々と片付いてるはずよね。待ってなさいよ、バアルゼブブ! 今回は『禁呪』や『スクロール』があるから、絶対にあんたを倒してやるから!」


 魔道具にマナを込めた後、ガイアスは勝手に軍から持ち出していた『スクロール』を胸の谷間にしまい、力強くそう独り言ちるのであった。

お読み下さり、ありがとうございます。

もしよろしければ、↓の☆にて応援して下さい、励みになります!

また、ブクマや感想などもお気軽にお寄せ下さい!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ