セイル村・6
お仕事が終わる前にこっそり更新……!
奇跡が起きた。僕は耳を疑った。
何故ならば──
「ルウ! あなたの荷物ならば私が持っています。宿に戻る必要はありませんよ? それと、今回の件を詳しく調べてバール村のギルド本部に報告もしなければなりません。手紙を届けたのに、受け取るべき人が居なくなってしまった事も含めて、です。だからあの場に戻って調べますよ! ほら、ルウもボサっとしてないで、一緒に行きましょう! 肉のスライムはルウが倒してくれたのでしょう? ならば、私たちの命の心配もありませんし、何も問題ありません。……いや、問題だらけでしたね。村人が肉のスライムに変化したのですから」
──ガルバが僕の正体を知っても、いつもの様に優しく語り掛けてくれたから。
僕の事を恐れもしないその物言いに……いや、いつもと同じく接してくれるその態度に、僕は涙を堪える事が出来なかった。
俯いていた顔を上げ、ガルバを含めてみんなを見る。何故かギルドの素っ気ない受付けのお姉さんもいるけど、みんなが優しい表情を浮かべて僕を受け入れている。
僕は嬉しさのあまり、泣きながら口を開いた。
「あり、がとう……ぐすっ……ガルバぁ……ぐすっ……うぇえええ〜ん」
「うん、ルウはルウだよ! ライムもルウの勇姿を見たかったな! ……うぅ、泣かないって決めてたのにぃ、やっぱりダメだよぉ……おかえりぃ……ぐすっ……ルウ〜……うわぁあああ〜ん!」
そんな僕にライムはいつもの様に話し掛けてきたけど、結局ライムも耐えきれずに涙を流し始める。僕はそんなライムと抱き合い、恥も外聞もなく、鼻水まで垂らしながら大声で泣いた。
僕は母様だけじゃなく、本当に素敵な人達と知り合う事が出来ていたんだね。うん、ライムとも親友のままでいられて凄く嬉しい。
そうしてライムと抱き合いながらも一頻り泣いた後、ジャッシュさんやガルバの言葉に元気良く返事を返し、現場検証の為にあの場へと引き返した。
その最中、
「ふぇぇ!? 君があのガイアスさんの娘さんのルウファちゃんかぁ〜! あ、私はアリエスだよぉ、よろしくねぇ! ジュル!」
ピンク色の髪をした豊満ボディを誇る受付嬢……アリエスさんが話し掛けてきた。身長は僕よりも少し大きいくらいだけど、うむ、実にけしからんボディをしている。
中々に柔らかそうだ。出来れば顔を埋めてみたい……!
いや、僕には母様がいる。いつもお風呂で抱き締めてくれる母様が一番だ。あのマシュマロの様な甘い匂いと柔らかさは……
……うん、それ以上は語るまい。神聖な母様に対しての冒涜である。
それはともかく、アリエスさんへと言葉を返す。話し掛けてくれたのに、返事をしないのは失礼だもんね。
「よ、よろしくお願いします……。所で、僕達が手紙をギルドに届けた時、アリエスさんはどうしてあんなに事務的な対応だったの? ジャッシュさん達と顔見知りだよね?」
邪な考えを振り払い、僕はアリエスさんにその事を訊ねる。こうして知り合ったのだったら、やっぱりその辺の事が知りたい。
あの時ライムもガルバもその事を気にしてた訳だし、一度気になったら理由を聞いて納得したいよね。
「それを聞いちゃうのぉ? それはねぇ……支部長に怒られるからよぉ! ジュル! 支部長ってぇ、私ばぁっかり怒るんだから嫌になっちゃうよねぇ……ジュル……」
「あ、あはは、何で怒られるの?」
「私ってぇ、こぉんな話し方でしょぉ? だからぁ、気を付けてないとすぐに地が出ちゃうのよぉ。だから事務的な対応になっちゃうって訳ぇ……ジュル」
な、なるほど。た、確かに怒られるのは嫌だよね。うん、僕も嫌だ。
と言うか、子供か! とツッコミたくなったのは僕だけじゃないはずだ。
アリエスさんのイメージが、僕の中で天然おとぼけキャラになったのは言うまでもない。
それはさておき、そんな事を話してる内に現場に到着した。僕がアリオクと戦っていた時は薄暗かったこの場所も、今はジャッシュさんが持つ灯の魔道具に照らされてそれなりの視界は確保している。
「これはまた……凄い有り様ですね。ルウの力がどれだけ凄かったのかがよく分かる状況です」
戦いの跡地を見て、ガルバがそう感想を述べる。
改めて僕も見ているけど、確かに酷い状況だ。篝火が焚かれていた辺りは元から牧草が刈り取られていたけど、そんなのは目じゃない程の広範囲が黒焦げになっている。
自分でやっておいて何だけど、酷い事するよね。うん、ホントに酷い奴だったよアリオクは。
心で密かに責任転嫁をしながらも僕達は現場検証を続けていく。
僕がアリオクの魔法で吹き飛ばされて、その時に出来たクレーターを調べ。
アリオクが破壊したセイル村の城壁を調べ。
肉のスライムの残りカスと言える、辛うじて消し炭を免れた肉片を採取し。
最後、僕が操る炎の人狼が切断したアリオクのグロテスクな舌が落ちているはずの場所を訪れた。
ちなみに、アリオクの事はここに来るまでに既にみんなへと話している。じゃないと色々説明がつかないからね。
「可笑しいなぁ……? 確かにここに落ちてたはずなんだけど……」
ジャッシュさんが持つ灯の魔道具を借りて手に持ち、アリオクの舌が落ちていた場所をくまなく探す。何度も行ったり来たりを繰り返し、確認するかの様に僕はそう呟いた。
僕の呟きに、ライムが意見を述べる。
「もしかして、ルウの最後の攻撃の時に一緒に消えちゃったんじゃないの? ライムはそう思うよ?」
「うーん、それならそれでいいんだけど。でもアイツ、再生能力があったから少し心配なんだよね……」
ライムの言葉に僕はそう返したけど、確かに僕の気にし過ぎかもしれないね。
だいたい、生き物は頭を潰されたら大概は死ぬんだから、アリオクだって切断した舌以外は全て消えたんだから生きてる訳ないよね。うん、やっぱり僕の気にし過ぎだ。
ジャッシュさんに灯の魔道具をありがとうの言葉と共に返すと、そのジャッシュさんが現場検証の終了を告げた。
「とにかく、だ。宿に戻って情報を整理して、んで、一眠りした後に行動開始だ」
「あら? 珍しくジャッシュがまともな事言ってるわね。良からぬ事が起きなきゃいいけど……」
「ば、バカ! 俺だってなぁ、まともな時くらいある! それに子供も産まれてくるんだ、いつまでもバカのまんまじゃ産まれてくるガキに笑われちまうよ」
「うふふ、そうね。頼りにしてるわよ、新米パパさん!」
ジャッシュさんとアニーさんの惚気はともかく、僕達は現場検証を終えて無人の『長閑な田舎亭』へと戻った。
そうして集めた情報を整理して……と言っても、ほとんど僕の話をまとめただけだけど、それらをアリエスさんがメモに書き留めて一先ずは終了となった。漏らしてしまった股間と足の汚れは、宿に着いた時にこっそりと拭いた事を追記しておく。
そして、
「──つまり、僕は神滅の森の奥深くに住んでいた神狼なんだ。だから僕は人間を喰わないし、襲わない。……まぁ、悪い人間は殺したりするけどね」
僕が神狼である事をみんなに打ち明けた。もちろん、母様が僕の眷属という事もだ。じゃないと、アリオクを倒したあの魔法の説明もそうだけど、色々と辻褄が合わなかったからね。
「なるほど……だからこそあの雷の音なのですね。それとルウの魔法が今の私に使えない事も分かりました……!」
「え!? ルウって神様だったの!? ら、ライム、心を入れ替えて真面目に生きるから、天罰を与えないで下さい!」
全てを説明した所、みんなは驚きの表情を浮かべていたけど、やはり付き合いが長い分ガルバとライムが初めに口を開いた。
うん、二人ともいつもと同じ様な返しだね。ホッとするよ。
「……という事はよ? わたしもルウちゃんの血を飲めばガイアスさんと同じになれるって事よね?」
ふと我に返ったアニーさんがそう訊ねてくる。その目はかつての母様を彷彿とさせる輝きが見て取れた。そう……僕の血をちょうだいと言ったあの時の母様と同じ目だ。
「ば、バカ言ってんじゃねぇよ! 仮にワーウルフになったとして、その時はお前の腹にいる俺のガキはどうなる!? ガイアスさんと同じになるって言っても、ガキが産まれてからじゃねぇと俺は認めねぇぞ!!」
「……そ、そのくらい分かってるわよ……!」
…………。
う、うん、子供が産まれて、その時に気が変わらなかったら考えるよ。
「もちろん、私にもくれますよね? ルウの血」
…………。
……ガルバ?
「あ、ガルバ、ズルい! 親友のルウだけワーウルフだと色々と危ないから、ライムもルウと同じになってあげるからね!」
…………。
……言うと思ったよ、ライム。
「こ、この流れは……!? じゃ、じゃあ私も眷属とやらになろうかなぁ……なんて……ジュル♪」
…………。
……どうしてこうなった?
「血をあげるのは構わないけど、本当にいいの? 確かに人狼になれば力が増すし、魔物の肉を生でも食べられる。狼形態になれば、草原や森の中を自由気ままに走る事だって可能だ。でも……凄く痛いよ? 変身するのって」
眷属が増えるのは、実を言うと僕は嬉しい。だって、血を分けた本当の家族になるんだからね。
でもそれとは別に、僕の眷属になるって事は、常に人間に討伐される可能性が付きまとう事でもある。
だからこそ、僕は変身は激痛だと伝えてやんわりと断りの言葉を口にした。
「痛みなんて気にしません! 私はルウの魔法を是非とも覚えたいのです! ルウの眷属になっても使えないとは聞きました。ですが! 今の私よりは可能性があります! 私はその可能性にかけたいのです!」
ガルバは珍しく拳を握り熱弁をふるう。いつもは気弱そうな目も血走っている。
「そうよ、ルウ! ライムだって、ライムだって……! 親友のルウだけ強いなんて許せない! 痛いのが何よ! 人前で漏らすよりはよっぽど痛くないよ!」
うん、ライムはライムだね。ある意味凄く頼もしいよ。
「わたしも子供が産まれたらよろしくね!」
「……アニーがワーウルフになるってんなら、俺と産まれてくるガキも頼む……」
結局、全員の気持ちは変わらない……か。
僕を受け入れてくれた母様と同じって事だよね。ならば、僕もみんなの覚悟を受け止めなきゃ。
それが覚悟を示したみんなに対する礼儀だよね。
だけど、
「最後にもう一度確認するけど、ガルバ。両親の許可は取らなくて良いの? それにライムも。ライムはお姉さんのレイラさんもだけど、王都に両親も居るでしょ? 許可なく僕の眷属になって、後で僕が恨まれるのは嫌だよ?」
そう、僕はその事を最後に訊いた。
母様やジャッシュさんとアニーさん、それにアリエスさんは既に大人だから問題は無い。両親が居ようと、大人として認められているから自己責任となるからね。
しかしライムやガルバは未成年だ。まぁ、僕も含めてだけど。こういう事はしっかりと確認しないとダメだよね。
「普段は人間の姿でいるのです。……私はハーフエルフですが。それを踏まえて考えても、何も問題無いとの結論に達しました。なので、今すぐお願いします……!」
僕の最後の問い掛けに、ガルバは力強くそう答える。その表情はいつにも増して凛々しく見える。まだ十歳児の子供とは言え、やっぱりガルバも男なんだね。
「ライムだってガルバと同じだよ! それに、ライムは一生ルウと親友だって心に決めてたんだもん。そのルウがワーウルフだったら、親友のライムだってワーウルフがいい! レイラ姉さんやママやパパにバレてもいい。その時は家を出てルウと一緒に森で暮らすから!」
ライムの言葉は僕の心の深くに突き刺さった。
普段は何も考えずに物事を言うライムだけど、実際は凄く考えそして悩み、更に他人の事を思いやる心の持ち主だったんだね。ライムとは親友として付き合ってきたけど、そんな事も見抜けないなんて親友とは言えないよね。
でも僕は、今回ライムの心を良く理解した。それにライムが僕の眷属になれば、それこそ僕達が死ぬまでずっと親友のままだ。家族でもあるし、親友でもある。
それを実感した時、僕の目からは自然と涙が溢れていた。
「ありがとう、二人とも……ぐすっ……じゃあ血をあげるけど……ぐすっ……人狼じゃないと傷が治らないから……変身するね……ぐすっ……」
二人の覚悟に感動して、涙を流しながらも僕は人狼へと変身し始める。
自然界のマナを体に集め、変身のプロセスを辿る。
次第に体には激痛が走り、骨格や肉体の形状の変化に体中が悲鳴を上げる。激痛に耐えられずに、宿の床には水溜まりを作ってしまった。
恥ずかしい気持ちも湧くけれど、ライムやガルバの覚悟を思えば些細な事だよね。
僕は身長2・5メルトの巨躯を誇る人狼への変身を終え、ドラゴンローブの胸のホルダーからドラゴンナイフを抜き、そっと左手首へと添えていた。
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