セイル村へ・5
ジャッシュとアニーは二十代前半の若夫婦です。
もちろん、毎日の様に営んでます。
ええ、励んでます……!
ロック山を抜ける時に野盗に襲われた僕達は、その野盗の不気味さに恐れを抱きつつも全滅させ、その後、山を抜けた所で夕暮れを迎えた為夜営となった。
「夜営もとりあえずは今日でおしまいだ! 明日はいよいよセイル村だ。もう野盗に襲われる事もねぇと思うが、最後まで気を抜かずに乗り切るぞ!」
「そうね、ジャッシュの言う通り、明日にはセイル村に到着するわ。だから、気が抜ける今夜が一番危ないのよ。分かったかな、ルウちゃんにライムちゃん、それにガルバ君」
それぞれ一人用テントを組み、焚き火を囲んでの食事の時のジャッシュさんとアニーさんの言葉である。フラグを立てるのはやめて頂きたい。
フラグはともかく、僕達猛き白狼は既にその事は理解している。何だかんだで何回も依頼を受けてるからね。
それに、むしろ気を抜くなとはジャッシュさんとアニーさんに言いたい。
僕は知っている。夜の見張りの時、二人がこっそりと夜の営みを行っていた事を。
詳しくは言わないけど、たまに声が漏れてたし、それに僕は匂いで分かる。どうせ今夜も励むのだろう。主にジャッシュさんが。
まぁ二人もまだまだ若いんだし、気持ちも分かる。……程々にね、としか僕には言えない。
「……程々にね?」
「ん? ルウちゃん、何か言った?」
「ううん、何も言ってないよアニーさん!」
「そう? じゃあルウちゃんは明け方の見張りだから、それまではしっかりと休んでね」
…………。
うっかり言ってしまった。口は災いの元なんだから、僕のこういう所は直さないとね。
ちなみにだけど、僕は前世においても今世においてもそんな経験はしていない。……え? 知ってるって?
コ、コホン……。
だ、だけど、正直に言うならやっぱり気になる。
しかし、前世で経験が無い以上、男の子の感覚は分からない。
今世においては僕はメスである。母様とのお風呂で何かに目覚めつつあるけど、果たしてその感覚に身を委ねて良いのかは不安だ。何せ……
……うん、これ以上考えるのはやめておこう。取り返しのつかない事になったら大変だ。
そんな邪な考えも浮かんでくるが、ともかく僕は見張りの順番がくるまで眠りに就くのだった。
☆☆☆
見張りの順番が来る前に目が覚めた。
……盛りすぎでしょ、ジャッシュさん。
それはさておき、さっきから得体の知れない匂いが近付いてくる。甘いような、酸っぱいような……それに近いけど、もっと嫌な匂いだ。
決して、ジャッシュさんとアニーさんの営みの匂いでは無い。あの匂いは…………複雑な匂いである。
そんな事を考えてる場合じゃない。もしもその匂いの持ち主が危険な存在ならば、すぐにでも対処しなければ命の危険に繋がる。
それに、今の時間帯の見張りは確かガルバだ。ガルバには精霊魔法があるから簡単にはやられないとは思うけど、やはり得体の知れない匂いに不安が増す。
僕はテントを出て辺りの様子を窺いながら、ガルバの傍へと近付いた。
「お疲れ様、ガルバ。何か異常は感じる?」
焚き火の前で辺りを警戒するガルバへと僕は声を掛ける。先程よりも、得体の知れない匂いが強くなってきている。僕の不安も高まった為、ガルバに掛けた声も若干上擦ってしまった。
「どうしましたルウ……? 順番までは少し早いですよ? 異常……ですか。今の所精霊にも異常は見られませんし、マナの動きにも異常はありません」
「そ、そっか。僕、なんだか落ち着かなくて目が覚めちゃった。セイル村にもうすぐ到着するからかな? あ、あははは……」
「……? いつも変ですが、今夜は特に変ですね……?」
くっ……!
ガルバは僕の事をいつもそんな風に見てたのか……!
い、いや、今はそんな事を気にしてる場合じゃない。得体の知れない匂いは更に僕達へと近付いている。
僕の秘密を隠してる場合じゃない。夜にだけ使える《スピリット》と《ソウルウルフ》の魔法の事をガルバに明かしてでも、この得体の知れない匂いに対処しないとヤバいかもしれない。
「ねぇ、ガルバ……僕、実はガルバ達に内緒にしてた事があるんだ……」
例え嫌われてもいい、僕はそれでもガルバやライム達が生きてさえいてくれれば。
そう思い、ガルバに僕の秘密を打ち明け始める。
「……おねしょしてる事や、大きい方を漏らした事がある事なら知ってますよ? ルウは誤魔化してるつもりでしょうが、たまに匂いがしてますから……」
「──ッ!? へ、変態! 何で知ってるのさ!? 匂いだってしないように何回も綺麗に洗ってたのに!?」
ま、まさか、僕の恥ずかしい秘密がガルバにバレていたとは夢にも思わなかった。絶対にバレてないと思ってたのに……。
……ライムにはバレてないよね?
「あ、ライムにはバレてないと思いますよ? むしろ、何故それを私に打ち明けようとしたのかが不思議でなりません。……何か悪いものでも食べましたか?」
…………。
ライムにはバレてなくてホッとしたけど、ガルバが勘違いしたままだと、この後に来る得体の知れない匂いの持ち主に対処出来なくなってしまう恐れがあるので、僕は本当の秘密をガルバに打ち明ける。
「ライムにバレてなくてホッとしたけど、僕が言いたいのはそんな些細な事じゃないよガルバ。実は僕……夜の間だけ特殊な魔法を使えるんだ。証拠を見せる為に唱えるけど、絶対に驚かないでね? ──《スピリットウルフ》!」
神狼形態じゃないから強度が半分以下だけど、僕は半透明の神狼の母様そのものといった魂魄魔法を発動して見せた。
体長5メルト、体高2・5メルトの仄かに光る半透明の巨大な狼のシルエットが僕の傍へと出現する。
「こ、これは……! ルウ、あなたは【特異魔法】を使えたのですか! しかもこの魔法は……失われたはずの古代召喚魔法……! 私の精霊魔法など及びもしない魔法をルウ……まさかあなたが使えるとは……」
僕の魂魄魔法を見て、ガルバは驚愕の表情と共にそう小声で叫ぶ。うん、ガルバって意外と器用だね、小声で叫ぶなんて。
冗談を言ってる場合じゃないね、すぐそこまで何かが来ている。
ガルバの驚愕をよそに、僕は《スピリットウルフ》をそちらに向ける。並列思考で繋がってるから、もう一人の自分の体を動かす要領だ。
すると、人間形態の僕よりも視力に優れる《スピリットウルフ》の視界には既に何者かの影が捉えられていた。
「ごめん、ガルバ! 詳しく説明するのは後だ……! コイツは僕が対処するから、ガルバは頑張ってるジャッシュさんとアニーさん、それにライムを守って! 《スピリットウルフ・フェンリル》!」
「が、頑張ってる? ジャッシュさん達は何を頑張っているのですか!? ──ッ!!」
魂魄魔法──《スピリットウルフ》に神狼だけの属性である雷属性とフレイムエイプの魂を吸収して得た炎属性を融合させ、より強力な《スピリットウルフ・フェンリル》を発動させた僕に、ガルバがジャッシュさん達が何を頑張っているのかと聞いてくる。
僕はその問い掛けに答えられるが、答えたくもないし、答える暇は既にない。
ソイツは、いつの間にか僕達の前に静かに佇んでいた。
「君たち……こんな所で夜営なんて危ないから、今すぐこちらに来なさい? あぁ……美味そうだぁ……。ほら、うぉれがぁああ、喰らってやぁるぅうかぁらぁああ!!」
ソイツは当初、普通の人間だった。歳は二十代半ば辺りの男性。格好は革の軽鎧を身に纏い、胸にはラディアス王国の紋章である竜に対峙する騎士の刻印がされていた。つまり、村を守る守衛だ。
ソイツが来た方向を考えるに、恐らくセイル村の守衛だったんだろう。
しかしソイツは言葉を連ねるごとに体が崩れ、次第に体長が2メルト程の赤黒い肉のスライムといった姿に変化する。所々に血管のようなものが浮き出て脈打つ様は、人間の根源から来る恐怖を感じさせる。
だけど、ただ肉のスライムという訳じゃない。その肉のスライムには巨大な口が、そう口だけがある。焚き火の僅かな光源に照らされ、艶めかしくもグロテスクな口が怪しく蠢いていた。
「こ、コイツはいったい何ですか! 人間がこんな化け物になるなんて聞いた事ありません……!」
口が付いた肉のスライムを見て、ガルバはそう叫ぶ。
「ガルバ! さっき僕が言った事をお願い! コイツはここで僕が始末する……! 行け──《フェンリル》!」
『ブァハハハハ! ご馳走だァあああ!!』
僕の言葉を聞き、ガルバはジャッシュさん達を守る為に後ろに下がる。僕はそれを横目で確認しながら、肉のスライムに向けて《フェンリル》を突撃させた。
雷の速さと衝撃、炎の熱を兼ね備えた《フェンリル》の体当たりだ。肉のスライムくらい訳なく倒せるはずだ。
肉のスライムは《フェンリル》を食べられると思ったのか、ご馳走だと叫びながらそのグロテスクな口を目一杯に開けて《フェンリル》を喰らおうとしている。開けた口の中は粘液の様な物が糸を引いていた。
──ッ!!
驚く事に、肉のスライムは《フェンリル》を丸呑みする程の大きさへと膨張している。《フェンリル》の速度に反応した肉のスライムの能力には驚いたけど、雷と炎の狼に体内から焼かれて死ね──!
『あばばばばァ!? おぉいしィイイイっ!! シア……ワセ……だぁぁ……ぁ……ぁ……』
肉のスライムは《フェンリル》を丸呑みすると、嬌声を上げながらも内部から焼かれ、グジュグジュグツグツと嫌な音を起てながら焼滅していった。後には、消し炭の様なカスだけが残されている。
久しぶりに唱えた《スピリットウルフ・フェンリル》のお陰で実にあっさりと倒す事が出来たけど、肉のスライムに変化した人間がセイル村の守衛だとすれば、いったいセイル村はどんな事になっているのかと不安になる。
果たして、僕達はこのままセイル村に向かっても良いのだろうか。
この後ジャッシュさん達を含めて相談する必要があるね。
僕は肉のスライムが焼滅したのを見届けた後、《スピリットウルフ・フェンリル》を解除する。そのままにしておくと、誰かが近付いただけで熱で殺してしまう。
「お、終わった様ですね……! しかしルウ、あなたの魔法は恐ろしい程の威力ですね! その魔法は私にも使えるのでしょうか? 使えるならば、是非とも教えて欲しいものですね……!」
肉のスライムの焼滅を確認後、ガルバは恐る恐る近付いてきて僕に話し掛けてきた。さすがガルバだ、魔法の事に関して貪欲である。
しかし、魂魄魔法は僕以外は使えない。理由は、神狼である僕だけにしか使えない魔法だからだ。
使う為には倒した、もしくは喰らった相手の魂を吸収する必要がある。吸収した魂を僕のマナと自然界のマナを使い変換……そして吸収した魂へと再構成して放つのだ。
その工程は神狼である僕にしか出来ない。だから、ハーフエルフとは言え普通の人間のガルバには絶対に使う事が出来ない魔法なのだ。
「コイツはいったい……? ここで何が起きて、どうしてこんな盛大に燃えた跡があるのか詳しく説明してくれ……!」
魂魄魔法はともあれ、ジャッシュさん達がテントから出て来たので説明しなくちゃね。
明け方とは言え空は薄暗く、まるでこの先に待ち構える不安を表すかの様な雰囲気の中、僕は今の出来事をみんなへと語るのだった……
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