◎森の異変
三人称視点です。
ルウファ達が下水路で大変な目にあっている頃、ガイアスは神滅の森の中を一人で探索していた。
まぁそれも当然とは言える。何せ彼女はこのラディアス王国に二人しか居ない神金級ランクの冒険者なのだ。彼女に付いて行くとなると、最低でも白金級ランクの冒険者が必要であろう。それ以下の冒険者は完全に足手まといである。
「確かにエリスの言う事は本当だったみたいね。恐らくこの場所よね、ゴブリンが集落を築きつつあった場所って……」
ランクはともあれ、ガイアスが呟くその場所には草木の一本も生えておらず、半径50メルト程の歪な円形をした荒地と化していた。
その場所は、ルウファ達猛き白狼が見付けた、拠点を築きつつあるゴブリンの集団をバアルゼブブが根こそぎ喰らった場所である。
「ゴブリンの集落が消えたのはアイツらが不味いからありがたいけど、このままだと他の冒険者……特にルウ達みたいな低ランク冒険者にとっては拙い事態よね……」
人に聞かれたら大変に拙いセリフを口にしながら、ガイアスは事の重大さに気付く。
ガイアスが言う様に、ゴブリンやオークなどは低ランク冒険者にとっては生活をするのに必要な魔物だ。依頼を受け、その討伐報酬や素材報酬によって生活費を稼いでいるからである。特にオークなんかは食材として幅広く流通されており、バール村……いや、ラディアス王国中がその恩恵に与っている。
つまり、それらの魔物が軒並み居なくなってしまえば低ランク冒険者が生活に困るだけではなく、多くの人が食料不足に陥る可能性も考えられるのだ。
「ゴブリンだけなら問題ないけど、オークもとなると大問題よね……。とにかくオークの集落にも行ってみるか」
ガイアスはゴブリンの拠点跡地を後にし、呟いた様にオークの集落を目指して移動を開始した。
しかしその移動の最中、ガイアスは森の異変に気付く。
「これって……ルウが言ってた男が通った跡かしら?」
ガイアスがそう口にしてしまうのも仕方ない事だろう。何故ならば、何者かが通ったであろう場所は道の様に草木が生えていないのだ。
だが、生えていなかった訳ではなく、ゴブリンの拠点跡地の様に荒地となっており、見れば、そこにかつては草木が生えていたであろう事は分かった。
そう、力ずくで木を根こそぎ抜いた様な跡が続いているのだ。となれば、考えられるのはルウファが言っていた男が何かをしながら通ったという事。
「人間を喰うってルウは言ってたけど、人間や魔物だけじゃなくて森の木々も喰うのかしら……?」
ガイアスはそう口にしながらも荒地の道を進む。
ガイアスの考えが正しいのならば、この荒地の道を進んだ先にルウファの言っていた男がいるに違いない。
そう考えながら、ガイアスは荒れる足元に注意して先へと進む。
「あれ? ガイアスさんがこの辺りに居るなんて珍しいっすね」
「馬鹿! あんたは何でそんなに気軽に声を掛けるのよ!?」
そうして進んだガイアスの先に、二人組の冒険者の姿があった。恋人なのか夫婦なのかは定かではないが、若い男の冒険者と女の冒険者の二人組である。
その男の方の冒険者がガイアスへと気さくに声を掛けてきた。一方の女の冒険者はその男に小言を呟いている。その様子から、二人の仲は良い様だ。
「こんにちわ。ねぇ、あなた達……この辺で怪しい男を見なかった?」
二人組の冒険者にそう聞くガイアス。
怪しい男を見たのならばその情報が欲しい所だが、もしもその男をこの二人が見たのならば喰われていても可笑しくはないな、と思いながらも尋ねる。
「怪しい男……ですか? わたし達は見てないですね……」
「ああ、俺も見てないな……って言うか、そんな男がいたら俺が捕まえてやるよ!」
「あんた! ガイアスさんに失礼よ!?」
ガイアスの質問に答える二人組。相変わらず男の方は気さくな態度である。
「そう……見てないなら良かったわ。その男を目撃してたらあなた達……命が無かったかもしれないわね。だからあなた達も、もしも怪しい男を見かけたのならすぐに逃げなさい? じゃないと喰われるわよ?」
「喰われる……ですか?」
「人間が人間を喰う訳ないじゃないっすかガイアスさん! その人間がオーガだってんなら分かりますがね?」
もしも見かけたら逃げなさいと忠告するガイアスに対し、二人の冒険者はその言葉を信用しない。
まぁ、普通に考えれば人間が人間を喰らう事はしないだろう。その人間が魔物が化けた人間じゃない限りは。
「あ……そうか。あたしやルウみたいな存在ならその可能性もあるのか……。ありがとう、あなた達。お陰で情報が得られたわ。あと、何の依頼で森に来てるかは知らないけど、今はギルドから緊急依頼が出されていて、低ランク冒険者は五人以上のパーティを組んでないと入っちゃダメになってるからとにかく早く帰りなさい? あなた達、見た所青銅級ランクでしょ? さっきも言ったけど、青銅級ランクが森に入れるのは最低でも五人以上のパーティを組んでる冒険者達だけよ?」
男の冒険者の言葉でガイアスは気付いた。ルウファやその眷属となった自分の様に、強大な力を持つ魔物が人間に化けている可能性を。
そしてガイアスは再び二人組に忠告を発する。二人は何気ない仕草からして低ランク冒険者だ。神金級ランク冒険者のガイアスからすれば一目瞭然、実力のない冒険者の命を無駄にしない為にも帰った方が良いと諭した。
「俺らなら大丈夫っすよ! なぁ?」
「なぁ? じゃないでしょ! ありがとうございます、ガイアスさん! まさかそんな緊急依頼が出されてるとは知りませんでした。わたし達、二日前からオークの討伐依頼で森に来てたんですが、オークが見付からなくて……。とにかく今回の依頼は諦めて帰ります。ほら! そういう訳だから、あんたも帰るわよ!」
「痛てぇ!? 何も叩く事はねぇだろ!? ったく……ブツブツ……」
忠告に従おうとしない男に対し、頭を叩きながら諭す女の冒険者。中々に二人の仲は良さそうだ。もしかしたら二人は夫婦なのかもしれない。ガイアスはそんな二人の様子を微笑ましく見つめている。
ともあれ、その二人組の冒険者が森の出口の方角へ去るのを確認した後、ガイアスは再び荒地の道を先へと進む。
それから一時間程進んだ先で、ガイアスはオークの集落跡地に辿り着く。
「やっぱり……! くそっ、全てが根こそぎ喰われてるわ! あたしが目を付けてた集落だったのに……!」
いずれは喰ってやろうと、密かにオークの集落を狙っていたガイアスは本当に悔しそうな表情を浮かべながら独り言ちる。それはもう涙も流さんばかりに悔しそうな表情である。
しかし、そこでガイアスは一つの事実に気付く。
……いくらルウファの眷属となったガイアスでも、オークの一大拠点と呼べるこの大きな集落を僅かな時間で根こそぎ喰らう事は出来ない。つまり、ガイアスが追っている怪しい男は恐ろしい力を持っているという事だ。
「時間を掛ければオークを全滅させる事はあたしでも出来るけど、僅か数日の内に全滅させるなんて出来ないわ……。もしもこれが一日で根こそぎ喰われてたとすれば、あたしなんかじゃ勝てないかも……?」
そこでガイアスは悩む……果たしてこのままその男を追っても良いのだろうか、と。
「ううん、もしも危なそうなら逃げればいいんだし、行くだけ行ってみるか……! 万が一でも、いざとなれば変身して逃げれば大丈夫よ!」
元来が軽い性格である為、ガイアスの悩みは一瞬の内に解消した。この辺りはさすがガイアスと言えよう。
しかしガイアスの言葉の中に気になるものもある。いざとなれば変身して逃げればいい、という言葉だ。
ルウファの眷属となってからのガイアスは定期的に狩りを行ってきた。その際、自宅から真紅の狼形態へと変身していたのだが、その時はいつも全裸であった。
となれば、今回の様に人間の姿で探索に来ているのに変身なんてしたら、今着ている服や軽鎧などの装備品はどうするのかと疑問が湧く。
その答えは、
「ルウの持ってたドラゴンの革と、ルウの本当のお母さんの毛皮を使わしてもらって正解だったわね。それに、マイキーの腕の良さにも感謝だわ! 今までの白の革鎧がルウの着てるドラゴンローブと同じ機能になったんだもの」
との事である。
つまりガイアスが変身しても、ガイアスが着ている服や革鎧はガイアスの変身に合わせて変化するのだ。人見知りツンデレ老ドワーフの技が光る一品となっている。
しかしその為、ガイアスも下着類は付けていないという欠点もあるがそれは些細な事だろう。
ルウファに下着類を付けさせていないのだ、ガイアスもそれくらいは受け入れるというものだ。
ちなみにだが、ルウファのドラゴンローブなどの装備品とガイアスの服や革鎧の加工にマイキーへと支払った金額は、何と虹金貨10枚である。日本の価値にして10億円相当……莫大な金額である。マイキーの顔がホクホクだったのは言うまでもない。
ともあれ、ガイアスは更に荒地の道を先へと進む。途中人気が無い事を確認し、真紅の狼形態へ変身して進んだ。
そうして進む中、オーガの集落、トロルの集落の消滅を確認したガイアスはその後、ルウファの言っていた男の姿を遂に目にする。ガイアスが神滅の森へと入って翌日の事であった。
ただし、ルウファが言っていた姿とは違う部分もあった。それは両側頭部に生える禍々しい角だ。その姿を目にしたガイアスは、まるでお伽噺に登場する魔王の様だと感じていた。
ガイアスの感想はともかく、魔王然としたその男はドラゴン平原の中心付近……テンペストドラゴンの骸を前に佇んでいた。
「あんたがルウが言っていた男ね。探したわよ?」
ガイアスは人間の姿に戻り、その男……バアルゼブブへと声を掛ける。人間の姿に戻ったのは、狼形態や人狼形態では言葉が通じないからだ。
「ようやく来たか……俺の同胞よ。お前が近付いているのは匂いで分かっていたぞ? 強き者よ……!」
ガイアスの言葉にそう答えるバアルゼブブ。その視線はテンペストドラゴンの骸に向けられたままである。
「……同胞? やめてよね、あんたみたいにあたしは人間なんて喰わないわ!」
「喰わず嫌いは良くないな。人間は美味いのだぞ?」
人間なんて喰わないと言うガイアスに対し、バアルゼブブは子供の食わず嫌いを諭すかの様に答える。その時点で、バアルゼブブは初めてガイアスの方を向いて対峙する。
「ほう……! これはこれは美しい女性だ。さぞかしお前の肉は美味いのであろうな。それに……俺の力を試すにはもってこいの相手と見える。そうは思わんか?」
ガイアスに対峙し、バアルゼブブはそう続ける。
バアルゼブブにとってガイアスは、正に対ルウファの試金石となる存在であった。つまりバアルゼブブは、ガイアスがルウファの眷属である事を匂いで分かっていたのだ。そして同胞と言った様に、ガイアスも自らと同じでルウファの血によって力を得た事も分かっていた。
ならば、自らの力がルウファに通じるのか、そして勝てるのかという事をガイアスと戦う事で測ろうとするのはバアルゼブブにとって必然であった。
「まずは……素の力で試させてもらうぞ!」
そう言葉にしたバアルゼブブは、フォレストスライムとしての能力によって、予備動作も無しにガイアスへと襲い掛る──!
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