下水路の掃除
今回は、出来るだけ想像しない事をオ・ス・ス・メ・シ・マ・ス!
「〖風の精霊に乞い願う。我は汝の友であり、古き友人である。我がマナを糧として差し上げよう。それを以て我が範囲の空気を浄化したまへ! 《空気の浄化》!〗」
魔導排水処理施設の下水路の掃除依頼を受けた僕達猛き白狼は、施設の管理者であるゲイリーさんの案内の下、その下水路へと足を踏み入れた。
しかしあまりの臭気に、僕達は三人ともが意識を失う寸前に陥ってしまう。
だけど、我がパーティのご意見番であり頼れるハーフエルフのガルバは咄嗟に精霊魔法を唱えて風の精霊を召喚し、僕達の周りの空気を清浄なものへと変えてくれた。正にファインプレーである。
「た、助かったぁ〜……! ありがとうガルバ! あまりの臭さに、僕は鼻が曲がるかと思ったよ……」
「ライムも〜……。本当にありがとうガルバ……!」
僕とライムはガルバにお礼を述べる。親しき仲にも礼儀ありじゃないけど、助けてもらったんだからお礼は言わないとね。
「いえ……私もさすがに無理でしたからね、あの臭さは……。ともあれ、どうやらそこに置いてある道具を使って掃除をする様ですね」
新鮮な空気のありがたさを改めて理解した所で、ガルバが掃除道具を見付けた。
掃除道具は、扉を入ってすぐの壁際に無造作に置いてあった。そこには、デッキブラシの様な物やスコップの様な物、それに長靴と長手袋がある。それと、結構な大きさのアクアストーンが置いてある。
「このアクアストーンを使って水を出して、こっちの道具で掃除しろって事かな? 長手袋と長靴は色んなサイズがあるから、それぞれ自分に合ったのを使えって事だろうね。……汚れてないよね? でも、使用後はアクアストーンで洗って元の場所に戻すのが常識的だよね」
僕はそう言いながら長手袋などに汚れが付いてないか確認し、そして身に付けた。うん、付けた感じは可もなく不可もなく、汚れも付いてないから匂いも大丈夫だ。
「二人とも用意は良い? じゃあ……行くわよ!」
「「了解!」」
長手袋を付けて革靴の上から長靴を履き、デッキブラシやスコップなどの道具を持った所で、ライムの号令で先へと進む。
扉のある所は一応部屋の様になっていて、その先に本当の下水路が続いてるみたいだ。
少し進むと用水路の様になり、脇には人が歩ける通路が造られている。
天井には灯りの魔道具が等間隔に吊り下げられていて、それなりの明るさを確保出来ていた。
さすがに真っ暗だと掃除も出来ないよね。動力となるマナは、どうやら管理者のゲイリーさんが魔石を使って補ってるらしい。下水路までの階段を降りる時にゲイリーさんがそう言っていた。
そんな下水路、魔導排水処理施設の建物の煉瓦造りとは違い、冒険者ギルドの様に石が組まれて造られた地下トンネルとなっている。
いつの時代に造られたのかは分からないけど、しっかりとした造りを見るに、当時の人間にとっては一大事業だったんじゃないだろうか。
こうした下水路を完備したからこそ、バール村はこれ程巨大な都市として発展したのかもね。
ともあれ、そんな事を考えながらも下水路を進む僕達は、この施設の核と呼べる巨大な魔道具を目にする。
「こ、これがバール村の全ての排水を処理する魔道具ですか……! 恐ろしく巨大であり、そして美しさを感じさせる程の複雑な構造をしてますね!」
その魔道具を目にしたガルバの言葉である。
僕達の目の前には、全長及び全幅が100メルトを超える巨大な魔道具が鎮座していた。
僕は前世において、工場などの巨大な設備をテレビなどで目にしていたのでそれ程感動を覚えないけど、このファンタジー溢れる世界の住人であるガルバはやはり興奮を覚えるものなのだろう。ガルバは目を見開き、忙しなくその魔道具を観察している。
その魔道具は一見すれば巨大な溶鉱炉の様である。しかし、やはり排水を処理する為の魔道具である事を主張する様に、下水路から排水を組み上げる為の巨大なパイプが繋がっていて、その魔道具自体も所々にパイプが複雑に絡み合う様な造りとなっている。
その魔道具の奥を見れば地下河川が見えてる事から、排水を処理して綺麗になった水をその地下河川に流してるのだろう。
こうした人間の努力が、この世界の綺麗な風景を守ってるんだろうね。
「それじゃあ……やりますか!」
僕は二人にそう声を掛ける。いつまでも排水処理の魔道具を見ている訳にもいかない。
お金を稼ぐ為に依頼を受けて来ているのに、見てるだけじゃ社会見学になってしまうし、詐欺にもなってしまう。
「所々にこびり付いた汚れをこのブラシで擦って落とせば良いんだよね。じゃあルウ、擦るのは任せたわよ! ライムはアクアストーンにマナを込めて水を流してあげるから!」
「私は精霊魔法を維持するので大変なので、やはりルウに任せました」
…………。
「返事は!」
「はーい……」
……薄々そうなるんじゃないかなって思ってたけど、やっぱり一番大変な作業は僕なんだねライム。
まぁ、ゲイリーさんから汚れても大丈夫な様に作業着を借りてるし、匂いもガルバの精霊魔法のお陰で気にならない。なら、頑張るしかないよね!
排水処理の魔道具の傍の下水路から流れを遡り、汚れがこびり付いた場所を見付けてデッキブラシで汚れを落としていく。デッキブラシで落ちない汚れはスコップで削ぎ落とした。
もちろん、僕達は下水路の中へと降りて作業をしている。長靴が股下まであるタイプの物だからこそ、僕達は下水路に降りて作業出来ているんだけどね。
足首から少し上くらいの長靴だったら…………うん、考えるのはやめよう。
「ライム、ここの汚れは落ちたから水で流して!」
「うん、分かった!」
下水路の壁際の汚れを落とし、ライムに水で流してもらう。詳しくは言えないけど、やっぱり排泄物そのものだよね……。
そうした作業を行う事二時間あまり、驚くべき事にと言うか、やっぱりと言うか……ネズミタイプの魔物が僕達の前に姿を現した。
「……【ダストラット】ですか。確かルウはナイフを持って来てましたよね? それで対処をお願いします」
ダストラット。体長が50セルトもある大きなネズミタイプの魔物だ。いわゆるドブネズミである。
この魔物は神滅の森には棲息しておらず、主に都市部などの人間の生活圏に出没する。さすがに僕も食べた事はないし、食べたくもない。当然、ダストラットの力も得てはいない。
このダストラット、普段は大人しい為襲ってくる事はないが、やはりテリトリーとなる下水路に僕達がいる為、自らのテリトリーを守る為に襲ってきたのだろう。
ともあれ、精霊魔法を維持するガルバにダストラットの対処をお願いされた。
「ごめんね、ルウ……。ライムも大剣を持って来てればダストラットの相手を任されたんだけど、まさか魔物がいるなんて思わなかったから置いてきちゃったの……」
ガルバに続き、リーダーライムが申し訳なさそうに僕へと謝ってくる。だから僕は任せてくれと二人に言う。ダストラットくらい訳ないからね。
「大丈夫だよ。見ればダストラットは一匹だけだし、ナイフを使わなくても魔法で一発だよ! 〖マナよ。我が言葉に従い水となれ。水球となりて敵を討て! 《アクアボール》!〗」
「あ! ダメですルウ! それは──うわぁあああっ!!」
「馬鹿ルウ! それはダメ──きゃああああっ!!」
「へ……? うわっぷ!? ぎゃああああああっ!!」
ダストラットは下水路の排水を泳ぐ様にして現れた。
僕は下水路の壁際にいるそのダストラットへ向けて水球の魔法を放った。
結果……ダストラットを倒す事には成功したけど、僕達は三人とも汚水を頭から被るハメとなった。……全身汚物まみれである。
それはもう、髪の毛から顔、そして服の中にまで汚物まみれだ。想像したくないけど、体中が汚物まみれとなってしまった。
僕はツナギのフードがあったんだけど、フードは被ってなかった。その結果、首元からツナギの中へと汚水の侵入を許してしまっていた。
「うっぷ……!」
「うぇぇ……!」
「だからダメだと……うぅ……」
「「「おぇぇ!」」」
……詳しく言うのは控えておく。
「酷い目にあったよ……」
下水路の扉前に戻ってボタンを押し、ゲイリーさんを呼んで事情を説明してお風呂を借りた。
そうして体中を綺麗に洗い、更にゲイリーさんに予備の作業着を用意してもらって着替えた後の僕の言葉だ。
「だからダメだと言ったはずですよ?」
ガルバが冷たい視線で僕に言う。
「ちょっとは考えなさいよね!?」
ライムはまるで僕を視線で射殺すかの様な表情で怒っている。
「本当に……ごめんなさい!」
僕は二人に対し、正座の姿勢で額を地にこすり付けている。つまり、The・土下座である。
しかし、言い訳をさせて欲しい。
下水路の中で炎属性の魔法は、汚物から発生するガスに引火して大変危険だ。
土属性の魔法は土がない為に使えない。
風属性の魔法は、ガルバの精霊魔法で風の精霊の《空気の浄化》を維持してる為、その効果が失われかねないから使えなかった。
となれば、残るは水属性魔法の水球だけだったのだ。
「……ナイフで直接倒せば良かったじゃない!? そうすれば被害はルウだけで済んだのに……!」
事情を説明……いや、言い訳した後、我らがリーダーライムはとても身勝手な事を吐かしてきやがりました。
「ええ、正しくライムの言う通りですね。ルウの服装はゲイリーさんから借りた、言わばこの施設専用の作業着でした。つまり、予め汚れても良い格好だったという事です。私とライムまで汚れる結果になってしまったのは完全にルウの責任ですね……!」
我らがご意見番ガルバも、ライムに続いてそうおっしゃりやがります。
僕は土下座の姿勢を保った状態のままである。既に僕が泣いてるのは言うまでもない。
「……反省してるみたいね」
「その様ですね……」
はい、反省してます!
「とりあえず休憩は十分でしょう。ルウも今回の様な失敗はしないでしょうし、改めて下水路の掃除を行いますか」
「うん、そうだね。ライムもルウを怒って気が晴れたし、そろそろ掃除をしないと依頼も失敗扱いになっちゃうからね」
「本当にごめんなさい……! これからは心を入れ替えて、ダストラットが現れたら僕一人だけで汚れます!」
「そこまではさすがに言うつもりはないけど、次からはライムの指示に従ってよね」
「もちろんでございます! リーダーの指示に従う所存であります!」
何だかんだでようやく許された。
しかし、本当に酷い目にあったよ。後先考えずに魔法は使っちゃダメだと僕は学んだ。
☆☆☆
「今日は大変お疲れ様だったね。はい、これ……私のサインはしっかりと書いてあるから、ギルドに報告して報酬を受け取ってくれ」
あの後作業を再開した僕達は、昼食をゲイリーさんに頂いたりしながらも適度な休憩を挟んで一日の作業を終えた。
そしてもう一度お風呂を借りて体を綺麗にし、元の装備に着替えた後のゲイリーさんの言葉である。
「いえ、逆にライム達がゲイリーさんに迷惑を掛けちゃったのに、サインを書いてくれるなんてありがとうございます……」
「何、気にする事はないよ? 私としては君たちみたいな若い冒険者の為に依頼を出してるのだし、私の代わりに下水路の掃除をしてくれるのは大変ありがたいんだ。君たちも理解しただろう? たまになら良いが、もしも毎日あの匂いを嗅いでいたら私は発狂してしまうよ。だから君たちがそんな些細な事を気にする必要は無いし、もしも気が向くなら、またこの依頼を受けて欲しいからね」
「……か、考えておきます……!」
「ははは、その時はまた頼むよ? それじゃあ、今日はありがとう」
「「「はい!」」」
ゲイリーさんの言葉にライムが丁寧に受け答えし、僕達は魔導排水処理施設を後にする。
何だかんだ言っても、今回の依頼は色々と学ぶ事が出来た。
魔法の事や、普段目に付く事がない仕事の大変さ、そして冒険者は何でも経験して成長するものだっていう事がよく分かった。
「でも……これで金貨5枚なのよね……!」
色々学べたと考える僕の傍でライムがそう言ったのが印象的だった。……ライムはまた受ける気かもしれない。
ともあれ、僕達は体に匂いが付いてないか気にしながらも、茜色の空の下をギルドへ向かって歩くのだった。
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